パーティとお泊まり

 会場になっている豪商の邸宅は、正面には豪商の雇っているだろう銃騎士が警備をし、会場出入り口には顔のいいウェイターたちが招待状の確認やらウェルカムドリンクの配布やらを行っていた。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは、招待ありがとうございます」


 ウェルカムドリンクを受け取り、私たちは会場へと入った。

 中に入った途端に、むわりと異国情緒の溢れる香りが漂う。

 輸入商のパーティ会場は、それぞれの商人たちが持ち寄った新商品のサンプルが置かれていたり、他大陸からやってきた料理が振る舞われたりと、なかなかに華やいでいた。

 その一方、中央にはダンスホールがあり、オーソドックスなワルツが楽しめる空間となっていた。

 うちの国の文化と異国文化の入り交じる、独特なものとなっていた。


「懐かしいわね」

「そうかい?」


 この手の場所には、私は若い頃からしょっちゅうウィルフレッドに連れてこられていた。劇団主催して忙しいからと断れるようになった今となってはそこまで多くはなかったけれど、若い頃は暇な上に次の公演のための髪のセットのための髪結いを雇うお金もなく、お金の困るたびにウィルフレッドの商売の宣伝大使として連れ回されていたのだ。


「あなたにいきなりかっらい異国料理を食べさせられて宣伝させられたり、変わった異国の服を着せられて歩かされたり、いろいろ体験させてもらったから……でも異国の音楽や楽器、ダンスはよかったわね。今もそれはうちの劇団でたまに取り入れているから」

「君の創作意欲を刺激できてなによりだよ」


 ウィルフレッドはにこりと笑う。

 出されたウェルカムドリンクは、牛乳を使った酒らしく、ひと口飲むと甘さの中に気泡がプカリと弾ける不思議な味がした。

 ウィルフレッドが会場に来た途端に、どっと豪商たちが寄ってくる。普段であったのなら、ウィルフレッドに新しい商売のための宣伝なのだろうけれど、今日はもっぱら私との結婚のことだった。


「これはこれは……まさか本当にオルブライト氏が紫のバラと婚姻するとは……! おめでとうございます!」

「ありがとうございます。報告が遅れて申し訳ございません」

「いえいえ! ずっと連れ回してましたから、てっきり正室として迎えるとばかり思っていましたが……」

「そんな、とんでもない」


 おいコラ待てや。

 先程の馬車でのウィルフレッドの醜態を思い、むっとしそうになるのを笑顔で堪える。ポーカーフェイスで受け流す術は、劇団で演技をするために覚えたことだった。

 その中、ウィルフレッドは私の腰に手を回してきた。彼の首の裏に付けていたオーデコロンの香りをじわりと感じた。甘いムスクの匂い。普段はウッドテイストの香りばかり付けてくるのに、今日の会場ではスパイスの匂いが充満しているから、甘い匂いの方が際立つんだ。


「紫のバラには自由でいてほしいですからね。正室としてさまざまな義務を押しつけるような真似は、なかなかできませんよ」

「正室殿も病弱なのに! 側室になった紫のバラにまで気を回すなんて……! さすがですなあ!」


 この言葉が素直に感嘆の言葉なのか、おべんちゃらなのか、はたまた「この色ボケが」となじられているのか、私にはさっぱりわからなかったものの、ウィルフレッドは特段気にしてないようだった。

 それから挨拶回りを数件し、時には大手取引を一件済ませてから、やっと私たちは休息とばかりに主催の豪商の用意していた立食コーナーで食事を摂ることができた。


「疲れた……」

「お疲れ様、ヴィナ。君への祝福と賛辞のおかげで、今夜の取引は比較的優位に進めることができたよ」

「それはよかったです。でも、私が広告塔をしていたときは、ひどい目にはたくさん遭いましたけど、ここまで挨拶回りはした覚えはなかったのですけど?」


 用意された異国風のパンに、たっぷりの香辛料を使って炒めた肉を載せて食べる。それは先程もらった乳酒との相性もよく、鼻を通る香辛料の香りが比較的気に入った。私がそれをはむはむと食べている中、ウィルフレッドは揚げパンを食べていた。中にぎっちりと香辛料の入った具材が入っているから、そちらも食べ応えはありそうだ。

