エルベット編 9,【遺伝病と呪い】

 エルベット編 9,【遺伝病と呪い】



「ライ!」

 慌てて駆けつけると、礼竜らいりょうは苦し気に弱い息を漏らしていた。

「ライ! 俺が分かるか! ここに居る!」

 典医が処置する中、手を握り、

「……遺伝病か?」

「いえ……違います。お疲れが溜まったようです。数日で回復なさると思います」

 治る――その言葉に安堵する。もし遺伝病だったら……。

「……?」

 ふと、引っかかる。

「今まで……遺伝病の所見が出たこと、あったか?」

「いえ、幸運なことですがございません。一度始まるとかなり進みますし……」

「……」

 疑問に思い、魔力で調べる。

「殿下!」

 指先を食い破れば、自傷と見られることは承知している。それでも丁鳩ていきゅうは血呪を発動させた。

「……呪い……」

 どういうわけか、呪いがある。

「俺はいい! あとで叱られるから、俺の医者を呼んでくれ!」

 自傷の報告はもう行っているが、それより重大だ。やってきた魔国の医者に診させると、

「確かに呪いがあります」

「呪いの傷が悪化したか?」

「いえ……むしろ、これは……エルベットの血と呪いの血が拮抗しています」

 そうしているうちに、取り押さえらえる。自傷をやったのだから当然だ。

「こ、これ、治りません!」

 魔法医が不思議そうに言う。

 と、礼竜らいりょうがどうにか起き上がって、指を撫でてくれた。

「……消えた……」

「すまん、あとで説明するし、いくらでも叱られるから。

 ……血が拮抗ってどういうことだ?」

「これ以上は……遺伝病に詳しい医者と共に、ファムータル殿下の血を調べれば分かる可能性が……」

「ライ! いいか、血を取るぞ!」

 礼竜が頷いてくれたので、魔国の医者は採血していった。典医の遺伝病に詳しい方に同行するように言い、おとなしく丁鳩は連行された。



◆◇◆◇◆


「つまり、魔国の呪いを使うために指を食い破ったの?」

 義叔母おばの声は硬い。怒っている。

「はい。魔国の呪いは血で構成されますので、血を出す必要があります」

 じっと、傷が消えた指を観察した後、医者に診せる。おとなしく従った。

「呪封といい、とことん拷問ね?」

「はい、仰る通りです。ですから、俺たちの代で終わりにします」

「まあ……子どもを産むと女性が死ぬ時点で充分駄目だけど……酷い話だね……」

 今まで当然と思っていたことを言えばまた騒がれると思って、丁鳩ていきゅうは黙っていた。

「ライの今回の発熱は、疲労だそうです。それは治ります。

 遺伝病が発現していないこと、先ほど明らかになったエルベットの血と魔国の血が拮抗しているという情報……お願いですから、お調べ願えないでしょうか?」

「君ね……何畏まってるの。大事な子どものことだよ。そんなに頼まれなくてもやるよ。

 とにかく、自分で指を食い破ったんだから、ちょっと経過見させてもらうよ? いいね?」

「……はい」

 血を流すというのは、それほど重大なことだと、丁鳩は改めて実感した。



◆◇◆◇◆



 先に自分から言おうとリディシアの元を訪れたら、既に聞いていたらしく、涙目で迎えられた。

「……ごめん、でも、本当に必要だったんだ」

 手を取られ、指を観察される。

「どの指ですの?」

「左の人差し指……」

 じっくり見てから、

「では、言い訳をうかがいます」

 テーブルに案内されて、向かい合って座る。

「ライの様子を見たら、呪いの気配があって……それを見るために血呪を使った」

 国王夫妻にしたのと同じ説明をする。

「……では、礼竜らいりょうは遺伝病に殺されるより早く、呪いに殺される……ということですの?」

 その声は震えている。

「分からない。今調べてもらってる。義叔母おばさまが、分かったら教えてくれると思う」

 紅茶と茶菓子が出されたが、リディシアは手を付けない。

「今まで、どのくらい血呪をお使いになりましたの?」

「……可能な限り使わなかった。魔国を出たら、もう縁はないと思っていた」

「では、もうお使いにならないでください。わたくしに約束して」

 見つめる瞳は、怒っている。

 困った。今回礼竜に使ったし、必要があれば使うだろう。

丁鳩ていきゅう?」

「ごめん……ライに何かあれば、使う」

 黙って紅茶を飲み始めた。この沈黙は、怒りだ。

