エルベット編 8,【彼岸花】

エルベット編 8,【彼岸花】



 ライオルに話したことは全て漏れた。つまりは、雪鈴ゆすずのような家庭料理が好きだという呟きも漏れた。

 気を遣ってくれたのだと思うが……度々、礼竜らいりょうに食事に誘われる。ファムータル邸だったり旧エリシア邸だったりするが……今日は礼竜の邸だ。

 上機嫌に雪鈴の料理を食べている。相変わらず花に満ちた邸だ。アマリネが何故か多い。気に入っているのか……。

「そう言えば……兄様、お花は要りますか? お邸が殺風景です」

「いや……お前さんがくれたアマリネだけで充分だよ」

 いつの間にか寝室にあった、真っ赤なアマリネ。赤があるとは知らなかったが、弟なら植物の遺伝子を弄って作れるかもしれない。現に、ここにも赤いアマリネがある。

「……アマリネ……」

 一気に雰囲気が変わる。

「……おい? ライ?」

 暫しの沈黙の後――すごい勢いで料理を食べると、

「兄様はゆっくりお召し上がりになってください。美味しいでしょ?」

「おい、ライ?」

 言って立つのを追いかけると、私室に入った。本を読んでいる。

 ――医学書?

「……ライ?」

「僕、魔法医の資格取ります」

 本から目を離さず言ってくる。

 まあ、それはいいが……どうしても言わないといけないことがある。

「ライ。どうしても確認したい。お前さん、何の治療を受けてるんだ? 麻薬の後遺症はもうないだろ?」

「……暗示がなくなったから、疑問持っちゃったんですね」

 相変わらず医学書から目を離さず言われた言葉は、どういう意味だろう。

「僕が叔母さまに頼んでました。眠らせて暗示かけてくれって。

 サティ義兄様のせいで中止されたから、疑問に思ったんですね」

「ちょっと待て! どういうことだ!?」

 慌てて掴んで揺さぶると、

「僕が魔国で頭に流し込んだ写絵のフラッシュバックが酷いんです。頻繫に起こるから治療してもらってます」

「何で言わないんだ!?」

「兄様だからです!!」

 また医学書を開き、

「雪鈴のご飯、冷める前に食べてください。せっかく作ってもらったんですから。

 兄様を案内して」

 弟の騎士が有無を言わさずテーブルまで連行する。そこに、雪鈴が居た。

「…………」

 ふいっと、行ってしまう。

 ――嫌われたな……。まあ、名前の由来も覚えていない体たらくだ。

「……すまん……」

「理由がお分かりになったら、謝ってください。それまでは聞きません」

 少し前まで、無邪気にいつもニコニコしてくれた弟は……もうすっかり変わってしまった。自分のせいだが、謝れない。分かってから謝れ……か。



◆◇◆◇◆



 義叔母おば義叔父おじから本や写絵などが来ているが……一度も見ていない。

 私室に置いていた愛剣は、寝室に移動していた。いつもここで持つからだ。

手に取ると、騎士が反応するが、

「大丈夫だ。抜かない」

 いつものように言って、寝台の上に座って愛剣を抱く。

「…………」

 床に座れないから寝台に座っただけだ。愛剣の無機質な感触は懐かしい。

 金糸の髪が零れてくる。サティラートが、散々、自分のものだと言い聞かせてくれた。

 それが嬉しくて、指に絡める。

 何かあれば、時間が来れば呼ばれるので、それまでそうしていることが多かった。



◆◇◆◇◆



『ところでお前さん、傷は消さないのか?』

 夜に兄と話していると、ふとそんな話題になった。

「確かに、不自由も多いし、周りの目もあるけどよ……」

 夜間でも、外出する時――要するに王族占有区画を出るときは、手袋とストールを身に着けさせられる。城下へのお忍び外出は、傷を消してからにしてほしいと断られる。

 腕を捲って傷跡を撫でながら、

「けっこう気に入ってるんだ」

『…………』

 丁鳩の言葉が気に入らなかったのか、沈黙が流れた。

