稽古と見学

 私が異国の服に夢中になっている間に、ウィルフレッドは新作の紅茶にスパイスをどっさりと買って、私たちは家に帰ることにしたのだ。

 明日からは脚本の読み合わせがはじまる。私は馬車の中でも邸宅に帰ってからも、脚本を手にして暗記をしていた。


「『この村にはレンゲの花が咲いている……飛び回る羽音。ミツバチが巣に帰っていく様は優美で、ただの牧歌的な光景にしか見受けられなかった……』」


 脚本は既に丸暗記しているものの、舞台用の発音やニュアンスが変わると、たちまち悲劇にも喜劇にも変わる。

 今回の脚本は村の因習を打ち破るシリアス気味なのだから、私は朗々とできる限り格好よくなるように演じていた。

 それをセシルだけでなく、ウィルフレッドまで見に来ていた。


「……ヴィナ、てっきり僕はもっとお姫様みたいな役ばかりしているのかと思っていたけれど」

「いやいや、ヴィナは比較的舞台ではなんでもやるさ。子役からはじまって、男装の麗人、怪盗、探偵、魔女にパブの女主人。舞台の上で必要な役はなんでもやるから、紫のバラとして持て囃されるようになったんだ」

「当たり役はお嬢様だったと聞いていたけれど」

「言っていたね。王子と下級令嬢のラブロマンスは、わかりやすいあらすじでどこででも人気だったから」


 ふたりが好き勝手言っている中、私は女騎士の役を体に擦り込み、暗記ができていたことを確認し終えた。

 やがて、拍手が鳴る。


「すごいね、ヴィナ。でもずっと出ずっぱりなんだね……」

「ありがとうセシル。ええ。今回みたいにずっと舞台に立ち続ける役もあまりないのだけどね」

「君の練習風景を見られるなんて光栄だよ」

「ウィルもありがとう。でも、私のこれはまだただのひとり稽古。明日の読み合わせで演技も変わるかもしれないから、あまりこれで褒めないでくださいね」


 こうやって代わる代わる褒められる経験、あまりないものね。劇団の主催として、一番偉くなったら私よりもまずは若い子たちを褒めないといけなくなるから。

 今回の話はあまり可愛い雰囲気じゃないから私が主演を勤めたけれど、若い子たちにももっと役をあげないと駄目だもんね。

 私は脚本をさんざん読み耽ってから、やっと皆と一緒に食卓に行くことにした。セシルには通し稽古に招待するから、それまでに舞台を完全に仕上げておかないと。気合いを入れて、その日クレアのつくってくれたローストビーフを食べて英気を養って、寝ることにしたのだった。


****


 脚本を配り、配役を当てて読み合わせをはじめる。今回は比較的にアクションも多いから、若い配役が多いのだけれど、普段から若い子たちを支えてくれるようベテランの役者も要所要所に入れている。


「ここは彼女を誘惑しなければいけないのだから、もっと好意を全面に出さないと舞台では映えないんじゃないかい?」

「ここはもっとおぞましさを伝えるために、魔法使いはもっとひょうきんにしたほうがいいと思うけど」

「ただ、やり過ぎるとコメディリリーフになってしまうし、後半のギャップも大事にしたいから、さっきよりもひょうきんにしつつも、後半の真面目な部分が映えるように、やや抑える感じでいける?」

「やってみます」


 ひとりで朗読をして役作りをしていても見えない部分が、読み合わせではいくらでも見つかるから、皆で何度も何度も確認しながら、役を摺り合わせていく。

 その中で、私は今回は一緒に騎士をやるグレームに尋ねた。


「あの、今回私の知人の詩人に詩をつくってもらった際、これをトーマスがいたく気に入って脚本に組み込んだんですけど……これで脚本がおかしくなったりしてないですか?」

「ああ、今回はずいぶんと詩をそらんじる部分が多いと思ったけど、それが原因かい。そうだねえ」


 グレームは考える素振りを見せた。


「その詩人、ずいぶんと寂しい人生を送っているねえ。庭の中の光景までしか書けてない。これが閉鎖的な村の話だから目立たないけれど、詩人がこれだけ視界が狭いのは、なんだかやり切れないねえ」


 その言葉があまりにも的を射ていて、私はギクリとする。本当にグレームは年の功で、言葉の連なりや語彙だけで、脚本家や詩人の背景を察してしまう。

 私はそれでさらにおずおずと尋ねる。


「その詩人……私のところの正室なんですけど」

「……マルヴィナの? それはなんとも。あのオルブライトがこんな詩を書かせるほど追い詰めているとは思わないけど」

「いろいろあってなかなか外に出られないから。それで……リハビリも兼ねて通し稽古の際に招待したいのだけれど、よろしい? もちろんトーマスも見学に来るし……」


 それにグレームはあごひげを撫でた。


「いいんじゃないかい? 視野を広げたほうがいろんなものが書けるだろうし、いろんな人と会ったほうがいい」

「ありがとうございます。伝えておきますね」


 私はそうお礼を言うと、グレームは微笑んだ。


「君も変わったかい?」

「はい?」

「君は前は自分のこと以外考えなかったからね。あの偏愛しかしないオルブライトのところに側室なんて形で嫁いで、その癖が増長するんじゃないかと心配していたけれど、正室と仲がいいんだったらいいじゃないか。正室と側室は揉めるものだと思っていたけれど、そうでもなかったんだね」


 そう言われて、私はうっすらと笑った。


「そうかもしれませんね」

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