エルベット編 10,【王太子】

エルベット編 10,【王太子】



 王族廟や神殿に近いので、あまり来たい場所ではない。そもそも、死後の信仰がないエルベット王族はあまり墓というものを重視しない。

 この墓は――前国王が連れ帰ったエリシアの遺体を葬ったものだ。エリシアは身勝手な出奔をし、王族籍を抹消された。その上、息子が危ないとなると都合よく父親を頼り、永世中立のエルベットが他国に関わるという異例の事態を引き起こした。

 当然、王族廟に入れられるわけはなく、前国王が神殿に頼み込んでこの墓を建てる許可をもらったのだ。

 ――義母様かあさま

 礼竜らいりょうは、死というものが分からないほど幼かった頃は、必死にこの墓にしがみついていた。乳母も、死が分かるまで好きなだけここに居させた。

 丁鳩ていきゅうが迎えに行くと、喜んで帰ったが。

 ――ライは、助かります……。

 そっと、エルベット・ティーズの花束を置く。

「これは……丁鳩殿下」

 振り返ると、神官長が来ていた。無論、こんな場所を偶然歩いているわけではなく、丁鳩の姿を見てやってきたのだ。

「お久しぶりです」

 公人の笑顔で返す。相手は神殿だ。王族といえど気の抜けた顔はできない。

「信仰とは異なりますが……少し挨拶に参りました」

「そうでございますか。礼竜殿下はよく神殿にいらっしゃいますが、丁鳩殿下はお顔をお見せくださらないので心配申し上げておりました」

 ――王族不適格で神殿から丁鳩の身柄引き渡し要請があったことは事実だ。

 それをおくびにも出さず、公人の笑顔を張り付ける。

「ご存じの通り、療養中で公務に出ることすらままならない身でございます」

「そうですね。どうぞごゆっくり静養なさってください。その王族冠に月桂葉の紋が入る日を心待ちにしております」

 公人の笑顔のまま、見送った。

 ――苦手な場所だ。

 近寄らないのはそれに尽きる。エリシアの墓を、こんな場所に建てなくても良かったのに。

 王族としての順応が低いせいか、王城の一角であるこの区域はできるだけ近づきたくない。

 ――でもまあ、行事や神事には、嫌でも出ないといけないからな……。

 例えば、正式に王族となるときの祝言。結婚式。そして葬儀。

 普通の公務で笑顔で手を振るのも苦手だが、桁が違う。

 ――せめて、ボロを出さないように気を付けるか……。



◆◇◆◇◆



「神殿に行ってきたって聞いたよ」

 もはやプライバシーなどないのは分かっている。そこは言うべきところではない。

「いえ、正確にはエリシア義母様かあさまの墓に。

 王族が墓参りなど、考えられませんが」

「神官長と会ったって?」

「はい」

「君、神殿が君を引き渡すよう言ってきたのは話したね。何も感じなかった?」

「……そういう存在ですから」

 食事の手は止まっていないが、明らかに視線が変わっている。それは、丁鳩ていきゅうの顔が公人の顔になっているからなのだが、これまで素顔を出していたことにすら気づかないのだから、分かるわけもない。

「帰って来てから、一度も神殿に行っていないわね」

 行けば丁鳩は何もされなくても、不快な思いをするのは分かっていて言う。

「……正直、苦手です」

「もうすぐ、アムとアナの成人も、貴方たちの結婚式もあるのよ?」

「……努力します」

 あくまで感情を隠し、公人の顔を見せない甥に、言いたいことはたくさんある。

 一度神殿の近くに行っただけでこれとは……。

 ――これは治療では治らない、洗脳しなければ順応できない問題だ。だが……

 ――サティラートさんは、そうなったらこの子を殺してでも攫うでしょうね……。

 矛先が国王に向いていたが、神殿のことを深く知っていたら即座にそちらに向かっただろう。

「……義叔母おばさま?」

「なんでもないわ。……で、神殿が苦手だから式の話もしていないの?」

「……申し訳ありません」

「いいよ。そんなに苦手なら。他に悩んでることは?」

「……いえ……」

 自傷の確認をする際も、わざと脱がせた状態で放置してみたが、恥ずかしいとも言わずただ従っていた。

「……せっかく明るくなってきたのに……サティラートさんの言う、【人形】ね」

「神官長と話しただけでこれならねぇ……」

 今朝、あんなに希望を持っていた姿が嘘のようだ。

「あの話……すべきかしら?」

 サティラートは、エリシアの先例を出し、丁鳩ていきゅうに王族冠と御名を突き返させた後に自分の元に帰せと言ってきているのである。当然名前がなくなるが、それは本人と話し合って新しい名前を決める。王族など縁もない生活をさせると。

 最近は、丁鳩の頭を覗いていなかったことが判明したこともあって、黙ってくれているが。この姿を見られたら、本当に丁鳩を殺しかねない。

 明日の朝食でも、その次でも……また素顔に戻っていることを願った。



◆◇◆◇◆



「兄貴、大事な話があるんだが……」

『分かってる。礼竜らいりょうだろ?』

「知ってたのか?」

『礼竜とはよく話してる。お前さんは腹が立つから話さない。

 ……で、礼竜から聞いてたからこうして今日は話してる。

 ……良かったな』

「ああ。あいつ、一生かかるって言われてる俺の治療に付き合ってくれるって……」

『お前さん、今泣いてるか?』

「……いや……」

『だよな』

 また空気が不穏になる。どうしようか焦っていると、

『お前……今、幸せか?』

「……え……」

『即答できない、と』

 明らかに怒り出した声に、

「ごめん、兄貴」

『お前が悪いんじゃない! 今回は違う! 訳も分からず謝るな!