「礼竜が死ぬより、貴方が指を食い破って助かるほうがいいというのはわかりますわ。ですが、納得はいたいしません」

「……ごめん……」

「本当に、そればかりな人ですわね」

 注がれた紅茶にまた手を伸ばし、茶菓子を食べ始めたので、その場は許してもらえたと思うことにした。



◆◇◆◇◆



「――瓜?」

 その夜の食事でまた小言を言われる覚悟だったが、テーブルに着くなり聞かされた言葉に思わず立つ。

「落ち着いて。大丈夫だから座ってちょうだい」

 言われるままに着席すると、

「騎士長の報告では、納品された乾燥野菜に粉末にされた瓜が入っていたそうよ。もちろん、最初の検査で分かったそうだけど」

 礼竜らいりょうは――羊肉と瓜類が僅かでも入れば死に至る、重度のアレルギーだ。皆知っている。

「……暗殺ですか?」

「多分そう。騎士長が調べてくれるわ」

丁鳩ていきゅう? 自分で何かしようとか考えないようにね? もう魔国じゃないんだよ?」

「……はい……」

 釘を刺され、黙る。

「騎士長が調べてくれるし、徹底して検査や対策をするから。だから何もしないでね」

 重ねて言われるということは、そうする必要があると思われたということだろう。心当たりのありすぎる丁鳩は、ただ頷いた。

 ――守るのは、もう俺にはできないんだな……。

「丁鳩? 分かってる?」

「……はい」

「全然食べてないよ?」

「あ……すみません……」

 食事をかなり残した。

「心配なのは分かるけど、君にはもう何もできないししちゃいけない。分かるね? 分からなかったら、また君には、事件解決までここで眠ってもらうよ」

 無論、本気ではないことは分かっている。それほど危うく見えるのだ。それを自覚し、頷いた。

「少し、食事を出すように言って。食べさせるように」

 邸の方へ向かった丁鳩は、絶対に礼竜のところへ行く。そこで食べさせるように指示した。



◆◇◆◇◆



「……おい」

 朝食後、典医が来るなり言う。

「何やってんだ。ライ」

 典医と共に礼竜らいりょうが入ってきた。

「お前さん、熱が下がったばっかりだろ? ゆっくりしてろ。ここで休むか?」

 無理矢理にでも自分の寝台に押し付けようと手を伸ばすが……

丁鳩ていきゅう殿下。実習生がつくと申し上げたはずですが」

「ん? ああ。言ってたな」

「実習生です」

「……待て」

 前に出された礼竜に聞く。

「お前さん、もう実習に出られるとは聞いてねぇぞ。一日にどれだけやった?」

「講習中の情報は守秘義務です!」

 堂々と医者の正論を言ってくる。

「実習ですので、あくまで私の治療を見ながら学びます。よろしいでしょうか?」

「……わかった」

「常識的に、王族に実習生が当たるなんて有り得ないから、普通そこで気づきますよ? やっぱり兄様です」

「やかましい」

「じゃあ、自傷がないか見ますので脱いでください」

「既に見られてる!」

「いえ、何度もチェックします! 脱がないなら、風で服を切りますよ?」

「…………」

 好きにさせようと、従った。

 本当に実習らしく、典医に色々聞いたり質問したりしていた。

 瓜の話をしたかったが、自分には何もできないと言い聞かせた。



◆◇◆◇◆



「兄貴……」

 夜の寝室にて。ここ最近頻繁に呼んでいるが、相変わらず返事はない。

 もしかしたら、鳥籠を隅に置いてしまったのだろうか。

「兄貴……やっぱり話してくれないか?」

『……お前なぁ……』

「兄貴!」

『分かりやすく喜ぶな。しょっちゅう呼びやがって。

 だんだん不安そうな声になるし、虐めてるみたいで耐えかねて返事しただけだ。まだ怒ってるからな』

「……分かった。ありがとう」

『……じゃあな』

「あ! 兄貴!」

 返事はなかったが……口をきいてもらえただけでも良かった。

「そう言えば……もうすぐライの誕生日だな……」

 先にイザベリシア、イザベリシア両王太子の誕生日兼婚約発表だが、そちらよりも重要だ。

 自分で作れれば作るが……生憎『物騒なもの』の制作にしか自信はない。となれば、城下で探そうか……。

 ――城下の店って、あまり見てなかったな……。



◆◇◆◇◆



 とてつもなく嫌な予感がして、すぐにリディシアの邸に向かう。服装は、王族服ではなくクロゼットに準備されていた普通の服だ。魔力強化はされているが。サティラートのおかげで、王族服以外も準備してもらえたし、それで出ても良いことになった。

