エルベット編 6,【消去法】

エルベット編 6,【消去法】



「ああ! もう!」

 サティラートが切れた。

「自分で服も選べないどころか、そもそも自我が消されてる!

 ……おい、エルベットじゃあ、殺人より重いはずだぞ?」

 弟が回復しても反応が鈍いと思えば、徹底的に頭を弄られていた。取り返したと思った時は正常に動いていたが――一時的なものだったらしく、僅かな自我は身体の回復と共に消えていた。

 視線の先には、国王が居る。

「兄貴、義叔母おばさまにいくらなんでも……!」

 弟は、取り敢えず寝台に組み伏せて口に布を詰めた。とんでもなく強かったはずなのに、今では容易く押さえらえる。

「どういうつもりだった……?」

「どうしても王族に順応できないようなら、記憶を全て消して最初からやり直させるつもりだったの」

 ――とんでもないところに、弟を預けた。それは認識した。自分に非がある。

「人権ないからな? 合法になるって話だよな?」

「そういうことです」

 弟が必死に自分の腕を掴んで止めなかったら、殴っていた。

「コイツにやったことの記録、全部見せろ」

 言われると思っていたらしい。国王は騎士に書類を渡した。

 ――記憶を全て見る。――都合が悪いことは眠らせて操作した。

 そして、他の書類も渡された。――署名のある同意書。

「な・ん・で! こんなものにサインするんだ? レヴィス!!」

 矛先は抵抗できない弟に向かう。慌てて騎士が取り押さえた。

「お願いだから、殴ったり叩いたりはしないであげて」

「ああ、そうだよな? 商品価値が下がるもんな?」

 国王が許しているからこういった言動で捕まらないのは知っているが、弟を踏みにじられてはいくら何でも抑えられるわけはない。尊厳は、魔国に居た頃の弟も流石に守った。

 幸い、サティラートに魔力がなく、いざとなれば魔力で抑えられるので好きにさせているが……言い返す言葉もない。

 この甥のために、ここまで怒ってくれる人は貴重だ。

「レヴィス。分かるか? これからオレがきちんと見るからな?」

 これは、自分を大事にできないどころではない。常識から教えなおさないといけない。

「話は済んだ。出てけ」

 騎士がうろたえているが、国王は黙って退出した。

「ああ、もう!」

 洗脳の酷い被害者は、主に弟が見ていた。魔力もない自分にできる限りをするしかない。とりあえず、毒物が効かないせいで薬は使われていないが、その分魔力による精神操作が入っている。分からないことだらけだ。

 ――完全に、預ける先を間違えた。

そう思っていると、また訪問者だ。見やると――

「ライオルか。あまり話したことなかったな」

「はい……魔国で何度かお会いしただけですね。それで……丁鳩ていきゅうさまは……」

「見ての通り、心を完全に壊された。この反応の無さ見れば分かるだろ?

 王族として振る舞えって言ったらそうするように操作されてる。言うなよ」

 丁鳩が『封印』されかかったのが自分のせいだと思っているのだろう。敢えて言葉を続ける。

「レヴィスなりに、お前さんが同じ地獄に墜ちるのを止めたかったんだ。これは、レヴィスの意思だ。僅かに残ってたんだ。

 こうなってもお前さんのことを思いやった気持ち、分かってくれ」

「……はい」

「謝るなよ? 謝ったら殴る。

 コイツは、人を助けようとするのに自分が救われようとしない。元からおかしいんだ」

 話は終わったと、弟の様子を見る。魔力操作は礼竜らいりょうに助けてもらうか……。

「あの……」

「なんだ? まだあるのか?」

「はい、国王陛下から……」

 差し出されたのは、見覚えのある剣だ。見間違うはずがない。

「処分されたって聞いたぞ」

「ええ、そう仰ったそうです」

 剣を渡し、ライオルは去っていく。少し迷ったが――

「ほら、思い出さないか?」

 弟が自傷しないよう注意しながら渡してみる。本当に、剣技、体力、魔術の施行すらも、悉く奪われた。

 ――【人形】。

 自我すら無くした弟をどうするか……取り敢えず、弟の趣味だけは反映している殺風景な寝室で溜息をついた。時折、【戻ってくる】ことはあるようだが、それに期待してはいけない。



