人形師の訪問

 あのひどく酔う船での移動からしばし。

 私は久々の馬車でほっとひと息ついて、やっと屋敷に到着した。

 相変わらず邸宅は綺麗に管理されていて、クレアひとりでやってくれているのかと思うと感心しきり。


「人形師ひとりに任せる意図は?」


 念のためウィルフレッドに尋ねると、ウィルフレッドはあっさりと言った。


「人形は基本的に欲がないからね。心がないからでもあるけれど」

「はあ……」

「君が苦手視していたゴシップ記者はもちろんのこと、詐欺師、勧誘、その他諸々に引っかからないからね。人間の使用人の場合は、金を掴まされたらすぐにホイホイと言うことを聞いてしまうから」

「それはまあ、そうなんだけれど……」


 実際に顔だけで選ばれるパーティ専門のメイドや執事の場合、パーティのみの仕事しかない上に見てくれをずっと気にし続けないといけないため、とにかく金がなく、副業をしているのが多い。

 輸入商をしているウィルフレッドからしてみれば、その手の使用人を信用できなくて置いてない理由はそこだろう。これが貴族のように、ある程度メイドや執事を紹介で選べるのだったらともかく、新興商人だとその手のコネがないのがネックだ。

 セシルは私がもんにょりとしているのに、ひょっこりと顔を出す。


「そりゃそうなんじゃない。ウィルは思い切りがいい分、人に言えないことが多いし。僕みたいなのを正室にしたり、ヴィナを側室にしたりなんて、思い切りがよくないとできないからさ」

「……たしかに、こんなのゴシップ誌に売ろうと思えばいくらでも売れるからね……でも」


 私はふと思いつきを口にしてみた。


「人形師から漏れるってことはないの?」


 人形師はつまりは、クレアのような自律稼働人形を制作して生計を立てている人々のことだ。基本的に魔女が多い。王宮魔法使いなんて定員制だろうし、誰もがなれる訳でもないし、最近は魔法を使う人々も国家資格みたいなものが求められるため、魔法医とかも定員がある。そのためか、自律稼働人形やら、家事を楽にするための魔法石の販売やらが、今の収入源のようになっている人々がいるのだ。

 彼女たちがお金で叩かれたら口を開いてしまうんじゃと思ったけれど、それにウィルフレッドは「いやいや」と首を振った。


「彼女たちひとりひとりが商人や貴族以上に契約を重んじる上に、一度言葉にしたことは決して違えない。彼女たちほど信用における人間もいないよ」

「そ、そうなの? 私、あまり人形師に会ったことはないのだけれど」

「彼女たちも魔女だからね。彼女たちについては信用してもかまわない。それに、そろそろクレアの定期メンテナンスに来るだろうから、そのときは君も挨拶してくれればいいよ」

「ええ、そうするけど……」


 そういえば。人形師って舞台を見るのかしら。

 セシルのこともそうだけれど、私を見て勝手にどうこう言われても困るけれど……。まあ心配ないかと、一旦そのことは置いておくことにした。


****


 次の日。

 私は中庭を三周ほど走り込みをしてから、発声練習をしていた。さすがに栄養を入れなかったら燃料切れになっても困ると、クレアから氷砂糖をいただき、それをひと欠片口に含んでから、運動をしていた。

 私が髪をひとつに結び、シャツとスラックスの出で立ちで運動をしているのは物珍しかったらしく、セシルは窓から覗き込んでいた。


「舞台女優って大変なんだね?」

「前にも言ったでしょう? 舞台から舞台まで声を上げて走り回らないといけないんだから、体力が資本。つくらないとなにもできないんだから」

「ふうん」

「セシルもやってみる? 体動かすの、案外気持ちいいけれど」

「遠慮しておく。僕、君みたいに体力が必要なことはないから」


 あっさりとフラれてしまったけれど、私は次に思いついて聞いてみた。


「そういえば、詩の選別はできた?」


 そう言うと、セシルは初めて見せるようなうっすらと頬を染めた顔をしてみせた。この子、こういう表情をしたら途端に映える顔になるわねと私が思っていたら、ごにょごにょと唇を動かした。


「……僕はいいと思うけれど、君がいいと思うとは限らないと思うよ」

「あら。詩が書ける時点で充分才能があるわ。私は詩をそらんじることはできても、書くことなんて無理だもの」

「君はすぐそう言うから……」


 そうまたしてもごにょごにょとしゃべっているとき。

 門に誰かの姿が見えることに気付いた。赤い髪はディーンを思い出すものの、こちらのほうが比較的落ち着いた色……例えるならディーンは人参色で、彼女はダリア色と言ったところか……の髪の女性が、ギンガムチェックのワンピースにローブを被って立っていた。


「あのう、すみません。オルブライトさんに頼まれて伺ったのですが……あら? 奥様増えましたか?」

「ええっと。主人からどう言付かっていましたか?」

「はい、そちらから発注いただきましたメイド人形のクレアの定期メンテナンスに伺いました。私、エスターと言う人形師です」


 ちょうどウィルフレッドが言っていた人形師だった。初めて見る魔女で人形師は、ここまで素朴な女性とは思ってもおらず、私はどう返すべきか迷った。

 でも私より先に、セシルのほうが「ようこそ、エスター」と挨拶をしたのに、思わず目を剥いた。


「セシル、あなた彼女と知り合い?」

「うん、彼女は口が硬いから。各地の貴族や豪商に人形を売っている分だけ、かなり優秀」

「ああ……そういえば」


 そういえば、一時期貴族が恋人人形を大量に買い求める時期があったわね。彼女もその手の話をずっと請け負っていたのだろう。

 なるほど、ウィルフレッドの言うとおり、口は硬いのかもしれない。私はやっと納得した。


「ようこそ、それではクレアをお呼びしますね」

「はあい。早朝で申し訳ございません。何分、オルブライトさんお忙しい方ですので、この時間でなかったらお会いできませんので」

「……主人と会う意図は?」

「お金の支払いですねえ」


 ……どうもエスターはかなりちゃっかりしている人形師らしい。

 でもクレアのあの強かな学習能力を思うと、たしかに彼女の影響は入っているのかもしれない。私はそう納得しながら「どうぞ」と中へと招き入れた。

 今日が定期メンテナンスと知っていたのか、既にクレアは朝食の準備を終え、「それでは参りましょう」と自ら使用人室へと歩いて行った。

 ちょうどウィルフレッドも出てきて「おはよう、朝からありがとうエスター」と挨拶をはじめた。


「はあい、金払いのいいお仕事に伺いましたよ」

「それは結構だ。あとどんな服を売ってくれるのかな」

「それはもう、クレアに可愛いエプロンを持ってきました」

「ハハハ、楽しみだなあ」


 ふたりの会話の意図が掴めず、私は思わずセシルを見つめると、セシルは半眼になって答える。


「エスター、どうも最近は男の人形ばかり携わっているけれど、本人は女の人形をつくるほうが好きなんだよ」

「はあ……まあ、人形遊びは女の子の人形でするのが上等だけれど」

「だからうちみたいにメイド人形の定期メンテナンスがやってくると、今までの鬱憤を晴らすかのように、新しいメイド服やらドレスやらエプロンやらを持ってきて着飾ろうとするんだよね」

「……ええ、まあ」


 たしかに、男性貴族が女の恋人人形を買ったという話はあまり聞かない。これはたしかに女の人形をつくる方が好きな人はストレスが溜まるのかも。

 私はなんと言ったらいいのかわからないまま、使用人室を眺めていた。

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