2021年、2月17日、新型コロナワクチン
河野大臣、ワクチンどうなるの?
第30話
いよいよ、日本でもワクチンの接種が始まった。
すべての国民に提供できる数を確保して接種するというのはこれまで経験したことのないプロジェクトだ。
私たちはいつ、接種を受けられるのか?
みずからを「令和の運び屋」と称する、河野太郎“ワクチン接種”担当大臣に聞いてみた。
(稲田清、高洲康平)
「デタラメ」そこまで言うなら聞かせて
「うあー、NHK、勝手にワクチン接種のスケジュールを作らないでくれ。デタラメだぞ」
1月20日の朝、スマホの通知が鳴った。
ワクチン接種を担当する河野大臣のツイートだ。
直前に放送していたNHKニュースに激しく反応。
フォロワーが200万を超える河野のアカウントの発信でリツイートも9万件を超えた。
いったい、何が「デタラメ」なのか。
そこまで言うならと、河野に聞いてみた。
「あれは、あくまで『想定』で、『現実じゃないよ』ってこと」
NHKは「ワクチンが承認された場合の計画」として、厚生労働省がすでに公表している資料や関係者への取材などをもとにニュースで報じた。
内容はこうだ。
▽2月下旬をめどにおよそ1万人の医療従事者に先行して接種開始
▽3月中旬をめどに医療従事者などおよそ300万人に接種できる体制を確保
▽3月下旬をめどに65歳以上の高齢者およそ3600万人に接種できる体制を確保
▽4月以降、基礎疾患のある人や高齢者施設の従事者などを優先しながら順次、接種を進める
▽早ければ5月ごろから一般の人への接種も開始する案も出ている
放送からおよそ1か月。
医療従事者への先行接種は、2月17日から約4万人を対象に始まり、「2月下旬」より早まって、対象も多くなった一方、高齢者への接種は「早くても4月1日以降」となり、少し遅くなっている。
河野は、こうした違いが自治体を混乱させ、厚生労働省の業務に支障をきたす事態は避けたいと神経をとがらせていたのだ。それがあの発信につながったようだ。
「報道が出ると、必ず自治体の担当者は、びっくりして厚生労働省に電話をかけてくる。その対応をしなければならなくなって、やらなければいけない作業が全部止まる。定かでない情報が流れるのが一番困る」
ワクチン接種は「政権浮沈のカギ」?
河野がワクチン接種の担当になったのは「デタラメだ」とツイートした、わずか2日前。
通常国会が召集された1月18日の夕方、菅総理大臣に呼ばれて、官邸の執務室に入った。
「いきなり『ワクチンね』と言われ、『はいはい』って。驚くけど『やれ』と言われたら『やります』と」
ワクチンは政府にとって、新型コロナウイルス対策の決め手だ。
河野がその最前線に立たされた背景には、政権の強い危機感もかいま見える。
年明け早々の1月7日。
政府は首都圏の1都3県に緊急事態宣言を出し、翌週、11の都府県に拡大した。
野党は政府の対策が「後手」で、「小出し」だと批判を強めていた。
NHKの1月の世論調査では、菅内閣を「支持する」と答えた人は40%、「支持しない」と答えた人は41%で、初めて支持と不支持が逆転していた。(2月の段階では支持38%、不支持44%)
各社の世論調査でも、内閣支持率は、軒並み下落傾向にあった。
政府・与党内では「ワクチンでは絶対に失敗できない」という声が強まっていた。
「規制改革担当大臣として、それぞれの役所にわたる問題について解決してきた手腕から、河野大臣を任命した」
菅は、河野の突破力と発信力を評価し、将来性を高く買ってきた。
政権浮沈のカギを握るとも言われるワクチン接種を何としても成功させるため、当選同期で信頼の厚い河野に白羽の矢が立った形だ。
一方の河野。
かねて、田村厚生労働大臣の業務量を心配していたと明かす。