◆◇◆◇◆



「兄様」

 本日の治療が終わった礼竜らいりょうが来る。サティラートは、無言で資料を見せた。

 義弟おとうとの顔が強張っていく。魔国の資料を見たのだ。どれほど酷なことをされたか分かるだろう。

「レヴィスは毒が効かないから、魔力操作に偏ってる。オレじゃどうしようもないから協力してくれ」

 エルベットの医者を呼ばないのは、信用できないからだ。現に、食事もサティラートが作っている。

 エルベットの法的に過度な治療でもいい。もともと殺人より酷なことをされている。

「兄様! 僕が分かりますか? 兄様!」

 礼竜らいりょうが泣いて縋り付くと、そっと抱き締めて頬に接吻してくる。

「ああ~、王族の所作として評判よさそうだから、刷り込まれてるな」

 あの時。礼竜が風成かざなりで運んでくれるなら、二人で死んで終わってもいいと本気で思った。風成では重症者は運べないが、死体なら運べる。礼竜に傷を負わせるが、人知れず葬ってもらえば、弟の死は確定する。

 できなかった。できたらやっていた。

 未だに、殺せなかったのが良かったのか分からない。ここまで壊されたなら、弟なら尊厳を守るために死なせてやることを選んだだろう。

「僕……兄様の死体も、サティ義兄様にいさまの死体も、運びませんよ」

 こちらの考えが分かるのか、先に言われた。

「なあ……お前さん、レヴィスをあくまでエルベット王族として生かしたいか?」

 愛剣を抱いてぼんやりしている弟を見ながら問う。

「兄様は、まだ十二歳の時の祝言を受けていません。まだ降りられます」

 義弟おとうとなりに、王族の範囲で出した精一杯の答えだろう。

 王族として振る舞うように【設定】されている。そう言えば普通に振る舞うので、皆気づかなかった。

 腕を捲って傷を見る。散々サティラートが付けた傷だ。交渉上必要だったとはいえ、酷いことをしたと思う。

 とにかく薬も効かないので、消毒して包帯を巻くしかない。

「ごめんな、レヴィス……」

 散々傷をつけて、取り返した弟がこれだ。

 ライオルの話は聞いている。返事を出してやれば良かった。鳥を預かれば良かった。

 何故、自分が泣いているのかも分からないだろう。狼狽えている弟に、ただ謝った。



◆◇◆◇◆



「はっきり言わせてもらう。あんたと婚約したとき、レヴィスはかなり精神を弄られてた。

 あんたは信用できるのか?」

 公務が終わるなりやってきたリディシアに向かって言う。昨日散々冷やかしておいてなんだが、何もかもお膳立てされて弟は婚約に至ったということは、信用できない。

 呆然とする王女に、資料を見せる。それに目を通させた後、

「いいか? 王族として振る舞えは絶対言うな。命令もするな」

 サティラートが服を選べと言って弟が選んだのは、命令に従っただけだった。それを知った時、既に取り返しがつかないと思った。

「……丁鳩ていきゅう

 ……丁鳩……?」

 婚約者を見る王女は、知らなかったらしい。恋心は本物だが、はっきり言えば洗脳の強化に利用された。

 そっと頬に触れると――

「すみません、義姉ねえさま様。その香水の香りに反応しています」

 自分もその香水を使ってしまった礼竜らいりょうは、本当に辛そうに言う。

 手を伸ばし抱き寄せかけた丁鳩を押さえ、香りを落としてから来るように言う。少なくとも信用はしていいようだ。

「礼竜。悪いがこれ、捨てるぞ」

 兄の為に作った結晶花だが、ここまで追い込んだ責任は自分にもあると、礼竜は頷く。

 ――ごめんな。ただでさえ持ち物が少ないのに……。

 結晶花に手を伸ばす弟を押さえ、代わりに銀のナイフを持たせた。

 急いで礼竜が花の鉢を持ってきた。何か持つものが増えたらと思ったそうだが……

「兄様……」

 刷り込まれていないものには、反応しないらしい。

