新型コロナ ブレークスルー感染 介護現場のクラスターの実態20211030

第41話

新型コロナウイルスの感染が急拡大していた、2021年8月のおよそ1か月に、全国の100を超える高齢者施設でクラスターが発生し、病院に入院できないまま施設内で死亡する高齢者が相次いでいたことがわかりました。その多くがワクチンを接種した後で感染する「ブレークスルー感染」とみられ、施設は「医療的な措置が十分にできない介護現場で、高齢者の命を守ることは困難だ」として、支援の拡充を訴えています。



関東地方にある特別養護老人ホームでは、2021年7月から8月にかけて、ショートステイの利用者も含む入所者36人と職員7人が新型コロナウイルスに感染する「クラスター」が発生しました。


60人余りの入所者と50人余りの職員のうち、アレルギーなどがある数人を除き、ほぼ全員が7月上旬には2回のワクチン接種を終えていて、いわゆる「ブレークスルー感染」でした。


施設で最初に入所者が軽い発熱を訴えたのは、7月29日。



ワクチンを接種済みだったことに加え、職員全員が定期的にPCR検査を受けていて、ちょうど前日に全員の陰性が確認されていたことから、施設では、新型コロナウイルスへの感染を疑うことはなかったといいます。


高齢者は日頃から発熱しやすく、原因を調べるため、嘱託医に電話で指示を仰ぎ、血液検査を行ったところ、炎症反応が見られたことから、念のためPCR検査を受けることにしたのは、5日後の8月3日。


この頃には、発熱した入所者は6人に増え、その日のうちに、いずれも陽性が確認されました。


保健所の指示で、入所者全員と接触した職員のPCR検査を行ったところ、2日後の8月5日には、陽性者は、入所者28人、職員3人にまで広がりました。


“感染急拡大で病床が空いていない”


高齢者は急変しやすいことから、施設は地元の保健所に対して入院させるよう求めましたが、「地域で感染が急拡大していて、病床が空いていない。急変した際に、どうしても延命治療を希望する人以外は入院できない」と回答され、施設内で療養を続けることを余儀なくされました。


しかし、介護施設には常勤の医師はいないうえに、医療的な設備もほとんどないため、職員での対応は困難を極めたといいます。


最初は軽症だった高齢者も、次第に熱によって食事がとりにくくなり、脱水症状を防ぐため、点滴が必要になりました。また、血液中の酸素飽和度が大幅に低下する入所者も現れ始め、酸素吸入も必要になりました。


県から看護師や薬剤師の感染症対策チームも派遣されましたが、常駐するわけではなく、多くの期間は職員が手探りで対応を続け、医師が施設内で処置することは、ほとんどありませんでした。



8月半ばには80代の入所者が急変しましたが、お盆の時期で対応してくれる医師がみつからず施設内で息を引き取りました。


この時期に感染による体力の低下などもあって、この入所者を含む3人が相次いで亡くなり、その後、さらに2人がコロナが原因で死亡しました。


“介護施設は医療施設ではなく対応には限界”


対応にあたった寺田健至施設長は、「もしワクチンを接種していなかったら、もっと重症になっていたのかもしれないが、介護施設は医療施設ではなく、対応には限界がある。最善を尽くしたが、もし入院できたら助かった人もいたのではないかと考えてしまう。職員の精神的な負担も大きかった」と話していました。


施設では、いち早いワクチンの接種や定期的な職員の検査、換気や消毒といった感染対策を徹底していました。


それでもなぜブレークスルー感染が広がってしまったのか。


これ以上どう対策すればいいのか


最初の発熱は、4人部屋で生活していた人たちが中心だったため、4人部屋が続くフロアをレッドゾーン、個室が連なる場所を比較的安全なゾーンに分けて、入所者どうしの接触をできるだけ減らしました。


しかし、個室で生活する入所者にも感染が広がり、同じ4人部屋でも感染しなかった人もいて、感染ルートは特定できませんでした。


保健所からは、食堂でマスクを外して食事をしながら会話があったことが、原因の1つになった可能性を指摘されたといいます。


しかし、認知症の人もいてマスクの着用や会話を控えることなどの徹底は難しく、施設では次の感染拡大に備えて、これ以上、どう対策すればいいのか、不安を感じているといいます。


“感染が起こりうる前提で準備しなければ”


施設を運営する法人の大山知子理事長は、「万全の対策をしてきたつもりだが、それでもウイルスの侵入を防げず、感染が起こりうるという前提で準備しないといけないことを痛感した。今回は、医療支援が手薄な中、孤軍奮闘を強いられた。高齢者は急変しやすく原則入院としてほしいし、どうしても入院できない場合は、医師の支援を得られるような対応を行政でも考えてほしい」と訴えていました。


専門家「行政の責任で介護支援体制を」


介護現場の実情に詳しい東洋大学の早坂聡久准教授は、本来優先させるべき高齢者を入院させられず、施設で亡くなった高齢者が相次いだことについて、「ワクチンによって重症化が少なくなったといっても、高齢者は現実に重症化して、亡くなる人もいる。行政や保健所には、医療機関ではない施設内で療養を継続することは、原則としてやってはいけないことだという認識を持ってほしい」と述べました。


そのうえで、「第5波では病床がひっ迫し、保健所機能が回らなくなる中で、介護施設でクラスターが発生した時に現場任せとなり、施設が孤立するケースがあった。第6波に向けて、高齢者が原則入院できるよう病床を確保するとともに、どうしても入院できなかった場合に、医師が施設内に常駐して医療を提供する仕組みや、介護職の応援チームを派遣する仕組みを、行政の責任で整備する必要がある」と話していました。


