第2話 黄金の腹積り
俺の目標は【一兆円】。
きっとそれだけあれば、欲しいものはなんでも買える。
しかし日本で現実的にそんなことが可能な仕事は二つしか思いつかなかった。
起業家と探索者だ。
世界長者番付に名を連ねるほどんどがこのどちらかを経験している。つまりこの世界ではこの二つの職業が金を稼げる仕事の最上位という訳だ。
俺が選んだのは後者。ビジネスアイデアがある訳でもなかったし、冒険者の話を毎日のように聞いていた経験が少しは活かせると思ったから。
現在の所持金は一万円。
中学の新聞配達とお年玉貯金、そして先日の誕生日で貰った計二十三万。それはすでに使い尽くした。
十万強請ったのに貰えたのが三万だったのが響くな。
両親共働きの一般家庭だから仕方ないけど。
二十二万を代償に手に入れたのは『探索者仮免許』というカードが一枚。ようするにダンジョンへ入る権利だ。
探索者とは、三十年ほど前から世界中に発生しはじめた『ダンジョン』という異空間に赴き、その中から『宝』を持ち帰る職業である。
現在の小中高生の将来なりたい職業ランキングでもスポーツ選手に次いで二位の座にある人気職業だが、実際の継続率はあまり高くはない。
理由は単純。
日本に存在するあらゆる仕事の中で断トツの死亡率を誇るからだ。
それでも政府が民間人でもダンジョンに入れるようにするのは、ダンジョンより得られる『宝』の量と質が国境すら塗り替える力を持っているから。
その産業の発展度は国家の力を測る項目としてGDPに並んで重視されている。
つまりダンジョンとは『現代の産業の王様』である。
金を稼ぐ目的でこれだけ都合のいい条件も他にはないだろう。
「けどやっぱり、前衛が必要か……」
探索者には探索者の力がある。人間の基本的な能力や技術ではダンジョン探索は厳しい。
幾つかある中で俺が選んだ力は『プリースト』と呼ばれる力。
前世と同じ名と意味を持つ、癒しの力だ。
使用感は治癒術とかなり似ているし使い易かった。
けど、単独でダンジョンの奥へ行ける力じゃない。
「立川、なに一人でブツブツ言ってんだよ」
そう声を掛けてきたのは山田というクラスメイトだった。
別に友達って訳じゃない。
ただこのクラスで同じ中学出身は俺とこいつだけだ。
だからか知らないが、ことあるごとに俺に喋りかけてくる。
しかし、その内容は大抵……
「見ろよこれ。探索者の仮免許、すごいだろ?」
自慢だ。
中学の頃からこいつはそういう奴だ。
テストがある度に自分より下の奴に点数を自慢していた。
そして点数が上の奴とは一緒になって下の奴の悪口を言う。
そういう奴。
「知ってるか? 探索者は『クラス』と『スキル』っていう特別な力を使えるんだ。免許と一緒に俺もそれを手に入れた。まぁ、ダンジョンの外で理由なく使ったら犯罪だから? 見せてやる訳にはいかねぇけど」
自慢げにそう語りながら、右袖をまくり手首から肘にかけて刻まれた文様をアピールしてくる。
それは『クラス』と『スキル』を獲得した証。
青い五本の線とその線状に二つずつの点が描かれている。
探索者はこの異能を使ってダンジョンに入る。
そしてダンジョンで経験を積むことでクラスは熟達していき、更に多くのスキルを獲得して強くなることができる。
これもダンジョンから得られた宝物を研究して開発された技術の一つらしい。
現在では世界中のほぼ全ての探索者がこの刻印を刻んでいる。
「それで来月の第二日曜に俺たちでダンジョンに行ってみることになってるんだ。すげぇだろ?」
「俺たち……?」
「あぁ、この組には俺だけだけど他の組にも仮免持ってる奴がいてな。その三人と一緒に初探索だ」
他に三人も仮免許を持ってる人間が在籍してるのか。
まだ五月だってのに急ぎ足な奴がいるもんだ。
それに来月の第二日曜……少し面倒だな……
◆
四月二十日に仮免許の合宿が終わってから俺はダンジョンに潜っている。
学校が終わった放課後。
土日の休みは当然朝から。
毎日。
日本には現在154カ所のダンジョンが存在し、一県に三つ前後存在している。
俺が住む
通称『ガイコツガーデン』。
俺はいつもこのダンジョンを探索している。
骸の庭とはよく言ったもので、雰囲気は墓地そのもの。
中ではアンデッドが大量に湧く。
