幕間 ウィルフレッドとセシル
僕がここに嫁いで、二年ほどになる。
どうにもウィルは商売敵が多いらしくって、パパラッチがしょっちゅうクレアと押し問答をしているせいか、僕は性別が判明してもなお、女装しなければならなかった。
まあ、いいか。
詐欺だとウィルが訴えて、僕が実家に帰ったとしても。待っているのはどこぞの既婚者のツバメになるか、男娼紛いであちこちの貴族に媚びを売るしかなかったのだから、ここで女装し続けることのほうがまだマシだった。
ウィルは僕が詩を書くのが好きと知って、あちこちから詩集やら戯曲やらを買ってきては与えてくれた。僕の故郷だと、本を買うのもひと苦労だったから、こうやって王都にいたら比較的たくさんの本が買えるのかと、夢中になって読んでいた。
その中で、僕はウィルが買ってくる戯曲にある共通点があることに気付いた。
「ねえウィル」
「なんだいセシル。すまないね、君が好んでいる詩人の詩集は、まだ発売してないのだけど」
「発売日になったらちょうだい。そうじゃなくってさ。ウィルの買ってきている戯曲、偏ってない?」
「そのつもりはないけどね。作者は全員違うだろう?」
「そうだけどさ。でも出てくる女性像が、どうにも同じに見えるんだよね。誰かが演じているの?」
そう言った途端、ウィルはクレアに温めてもらったホットワインを思いっきりむせた。ゲホゲホしているのを、クレアが寄ってきて「大丈夫でございますか?」と背中を撫でながら水差しを差し出した。ウィルは水差しごと水を喉を鳴らして飲んでから、ぜいぜいと全身で息をする。
「……役回りは全部違うけど、よくわかったねセシル」
「そう? たしかに下級貴族、田舎娘、女騎士に女神官。役回りこそ全然違うけれど、戯曲に出てくる女性の芯みたいなものは似通っている気がする。一部は当て書きじゃないかな?」
「君は詩以外に興味がないと思っていたけれど」
「たしかに僕、戯曲はさっぱり書けないけれど、ウィルがたくさん読ませてくれたから、見る目は養われたと思うよ。ねえ、どんな人? ウィルは会ったことあるの?」
「会ったことあるもなにも……彼女のパトロンさ。私は」
「それ……まさかと思うけど紫のバラのこと?」
ウィルの紫のバラに対する執着のせいで姉さんは気味悪がって逃げ出したし、社交界でも彼の粘着質さが気味悪がられている。
まさか僕に渡していた戯曲まで紫のバラがかかわっているとは思わず、「気持ち悪……」と思わずぼやいたら、途端にウィルが狼狽えた。
「君たちはすぐ気持ち悪いって言うがね。私だってどうしたらいいのかわからないんだよ。彼女は世間知らずが過ぎて、本当に上都したばかりの頃は食い散らかされて、今頃娼婦になっていてもおかしくはなかった! 私は精一杯守ったさ! 私が背後にいるとわかったら、下手な貴族は手を出さなくなるからね。私が支援している貴族は大勢いるのだから」
「うん……でも相手にされてないじゃない」
「そりゃ私がそう教育したのだからね」
うん……?
話がおかしな方向に流れている気がした。
「貴族の話は大概はろくでもないから話半分に聞くこと。どのみち婚前恋愛禁止条例が王都では敷かれているのだから、それでもなお寄ってくる貴族なんてヴィナを愛妾として囲い込みたい輩しかいないじゃないか。商人は爵位でも持ってない限りは貴族と同じ。若い娘をおもちゃにするから距離を置くこと。彼女がパトロンたちに食い物にされないように私は徹底して彼女に教え込んださ」
……だんだんと飲み込めてきた。
紫のバラは、王都では有名女優であり、元々爵位のない人間であり、社交界で弄ばれる可能性だってあったけれど、それはウィルという後ろ盾のおかげで回避されていた。
でもその代わり。
「要は君、理想の恋人をつくろうとして失敗したってことじゃないか」
僕の指摘に、途端にウィルは大きく肩を跳ねさせたあと、心底傷付いた顔をした。
その顔に少しだけ胸がすいた気がした。彼は日頃から胡散臭いが過ぎて、本音を言わない。まあ紫のバラに関しては「愛している」「好き」と最初に言っていたのに、その胡散臭さと教育が災いして、なにひとつ伝わってなかった訳だけれど。
「どこかの国の本であるらしいよ。理想の恋人をつくろうと、幼い頃からじっくりと仕込んで自分色に恋人候補を染め上げて、めでたく嫁に迎えるという話。もっとも、途中で彼女も自分は騙されてたんじゃないかと気付いて、破局を迎えてしまうけど。ウィルは彼女に対するアプローチ、間違えたんじゃないの?」
「……わかっているさ。私だって、彼女を愛しているが、彼女に届いてないことくらいは」
「でもどうするの。このまんまじゃ、彼女に体よく利用されるだけで終わるよ。紫のバラは浮いた話ひとつも聞かないし、パパラッチが追いかけ回してもせいぜい君のところの商品以外を買って規約違反じゃないかと叩かれるくらいしか話のない、綺麗な身の上じゃないか」
「……彼女が困っているところを助け出すこと以外ないじゃないか」
「求婚でもするの?」
「君がいるのに!? ヴィナを側室にしろっていうのか!」
ウィルはあれこれと腹黒いこともやっている割に、紫のバラを下にするのだけは絶対に嫌みたいだ。僕は呆れた顔で言う。
「僕が正室なんでしょう? 正室が許可出したんだったらいいんじゃない?」
「そうじゃなくって……彼女に側室にするなんて求婚したら、きっと彼女に殴られる……」
「それで駄目ならそのときはそのときだよ。君は自分の教育の失敗を身をもって知ればいいさ」
仕事ではギャンプルの場に立つことが何度もあって、その場ですぐ判断できるくせに。こと恋愛に対してはヘタレが過ぎて、ウィルは僕の提案に終始背中を丸めていた。いい加減にしろよ。
僕はそれに嫌気が差して、本当に何度も投げやりに焚き付けていた。
****
焚き付けた僕が言うのもなんだけれど。
紫のバラ……ヴィナは本当に、恋愛に対して無頓着もいいところだった。彼女も相当食い物にされかけたみたいだから、ウィルが過保護になったのもわかるけれど、彼女は彼女で恋愛を信じてないから、ウィルのプロポーズも劇団を守るための渡りに舟だし。ウィルの告白も胡散臭いで半眼になるし。おまけに一応女装しているとはいえど男の僕にも驚くほど距離が近い。
ウィルは僕を恨めしそうな目で見るから勘弁してほしい。
ただ。ふたり一緒にいるときは少し楽しそうだから、そこだけはほっとしている。
「さて、僕も身の振り方考えないとなあ」
さすがに正室が男だったなんて醜聞が過ぎるから。せめてヴィナがつくってくれた詩人の道をどうにか開拓して、独立の道を切り開かないと。
そうなったら……ひとりでも生きていけるようになると思うから。
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