沖縄の高齢者施設 “感染者が感染者を介護” その実態は


新型コロナウイルスの感染が急拡大した第5波の最中、沖縄県の高齢者施設では、入居者が感染しても入院できず、みずからも感染した介護職員が感染した入居者の介護を続けざるを得ない異常な事態が起きていたことがわかり、施設の責任者がその実態を初めて語りました。


2021年の8月上旬、沖縄県豊見城市にある有料老人ホームでは、新型コロナウイルスのクラスターが起きました。


施設では、はじめに8月8日に入居者の高齢男性2人に発熱の症状があったことから救急搬送したところ、新型コロナウイルスに感染していることがわかり、その後9日間に入居者と職員、合わせて23人の感染が確認されました。


ほとんどの人が6月までに2回のワクチン接種を終えていて、いわゆる「ブレークスルー感染」でした。


しかし、この時期、県内の医療機関の病床はひっ迫していて、はじめのころに発症した入居者4人を除いて入院することができず、施設内に、感染した14人の入居者と、濃厚接触者7人がとどまらざるを得なくなりました。


4人の職員が、昼夜問わず介護を続けていた矢先、思ってもみなかったことが起きます。


泊まり込みで介護をしていた職員2人が発熱し、感染が判明したのです。


施設の責任者は当初2人を帰宅させ、応援の職員を出してもらえないか県や近隣の施設などに依頼しました。


しかし結局、見つからなかったため、感染しながら比較的、症状が軽かった2人の職員に施設に戻って介護を続けてもらうという、苦渋の決断をせざるを得ませんでした。


県や医師などと相談した結果、感染した2人の職員は、施設の3階で防護服は着ずにマスクだけをつけて、感染した高齢者の介護を担当し、感染していない2人の職員が施設の2階で濃厚接触者を担当するよう役割を分担しました。


こうした対応は、およそ1か月にわたって続きましたが、結局、介護職員の応援が入ることはありませんでした。


途中から日中の一部の時間だけ看護師が応援に入りましたが、酸素吸入については、介護職員がオンラインを通じて医師からアドバイスを受けながら担わざるを得ませんでした。


再三にわたって県や病院に要請するも…


また、症状が悪化した高齢者を入院させられないか、再三にわたって県や病院に要請しましたが、結局、入院できず、8月20日に80代の男性1人が施設で亡くなりました。


お酒が好きだったこの男性は、施設に入居してから15年以上酒を断っていましたが、体内の酸素の値が下がり命の危険があると感じた介護職員が、泡盛を唇に塗ってあげたところ、笑顔でピースサインをして、その1時間半後に静かに息を引き取ったということです。


感染したまま介護を…


みずからも感染したまま男性の介護を続けた新垣広明さんは「自分の感染がわかってからは、家族のことなど心配はありましたが、入所者が元気になるのであれば見ていこうと覚悟を決めました。しかし、入居者が亡くなった時は、もう二度と施設で感染した人を介護してはいけないと思いました。病院であればもう少し他の対応ができたのかなと考える部分があります。感染した人が入院できる病床の確保と介護の人材を増やしてほしいと強く願います」と話していました。


一方、別の80代の女性はコロナに感染して一時は食事ができないほど症状が悪化しましたが、職員がキムチや油みそなど色々な種類の食料を与え続けたところ、体調が次第に回復したということです。


この女性は、「一時期は、自分はもうこのまま死ぬのではないかと思うこともありました。でも職員がたくさんの食べ物を次々に持ってきてくれたので何とか生き残ることができました。職員には感謝してもしきれません」と話していました。


自身も感染したまま、女性の介護にあたった大城哲也さんは「ほとんど自覚症状がなかったので、自分も感染したことで防護服なしでマスクのみで、いつものように介護ができたことは本当に救いでした。食事も十分に取れなかった方が、今は回復して私のことを『命の恩人だ』と言ってくれるので、頑張って良かったなと思います」と話していました。


“国には介護職員の派遣体制を早急に構築を”


施設の責任者の冨里司さんは「職員2人の感染が判明した時は頭が真っ白になりました。しかし、2人が離脱したら事実上対応できなくなり、お年寄りを見捨てることになるので、頭を下げて仕事をしてもらうしかありませんでした。国には介護職員の派遣体制を早急に構築してもらわないと、私たちのような事態に直面する施設が今後もでてきてしまう」と話していました。


医療コーディネーターの医師「“介護崩壊”が起きていた」


当時、この施設の支援にあたり、沖縄県新型コロナウイルス対策本部の医療コーディネーターを務める高山義浩医師は「まさに“介護崩壊”と言わざるを得ない象徴的なことが起きていたと思う。本来、感染している人は誰であっても療養するのが原則だが、支援に入れる人が確保できなかったので、働き続けるということになってしまった」と振り返りました。


そのうえで、「感染している人が働かないといけない状況は良くない。感染者が働き続けたことに問題を矮小化するのではなく、地域でそのような状況が起きてしまったことをどう捉えるのか、再発防止策を考えることが大切だ」と指摘しました。


具体的には「今回のように集団感染が起きた時に介護職が不足するのは、これまで何度も経験してきている。地域流行が起きている時には、県域を越えた支援が必要になることも踏まえて、介護職の派遣システムを真剣に考えるべきだ」と話していました。


沖縄県「介護人材どう確保するか計画立てている」


また、感染した職員が働かざるを得なかった当時の状況について、沖縄県は取材に対し、「感染者が働き続けていたということは、県としても把握していた。法律的には見過ごすことはできないが、医療が急激にひっ迫した状況で介護人材の派遣もできなかったので、そうせざるを得なかったと理解している。次の流行が来た時も第5波同様、感染者全員が入院するのは難しいことが予想され、介護人材をどう確保していくか、現在、計画を立てている」と話しています。

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宅田汰久2021年10月 宅田汰久 @takudataku2020

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