三人の挙式
孤島に存在する天領は古い城壁でぐるりと取り囲まれていて、上の方には物見台があるようだった。
私たちが荷物を持ってしばらく歩いていると「あそこですよ」とウィルフレッドに言われた先を見て、私は目を剥いた。
館って言っていた癖に、それはもう館というよりも、もはや城だった。
「……お城じゃない。私との式だからって、なに考えてるの!?」
「いえヴィナ。あそこ今や観光施設として有名ですから。あそこは今は貴族や豪商の宿泊施設として利用されているんですよ」
「だからって、そんなところで式って! 目立つじゃない!」
「まあ、よっぽどの富豪でない限りはここまで船出せませんし。ヴィナも船酔いで参っていたでしょうが。こんなところまで金を払わなかったらほいほい行けませんし、ヴィナの気にしていたゴシップ関係者たちは軒並み振り落とされたかと思いますよ」
「まあ……たしかに」
悔しいけれど、いくら王都有数の新聞記者だからと言って、ここまで来る船代を新聞社が出してくれるとも思えず、ディーンが船をタダで出してもらえるコネがあるとは思えなかった。あいつは恨みはあちこちで買っているものの、高い船代を立て替えてくれるほどのコネはさすがにないと信じたい。
そうこう言っている間に、辿り着いた。
ここで世話をしてくれるらしい管理人さんが、私たちを呼んで「それでは新郎様はそちらにどうぞ」「新婦様はこちらに」と連れて行ってくれた。
私のほうにはセシルも付いてきたけれど……彼は言動は完全に男の子なものの、見た目はどう見ても美少女だし、ウィルフレッドとどこまでやっているのかは私もまだ聞いてない。結局は私が化けるのを見届けてもらうことにした。
管理人さんたちが私に化粧を施してくれ、持ってきたドレスに着替えさせてくれる。持ってきたドレスはウィルフレッドがいつの間にやら仕立てたドレスであり、レース編みの花を繋ぎ合わせたような、おそろしいほどに手間のかかった代物だ。私はそれを身に纏って、頭にベールを被って出かける。
会場で待っていたウィルフレッドはというと、こちらもひどく手間暇のかかったドレススーツを着ていた。パッと見真っ白なドレススーツなものの、真っ白な糸で花が大量に刺繍を施されており、お値段どれくらいなんだと打ち震えた……舞台衣装の発注のときですら、そんなおそろしいことはできない。
神官が到着すると、ベンチに案内されたセシルが腰掛け、式がはじまった。
そうは言っても、うちの国の式というのはそこまで長ったらしいものではない。せいぜい神官の前で結婚の誓いを立て、指輪を交換するだけのもの。管理人がウィルフレッドが用意したらしい結婚指輪を持ってきてくれたが、それはプラチナのシンプルなものだった。
私たちはそれを交換し、式をしめやかに終えた。
「……ふう、つーかーれーたー……」
管理人に案内されて通された部屋のベッドは大きい上に、ふかふかだ。オルブライト邸のベッドもふかふかだったけれど、あちらは綿飴だったのに対して、こちらは綿毛みたいなもので、ふかふかの感触が違う。
式用のドレスを脱ぎ、ドレスの下に着ていたドレススリップ姿でごろごろとする。もうこのまま寝てしまおうかと思うものの、食事もしてないしなあ。食事はどこでするんだっけかと、ウィルフレッドから聞いていた話を思い返そうとするものの、式だけでくたびれてしまった私は、一旦寝てしまいたかった。
王都に帰ったら、ウィルフレッドが立て替えてくれたお金のおかげで無事に各所の支払いが終わったし、脚本を発注しているのだから、それができ次第稽古だ。
そんなことをぼんやりと考えていたら。
トントントンとノックされ、私は慌ててドレススリップの上にロングカーディガンを羽織って「はいっ!」と部屋を出た。
ウィルフレッドはラフなシャツにスラックスという出で立ちで立っていた。私のあまりに気の抜けた格好を一瞬見ると、口元に手を当てて噴き出した。失礼だなあ、本当に。
「……ククク……失礼。まさか君がそこまで気の抜けたことをするなんて、思ってもいなかったから」
「普段は当然こんな格好でグダグダなんてしません。船に乗ってすぐに着替えて挙式だったんで、慌ただしくて疲れただけです」
「ああ、すまないね、ヴィナ。君には体力があるから大丈夫と思っていたのだけれど」
「……舞台人は舞台の上では元気だけれど、それ以外では結構普通です」
「そうだね、すまない。じゃあここに食事を運んできてもらおうか」
ウィルフレッドの提案は魅力的なものの、私はぱっとセシルのことが頭に浮かんだ。
「でも……それじゃセシルが放ったらかしじゃないですか。一緒に食べましょう」
「彼もたまにしかなれないひとりの時間なんだから、ひとりで食べたいと思っていたけれどねえ」
それに私は溜息をついた。
「……前から思ってたけれど、あなたときどき無神経ね」
「えっ?」
「クレアに留守を任せてきたんだもの。クレアがいないのにセシルをひとりになんてさせられないでしょうが。間違いだったとしても、あなたの正室はあの子。大切にしてあげなくてどうするの?」
「……君、側室としての責任があったんだね?」
「お金をもらっている以上、それなりのことはします。ねえ、セシルもちゃんと呼んであげましょう?」
ウィルフレッドはいつものように余裕綽々の顔ではなく、少しだけ崩れて目を瞬かせた後、ようやっと頷いた。
「わかったよ。それでヴィナの機嫌が得られるのなら」
「私の機嫌よりも先に、正室の機嫌を取りなさいな。借金のカタとは言えど、あの子を買い取ったのはあなたの責任でしょうが」
「わかっていますよ。奥さん」
この男、ハーレムを形成したかった訳ではなく、ほぼ成り行きで重婚したんだろうが。
私はさっさとラフなエンパイヤドレスとカーディガンに着替えると、ウィルフレッドと共にセシルの部屋に寄る。
セシルはというと、ドレスを嫌がってもうネグリジェに着替えていた。下着姿で転がっていた私よりはマシとは言えど、これで食堂に行って大丈夫なのかしらと、私はせめてもの抵抗で私の持っているカーディガンをもう一枚引っ張り出してきて、それを上にかけてあげた。男の子の肩幅で大丈夫だろうかと思ったものの、寝間着の上に着る想定のそれは存外にぶかぶかだったから、なんとかセシルの肩幅を隠してくれた。
「それじゃ、食事に行きましょうか」
「……夫婦水入らずで食事でもするのかと思ってたけど」
セシルが意外そうな声で言うので、私は彼の鼻を摘まんだ。
「あなたも妻でしょうが。私とは妻仲間」
「……そうなんだけどさ」
「それじゃあウィル、参りましょう」
私がそう言った途端、何度目かわからないウィルフレッドの崩れた顔が見られた。
「君が望むのなら、どこまでも」
……ウィルフレッドの機嫌、どこで上がってどこで下がるのかさっぱりわからないわね。
そう言いつつも、私たちはここの古城の食事を楽しみにしながら、食堂へと向かっていった。
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