 ……腹立つ。じゃあな』

「……ごめん……」

 立てかけた剣に手を伸ばした時は騎士たちが焦ったが、また剣を抱え髪を弄りながら座り込んでしまう。

「恐れ入ります。お体をお清めになっておやすみください」

「あ、ああ……そんな時間か……」

 立って剣を置いたので、家令は心底ほっとして浴室に案内した。



◆◇◆◇◆



「兄様が?」

『ああ。嬉しい話題でも上の空で、幸せか?って聞いたら、即答出来なかった。

 アイツ、また変なことされてねぇか?』

「僕が実習生として一緒に診てますけど、本当に治療だけですよ?」

 ならば信じていいだろう。

『おい、礼竜らいりょう。この籠、国王のところへ持っていけ』

 礼竜が行くと、国王夫妻は疑問もない様子だった。

「またお話しできるとは思わなかったわ。とても嫌われたから」

『ああ。そうだ。

 ……で、今日のアイツは明らかにおかしいんだが……何かしたか?』

「本当に、甥を大事に思ってくれるんだね」

『てめえらの甥じゃない。オレの弟だ。……で、何した?』

「信用がないのは分かっているが、本当に何もしていない。神殿の近くに行って、神官長と会ってしまった。それでああなった。

 君の言う【洗脳】で治るが、絶対に駄目だろう?」

『そうか……疑って悪かった。

 礼竜、籠を戻してくれ』

 籠を戻したのち、礼竜がまた来た。

「……兄様、何を言われたんですか?」

 王族服の端を握り締めて聞いてくる。

「当たり障りのない会話だ。だが、あの子も自分を引き渡すように神殿が言ってきたのを知っている。心中はどうだろうね」

「僕……兄様を治します」

「ああ、頼む」

 去ろうとして、

「また神殿が兄様を封印しようとしたら、今度は神殿で暴走します」

「させないよ。信じてくれ」

 頷いて、今度こそ去っていった。

 丁鳩邸の者から、もうサティラートと話させないでくれと要望があったが……必要なことだと言っておいた。



◆◇◆◇◆



 何か起こることを期待して、閉じ込めて教育の最中だったライオルを同席させた。

「イオル? お前さん、出られるようになったのか?」

「まだ途中だけれど……こうして話すのもいいでしょ?」

「抜け出せるようになったらいつでも来いよ」

 言って着席すると、また公人の顔だ。だが、ライオルに向けた顔は素顔だった。

「リデも、お前が外れて心細いみたいだ」

「はい……散々お気遣いいただいたのに、申し訳ありません」

「イオル、貴方は同等の立場になるんだから、臣下の口調はやめて」

「はい、申し訳ありません」

 ――思った通りになってるな……。

「……ま、人前で言えないことも、俺が聞いてやる。まあ、度が過ぎると神殿に目を付けられるから気を付けろ」

 ――またこんなことを言っている。

 本人はライオルを慰めているつもりなのだろうが……自分が使い捨てだと言ったようなものだ。

 ともあれ、ライオルを同席させる意味はあったようだ。もともと、危険を承知で止めようとしたり、必要以上に気にかけていた。

「あの……どちらへ?」

 事情を知らないライオルが食後に連れていかれる丁鳩ていきゅうに問う。

「色々やらかしたから、まあ、大丈夫か確認が入る。それだけだ。

 お前のせいじゃないからな。そこは勘違いするな」

 どう聞いても不安を煽る言い方だというのに、自覚すらない。

「典医に連絡して」

 帰らせたらすぐに治療だ。必要な情報は渡さなければならない。



◆◇◆◇◆



「兄様、神殿で何があったんですか? 医者として聞いています。お答えください」

 典医と共に入ってきた実習生――礼竜らいりょうの言い方に窮する。

「いや、お前さん、まだ実習生だろ?」

「いえ、経験を積むために、今日の問診は任せます」

「兄様? 医者が話せって言ってます。兄様のご病気は治療拒否できないので従ってください」

 ――立場を利用しやがって……。

「まあ、少し前の壊れた兄様なら、何もかも抵抗なく話したので、少しは言いたいことと言いたくないことの区別がついてきてます。それは喜ばしいことです」

「……丁鳩ていきゅう殿下。ファムータル殿下がこの短期間に、どれだけ頑張られたかお分かりですか?」

 確かに、勉強を始めてから実習生になるまでが短かすぎる。

「……分かった。話す。だが、医者なら守秘義務は守ってくれよ」

「当然です。さあ、話してください」

「……神殿が苦手なんだ……。

 知っての通り、俺は王族として順応できていない。神殿は、王族を管理するからな。実際、順応できないということで封印する決定もされた。

 できることなら行きたくないが……そういうことは、たとえ療養中でも通らない」

「つまり、神殿に行きたくないから義姉様ねえさまと式を挙げたくない、と」

 弟を膝に乗せ、

「……分かってる。それじゃ駄目なのは分かってるんだ。リデにも待ってもらって……」

「どのみち、アムとアナの成人と婚約で強制出席ですよ? 行けますか?」

「……なんとか耐える」

「そういう風にご自分を削ることに走るから、治らないって分かってますか?」

「……?」

 見下ろす弟の目には、怒りがある。

「意味、分かりますか?」

「……分からない」

「では、問診終了です。今後の治療に反映させます。なお、叔母さまの指示で療養していることと、兄様のご立場上、叔母さまに話が伝わるのはご理解ください」

「……分かってる」

 守秘義務で守ってもらえる以前に、人権すらない。

「先生、兄様の神殿出席、ドクターストップかけられませんか?」

「申し上げてみますが……神殿なので分かりませんし、最悪、また不適格と見なされる可能性があります」

 治療を受ける間も、礼竜は色々言っていた。途中で眠り、目が覚めたら礼竜はいなかった。



◆◇◆◇◆



「……ライは?」

「本日は神殿に呼び出されたので来られないと伝えて欲しい、とのお言葉です」

「……神殿か……」

 憂鬱になる中、治療が始まる。いつものように眠り――目を開けると困惑した礼竜らいりょうが居る。

「兄様……魔国の呪い、消えるそうです」

「――!!」

 弟の命を繋いでいる呪いだ。

「どういうことだ!? 神殿で何を言われた?」

「……封祝言……」

 もともと、雪鈴ゆすずを王室に入れることを推したのは神殿だったそうだ。魔国から丁鳩ていきゅうが送ったレースから、雪鈴の驚異的な呪祓の性質が分かった。帰国後観察したところ、雪鈴は礼竜の呪いを消していることが分かった。