「閣議の前に、いすに座ってるじゃない。その時、隣が田村さんなのね。ちょっと、くたびれている状況だったので、すごく心配していた。大丈夫かなって。同じ閣僚として、助けられるものは助けたい」
「総理が『ワクチン接種のロジをやってくれ』って言うから、ロジなら、その分、田村さんの肩代わりをすればいいんだから。『ワクチン行政を全部』と言われたら、いくらなんでも無理だろって思うけど、ロジとかリスクコミュニケーションなら助けになるだろうから『やりますよ』と」
しかし、ワクチン担当を拝命した翌日、現実と向き合うことになる。
「想像を絶する」
「ワクチンを接種するロジは、想像を絶する」
官邸で2時間近く菅と意見を交わしたあと、河野は絞り出すように、記者団に述べた。
何が、想像を絶するのか。
取り組まなければならない業務の概要は、以下の通りだ。
◆紙の「接種台帳」が使われている接種の記録方法をどうするか(自治体・厚生労働省などの所管)
◆ファイザー用のマイナス75度前後で保管できる冷凍庫1万台を確保し、さらにモデルナ用のマイナス20度の冷凍庫、アストラゼネカ用の一般の冷蔵庫をそれぞれ確保(経済産業省の所管)
◆冷凍庫や冷蔵庫の輸送手段の確保(国土交通省の所管)
◆都市部から離島まで、自治体ごとの体制構築(総務省の所管)
◆接種に学校を使用する際の調整(文部科学省の所管)
複数の省庁にまたがる仕事を束ねなければならない。
それがすべてうまくいって、接種は成功する。
「小泉環境大臣から『使用済みの注射器の針の廃棄は、しっかりやりますから』と言われて『そういうのもあるのか』みたいな。相当、デカいオペレーションだと、びっくりした」
河野がまず始めたのは体制づくりからだった。
「とりあえず、厚生労働省の山本博司副大臣と内閣府の藤井比早之副大臣をつけるということになって。山本さんが来て、いきなり『人が足りません』と。『おいおい』っていうところから始まり、次は『部屋が足りません』と」
河野は、規制改革を担当している現在の部下や、かつての部下の中から、厚生労働省の出身だったり、ITのスキルを持っていたりする職員をかき集めた。
「ちょっとでもかすっていれば、片っ端から首根っこを捕まえた」
スケジュール管理に神経
多岐にわたる業務の中で重視している1つがスケジュールの管理だ。
2月9日、参議院自民党は、円滑な接種に向けて地方自治体に行ったヒアリングの結果を河野に提出した。
要望項目は4461件に上り、特に多かったのが「分配計画の確定」だ。
「スケジュールを示してほしい」
「状況が不明で体制の確保が図れない」
「余裕を持って準備ができるようにしてほしい」
切迫した声が並んでいる。
計画を知りたいのは、もちろん、自治体だけではない。
いつワクチンを打てるのか、私たちの最大の関心事でもある。
高齢者への接種は、早くても4月1日以降とされているが、その先はどうなるのか。
河野に聞いた。
「一番早いケースで『4月から2か月と3週間で高齢者に打ってください』というもの。6月の第3週目までで、高齢者の2回目の接種が終わり、6月の頭に、次の優先順位の人が始まる。これが最短で、それより早くなることはない」
基礎疾患のある人などへの接種は「6月の頭」以降となり、一般の人は、さらにその先になるということのようだ。
ただ、先はまだ見通せないと説明する。
「それぞれの自治体が、まず高齢者を対象に、どれくらいのスピードで打てるかにもよると思う。人口が少ない自治体は医師の確保さえできれば、それなりにできるだろうし、人口が多ければ時間がかかるかもしれない。自治体ごとに、スケジュールがばらけるのかな、という気はしている」
確保・供給は!?
