脚本会議
主催として打ち合わせに出たのは、王都の中の一画だった。
日頃借りている劇場とはまた違う、脚本家の住処での打ち合わせだ。
物書きというものはどの人もこだわりが強かったり、偏執狂だったりで、ときには思いつきを並べただけで「これを舞台にするのは無理」「これは絵にならない」「これの衣装の発注と舞台装置の発注代どうするの」というツッコミを入れないと駄目なものを書き出す人がいる一方。
舞台がほぼ固定にもかかわらず、胸を打つような台詞回し、感情描写、楽しげなシーンを書き出す、これが小説であったのならば物足りないけれど、舞台にした途端にいきいきとしだすという不可思議なものを書き出す人がいる。
今日発注した脚本家はあからさまに後者であり、彼の書く脚本をどうにか絵的に美しく、役者的に旨味があり、衣装や舞台装置の発注をスムーズに行えるようにするのが、劇団主催の仕事だ。
「ごきげんようトーマス」
私が声をかけると、タイプライターの前に座っているウォームグレイの頭が見えた。トーマスは腕利きの脚本家であり、とにかくスケジュールを抑えるのが大変なのだけれど、四六時中脚本作業をやっているせいで、見るたびに髪が白くなってしまっている。前はもっと黒かったと思うのに。
「やあマルヴィナ。できたよ、脚本」
そう言って刷り立ての脚本を読ませてくれた。
今回の発注内容は恋愛ものだった。最近はとにかく婚前恋愛禁止条例が施行されてしまったせいで、恋愛ものがやりにくい。
下手なことをしたらおかみに睨まれるし、だからと言って恋愛ネタ以外の脚本は舞台装置や衣装の発注以上に、役者の練習時間が取れるかがわからない。歌やダンスでカバーするにしても限度というものがある。
私はそれらを読んだ。婚前恋愛禁止条例が施行されるだいぶ前に時代をベースに、とある村の因習にまつわる悲喜劇だった。
恋愛あり、因習あり、呪いありと、たしかにこれは衣装も古着で賄え、村ひとつの舞台セットさえ用意できれば、あとは役者の力量でなんとかなるものだった。
「すごいわ。今時恋愛ものをやるの、おかみのチェックが厳しいのに」
「婚前恋愛禁止条例のおかげで、お嬢様がたが一斉に人形に逃げただろう? だから恋愛はそっちのけで家族になろうをアピールするか、因習メインにしたほうがチェックが通るんじゃないかと思ってな」
「ええ……歴史物になるから、多少堅苦しくはなるものの、衣装は古着で時代遅れのものさえ着せればあとは演技力でカバーできるもの。ありがとう」
「いやいや。しかし、結婚したし成金の生涯のパトロンを得たんだから、舞台にもっと金をかけてもよかったんじゃないかい? 知ってるよ、彼が紫のバラの熱烈的過ぎる……それこそ偏執狂なファンだってことは」
トーマスに指摘され、私は「うっ」と呻き声を上げた。
この発注は元々は結婚前、それもお金を根こそぎ持って行かれた直前にスケジュールを抑えたものだった。ここからトーマスに中断を言い出す訳にもいかず、急遽「舞台装置ひとつ、衣装もできる限り安く上がる恋愛ものをお願い」と、発注内容を大幅変更したんだった。元はもっと華やいだ時代で、舞台装置や衣装替えだって込みの華やかなコメディーの予定だったから、その落差は激しい。
私はトーマスがメガネ越しにこちらをじっと見てくるのを気にしながら、咳払いをした。
「……彼にだけ頼るのはよくないと思ったのよ。たしかに金目当ての結婚だわ。あちらも承知している」
「なら、どうして?」
「彼が私のファンだからよ」
そりゃウィルフレッドにおんぶに抱っこで金をせびり続けて舞台装置をもっと派手に、針子だってもっと大勢雇って、というのもできなくはないけれど。でもそれが彼の求める私の舞台とは思えなかった。
「ウィルフレッドは私の舞台のファンなんだから、私が金に物言わせて最高の客演俳優やら最高の舞台装置やらで舞台をはじめたら、途端に幻滅すると思うわ。私の歌、私の演技、私の魅力であれを籠絡したんだから、私も責任を取らないと」
「マルヴィナは偉いね。パトロンは金さえむしればそれでいいって女優は大勢いるんだからさ」
「パトロンをないがしろにするのは、破滅の一歩じゃなくて?」
「伴侶のことまでそう言うんだから、君も相当にあれだね」
トーマスにさんざん呆れられながらも、私は脚本を読みつつ、舞台装置のイメージをまとめて大道具係に出す発注書を書き出し、古着の枚数を確認して、それらを針子に確保する旨を書き出している中、トーマスは私の持ってきていたノートを目に留めた。
「珍しいね、君は普段から脚本は練習する頃には全部そらんじているのに、わざわざノート?」
「え? ああ。違うのよ」
私はノートをトーマスに差し出した。発注書を書いて、それらをそれぞれに届けたらあとは印刷所に原稿を届けてたら今日の仕事は終了なんだけれど。私はノートについて口を開く。
「これ、うちの正室が書いたの」
「正室? ああ、君のパトロン、既に既婚者だっけ? つまり君は側室」
「まあね。その子諸事情で社交界にも全然顔を出せないから暇を持て余してね。詩を書き綴っていたの。よかったら読んで」
「ふうん」
私が脚本ごとに必要な衣装の形を書き出し、必要な大道具と小道具の詳細を書き出している中、トーマスのペラリペラリと紙を捲る音が続く。
日頃、トーマスは脚本仕事中はすごい勢いで読んで文章を把握するから、彼がこうやってペラリペラリと音を立てて読むのは珍しい。
「なんだか今日は読むスピードが遅いのね」
私はそう言いながら、ひとまずは大道具小道具の発注書を書き終えた。その中、トーマスは「黙って」とピシャリと言った。
本当に珍しい。普段は概要把握だとばかりにパラララララ……とすごい勢いで捲るのに、今は本当に噛み締めるようにページを捲っているんだから。まあ、詩を味わうのなんて、すごい勢いで捲ったらなに書いてるか把握できないか。
そう思いながら針子への発注として、古着の購入と意図を書いている中、トーマスはノートを読み終えた。
「……なんだい、これは」
「売れっ子脚本家のおめがねには叶わなかった? うちの正室、言葉が綺麗だと思って読んでいたんだけれど」
「むしろ逆だよ。たしかに詩の形を取ってないものがほとんどだし、言葉の羅列が多い。ただ異様に語彙が多く、飽きが来ない。これを放置しておくのは大損害だよ。これ、正室に頼んで詩を少々拝借させてもらえないかい? 原稿料は自分の分から引いておいてくれてかまわない」
「はい?」
私は講評してもらって、セシルが自信を付ければいい程度に思っていたから、まさかいきなりギャラが発生するとは思ってもみず、目をパチクリとさせた。
普段からタイプライターを叩いている時以外はやる気のないカラスの死体のような目をしている癖に、今のトーマスの目がギラギラ光っている。
「彼女の才能は腐らせておくには惜しい。作中の中で詩を朗じるシーンを追加する。それだけならば、話の内容の変更はないはずだ」
「ああ、なるほど……わかったわ」
閉ざされた村を訪れる女騎士と、そんな彼を濃いに誘う麗しの村人。
この村の因習に触れたとき、悲劇は加速する。
それらの物語を彩る詩……。
この舞台は絶対にいいものに仕上がると、私は気合いを込めて発注書を片付けた。
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