 神殿の協議の末に、雪鈴ならば礼竜の子を身籠っても死なず、半々で男女が産まれ、呪いを継がない。そして――女児の誕生によって魔国の呪いは解ける。

【この王子が女児を成したなら、その女児を王位に据えよ】

 封祝言として秘めていた内容を明かしたのだそうだ。

「……待て! 呪いが消えたら、お前の遺伝病が……!」

 また、いつ死ぬかも分からない状態に戻れと言うのか? と、そこで思った。

「女児が産まれなければ呪いは解けず、どの道俺たちの代で終わる。……お前さん、子ども作るな」

「……明日は立太子式です……」

「そうか、お前さんが三人目か……」

 エルベット王室では、【王位三位おういさんい】という独特の制度を取っている。三人の王太子を選別し、その中からもっとも王に相応しいものが即位する。

 イザベリシアとイザベルシアだけで変に思っていたのだが、礼竜を入れていたのだ。

「確認する。王になるのは、お前さんの娘だな? お前さんは王太子の位についても、王にならないんだな?」

「神殿でも、いつ死ぬか分からない王は混乱を招くって言われました」

「――!!」

 言い方というものを考えないのだろうか。言っていることも酷だが、言い方ひとつでかなり変わる。

 つまり――礼竜は、使い捨て。

「お前さん、絶対に子ども作るな! 分かったな!」

 言って、抱きしめる。胸で泣く弟を、離すまいときつく抱いた。



◆◇◆◇◆



に権限がないことは分かっていますが、聞かせてください」

 夕食の席につくなり、丁鳩ていきゅうは切り出した。

 本人に自覚はないが、素顔を通り越して、魔国に居た頃のような顔になっている。

「ライは、娘が産まれたらその子を王位につけるために王太子になる。王太子教育は受けなくていいのですね?」

「教えることではないのだけれど……特別に答えます。その通りよ」

 食事にも一切手を付けない。

「ライの命を繋いでいるのは魔国の呪いです。なくなればライはいつ死ぬか分かりません。

 ご存じの通り、女児が産まれれば魔国の呪いは解ける。

 ライには、無理矢理子を作らせるおつもりですか? 使い捨ての道具として」

「丁鳩……。

 私たちに信用がないのは分かっているわ。でも、大事な子をそんな風にはしません」

「神殿が言ってきた場合は?」

 沈黙が落ちる。

「ライには子どもを作らせないでください。どの道、たち兄弟が子をなさなければ、たちで魔国の呪いは終わります」

 それだけ言うと、食事も無視して退出してしまった。

礼竜らいりょうのことが、魔国に居た頃に戻るほど大事なんだね……」

「分かってる……分かってるわ……」

 せっかく魔国も忘れさせようと必死になったのに。

 それよりも――封祝言を知っていて黙っていた自分たちのせいだと、肩を寄せ合っていた。



◆◇◆◇◆



 邸に戻るなり寝室に籠り、剣を抱いて座っていた。

「恐れ入ります。何かお召し上がりになりませんか?」

「三日ぐらい抜いても死なない。要らない」

 魔国の王太子――表情、声からして普段とは想像できない様相に、周りは怯える。

 どのくらい経ったか、

「そろそろ、お休みになるお時間です。お身体をお清めください」

「いい。このまま寝る」

 それっきり、誰も声をかけなかった。医者が来るかと思ったが、その気配はない。

 そうして、

「おはようございます。丁鳩ていきゅう殿下。本日は、お聞き及びと存じますが、ファムータル殿下の立太子式でございます。王族全員参加でございます。こちらにお召替えを」

 見やると、礼装が準備されている。

 ゆらり、と立ち上がると皆震えたが、

 剣を置き、袖を通すと安堵の息が漏れた。

 着替え終わる頃には公人の顔になっていたので、皆、胸を撫でおろした。



◆◇◆◇◆



 邸に帰ってきた丁鳩ていきゅうは、また魔国王太子の顔に戻っていた。

 礼装を脱ぎもせず、また剣を抱えて座る。

 とうとう、医者が来た。

 別に抵抗するつもりもなかったので、安易に眠らされて意識は落ちた。



◆◇◆◇◆



『いきなりあんたが声をかけてきたから、物凄く嫌な予感がしたんだが……斜め上だな?』

 丁鳩ていきゅうは、嘗て間借りしていた国王夫妻の邸の一室に移され、勝手に身を清められて着替えさせられて眠らされていた。無論、本人は知らない。

 その部屋に、国王夫妻とサティラートの鳥籠。数名の医師。

『オレがレヴィスのことで散々切れたのは見たろ? オレがレヴィスが大事なように、レヴィスには礼竜らいりょうが絶対だ。それを使い捨てるなんてなったら、どうなるか分かるな?

 立太子式で公人の所作だったって、アイツなりに必死に抑えてたんだよ!

 魔国の顔に戻った!? それがどうした! 魔国の頃なら、本当にオレ以上に暴れてるぞ! 顔だけで済ませてたんだよ。必死に自制して』

 そっと、国王は甥の顔を撫でる。清めたばかりなのだが、食事を摂っていないのでやつれている。

『おい、今、レヴィスに何してる?』

「眠ってもらっているだけよ」

『……で? 頭を弄るか?』

「できません」

礼竜らいりょうもレヴィスの為に暴走しようとしたが……それだけの覚悟がレヴィスにもあると思え。

 今、何着せてる? 王族服か?』

「いえ……普通の病衣よ」

『ああ、病気です、ってか』

 医者が、せめて点滴だけでもと話す声が聞こえる。

『レヴィス、どれだけ食ってねぇんだ?』

「昨日の朝、食べたきりよ。水も飲んでないわ。お願いだから、点滴で水分だけでも入れさせてくれるかしら?」

『オレに聞くのか? 勝手にやりゃいいだろ? 大事な人形の商品価値が下がるんだろ?』

「人形でも商品でもないから、貴方に聞いてるの。この子は、今目を覚ますと危ないから」

『……分かった。やっていい』

 その言葉で、すぐに両腕に管が通された。

『……で、オレはもうレヴィスも礼竜もそっちに置きたくない。

 今すぐ王族冠と御名を神殿に突き返して、礼竜に風成で来させろ……と、レヴィスは今は動かせねえか。目を覚ましたら飯食わせて、連れてこい。

 名無しでいい。話し合って名前は決める。自分が変えた魔国で、一人の民として生きるのもいいだろ。

 ここに居たら、礼竜は使い捨てられて、レヴィスはどうせ王族不適格で封印だ」

「返す言葉もないわ。でも、この子たちは私の子なの。それは譲れません」

 点滴の際、ずっと飲食をしていなかったので血管に入りにくく、いくつも痕がついた。その腕を見ながら言う。

『だから、それ、【魔力源】の間違いだろ』

「丁鳩も、礼竜も、大事な甥です」

『王族として生きれば地獄だ。その認識が甘くてあんたらに預けたオレが悪い。だが、レヴィスと礼竜に罪はねぇよ。返せ』

 と、治療と言う言葉が聞こえた。

『治療なぁ……。お前らの治療って、順応できるように弄ることだろ?』

「でしたら、礼竜にやってもらいます。それならいい?」

『礼竜はまだ実習生だろ?』

「ええ。でも、他は信用してもらえない。なら、あの子しかいないわ」

『分かった。話したいから連れてこい』

 すぐにやってきた礼竜は、丁鳩を見て絶句した後、

「何があったんですか!? 何したんですか!?

