「第5話」アンラッキースケベナイトメア①
授業終了のチャイムは、俺たちの戦いのゴングの如く鳴り響いていた。
「逃げずに来たことは褒めてやろう」
「逃げられなくしたのはお前なんだよなぁ……」
腕を組み仁王立ちのアポロちゃん、それに対して溜め息を禁じ得ない俺。
両者は廊下のど真ん中にて相対していた。これから始まる戦い……”手押し相撲”にてその勝敗を決するために。
「……ところでなんで手押し相撲なんだ?」
「面白そうだから」
「なんで廊下でやるんだよ、教室でいいだろ」
「うるさい。ほら、さっさと構えろよ。負けるのが怖いのかな〜?」
「オオン!? やってやろうじゃねぇかよこの野郎!!!!!」
俺は敢えて見え透いた挑発に乗った。
なぜなら俺はこうでもしなければこの卑怯者に勝つことが出来ないからである。
……例えばそれはあっち向いてホイ。
じゃんけんにも勝った、あいつが向く方向に指を指した……だが、だが! あいつは真正面を向いたまま仁王立ちをするのだ! 「正面向いてるのでセーフw」とかほざきやがって!
おまけにあっちが攻撃側に回ってみろ、今度は向かせたい方向に右フックやらアッパーカットやらを叩き込んで無理やりそちらを向かせてくるじゃないか、メチャクチャだ!
(だが、今回は違う)
向かい合って、俺は確信する。
この手押し相撲には屁理屈も、クソ戦法の介入の余地も一切残されていない。あるのはただ力と力、テクニックとテクニック……押し倒すか、相手の攻撃を避けて体勢を崩すかの単純かつ奥が深い駆け引きでしかない。
ここにいつものクソゲー要素はない。──正々堂々、勝負するだけなんだ。
「……負けても文句言うなよ」
「そっちこそ、ちゃあんと勝負しろよな?」
怪しくニヤつくアポロちゃんの顔を、今回こそは悔しさで一杯にしてやる。
そう思いながら俺は、構えた。
「はっけよーい……のこった!」
(早速来た!)
先制攻撃。アポロちゃんの華奢な両腕が、俺の掌に迫る……だが甘い、甘いぞアポロよ! そんな攻撃など、両手を右と左にどかしてしまえばいいのだ〜っ!
どんっ、俺の分厚い胸筋にアポロちゃんの貧弱な一撃が叩き込まれる。
「ふっふっふっ……手以外を押して体勢を崩してもそれは勝ちにはならんぞアポロよ……この勝負、このあんバターコッペパンが貰っ──」
がら空き、無防備、そんなアポロちゃんの掌にぶちかまそうとしたその瞬間、俺の脳裏に理性がこう問いかけた。──これ、同じ戦法とられたらどうなるんだ?
(……えっと)
まず、倒せはしない。
んで、その腕は進んで、進んで……その先には、アポロちゃんのむ──。
(あっ)
ああ、そうか。
そういうことなのか、アポロちゃんよ!
お前は初めから、これだけを狙っていたのか……!
「どうした?」
「ひいっ」
「来ないのか? なぁ、来ないのか腰抜け……オラ来いよ、これはお前が初めた戦いだろ?」
煽り口調、勝利を確信した外道の卑しい笑み。
どうせできない、やるはずがない、俺のことをそうやって軽んじているのだ。
「……あ」
ナメんなよ、この野郎。
「あぁぁぁああああああああ!!!」
そうだ、このクソ戦術には突破口がある!
そう、それは即ち”手を引っ込められる前に押して倒してしまう”ことだ!
それ以外に俺が勝利する道は、俺がやらかさない道はない!
俺は、俺が持つ全神経を研ぎ澄まし……両掌を放った!
「掛かったな阿呆が!!!!!!!!!」
「ダニィ!?」
こいつ、そもそも手を後ろに組んで胸を張りやがった──!
「──ぁぁあああああああ」
むにゅ。
「あ」
柔らかな、感触。
掠ったなどという生易しいものではない。それはもうダイレクトに、脳の奥の方に伝わるぐらいしっかりと伝わっていき……俺の心臓が鼓動を早く刻み、全身の血流が一点に集中していくのを感じた。
「あぁあああああああああああああ!!!!!!??!?!?!?!?!??」
理性が蒸発していく。やってしまった、やらかしてしまった。
……だが、彼女は笑っていた。
俺は血流の流れ行く先を察し、それが……まだこの悪夢が終わりでないことを察した。
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