「ここ、置きますから」

 せめて彩りにしようと、殺風景な寝室に飾る。真っ赤な花は、見るものを誘うような妖艶さがある。

 リディシアが着替えてきた。念のため、別の香水をつけている。

「じゃ、礼竜と姫さんで診てやってくれ。オレは専門外だ。他は信用できない」

 これに関しては、普段から医師の治療を受けている礼竜がすぐにコツを掴んだ。最近の精神治療が役に立つ。

 誰も入るなと外に居た人間を睨んでから、厨房に行って料理をつくる。

 魔国の食材しか扱ったことがないが、分からないからと周りにも聞けない。知っている食材だけで作って戻る。

「ほら、レヴィス。食えるか?」

 言いながら近づくと、少し横に移動する。

「……?」

 ――ああ。

「そうだったな。いつもこうやって並んで座って食べたな?」

 覚えていたことが嬉しい。あの時は頻繁に毒が入っていて、弟が先に食べていたが……。

 ――コイツに毒見はさせない。

 同じ皿の料理を一緒に食べ、取り敢えず栄養はこうやればいいという収穫を大事にする。

 ――リディシアが泣きながら飛び出していった。

 本当に知らなかったのだと安心したが、もう来ないかもしれないと思った。

 ――リーナだけじゃなくて、お前まで……。

 エルベットの信仰ではもう会えない。進歩がなければ、王婿の和解案の【丁鳩を城に居させる】すら反故にしようと思った。



◆◇◆◇◆



 邸の外は遠慮していただきたい。そう言われても引き下がる気はなかった。

 いっそ斬ろうと血迷って、魔力剣で斬りつけたら、持っていた剣を抜いて反応した。またとない機会だ。

「レヴィスを人形にしたいなら、まずオレを殺せ」

 そう言って睨んで出てきた中庭で、延々と斬り合う。魔力入りの真剣での打ち合いの中、だんだんと弟の動きが良くなる。

 相変わらず服も選べない、思考も制限された中で、一番新鮮な反応だ。

 ――と。思い出したのか、いつも鎧に仕込んだ小刀を出す仕草をし……ないことに気が付いたようだ。

「レヴィス!」

 呼ぶと、一瞬名前に反応した。

「おい、分かるか? オレが分かるか? レヴィス!」

 見ていた礼竜らいりょうを引っ張り、

「ほら、お前の大事な礼竜だぞ? 分かるか? レヴィス!!」

 名前を呼ばなかったからこうなった。嫌がる名前でも、自我が戻るなら呼ぶ。あとで文句を言わせればいい。

 ――と。近衛騎士団長が来ていた。

「何だ? 悪いがエルベットの人間は信用しない。邪魔しないでくれ」

丁鳩ていきゅう殿下……お手合わせ願います」

 無視し、近衛騎士団長も真剣で斬りかかる。

「騎士長が、兄様に剣を教えたんだ」

 人形のように剣舞する様を見る。

「申し訳ございません。知っていれば、必ずここから連れ出しました。まさか、あのような……」

 命に代えても守ると言った主君を、壊した。知らされていなかったとはいえ、この人物も責任を感じているのだろう。

 ――信用していいか……悪いか……。

 礼竜と菓子を食べることも思い出したようで、並んで食べている様子は、一見仲のいい微笑ましい兄弟だ。

「……ここに居て治らないと判断したら、オレはレヴィスを攫って消える。国王に言っとけ。

 あと、馬はどこだ?」

思い出すとしたら、心当たりはそれくらいだ。

 分かっていない弟を連れて厩舎に行くと、愛馬は嬉しそうにした後違和感を見せる。

 ――そうだった。こういう馬だ。

 人の気配だけでなく、特に不穏な動きを敏感に察知する。今、愛馬に拒絶されるほうが後に響く。丁鳩が愛馬に触れる前に引き戻そうとしたが、

 靡く余地などない服を着せていたため、髪だけが靡いて愛馬の前に行った。それを愛馬は噛んで引っ張る。

「ほら、思い出せ! レヴィス! お前の戦友だ!