 兄様! 兄様!」

『礼竜。他は信用できないから、お前が治してくれ。で、治ったらレヴィスと一緒に風成でこっち来い。一緒に暮らそう。な?』

「サティ義兄様にいさま……」

『お前さんは使い捨てられる。レヴィスはどうせまた王族不適格で封印だ。

 ごめんな。こんなとこだと思わなかった、オレの甘い考えが招いた結果だ』

 礼竜はすぐに丁鳩を診始める。栄養状態も悪いが、何より感情が暴走寸前だ。そこから治療をして、起きてもらって食事を出すのがいい。

「兄様、僕が分かりますか? サティ義兄にいさま様もいますよ。

 治しますから、感情を治めてください」

 そろそろ、起こしていいかと判断し、起こす。

「……ライ……」

 目に涙を溜めた弟が真っ先に視界に入り、混乱する。

「兄様、何があったか覚えてますか?」

 丁鳩ていきゅうの頭に真っ先に浮かんだのは――

「お前は子ども作らず生きろ。どうせ俺たちの代で終わる呪いだ」

 必死に弟を抱き締めて言う。そして、周りを見渡し――

「……鳥……もしかして、兄貴か?」

『レヴィス、取り敢えずなんか食え。体力戻ったら、風成かざなりで礼竜と一緒にこっちこい。レヴィスじゃなくて、新しいお前さんの名前を一緒に考えよう。

 エリシア様って例がある。王族冠と御名を突っ返して来い』

「……兄貴……。

 ごめん、それはできない。気持ちは嬉しい。ありがとう」

『なんでだよ!?』

義叔母おばさま。俺に知る権利はありませんが教えてください。ライはに、強制的に子を作ることをさせない。呪いは俺たち兄弟が子を作らず死ぬことで終わる。そういうことで合っていますか?」

 兄の言葉に答えず、国王に言う。

「そうよ」

「な? 兄貴。そんな簡単に使い捨てなんてないんだ。

 ……俺も感情が抑えられずに魔国に心が戻ったが……そういう必要はもうないんだ」

『…………』

「兄貴、前にオレに幸せかって聞いたよな? 即答できなかったのは……兄貴が、エルベットの王族として生きる俺を見てられないって言ってたから、また怒らせるんじゃないかと思ったんだ。

 答えは、幸せだよ。本当に、幸せなんだ」

『礼竜はともかく、お前はいつ不適格で封印されるか分からないんだぞ?』

「そうならないように頑張る」

『……お前、もうレヴィスじゃねぇよ』

「……御名で呼んでくれるのか?」

『呼ぶか!』

 それっきり、サティラートは黙ってしまった。

「少し良くなったから、リデを入れていいかしら? ずっと待ってるのよ」

「はい」

 入ってきたリディシアは、またもや涙目だった。

「ごめん、感情が抑えられなかった。心配かけたな」

「……お邸の人が、それは恐ろしい形相だったと怯えていらっしゃいましたわ」

「そうだな……皆にも謝らないと」

わたくしにも、そのお顔を見せていただけませんか?」

 苦笑し、頬を撫で、

「いや、自覚なく出たから、故意には出せないんだ。それに、毒が効かないってだけで気絶したし……もう会ってくれなくなりそうで怖い」

 逆に、顔を両手で固定されて覗き込まれる。

「私の想いがその程度だとおっしゃるのですか?」

「ごめん。でも、本当に自覚なく出たから、自分で出せない。今度勝手に出ることがあったら見てくれ」

『姫さん。オレはあんたが一番憎い。弟を一番変えちまったのは、あんただ』

 割り込んできた声に、

「兄貴……何度も言うが、俺は本当に幸せなんだ。分かってくれ」

『催眠でそう思い込んでるんじゃねぇの?』

 何度か話しかけるが、返事はない。

 そうするうちに――

「失礼いたします。晩餐でございます。リディシア殿下もご同席なさいますか?」

 そんな時間だったのか。リディシアの名前だけ出たのでよく見れば、礼竜が居なかった。

「……ライは?」

「いい雰囲気だから二人だけにして、って、出たわよ。鳥籠を回収し忘れたけど……」

 よく見れば、礼竜どころか医者たちも居なかった。

「……どうする? リデ」

「ご一緒します」

 差し出された王族服に着替え、テーブルに向かい、最初の違和感があった。

 ――銀食器?

 しかも、丁鳩ていきゅうのものだけだ。

「あの、これはどういう……」

 席に着き、すぐに聞くと、

「だって君、予見の知がないから先に感知できないでしょ?」

「いえ……効きませんから……」

「君ねぇ……。

 お兄さんと魔国に居た頃、一緒に食事してたでしょ。頻繁に毒が――しかも、銀に反応しないものが入ってて、君が先に食べてお兄さんと一緒に食べてたって」

「……はい」

「君が毒見したんだよね。

 お兄さんがどんなに君を大事にしてたか、もう知ってるね? その君が、効かないとはいえ毒を口にするのを、お兄さんはどういう気持ちで見てたか、分かる?」

 ――平然としていたので気が付かなかった。

「しかも、毒が入ってると判明したものを完食してたって聞いたよ?」

「あの、……リデも居ますし」

「私は聞きたいですわ」

「お兄さんに散々頼まれた。あのお兄さんが私たちに頼むのが、どれだけのことか分かるね?