 邸に行くと、ますます嫌な予感が本物だったと実感する。そのまま厨房に行くと、予想通りの光景だった。

丁鳩ていきゅう?」

 リディシアは酷く驚く。

「お約束の時間はずっと先ですのよ?」

 連絡をもらって、惨事を防ぐために来たのだが……それを言うと傷つくだろう。

「それに、その格好……」

「王族服は広がるからな。……で、これ知ってるか? エプロン。

 料理は服が汚れるから、先に汚れてもいいようにつける。

 予算で好きなだけ買えるっていっても、無駄にするのは勿体ないだろ?」

 リディシアは普段のドレスを着ていた。欲を言えば、汚れても惜しくない格好をしてほしいのだが……この純粋お嬢様のクロゼットにそれはないだろう。

 丁鳩がエプロンを付けるのを見て、リディシアも付けた。

 ざっと食材を見て――

「これは調理が難しい。これも、このあたりのは全部退ける」

「……?」

 取り敢えず茸が分かりやすいかと目を付け、

「リデが持ってるナイフは肉用。野菜にはこっちだ。

 茸は、上の傘は食べられるが、下の石突――これだ。これは食べられないから切って捨てる」

 言いながらやってみせて、リディシアにナイフを握らせる。

「持ち方はこう。そこに指を置くと切るぞ」

 茸が分かったら、ホウレンソウ、じゃがいも、人参などを切って実演し、やらせて教え、

「……で、この魚は、はっきり言って難しい。

 だが、基本だけ見ててくれ。こうやって処理する」

 処理した魚を見せて、

「ここは食べられる。で、この骨やひれだらけのところを食べると、下手をすれば喉に刺さって医者の世話になる。だから食べられない。頭は、カマとかは食べられるが……調理が難しい。

 ……で、魚の基本はこうなんだが、この魚は身にも細かい骨があって、別の処理が要る。上達してからだ。易しい魚なら今の通りで大体大丈夫だ」

 材料を切り終え、火加減は急に強火にしないとか、生焼けのことを解説し、

「最後に、こうやって少し小皿に入れて、実際に食べてみる。『味見』っていう。で、味が足りないと思ったら調整して、また味見。

 最初に味を濃くすると、薄くできないから失敗する。気を付けろ」

 出来上がった料理は、当初リディシアが上級者向けを多く用意していたため、材料が少なく、それなりの量だった。そもそも教えるのに大半を注ぎこんだため、時間もかなりかかった。

 テーブルに量の少ない料理を置き、

「どうだ? 自分で食べてみて」

「こんな過程がかかるなんて、存じませんでしたわ……」

「刃物の扱いはくれぐれも気を付けろよ。怪我ができない立場なんだから。

 あと、火の始末を間違うと火事になる」

 侍女たちが、感謝の視線を向けている。予想した通りの展開だった。

「……礼竜らいりょうが、雪鈴ゆすずの料理が美味しいから他で食べたくないって、嬉しそうに言うので……」

 ああ、それでか。と納得した。

丁鳩ていきゅうはお料理なさるのですね」

「まあ、魔国にいたころやっていたしな。所謂自炊だ」

 自炊になったのは、頻繁に毒が入ったからなのだが、この前毒が効かないと言って卒倒させたので伏せる。ついでに、サティラートと交代で作って一緒に食べていたが、兄が嫌われているのでそれも言わない。