 お前さんが、殺処分されるコイツを気に入って、言い値払って買ったろ! レヴィス!」

 魔国の貴族に人気の馬を飼育していたブリーダーが借金を抱えて逃亡し、この馬は管理ミスで雑種として生まれたため殺処分される予定だった。それを丁鳩が法外な言い値を管財人に払って買い、育てた馬だ。

 ――聞こえた!

 確かに、愛馬の名前を呟いた。

「そうだ! レヴィス! 思い出せ!

 お前はお前だ! 人形じゃない!!」

 この馬は傍で騒ごうが怯まない。何しろ、馬上で主が襲われ刃が目の前を通過しても、炎が渦巻いても動じないどころか、隙あらば刺客を蹴る、踏むなどして加勢していた馬だ。ライオルがそんな馬居ませんと言ったのも頷ける。

 ――ここで!

 思いっきり頬を引っ叩き、胸倉を掴み、

「思い出せ! レヴィス! レヴィス!!」

「……あに……き……?」

 見開かれた赤い瞳は、自分を見ている。

「そうだ。思い出したか? レヴィス……」

「……なんで……ないて……」

「馬鹿。オレのせいだからいいんだよ。

 名前、言えるか?」

「兄貴、その名前で呼ぶの、いい加減やめてくれ……」

「オレはお前さんをレヴィスとしか呼ばないって言ったろ? 忘れたか?」

 だんだんと意思の戻りつつある瞳を見つめながら言う。抱き締めてやることもできない、自分にできる精一杯だ。

「兄様!」

「……ライ」

 そっと屈み、視線を合わせて頭を抱き、頬に接吻する。

「なんでそんな不安な顔してるんだ?」

 いつもの優しい瞳だ。自分が映っている。

 何も言わず腰にしがみついた弟に、

「お前さん……いつの間に背が伸びた?」

 心底不思議そうに言う。それほど前から、正気を失っていた。

「おい」

 隣に居る騎士長に言う。

「レヴィスが落ち着いたら、全部聞かせて国王の所に殴りこむ。準備しとけ」

 丁鳩に最敬礼し去っていく騎士長の姿を見て首を傾げている弟を、愛馬に乗せる。

「ほら、少し走ってこい。気分が落ち着くから」

 と、走り出す前に止めて、袖を捲った。

「ごめんな。オレがやった。わざとだ」

 巻かれている包帯を見てから、何事もなかったのように愛馬に乗って走り出す弟を見て、

「……全部、説明して謝るからな……」

 無論、丁鳩の服装から剣の打ち込みから、そして馬上の姿から皆騒いだが……弟がこうなっても放置した人間がどう騒ごうと知ったことではなかった。



◆◇◆◇◆



 殴り込みに行く前にやってきた国王夫妻に剣を突き付ける。

「兄貴! ちょっと待ってくれ! 話すって言ったろ!」

「オレは殴りこむって言ったぞ?」

 弟はどうにか正気を取り戻し、謝った上で事情を聞かせた。その上で、まだ国王を恨みもしない。

礼竜らいりょう。ちょっと押さえててくれ」

 未だに弱っている弟を礼竜に動けなくしてもらい、

「斬って捨てても気が済まない。分かるな?」

「ええ。それだけのことをしたわ」

「なんでレヴィスは、お前らを許すんだ……」

「それは私たちには分からない」

 魔力制御が戻ってきたらしい弟が、礼竜の結界を破って出てきた。

「待ってくれ! 兄貴! 本当に世話になった! 大事にしてくれたんだ!」

「【商品価値】の高い【人形】だからだろ!!」

 なおも向ける剣を――丁鳩ていきゅうは素手で掴んだ。

「ちょ、やめなさい!」

 国王が慌てると同時に、自分も剣を引く。

「兄貴、聞いてくれ。

 俺の生まれは知ってるよな。兄貴の方が知ってるはずだ。

 ……正直、俺が憎いはずなのに……どうして兄貴や乳母様が大事にしてくれるか分からない。

 エルベットに迎え入れられなかったら、俺は魔国の世継ぎとして育てられ……呪王と同じことをして疑問も持たない、それこそ呪王になっていた。

 国益の為に生かされるほうが、ずっといいんだ」