 今後、毒物は一切口にさせないよ。本来なら毒見役もつけたいんだけど……君のことだから、自分が死なないのに他の人が毒で死んだら悲しむだろうからやめた。

 イオルはもう毒の入ったお菓子をもらうことはないし、毒はもう食べさせないからね」

「……はい……」

 食事が始まると、リディシアが丁鳩を――というより、髪を見ている。

「ああ、髪は毒が出るからね。本当なら切ってほしいんだけど……魔力があるからできない。

 何年かすれば毒はなくなるよ。リデ」

 王婿に言われ、安心したようにリディシアは再び食べ始める。

「……で、今回の件だけど……簡単に魔国に心が戻るようじゃ、治療を増やすから。文句はないね?」

「……はい……」

 よく見れば、鳥籠が来ている。

「ところで、けっこう食べてないのに普通の食事を平気で食べてるね。三日ぐらい食べなくても死なないって言ったらしいけど、そんなに食事抜いてたの?」

『そりゃもう、抜くどころじゃねぇよ。眠ろうともしねぇし……』

 兄が答えてしまった。

「なるほど……今後、食事と睡眠は拒否させないよ。分かったね?」

「……はい……」

「……で、立太子式の間は我慢できたから、神殿で祝言を受けて署名する間くらいは我慢できるね? 式は早急に準備するけど、いいね?」

「……は?」

 思わず手が止まる。

 何か言う前に、

「承知いたしましたわ。ね? 丁鳩」

 リディシアが返事をしてしまい、確定してしまった。

「……兄貴……」

 鳥籠に向かって言うと、今度は返事があった。

『普段のお前さんを見るだけで耐えられないのに、王族として式に臨むお前さんを見に来いってか? 行かねぇよ。招待状も送るなよ?

