「第10話」好きな女の前だから


 取り敢えず戦いは仕切り直しとなった。

 俺とアポロちゃんはバトンタッチし、取り敢えず俺は荒ぶるアポロちゃんを鎮めながら石段の上に座らせた。


 「離せ! 私はまだ負けてない!」

 「落ち着けって! あのままじゃお前ひん剥かれてたぞ! 俺やアイツだけじゃない、他の奴らにも見られてたかも知れねぇんだぞ!?」


 アポロちゃんは黙り込んだ。流石のクソバーサーカーガールでも自分の下着姿を公にさらすのには抵抗があるらしい……よかった、ちゃんと女の子らしい部分があって。


 「……お前は、私が負けるって思ってたのかよ」

 「そういうわけじゃねえよ。……ただ」

 「ただ?」


 恥ずかしいが、まぁ。

 こいつの怒りを鎮めるためには言うしかないだろう。


 「……お前の下着、誰にも見られたくねぇから」

 「きも」

 「うるせぇ! ……まぁ、安心しろよご主人様」


 若干のふざけを交えながら、俺はアポロちゃんの前に跪く。


 「お前の顔に泥は塗らせねぇよ」

 「……言うようになったじゃん」


 さしずめそれは少年漫画のワンシーンとでも言うべきだろうか? 覚悟を決めた従者、託すことを決めた主人は、今この時互いに互いの名誉を預け合っていた。

 

 「じゃあ、行ってくるわ」

 「待て」


 がしっ、と。

 後ろから彼女は俺の手を掴んできた。その柔らかさ、小ささに思わず胸の奥が甘く締まって……でも。


 「死んでも負けんなよ」


 そんな意味は、無かった。


 「……あったり前だろ」


 こいつにとって俺は、ただの。


 「俺、お前以外に負けたことねーんだわ」


 ただの、友達なんだろう。


 ……それでいい、と。

 そのほうがいい、むしろそのままでいてくれればいいと思いながら、俺は土俵の中に足を踏み入れた。


 「待った?」

 「ん、今準備運動終わったとこ」


 入念なストレッチを終えたポニテちゃんは、こちらに敵意と闘争心を剥き出しにしたようなステップを踏んでいた。


 早い、そして隙がない。

 何も考えずフィジカル頼りに突っ込んでも、受け流されてズボンを盗まれる……いや、その前に土俵の外にやられる。


 「さぁて、アタシのおもちゃになる覚悟ができたってことで……遺言を聞いてやるよ」

 「遺言?」

 「今のうちにそこの負け犬ご主人様になんか言っとけよってことだよ」


 俺は眉を顰め、背後をちらりと見る。

 そこには怒りこそあるが、俺の勝利を確信して黙って見てくれているアポロちゃんが……主君が、いた。


 「……”命令してくれよ、ご主人様”」


 己を鼓舞するつもりで、背中越しに吠える。


 「”死んでも勝て”……ってな」

 「……死んでも勝て、負けたらぶっ殺す」


 命令を承った俺は、何故か体の奥が熱くなっていくのを感じていた……何ら変化はない、ただ、そこには負けられないというプレッシャーと、その中に秘められた覚悟だけがあった。


 「はっけよーい……」


 まぁ、結局は。


 「のこった!!!!」

 「「死ねぇ!!!」」


 好きな人の前だから、カッコつけたいだけなのだ。

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