「雪鈴とはよく話すのか?」

「はい。時々お邪魔しておりますわ」

「雪鈴のほうがよっぽど上手だから、頼んでみろ。俺に習うよりいい」

 皿の少ない料理が減ると、リディシアの手が止まった。量が足りないことは明白だ。

 と、侍女が自然に、別の厨房で作っていた料理を並べてくれる。

 助かったと、リディシアの顔に書いてある。

「ごめんなさい。手料理を作りたかったんですけれど……教えていただいて……。これなら、叔母さまたちとお召し上がりになったほうが良かったですわね」

 リディシアの連絡を受けてすぐ、義叔母おばに行けないことを連絡し、駆け付けたのだ。いつぞやのお嬢様集団の悪夢を再現させないために。

「いや、気持ちが嬉しかった」

 それも本当だ。

「また作りたいなら呼んでくれ。それか、雪鈴に習ってから作ってくれ」

 食事を終えて去るとき、呼び止められた。

「今日は本当に申し訳ありませんでしたわ。

 代わりに、何か私にできることはございませんこと?」

「いや、本当に嬉しかったから。……あ」

「何かございますの?」

「いや……ライの奴、もうすぐ誕生日だろ? 俺は手作りとかできないから、何か城下で探そうと思ってるんだが……俺は感性がおかしいから、一緒に選んでくれねぇか?」

 ――つまり、デートだ。そう一石二鳥に考えたリディシアは頷く。

「いつになさいますの?」

「俺は公務に出てないから、リデの都合のつくときに頼む」

「分かりましたわ!」

 早速侍女にデートの基本を聞いたことは言うまでもない。



◆◇◆◇◆



「どうだっかしら? 昨夜は?」

 予想していたが、朝食がはじまるなりその話題だ。

「一緒に料理をしたそうだね。……というより、君が教えてたって聞いたけど」

 明らかに楽しそうだ。

「楽しかったですよ。気持ちが嬉しかったですし」

「うんうん。お嬢様集団で大変なものを食べたもんね」

「それ……リデには言わないでください」

「まあ、そのまま泊まるかと思ってたけど」

「いや……頻繁過ぎませんか?」

 王婿は含み笑いし、

「頻繁過ぎるって」

「あら、いいわね~」

「……?」

 取り敢えず、その程度からかっただけで満足してくれたので食事を続けていると、

「例の、エルベットの血と呪いの血が拮抗ってお話だけど……」

「――!!」

 なぜこんな時まで教えてくれないんだと思ったが、そもそもそういう立場になく、教えてくれるというだけでも幸運だと自覚し、続きを待つ。

「どうやら、魔国の呪いの血が、エルベットの遺伝病を抑えているらしいのよ」

「それはつまり……魔国の血があるから、ライの遺伝病が治まっていて、魔国の血がある限り生きてられると……そういうことですか?」

「ええ。複数の意見を合わせたけど、そういう結論よ」

「つまり――ライは、死なない?」

「う~ん、アレルギーとか、別の病気とか、事故とか、寿命とか……普通に死ぬね」

「いえ、遺伝病は脅威ではないと?」

「そう。とんでもなく怖い呪いだけど、いい面もあったんだね。ということで、くれぐれも、もう指を食い破ったりしないように。

 まだ教えてないから、教えてあげて。あ、食べてからね」

「……はい!」

 いつになく活発に食べて自傷の確認を受けて、嬉しそうに去っていく後ろ姿を見送り――

「あの子の生きる力にもなるといいね」

 今までで一番希望のある顔をしている甥の将来を願った。



◆◇◆◇◆



 邸に行ったが居なかったので、自分の寝室で待つ。

 もちろん――典医にくっついてくる実習生を。

「ライ!」

「兄様?」

 いきなり力いっぱい抱き締められ、

「痛い! 兄様! 潰れます!」

「……あ、すまん」

「兄様馬鹿力なんですから、気を付けてください! サティ義兄様にいさまに言いますよ?」

 礼竜らいりょうを下ろし、目線を合わせ、朝食の時に聞いた内容を話す。

「僕……死なないんですか……?」

「事故や他の病気やアレルギーや寿命で普通に死ぬ。あと、陽に弱いのは変わらないらしいから、気を付けろ」

 一気に顔が喜色に染まる。

「兄様! ずっと一緒ですよ? 僕が兄様治しますから、一緒に公務に出ましょうね!」

「……ああ。待ってる。頼むな」

 礼竜は上機嫌に、

「では、服を脱いで! 自傷がないか念入りに調べます!」

 またそれか、と思いつつ従った。

 やけにやる気な礼竜に、身体が弱いのは変わらないから無茶はするなと言ったが……聞こえているか分からなかった。



◆◇◆◇◆








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