 ……祝いだけ送ってやる』

「……でも、俺も祝いは送ってないのに……」

『まだ言うか! 【割り振られた予算】で出されたもんなんか受け取れるか! 手紙もらったからそれでいい』

 その後は、丁鳩ていきゅうが欲しがるものが『物騒なもの』が多いので、どういうものなら検閲を通って丁鳩に届くか、サティラートが聞く中食事が終わった。

「そう言えば剣ですが……やはり回収でしょうか?」

 別室に移され、自傷がないか確認されているときに聞いてみる。

「ああ、邸の人も怖がってるね。あんな魔力剣、そうそうないし。サティラート君が散々振り回したのと同じ魔剣だから恐怖があるし。

 でも、君の数少ない所持品だし、心が落ち着くみたいだから、持ってていいよ。

 でもね、寝室は駄目だよ。あんな狭い場所にずっと籠られたんじゃ、何かあっても対処が遅れるでしょ? なんで寝室なの?」

「床に座れない以上、寝台がちょうど良くて……」

「ああ、そうだったの。じゃあ、その都度座っていい場所を家令に指定させるから、その床だけ座っていいよ。

 その時だけだからね。他で床に座ったら、剣を回収するよ?」

「はい……」

 服を着終わってから、

「あの……兄は何をしたのですか? 邸どころか、皆が悪口を言うのですが……」

「ああ、そうだね。覚えてないんだったね。礼竜らいりょうに治してもらって思い出したら、お兄さんに誠意を込めて謝りなさい」

 お兄さんが可哀想だよ、と言われても、本当に思い出せない。

 ――まあ、ライが治してくれるまで待つか……。

 待っていたリディシアと並んで歩いていたら、手を絡めてきた。そっと握り返すと、寄りかかられて歩くことになった。

 また兄の悪口を聞かされたが……礼竜に記憶を治してもらって理解したら、謝ろうと思った。



◆◇◆◇◆



 城下には、一際目を惹く存在があった。

 婚約者のリディシア殿下と腕を組んで歩く丁鳩ていきゅう殿下。

 鈴華の節の誕生祝賀会と婚約発表以来見かけなかった姿に、人々は安堵する。

 ――恋人つなぎの練習をいたしましたのに……。

 侍女に教わって、まずは恋人つなぎだと言われたのだが、すぐに丁鳩が腕を組むように差し出してきたので、飛び越えてしまった。

 ――この方が嬉しいですから、良い誤算ですわね。

 歩きながら寄りかかる。

 馬車に乗るかと言われ、断った。ゆっくりと歩きたかったからだ。

「リデ」

 声に飛び上がると、

「ああいうの、食べたことないだろ? 食べてみるか?」

 丁鳩は串焼きの屋台を指している。

 座って待っていると、肉が串に刺されて焼かれたものを二本、丁鳩が持ってきた。

「ほら、ドレスが汚れるから。顔も汚れるが……あとで拭けばいい」

 言って、ハンカチを広げてくれる。丁鳩を真似て、串にかぶりつく。

「……新鮮ですわね……」

「まあ、お嬢様はまず食べないよな」

 言う丁鳩ていきゅうの顔は嬉しそうだ。

「魔国に居た頃は、よくお召し上がりになりましたの?」

「……どっちかって言うと、野営の時に似たようなものを食べたな」

「野営?」

 聞いたことはある。が、どういうものかいまいち分からない。

「まあ、もうすることはないがな……」

 食べ終えると、綺麗に顔についた油を落としてくれる。

「……また食べたいですわ」

「そうか。良かった」

 また腕を組んで歩く。今日の目的は礼竜らいりょうの誕生日の贈り物だ。それを探すうちに、華やかなドレスが並ぶ店の前に来る。

「ここは、アナとアムがよく来るお店ですわ。このあたりはこういうお店が集まっていると聞きました」

 リディシアがそう言うと、丁鳩は辺りを見回し――

「リデ」

 手を引かれ、一軒に入った。ドレスが並ぶ中、ざっと見た後、

「これ、着てみないか? アナ様もアム様も色とか気にせずに着てるし……たまにはいいだろ?」

 指し示すのは、コーラルピンクのドレスだ。

 戸惑いつつも試着室に入り、出ると、

「……これどうだ?」

 香水だ。

「トップノートとかラストノートとかよく分からないから、香りで選んだんだが……」

 少し嗅ぐ。

 ――これが、丁鳩の好きな香り……。

 うなじにつけると、顔を寄せて香りを嗅がれる。

「よく似合うよ。ドレスも、香りも」