スケジュールを管理する上で重要なのが、ワクチン供給の見通しだ。
政府は、欧米の製薬会社3社と、あわせて3億1400万回分の供給を受ける契約を結んでいる。
内訳はこうだ。
ただ、実際にいつ、どれだけの量が供給されるのかは公表されていない。
さらにEU=ヨーロッパ連合は域外への輸出を「許可制」にする制度を導入した。
アメリカの製薬大手・ファイザー社製のワクチンも、ヨーロッパに製造工場があるため、この制度の対象となっている。
2月12日に「第1便」が成田空港に到着したものの、今後も輸入するたびに許可が必要になる。
「『どれくらいの数が入ってくるか』という計画を見ながら、自治体にスケジュールを言わなきゃいけないのに、いきなり『輸出しない』、『量を減らせ』というのは困る。『予約を取ったのに、ワクチンがなくなって、打てません』っていうのは、まずい」
外務大臣経験者でもある河野は、みずからの人脈を生かしながら、茂木外務大臣とも連携し、EU側に安定供給を働きかけている。
「日本は、本当に必要な分しか買っていないが、3倍以上、買おうとしている国もある。EU側は『日本向けのものは、そんなに問題じゃない』と言うが、『じゃあ、全体の計画を承認してくれ』と言っても、なかなか、そこまではいかない。『悪いようにはしない』みたいなことを言っているので、ある程度、何とかなるのではないかと思っているけど、しっかり見通せるようにしておく必要がある」
河野は、EUのフロア駐日大使を訪ねた際、外交団への接種をきちんと行うと伝えた。
一方的に要望するだけでなく、誠意を伝えることで「ウイン・ウイン」の関係を築きたいというシグナルを送ったのだという。
「大使も『日本とEUの関係を鑑みて、理解できるし、本国に伝えます』と。向こうは『で、外交団の接種は?』と言うから、そこは『ちゃんとやります』と。外交団は住民登録していないが、ルールを決めてやる。向こうも心配事があるわけだから」
河野は2月16日の記者会見で、EUからの「第2便」についても輸出の許可が出たことを明らかにし、翌週、日本に到着するという見通しを示した。
6回が5回に?
EUとの交渉が続く中、今度は、足元の、もとい“手元”の問題が発覚した。
ファイザー社製のワクチンについて、1つの容器から接種できる回数が、当初予定していた6回から、5回に減ることが分かったのだ。
シリンジと呼ばれる注射器の筒の部分の仕組み上の問題なのだという。
単純に計算すれば、接種を受けられる人数が2割近く減るおそれがある。
「もともとはファイザー側と『5回』ということで話をしていて、去年の夏ぐらいから政府が調達を始めた。それが突然『6回』と言われて、シリンジを確認してもらったら『5回しか取れない』となり、自治体に『ごめんなさい、5回です』という通達を出した」
河野は、なんとか1つの容器から6回の接種ができないか、模索しているという。
「これだけ世界でワクチンがひっ迫している時に日本だけ『5回です』というのはどうかと思う。そこは無駄が出ないように、どう対応できるのか考えている」
河野は2月16日の記者会見で、先行接種する4万人分は、1つの容器から6回分を採取できる特殊な注射器を確保できたと明らかにした。
そして「先行接種のあとの医療従事者や、その後の高齢者の分についても、何とか間に合わせたい」と力を込めた。
情報管理の新システム
接種が開始されれば、情報をいかに管理するかも重要だ。
河野は、ITに明るい衆議院議員の小林史明をみずからの補佐官に起用。
間隔をあけて2回の接種が必要なワクチンを、誰が、いつ、どこで、どの種類を接種したのか、リアルタイムで把握する新たなシステムの構築を急いでいる。
会場では、接種を受ける人が持参するクーポン=接種券に印刷してある「管理番号」や「バーコード」「QRコード」で個人情報を読み取るため、マイナンバーカードを提示したり、マイナンバーの番号を記載したりする必要もないという。