 揚げパンを咀嚼しつつ、ウィルフレッドは告げる。


「それはもう。広告塔を連れ回すのは、うちの商品を取引先に宣伝するためだけれど。妻を紹介するというのは、取引先だけでなく、私と少ししゃべったことのあるだけの人間もそれだけでしゃべる話題づくりにはなるからね。君のおかげで、今回は実にいいパーティだったよ」


 そうにっこりと笑うウィルフレッド。

 本当にこの人。現金なのよね。私は「それはよかったです」ともう一度だけ答えてから、再び乳酒を飲んだ。


「それ、結構きついから、これを飲んだら水ももらってきなさい。パーティメイドはその辺りにいるだろう?」

「そう? これ口当たりがよくってそこまで悪酔いしないけれど」

「ヴィナ。君が酒に強いのは知っているけれど、異国の酒をあんまり舐めない方がいい」


 そうやんわりと窘められている中、音楽が流れてきた。

 ダンスフロアは今はワルツを踊る人はいなく、代わりに異国から招待されたらしいダンサーたちがヒラヒラと舞い踊っていた。

 彼女たちは比較的体のラインがはっきりした衣装を着て、その筋肉の躍動がこちらからでもわかる。本当に訓練されたダンサーだと、私は思わず小走りで近くに見に行く。


「ヴィナ、あんまりはしゃがない」

「だって……! 私、ああいうのが踊りたくってここに来たんですもの」


 田舎では、こんなに素敵な踊りは踊ったとしても誰にも見てもらえない。彼女たちの体の柔らかさしなやかさは、一朝一夕で身につけたものではないと、すぐにわかる。だからこそ心を奪われるし、見ていたくなる。

 今度の公演では女騎士を演じるから、華やかな踊りは練習しないものの、躍動感溢れる動きは求められるから、彼女たちの体の柔らかさや動きをついつい目で追い、どうやって踊るのかを研究してしまうのだ。

 私が目を輝かせてダンスフロアを見ていると、ウィルフレッドは「やれやれ」と首を振った。


「本当に……舞台の上で生きるために生まれたような人だから、君は」


 その言葉を、私は無視していた。


****


 てっきり帰ることになるかと思ったけれど、豪商の用意した宿泊施設に通され、私たちは泊まることになっていた。どうもウィルフレッドは最初からそのつもりだったらしい。


「セシルには今日の外泊のこと、きちんと伝えてたんですか?」


 私が尋ねると、ウィルフレッドは頷いた。


「それはもう、ヴィナが思っているよりも、私は正室にはいろいろ話しているよ」

「そう……それならいいけれど」


 クレアがいるし、彼の世話は大丈夫だろうけれど。

 ときおりウィルフレッドとふたりっきりになることはあれども、結婚式のとき以来のふたりっきりの施設で、どうにも気まずかった。

 豪商の用意してくれたゲストハウスは、たしかにウィルフレッドの住んでいる邸宅よりは小さいものの、私がかつて住んでいたアパートメントよりは明らかに広い。王都の通りに並ぶ店舗くらいの大きさはあるんだから、そんなところにふたりっきりで寝泊まりするのは、なんとなく気恥ずかしい。

 ひとまずお風呂をいただき、備え付けの寝間着を着てベッドに潜り込もうとしていて、気付いた。

 ……ゲストハウスのベッド、ひとつしかないのね。


「一応尋ねるけれど、このこともセシルに話したの?」


 私は交替でお風呂に向かおうとしているウィルフレッドの背中に投げかけると、途端にウィルフレッドは笑みを浮かべた。私のせいで気持ち悪い扱いされていたものの、この男は浮名を流していた頃だってあったのだと、少しだけ思い出した。


「それはもう」

「ああ、そう」


 ひと晩口説かれることは覚悟しておこう。それで私の心が揺れ動くかは知らないけれど。あとせめて初夜のときのように、全く動かなくなるほどやられるのは勘弁してもらおう。さすがに何度も足腰立たなくなるのは、稽古に出られないから困る。

 酒がまだ体に残っているのを感じながら、私は大きく息を吐いたのだ。

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