 その後、細々としたアクセサリーまでつけられ、

「どうせなら、今日はこのまま回るか?」

 頬を赤らめながら頷き、差し出された手を取る。元のドレスは城に帰っているだろう。

 その後の、礼竜らいりょうの贈り物探しだが――本当に危ないものばかりに興味を持つので、止めるのが大変だった。

 やっと見つけて、帰り際、菓子屋の前で足を止める。

「……あら……」

 【ファムータルのメレンゲ人形】だが、色が濃紺と若草色だ。白と黄色と一緒に並んでいる。

「……初めて見るな……」

「ご婚約の時より並べさせていただいております。もともとは、丁鳩ていきゅう殿下のお誕生日に濃紺のみだったのですが……」

「……ああ、あのことか」

 丁鳩は思い当たる節があったらしい。かつて、礼竜が鈴華の節に濃紺の話をしていた。誕生日を覚えていなかったので分からなかったが……確かに、怒っても仕方ないと反省した。

「申し訳ございませんが、魔力による色操作になります。ファムータル殿下と雪鈴殿下のものは魔力なしでできたのですが……」

 王族全員の分を届けてくれるよう依頼し、また歩く。

 途中から、肩を抱き寄せられていた。

 王族服の上から伝わるぬくもりのほうが、何度も肌を重ねているのに熱い。

「ありがとな。リデ」

「……?」

「ライの誕生日。本当に俺はわからないな……」

 ――ドレスも、香水も、ちゃんと選んでくださったのに……

 それを口に出せず、そっと寄り添った。

 もちろん、お忍びの王族はそっとしておくという不文律はあっても、皆見ていた。幸せそうなその姿が出ることは、お忍びゆえなかったが……人々の口には登っていた。



◆◇◆◇◆



 【ファムータルのメレンゲ人形】を買ったのは失敗だった。

夕食の席で弄られるのかと思っていたが、早速、一緒に食べると呼び出された。

「聞いたよ。リデの買い物ばっかりだったって?」

「……いえ、時間的にはライの誕生日のほうが多くて……」

「そうだね、リデのものはすんなり迷いなく嬉しそうに選んでたもんね。すぐ決まるね」

「…………」

「リデのものはすぐ決められるのに、礼竜らいりょうに贈るものはとんでもないものばっかり選びそうで、止めるのが大変だったようね?」

「……はい……だから、リデに頼みました……」

「リデのものはすぐ、ちゃんと選べるのにねえ……」

 メレンゲ人形が対というのもまずかった。二つ食べ終わるまでこれは続く。

「見ていた人たちが何て言ってたか、分かる?」

「……いえ……」

「お姿が見かけられなくて心配してたけど、すごく幸せそうで良かった、って。

 何しろ帰国直後に病気と発表されて、次はあの女の事件があったのよ?」

「まあ、お兄さんにも、幸せだって言ってくれたしね」

「……」

「ところで、自分の物は買わなかったの? 前からずっと言ってるよね。残りモノ買って物を増やせって。リデの物ばっかりだよ?」

「あの……リデに、ガラスの馬の置物をもらいました」

「また馬かい。他に何かないの? 物騒なもの以外で」

「キスシーンを期待した人も多かったのよ? なんでしなかったの?」

「あの……それは……」

 いくらなんでも恥ずかしすぎる。

「どうせ、結婚披露宴では皆の前でしないといけないんだから、慣れなさい」

「……はい……」

 やっと解放されたとばかりに帰っていった甥を見送り――

「本当に幸せそうね……」

 写絵には、今回のお忍びの間の丁鳩ていきゅうの笑顔が映っていた。魔国の顔に戻った時はどうしようかと思ったが……これだけ笑えるならいいだろう。



◆◇◆◇◆



「あ、そうだ。兄様」

 診察の合間、眠る前に礼竜らいりょうが言ってきた。

「僕、明日から王太子として公務に復帰します」

「……おい」

 思わず肩を掴む。今まで丁鳩ていきゅうが知らなかったのは、知らされる権利がなかったからだ。

「お前さん、フラッシュバックは治ったのか? 王太子教育はないんだろ?」

「兄様、一度に質問が二つですよ。

 フラッシュバックは治療中です。

 あと、王太子教育は受けませんが、王太子として公務をするだけです」

 何か言う前に、

「僕の『王太子権限』ですから」

「……」

 散々魔国で『王太子権限』を弟に使った復讐だろうか?