「そうだ、兄貴。

 実は……リデなんだが……」

『姫さん?』

「兄貴の噂だけで怖がっちまって……直接面識ないだろ? 一度、話してくれないか? すぐに誤解は解けると思うんだ」

『…………』

 また、沈黙。

『前に、礼竜に言われた。お前さんが雪鈴の名前が決まった時のことを覚えてないってな。

 まあ、お前さんが眠っている間に、関係が深くなって婚約したんだから、お前さんには理不尽な怒りだよな……』

 なんだ、そういうことか。自分の記憶が飛んだのかと思っていた。

『オレがお前さんを斬った時も、お前さんは意識なかったから、どうなってその傷がついたかも知らないだろ。お前さんが気に入ろうと止める筋合いはない』

「……ああ……」

 また沈黙が落ちた。

『……順番に言う』

 固い声――控えめに言って怒らせた。

礼竜らいりょう雪鈴ゆすずに婚約を申し込んだのは、散々お前さんが焚きつけた結果だ。お前さん、見ていて喜んだはずだが……覚えてない、と』

「…………」

『悪いな。鎌かけた。オレを恨め』

 溜息が聞こえ、

『お前さん、礼竜にもらった花は何て名前だ?』

「アマリネだろ? ライのやつが赤くした」

『まあ……ここらで見る花だと、それが一番似てる。

 あれは、彼岸花っていう、雪鈴のレースの花だ。礼竜は分かると真っ先にお前さんを呼んで見せた。お前さんも礼竜も喜んだろ?』

「…………」

『これも覚えてない、と』

 怒気がどんどん増していく。

『次に、お前さんをオレが斬った時だが……お前さん、動けない状態だったが意識はあったぞ。オレが罪に問われて殺されるって心配してたろ』

「…………」

『最後に、オレと姫さんが面識ないって話題だが……本っ当に驚いた。

 赤子の礼竜とお前さんと一緒に前王陛下にエルベットに連れて行ってもらって一緒に居たろ? 当然会ってる。オレはよ~く覚えてるぞ? お前さんを何度焚きつけてけしかけようと思ったか。

 ……で、最近も会ってる。一度はお前さんが一時的に正常だった時に泣きながら抱き着いてたから冷やかした。お前さん、オレと礼竜に助け求めたろ。助けなかったけど。

 次に、心が壊れてる時にお前さんに会いに来た。誰を信用していいか分からなかったから我ながら酷なことも言ったし、お前さんの様子に耐えられず出て行ったから、オレが嫌われたのも道理だ。

 ……結論。

 お前さんは、少なくとも記憶はまともじゃない。しかも、子どもの頃まで抜けるほどの深刻な状態だ。

 誰か側にいるんだろ? 医者に診せてくれ』

 言うまでもなく、ここまで聞かれていては言い訳できない。騎士に促されるまでもなくソファを立った。

『誰か、この籠も一緒に持って行ってくれ』

 サティラートが言うと、護衛の一人が鳥籠を持った。

「兄貴……ごめんな。最後まで失望させた」

 返事はなかった。



◆◇◆◇◆



 あの部屋に連れていかれるかと思ったが、国王夫妻の邸についた。

 すぐに義叔母おばが抱き締めようとするのを押さえて、

「……あれほどご温情いただいたのに……全て不意にしてしまいました。申し訳ありません」

「……?」

『意味が分からないだろうからオレが解説する』

 黙っていたサティラートが口を開いた。

『コイツは、また王族不適格で封印されると思ってるし、それを当然として受け入れてる。

 記憶がごちゃごちゃだから、だ』

丁鳩ていきゅう……!」

 義叔母おばが自分の肩を掴み、

「そんなわけないでしょう! どうしてそうなるの? そこまで信用してもらえなかった!?」

 涙を浮かべて必死に言われるが……どうしたらいいのだろう。

『記憶がごちゃごちゃだってことに気が付かなかったのは、コイツの頭を調べてないって証拠だな。正直、オレがいなくなったらまた何かするんじゃないかと不安だったが……ハッキリ言う。見直した。それだけは褒めとく』