「消去法じゃねぇか!!」

 魔法医が治療する中、また弟に刃を向ける。

「いいか。オレももう限界だ。お前が残るって言うなら、それこそ腕や足を切ってでも攫う。大丈夫だ。ここで踏みにじられた尊厳だけは守る。

 だから……殺させないでくれ」

 赤い瞳で兄を見上げ、

「兄貴からは敵意も害意も感じない」

「馬鹿か。それしか救いがないとなったら、敵意も害意もなく斬れるんだぞ?」

 首筋に赤い線が走る。赤い瞳は、しっかり兄を見ている。

「兄貴には、本当に迷惑をかけた。未だに『宿題』の答えも分からない。斬って気が済むなら、斬ってくれ」

 国王を振り返って、罪に問わないように頼んでいる。

 視線を戻した瞬間、殴られた。

「レヴィス……本当に正気か? まだ弄られてるのか?

 コイツは連れて帰る。本人の意思じゃなくても、どうでもいい。レヴィス、オレを恨め」

「待って。王族を出すわけにはいきません」

「またそれか? で? 今度もレヴィスが思い通りに【順応】しなかったら頭を弄って、終いにゃ記憶消して好きに育てるってか?」

「信用がないのは分かっている。言い訳もしない。だが、その子はうちの子だ。返してもらう」

「消去法で選んで、選んだって言えるか! コイツがどんな風だったか見ただろ!? 自分で服も選べない、そもそも【設定】通りに動くようにされてたんだぞ!

 コイツが人形になって言うことを聞いて、商品価値に応じてモノのように扱われることに慣れさせて!」

 また、剣を抜いた。

「どうにもならないなら、本当に殺す」

「それで気が済むなら、好きにしてくれ」

 先ほどと同じやり取りになっている。丁鳩が素手で剣を掴まないだけだ。

「まあ、サティラート君。そんなにこの子が心配で、私たちが信用できないなら、このままここで見張ってくれていい。君の意見を尊重する。

 この子は自分に頓着がないし、私たちも、正直、同じことに走るかもしれない」

「だとよ。どーだ? レヴィス」

 散々兄に、自分のものだと言い聞かされた金糸の髪を弄りながら、

「正直、兄貴が居てくれた方が嬉しい。でも、ジュディもいるし、兄貴の人生もある。俺に消費させるのは申し訳ない」

「オレが、突然、お前が身罷ったって聞かされたらどう思うと思う?」

「……」

「そこが分からないあたり、駄目なんだよ! お前は!」

 言って、荷物を纏め始める。本当に弟のものがないので、自分の荷物ばかりだ。

「鳥をくれ。あと、手紙はちゃんと返す。でもな、【割り振られた予算】からのものは受け取らねぇからな?」

 そのまま顔も見ずに去ろうとする。と、言い忘れたことがあった。

「――レヴィス」

「何だ?」

「呼ばないと不安だろ? 呼んだだけだ。じゃあな、レヴィス」

 足音が遠ざかっていく中――

「待ってください、サティ義兄様にいさま! お送りします!」

 言って礼竜の魔力が消え、すぐに戻ってくる。

「お前さんにも、散々世話かけたな……」

 言って手を伸ばすが――触ると血が付くことに気づき、引く。その手を礼竜が掴んで頭に乗せた。

「お前さん……」

 少し戸惑ったのち、そっと頭を抱いて頬に接吻した。

「だけどな、俺の為にそんなことするのはやめてくれ」

「――!!」

「お前さんが無事だったからいいが、後悔してもしきれない」

「だから兄様は駄目なんです!!」

 顔をそむけた弟を必死に宥め謝るが、分かっていない。

「これは……まだまだ公務には出せないわね……」

「サティラート君が頑張ってくれてもこれか……申し訳ないね。早速だけど、謝ろう」

 その会話を聞く余裕もなく、必死に弟に謝る姿は、本当に彼ならではだった。



◆◇◆◇◆





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