「というわけで、治療に入ります。おやすみなさい」

「ま、待て……」

 言うだけ言って眠らされ、起きたら弟は居なかった。

 夕食の席でそのことを話題に出したところ、

「君……まさか、公務に出たいとか言わないよね? 君の病名、もう一度全部言おうか? フラッシュバックどころか、何かあれば魔国に戻る状態で出られると思う?」

「礼竜が治すって意気込んでるのだから、待ちなさい」

「……はい……」

 相変わらずの銀食器で食事を取った。



◆◇◆◇◆



「出てこられたのか、イオル」

 邸にやってきたライオルは、紅色の聖騎士装だった。明日はイザベリシアとの婚約が発表される。

丁鳩ていきゅうさま~」

「ほら、その口調。言われるぞ」

「……うう……」

 もはや隠れる必要もないので、居間のソファに座らせる。侍従が紅茶と菓子を出してくれる。邸の食器も全て銀にされてしまったが、もう馴染んだ。

 侍従に殿下と呼ばれるたびに身を竦ませている。

「まあ、婚約状態で逃げられないこともないが……」

「それが……結婚式らしいんです……」

「……は?」

 意外な言葉に、丁鳩は紅茶を飲む手を止める。

「明日、成人の祝言が終わったら、結婚証書にサインして……結婚らしいんです……」

 驚いた。自分に知る権利がないから知らなかったが、婚約を飛び越えて結婚か。

「まあ、アナに至っては、明日初めて相手と会って、結婚らしいですから……」

「まあ、政略結婚だし、普通だろ?」

「普通って、これ普通ですか?」

「お前なぁ……俺が忠告しただろ。地獄に墜ちるって」

 ちらりと、自分の騎士の女性の方に視線を向けてから、

「せっかく助けようとしてくれた人までいたのに……」

 正常な常識を持っているから、馴染まない。丁鳩が馴染まないのとは別の理由だ。

「ところで、その剣は?」

「あ、ちゃんとしたもの持てって」

「魔力は入ってるが……甘いな……俺が上からかけるか? 炎になるが」

「やめてくださいよ! サティラート様みたいな物騒な炎の魔剣になるじゃないですか! サティラート様の炎の魔剣に似てたら、皆さん怖がりますよ!」

「兄貴……ここで剣使ったのか?」

「へ? 何を……」

 ライオルなら兄が何をしたか話してくれそうだが……礼竜らいりょうに治してもらうと決めているので聞かないでいた。

「それで、教育の間の愚痴を零しに来たんだろ? 大丈夫だから言え。聞くから」

 もう引き返せない運命に墜ちた男の愚痴は、延々と続いた。

 正直に言えば、仲間が増えて嬉しいのだが……明日来るというイザベルシアの婿はどんな人物か気になった。



◆◇◆◇◆



「いいかい? リデ」

 国王夫妻に呼び出されて行ってみれば、結婚後の邸の要望を出した紙がある。

 明日は双子の王太子の成人だが、急遽彼女たちの結婚式も予定されたので準備を急いでいる。

 丁鳩ていきゅうが居ないことを疑問に出す前に、

「全部、君の趣味にしなさい。丁鳩の私室も、全部」

「でも、丁鳩の好みも……」

 邸は、丁鳩が客員王族という立場上、『リディシア邸』となることになった。それについてももめたが、丁鳩は引かなかった。

丁鳩ていきゅうの邸、どう思う?」

 質素と本人は言うが……要するに物がない。

「あんな寂しい場所じゃ駄目よ! 貴方の趣味で、全部纏めなさい!

 あの子、時間があればあの寂しい邸で剣を抱えて座り込んでるのよ?

 せめて、華やかにして!」

礼竜らいりょうが花を持って行ったのも、彼岸花の一鉢以外は要らないって言うんだよ?

 これはチャンスだ。環境から変えてあげなさい」

 しかも、その彼岸花の一鉢は、丁鳩が自我をなくした時に礼竜が置いたもので、丁鳩には『気が付いたらあった』と認識されていた。

 ――確かに、そうかもしれない。

「多分、礼竜が沢山お花持ってくると思うから、全部丁鳩の目につくところに飾るのよ?」

「はい、承知いたしましたわ」

 拒否権のないうちに決められていくことを、丁鳩は知らなかった。




◆◇◆◇◆






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る