「……兄貴?」

『お前は黙れ。喋りたくない。

 ……で、コイツ、封印が当然と思うどころか、寧ろ望んでる。

 麻薬漬けにされた礼竜も希死願望持ったが……それよりもっとタチの悪い、根っからの希死願望だ。すまん、気づかなかったオレが悪い。

 自分を粗末にするのもそこから来てるんだろ。そりゃ、粗末にすれば早死にするからな。

 オレにはどうしようもできない。勝手で悪いが、頼む』

 すぐさま手を引かれ――その辺の部屋の寝台に魔力拘束される。

「希死願望は同意なく処置でき、かつ緊急ですので処置させていただきます」

 魔法医に囲まれそう言われ――抵抗しようとしたが魔力が使えず、意識は消えた。


◆◇◆◇◆



 魔力の気配を感じ――目を開けると、泣き腫らした大きな赤い瞳が覗き込んでいた。

「……ライ……」

 泣いてる……。手を伸ばして涙を拭おうとするが、

「兄様の馬鹿! 大馬鹿!!」

 腕を掴み、この弟なりの最大の罵声を浴びせてくる。

「何で言ってくれないんすか!? いっつも一人で色々やって、僕がどう思ってるか分かりますか!?」

 謝ろうとして……意味が分かってから謝れと言われたことを思い出す。

「お義兄様にいさま

 雪鈴ゆすず礼竜らいりょうをそっと抱き、

「ライがどうして魔法医の資格を取ろうとしているか、分かりますか?」

「……いや……」

 正直に答える。

「そうですよね。

 ご自分で気づいて欲しかったんですけど……ライは、お義兄様を自分で診たいって言いだしたんです」

「……! ライ……」

 起き上がろうとするが、まだ身体が動かない。

「無理ですよ。かなり深い治療だったので。

 ……もう知りません!」

 言うなり、雪鈴と共に風成かざなりで行ってしまう。

「……ご報告いたします。とりあえず処置は致しましたが、かなりの重症なため、引き続き治療を受けていただきます。

 なお、今回は緊急の希死願望のみなり、記憶の混乱はご同意いただけてからになります。こちらが同意書です」

 渡された同意書に目を通すうち――

『おい、なんて書いてあるか読み上げろ。ソイツの声は聞きたくないから、別の奴』

 医者が読み上げると、

『……まっとうな内容だな。もう信用してもいいか』

 身体を起こしてもらって、テーブルが来る。

 もう一枚同意書があった。傷を消す内容だ。

「……すまん、両方拒否する」

 言うと、義叔母が何か言うより早く、

「失礼いたします。丁鳩ていきゅう殿下。

 こうして発言することをお許しください。

 中庭で、サティラート様と真剣で打ち合いをなさったことは覚えておいでですか?」

 膝をつき、丁鳩の手を握って騎士長が言う。

 首を横に振ると、

「殿下を保護した後、壊されたお心をなんとか取り戻そうと必死になっていらっしゃいました。殿下を害したエルベットの人間は信用できないと、医者も寄せ付けず……。魔法医に診せれば簡単なものを、何の知識も魔力もない身で、それは懸命に……。

 ですが、ついに魔が差して、殿下を……殺そうと、斬りつけたそうです。そうしたら、殿下は剣を抜いて反応なさった。

 周りにどう言われようが、とにかく思い出を引き出そうと……ずっと殿下を呼び続け……帰っていらっしゃるチャンスと思えば、どうあっても戻って来ていただきたいと……。

 そうして、殿下は帰ってこられたのです。

 ……その傷、サティラート様は望んで付けたわけではございません。殿下のお命を盾にするしか、殿下をお救いする手段がなかったのです。

 薬も効かず、消毒して包帯を巻き続け……どんなお気持ちだったか、分かりますか?

 お願いでございます。サティラート様の為に、せめて傷だけはお消しください」

 手を放し、最敬礼して下がっていく騎士長。

「……兄貴……」

『…………』

「……ごめん」

 言って、傷を消す同意書にはサインする。

 すぐに治療が始まる。

 何度か兄を呼んだが、答えてくれなかった。



◆◇◆◇◆



 今後の治療方針の説明を受けて邸に帰された。食事は要るかと聞かれたので、要らないと答えて寝室に入る。

 愛剣は回収されずに残っていたが、抜けないようにされていた。手元にあっただけでも良かった。

 いつもの通り、腕に抱いて髪を弄りながら寝台に座る。

 どれだけ経ったか――

『お前さん……いつも度々言ってるよな。平気で。

 オレや祖母ばあさんが、お前を憎んで当然だって。それが普通だと』

 いつの間にか、寝室に鳥籠が置かれていた。どうやら、魔導士が魔力で繋いでくれているらしい。

「……母親がどうなったか、父親がどうなったか……考えるまでもない」

『この馬鹿が!!』

 声だけだが、表情がありありと浮かぶ。

『そんなんだから、お前はおかしいんだよ! オレたちの気持ちが分かるか!? 祖母ばあさん、お前がそれ言った時、隠れて泣いてたぞ!!