「クーポンにバーコードを印刷してくれているところは、それを読み取れば終わりだし、なくても、管理番号を読み取れれば、問題ないようにしている。いま、自治体からクーポンの画像を送ってもらい、どういう風にやればいいか確認している」。
将来的には、さまざまな予防接種の実績を反映させる「接種台帳」を、このシステムに置き換えることも検討しているという。
会場の難しさ
接種会場の準備も進んでいる。
1月27日、政府は、川崎市と協力して初めての訓練を実施した。
ファイザーのワクチンを使用する想定で、マイナス75度前後で保管できる専用の冷凍庫も持ち込まれた。
訓練の様子を撮影した動画を各自治体と共有するとしているが、課題も浮かび上がった。
その1つが、接種に要する時間だ。
接種前の問診(=予診)が長引くケースが見られ、経過観察も含めれば、40分以上かかる人もいるなど想定以上に時間がかかったのだという。
河野に懸念材料を聞いてみた。
「2つあって、1つは、予診のときに健康相談みたいなのが始まっちゃうと長くなるので、そこをどう仕切るのかということ。もう1つは、筋肉注射で、腕の上の方に打つから、すぐ出せるような服を着て来てもらわないと脱ぐのに時間がかかっちゃうかなと」
なるほど。
腕を出しやすい服を着るなど、接種会場に足を運ぶ際に心がけることもありそうだ。
みんな接種するのか
ワクチンの確保と供給に、システムの整備や会場の準備。
お膳立てが整えば、残す課題は“どれくらいの人がワクチンを打ちたいか”ということだろう。
政府は、すべての国民に接種する数量を確保するとしているが、言うまでもなく、接種は強制ではなく個人の判断によるものだ。
2月のNHKの世論調査で、ワクチンを接種したいかどうか聞いた。
「接種したい」と答えた人は、1月から11ポイント上がったものの、3割近くが「接種したくない」と答えている。
日々の取材の中でも、副反応への懸念や効果への疑問を耳にすることもある。
河野は、どう働きかけるのか。
「『ワクチンは発症予防であり、重症化予防だ』と地道に言っていかなければいけない。『ワクチンの有効率95%』っていうのは、インフルエンザワクチンと比べても、かなり有効性が高い。そこを理解をして科学的に判断していただきたい。必要な情報は、政府から、どんどん出していきたいし、あまりに“とんでも情報”は、積極的に『それは違う』と打ち消していく必要がある」
ファイザーは海外で行った臨床試験で、95%の発症を予防する効果と一定の重症化を予防する効果が確認されたとしている。
さらに、医療機関の負荷軽減につなげられると強調する。
「重症化を防ぐことは、個人の健康にも意味のあることだし、重症化して病院に担ぎ込まれる人が減れば、医療機関も楽になり、医療機関全体を支援することにもつながる。そういうことをしっかり考えてほしい」
この期に及んで、もはや愚問と分かりつつ、念のために聞いてみた。
「自身は接種しますか?」
ひと言、シンプルな回答が返ってきた。
「打ちます」
「切り札であることは、もう、各国、間違いないと言ってるわけだから、なるべく正確な情報をスピーディーに国民に出して、多くの人に打っていただければ、ありがたい」
自民党の「異端児」とも言われながら、その「突破力」と「発信力」を武器に霞が関に改革を迫り「押印廃止」などを実現してきた。
今回のワクチン接種は、国民個々人に判断が委ねられ、人口や面積など多種多様な全国各地の市町村が実務を担う。
「令和の運び屋」にとどまらず、「令和の御用聞き」として、国民や自治体にどれだけ寄り添っていけるのかが、成功させる1つのカギと言えそうだ。
ワクチンは、新型コロナウイルス対策の局面を転換する「ゲームチェンジャー」になり得るのか、そのオペレーションを引き続き、取材していく。
(文中敬称略・接種のスケジュールなどは2月16日現在)
宅田汰久2021年2月 宅田汰久 @takudataku2020
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