ダンジョン産業としてだけではなく観光資源としての意味もあり、その周囲には駅をはじめ探索者と観光客を対象にした色々な店が集まっている。
俺も子供のころからよく来ていた。
しかしその賑わいもダンジョンの外だけの話。
中へ入れば雰囲気は一気に陰鬱なものへ変化する。
朝のやってくることのない夜の世界。
乱雑に立ち並ぶ統一性のない様々な宗派の墓標や十字架の群れ。
乾いた土に背の低い夜行性の植物が点々と繁殖し、ヒカリ苔だけが闇夜を照らす道標だ。
発生する魔獣の密度はそう多くはなく、二十四時間ここに籠ったとしても遭遇する魔獣の数は百匹ほどだろう。
魔獣の強さとしては全く強くはない。
そこらのボクサーの方がよほど脅威というレベル。
数が合わさると少しキツイが、二カ月探索を続けても最大で同時に五匹程度としか遭遇したことはない。
「楽勝だぜ。なぁ
「そうだね~。良太くんすっごく強いし」
「でも危険な場所だから気は引き締めないと」
「でも良太くんなら簡単に倒しちゃうんでしょ? なんでそんなに強いのか気になるなぁ、今度ご飯でも食べながら教えてよ」
「そうだね。考えておくよ」
「おいおい
「はぁ……そうだね……」
「実奈、折角山田が話しかけてくれてるんだから溜息は良くないと思うよ」
「良太……。ごめん山田、期待してるよ」
「いや、全然いいけどよ……なんだよこの対応の差」
「僕も山田には期待してるよ。やっぱりゲームとかで戦い慣れてる感じ? 動きが違うよね」
「お、そうか? やっぱ優等生には分かっちまうんだな。俺に任せとけって!」
「実奈も偉いよ。いつも皆のことを考えてくれてるし、僕はちゃんと見てるから」
「……うん、嬉しい。ありがと」
山田たちか。
そういや今日だったな。忘れてた。
話を聞いた時は遭遇するかもと思って気に留めてたのに。
メンツは山田と、ピンク髪と青メッシュの知らん女二人。
それと隣のクラスの
同学の人間に興味はないが、こいつは俺でも知ってる。
どっかの御曹司で、いつも学年上位の成績で、学校にファンクラブまである金髪イケメンだ。
しかし山田に絡まれるのは厄介だな。
通り過ぎるまで墓石の影で大人しくしてるか。
つうかあいつ等、声デカすぎるだろ……
「まてまてまて、なんかいつの間にか取り囲まれてるぞ!」
山田がそう叫んだ頃には数十体のスケルトンに奴等は包囲されていた。
このダンジョンであの量のアンデッドが密集するのはありえない。
その場に湧かない限りは……
アンデッドは静寂を好む。
逆に言えば騒音を嫌う。
それが生者の声であれば尚のこと。
だから騒音の原因を排除するために、アンデッドは墓の中より起き上がる。無尽蔵に。
ネットでちょっと検索すれば書いてあることだ。
なんで知らずに来てんだよ……
「おりゃあああああ!」
山田が持っていた木刀を近くのスケルトンに振る。
それはスケルトンの肘に命中し、その腕を跳ね飛ばす。
「やったぞ!」
だが、もう片方の腕を振り上げて、尖った指先が山田の頬を掠める。
赤い線がじんわりと山田の頬に沿って現れた。
それと山田が叫び散らしたせいで、更にスケルトンが増えた。
「ひいいぃぃぃ!」
山田が腰を抜かす。
山田だけじゃない。ピンク髪は男二人の後ろに隠れて泣いてるし、青メッシュだって顔面蒼白だ。
冷静なのは一人だけ。
「皆、脱出用のスキルを使うんだ。時間は僕が稼ぐ」
へぇ。
金髪に黒いピアスをつけたイケメンが、白い槍を構えて前に出る。
あの槍、ダンジョンで手に入る魔道具だ。流石御曹司。
けど、見るべきはそこじゃない。
最近探索者になったばかりの高一の男が、この状況で冷静さを全く欠いていないなんて初見じゃありえない。
「僕は皆の後に帰るから心配しないで。ゆっくりでいいからスキルを使うんだ」
「あ、あぁ……」
「う、うん。ありがとう……」
「ごめん良太……」
西園寺の言葉に従って、他の奴等はスキルを使い始める。
クラスに付随する形で得られる戦闘用の『クラススキル』とは別の探索者全員が持つ汎用スキルの一つ。
〈
これを使えばダンジョンの外までワープできる。
しかし、発動には三十秒かかる。転送用の魔法陣が完成するまでその場にとどまっておく必要があり、さらにその間は他のスキルが一切使えなくなる。
スケルトンの数は大体三十匹。
その数相手に三十秒を稼ぐ?