 人の気も知らないんだな!!』

「兄貴……」

はらわた煮えくり返ってる。暫く会わん』

「また……話してくれ。俺は分からないから」

 返事は期待していない。ただ、聞こえていればいいと思った。

 そうして、時間が過ぎ――

「失礼いたします。国王陛下が一緒にお食事を、と」

「……ああ。夜か?」

 立ちながら聞いてみる。窓もないので分からない。

「はい、晩餐でございます」

「すぐに……いや、少し寄り道してから参りますと伝えてくれ」

 剣を立てかけ、同じく男性王族棟の弟の部屋に行く。

「ライは居るか? 少し話したいんだが……」

 言うと、すぐに出て来てくれた。会ってくれて良かった。

 頭に手を置いて、

「俺が直接言うつもりで、義叔母おばさまたちには伝えないでくれって頼んでたんだが……記憶の混乱は治療に同意してない」

「あんな無茶苦茶な同意書にためらいなくサインしたのに、ですか」

「ああ。……もう、見られたくないんだ」

 弟は怒り出すかと思ったが、

「それを、直接言いに来てくれたんですか?」

「……? ああ」

「分かりました。だったら、僕が魔法医になって治します。それなら治療受けてくれますか?」

 怒りもせず、真剣な目で言っている。

「……聞いているかもしれないが、一生かかっても治らないほどだ」

「知ってます。僕が魔法医になったら、兄様の主治医になります」

「……そうか……一生かかる治療をしてくれるか……」

 そっと、抱きしめる。

「だったら、長生きしてくれよ。ありがとな」

「兄様こそ、変なことしないでくださいよ」

 言って邸に戻ってしまう。

 長い治療をしてくれると言ったのだ。長生きしてくれるという発言と見ていいだろう。

 それから義叔母おば義叔父おじと一緒に食卓につく。

「……?」

 なんだか、視線がおかしい。心配をかけてしまったが、そういう感じではない。

 何故か――表情を見られている。

「あの……ご心配おかけしたのはお詫びしますが……何かありましたか?」

 耐えかねて聞くが、答えのないまま、妙な感じで終わった。

「さ、こっちよ」

 食べ終わるなり、いつもの診察に使っていた部屋に連れ込まれる。

「あの……傷はもうありませんが……」

「君、自分の病状知ってる? 自傷がないか調べる必要はあるよ」

 言われて、そうだったと服を脱ぐ。

「あの……義叔母おばさま……全身を見ていただかないと……そこはもう治っていますから……」

 服を脱いでなお、義叔母は、傷があった腕を撫でていた。

「すいません、恥ずかしいので早くしていただけますか?」

「あら、そうね」

 言うと全身の様子を診られ、服を着る。

 やはり、視線がおかしい。悪意や殺意には自信があるが、分からない。

 邸を出るまで結局いつものように手を握られ、離す前に、

「あ、そうそう。これからは、朝と晩は同席してもらいます。公務の空きがあれば、お昼も」

「……え?」

「邸でじっと剣を抱えて座ってる子を、一人にしたくありません。

 本当はここに居て欲しいのだけれど……譲歩しました」

「……はい……」

 反論の余地もない言葉に、ただ頷いて邸に戻った。


「あの子、気づいてないわね」

「言っちゃだめだよ。指摘したら気が付いて公人に戻るから」

 甥が素顔で居たのが嬉しくて、そんな会話を交わしたが……甥なら言うまで気が付かないと思った。



◆◇◆◇◆



「……リデ。夜這い癖でもついたか?」

 寝室にて。寝る頃に誰かが無言で通したのは、リディシアだ。

 目に涙が溜まっている。

「ごめん。……ああ、聞いてたよな。ごめんな、俺から行くべきだった」

 何も言わず、丁鳩に抱き着いて泣きじゃくる。

「本当に悪かった。そもそも、記憶が混乱してる自覚はあったから言うべきだったな……」

 完全に自分が悪い。昼間剣を抱えていないで会っていれば良かった。

「貴方にとって……私な何ですの……」

「本当に俺が悪かった。謝る」

 兄や弟から分からない人間と言われる丁鳩で分かるのだから、大概だ。

 やがて――手を絡めてくる。ドレス越しに、肌が触れる。

「――! 待て、今日何日だ?」

 何を言ってるのかという様子でリディシアが答えた日付に、青ざめる。