新人が一人で?
無謀……そんな言葉が頭に浮かんだ瞬間、西園寺は数体のスケルトンを薙ぎ払い、吹き飛ばした。
その姿はどう見ても人間の身体能力を超えている。
あれは『ウォリアー』のスキル。〈身体強化〉だ。
「〈パワーブースト〉」
更に西園寺の身体が赤いオーラのようなものを纏い、輝く。
そのスキルは『エンチャンター』が使える筋力を向上させるスキル。
それを用いて放たれた突きは衝撃波を生み出し、さらに数匹を纏めて弾き飛ばす。
保有できるクラスは一人一つじゃない。
六つのクラスの中からメインとサブの二つを決め、その二クラスのスキルを使用できる。
だが、サブクラスを持つにはメインクラスが『レベル3』以上なければならない。
つまりあいつがダンジョンに入るのは今日が初めてじゃない。
山田達の詠唱が終わり、三人はその場からワープした。
すでに外に出ているはずだ。
あの優等生、中々に強い。
少なくとも山田とは段違いに期待できそうだ。
「はぁーーーーーーーーーーーーーーー」
静けさを取り戻したダンジョンの中で、その深い溜息は広く届く。
「まーーじで、使っかえねえぇぇぇ……!!」
優和な笑みも、品性のある表情も、知性的な言葉遣いも。
もはやそこには何も残ってはいなかった。
「男漁りが生き甲斐のクソビッチに、誰かに褒めて貰わねぇと生きていけねぇクソメンヘラに、自分の優位性でシコリ続けるクソオタク。マジで全員死んでくれねぇかな」
乱心と共に振るわれる槍術は、どんどん敵の数を減らしていく。
しかし、口から出る毒に群がるようにアンデッドは増えていく。
それでも荒ぶる槍術は、どれだけのスケルトンが集まろうとも止められはしない。
少なくともこのダンジョンのこの階層では圧倒的な強さだ。
「同学年で仮免持ってる奴あの三人しかいねぇってふざけんなよ。マジで全員全くこれっぽっちも使いものにならねぇじゃねぇか。あいつ等の機嫌伺いなら使えるようになるまで鍛えるって最早拷問だろ。とはいえ仮免取るだけ取ってダンジョンで心折れた先輩と組んだって碌なことにならねぇだろうし……ソロはもっと無理だ。クソ、こんなんじゃ全然だめだ」
近くに誰もいないと思ってるんだろう。
怨嗟に塗れた言葉を叫びながら、しかしスケルトンの群れを相手に一切の遅れをとっていない。
いいなこいつ。すごくいい。
心の中にあるその欲望。
そこから発展した道徳観の欠如。
なにより同年代では破格の強さ。
何を求めてるのか知らないが、この世のありとあらゆるものは金で買える。
だったらきっと、俺とこいつの目的は一致しているはずだ。
「――なぁお前、幾らで俺のものになる?」
そう声を掛けた俺に、西園寺はギョッとした表情を向けた。
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