 魔国の呪封の効果は三日だ。三日ごとに魔国から連れてきた医者にやってもらってたが、色々あってされないままだ。

 もし、あんな拷問のようなことをしていると話したら……二度と抱かれてくれないかもしれない。

「……そうだ、少し夜風に当たらないか? 俺は時々出てるんだが……」

「夜のお散歩ですの?」

 興味を引けた。魔国の医者には、念のため二日に一回に変えてもらおう。

 とりあえず、散歩で妥協してくれたので、寝間着から着替えようと離れたら、腕を取ってじっと見られる。

 安心したように、頬を寄せていた。

「……ごめんな」

 言って着替え始めると、誰も考えることは同じなのか、変な傷がないかじっくり見られた。

 愛剣は抜けないので短剣をくれと言う前に、

「申し訳ございません。刃物はお持ちいただけません。我々がお守りいたしますので」

 苦笑した。それはそうだ。愛剣が残っていることの方が異常だ。

 リディシアは夜の散歩が初めてだったらしく、丁鳩の手をぎゅっと掴みながら、昼間とは違う様子に興味津々だった。

「――リデ。見てくれ」

 そっと上を見る。

「この空はどこから見ても同じだ。こうやって夜空を見るのが好きなんだ」

 兄は嫌われているみたいだから、兄と見た想い出は言わないでおく。

 しばらく夜空を見上げたあと、疲れた様子だったので邸まで送っていった。



◆◇◆◇◆



 昨日言われた通り、朝食に顔を出すが、昨日と違う違和感があった。

「……誰かいますか?」

 見れば――かつてとんでもない女に迫られた嫌な思い出のある部屋に気配がある。

「あら? わかった? イオルよ。

 誕生日までに教育してるの」

「ああ、なるほど……」

 散々言ったのに、結局こうなったか。

 聞けば、イザベルシアも誕生日に、勝手に決められた相手とお披露目らしい。イザベリシアは足掻いてライオルを選んだが……。

「少し、見てきていいですか?」

 断って顔を出すと、聖騎士装を着せられたライオルがいた。色は紅色か。

「まあ、歓迎する。俺も仲間が増えて嬉しい」

「丁鳩さま~」

 泣き出しそうなライオルに、

「俺はできるだけやった。もう何もできない。前に言ったが、愚痴なら聞くから」

 項垂れるライオルは、教育係に囲まれてぐったりしている。まだまだ始まりだというのに。

 戻ってテーブルに着くと、昨日と同じ訳の分からない視線で見られ続け、自傷の確認が終わった後、どこかへ連れていかれる。

「ここは……」

「記憶が曖昧だから覚えてないと思うけれど……ここは、王族の封印の間。

 隠したいものを隠すの。神殿からね」

「……神殿?」

「確かに、神殿から貴方を渡すよう言われたわ。

 でも、貴方は、ちょっと本音を零しただけ。一生懸命に順応しようとして……その過程で漏らしただけよ。

 だから、ここに隠して神殿と話していたの。その間に、礼竜らいりょうとお兄さんに知られて大変な騒ぎになったけど……」

 話の筋を考えると――

「俺を封印するつもりではなかったのですか?」

 また義叔母おばが泣き出した。その肩を抱いて義叔父おじが、

「我々が神殿に従うと言っても、こんな酷い話はないよ。

 魔力で封印すると悟られるから、生命の維持ギリギリまで血を抜いた。それは本当だ」

 義叔父は、丁鳩ていきゅうの肩を叩き、

「記憶がちゃんと戻ったら、思い出してほしい。今は分からなくていいよ。

 でもね、封印されることが確定していれば、人質に取っても意味はないよ?」

「義叔父さま……」

「自分を大事にして。安易に封印されるなんて思わないで。

 これは、記憶がはっきりしなくても分かるね?」

「……はい……」

 厳重に扉が閉鎖されるのを見てから、邸に戻ると、声が聞こえる。

 入ってみると、居間のテーブルに教本と資料を散乱させて、弟が典医に講義を受けていた。典医は、魔法医だ。

「あ、兄様! お菓子持ってきました!」

 笑顔だ。

「お前さん……なんでここで講義受けてるんだ?」

「だって、兄様が何かしないか見張らないと! 手遅れになったら治せません!」

「俺、そんなに信用ないか?」

「今までの言動で、信用されると思うんですか?」

 怒った。

「……悪かった……」

「だからそれは、僕が治して、意味が分かるようになってから言ってください!」

 言うと、講義に戻ってしまう。

 さて、今日は魔国の医者が来てから――

 ――まずい。弟がここに居たら見られる。

「……おい、ライ。取り敢えず邸に戻れ」

 そう言うと、勘づかれた。

「兄様……早速何か隠してますね。白状してください」

 立ち上がってこちらに来て、王族服をがっしり掴む。

「すみません、先生。兄様を見張るので、それまでお休みです」

 礼竜の騎士も来る。

 どう振り払おうか考えながらあちこち場所を変えたが、お菓子を持ってついてくる。

 そうして――

「あれ? 先生……」

 覚えていたようだ。魔国で何度か会っただけなのだが。

「何するんですか?」

「ファムータル殿下にはまだ必要ございませんが……」

「【まだ】?」

 余計なことを聞かれる前に何とかしようとしたが、弟に魔力封印をかけられた上、弟の騎士に抑えられた。

 いったいどちらの味方なのか、自分の騎士は助けてくれない。

 結局全て聞かれ、寝室までついてきてしまった。

「離れませんよ?」

 追い出しても風成で戻ってくるだろう。観念して横になり、

「見るだけだぞ……」

 言って呪封を始めてもらう。弟は無言で見ていた。

「兄様がまだ隠し事してた……」

「お前も必要になったら話すつもりだった」

「だったら、先に話してくれてもいいじゃないですか! 確かに、魔国の人間以外に見られたくないですけど!」

 そして、丁鳩ていきゅうが立った寝台に横たわり、

「僕もお願いします」

「待て待て! お前さんはまだ必要ない!」

「いずれ受けるんでしたら、知る権利あります!」

「被虐趣味、ねえよな?」

 そう言えば、どこで短剣で自分を斬りつけるなどと学んだか、まだ分かっていない。

「分かった。堪えられないならすぐやめろ」

 言って呪封が始まるが――

「――呪いの傷か!」

 魔国の呪いが傷に共鳴している。あれは呪王の末期の呪いだ。

「おい! ライ! もうやめろ!」

 言って手を伸ばそうとするが、弟の騎士たちに抑えられる。この騎士たちの主君は弟だ。丁鳩の言うことは聞くわけがない。

「…………」

 起き上がった弟に駆け寄ると、

「兄様は二日に一回でしたね……」

「あ、ああ」

「じゃあ、僕も二日に一回お願いします」

「待て! お前さんはまだ必要ない!」

 言って聞くような弟ではないことは分かっていたが、やはり聞いてくれず、魔国の医者と日程を話して講義に戻ってしまった。

 時折、『他に隠し事があれば言ってください』としつこかったが……もう、簡単に丸め込める、頭にお花とお菓子しか詰まっていない平和頭ではないと痛感した。



◆◇◆◇◆



 リディシアに誘われて、昼間の庭園に出た。

 昼間出ることは少なかったので、今度はこちらが逆に新鮮だ。

「ほら、こちらですわ」

 言われて案内された先にあったのは――嘗てアマリネと言って弟を激怒させた、彼岸花の群生だった。

 赤い、独特なフォルムの妖艶な花々――惹き込まれる感覚に浸っていると、

「どうして彼岸花というか、ご存じですの?」

 言われてみれば、知らない。もしかしたら聞いたのかもしれないが、覚えていない。

「島国には【彼岸】という、死者が帰ってくるとされる時期があるのだそうです。その時期に咲くから彼岸花、だそうですわ。礼竜の受け売りです。ちなみに、秋だそうですわ」

 他にも、有毒なため口にすればあの世行きで彼岸花とも、と言う。彼岸とは、死者の世界を呼び、生者の世界は此岸というらしい。

「彼岸と此岸か……エルベットとは違う信仰だな……」

 一輪手折ろうとすると、リディシアが慌てて毒があると騒いだが、毒が効かないと言ったら卒倒してしまった。

 ――ごめん。

 これが普通なのか。自分の普通は何なのか……分からないから帰って、居間で講義を受けていた弟に聞いた。怒られるかと思ったが、「そこも治療しますよ!」と笑顔で言われた。

 なら、その時を待とう。

 聖祭節直前に帰国して、今は夏。短いが濃い日々だった。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る