エルベット編 5,【反逆】

エルベット編 5,【反逆】



 目を覚ますと、見知らぬ部屋だった。

 堅牢な石造りの壁、床、天井に、魔力が漏れないように結界が張られている。夜目が効くので見えるが、真っ暗らしい。

 ライオルに話した内容は、やはり全て漏れていた。

 元々、魔力で結界を張った時点で何かあったのは悟られる。そうすれば、調べられる。

 すぐに義叔母おば義叔父おじがやってきて、義叔母が泣きながら必死に謝り、抱きしめてきたことまでは覚えている。

 ――無論、分かっている。『封印』だ。

 すぐに神殿に送られるかと思ったが、前段階でどこかへ移されたらしい。

 魔力封印もないのに動けないと思ったら、血を、生命維持の最低限まで抜かれている。

 次に目を覚ましたら、『封印』されているのか……そもそも、その時点で意識があるのかも分からない。

 ――ライオルはどうなっただろうか。

 会えない顔が次々と浮かんだが――そのまま意識は沈んでいった。



◆◇◆◇◆



「レヴィス! おい! レヴィス!」

 二度と聞けないと思っていた声。呼ばれないと思っていた名前に目を覚ます。

「……兄貴……」

 暗闇の中に居るのは、異父兄あにだ。

「これが……オレにできる、してやれる精一杯だ!」

 涙を貯めて、嘗て兄に渡した魔力剣を振りかざし、下ろす。

 動けない身体でも抗う意思を見せず、その瞬間を待っていたが――

 喉元に突き立てられた剣が、入ることはなかった。

「……できねえ……やっぱ、できねえ……」

 嗚咽しながら、向きを変える。

 部屋に明かりが灯り、状況が露になる。何故か礼竜らいりょうまで傍にいる。そして、義叔母と義叔父、数名の騎士。

 完全に取り囲まれている。

 サティラートは、静かにまた丁鳩に剣を突き付ける。

「……君には殺せないだろう。さ、下がってくれ」

「はぁ?」

 王婿の言葉に、サティラートは平然と、

「確かに殺せねぇよ。それは今、自分でも分かった。だけどな……お前らの大事な【お人形】の【商品価値】を下げるくらいはできるんだよ!」

 言って、丁鳩の片手を取り、分かりやすく傷をつける。

「殺せないが、この程度はできる。次は首か? 顔か? 耳をそぎ落とすくらいならやるぞ」

「……で、どうするの? その子を連れて行くの?

 貴方に守れる?」

 完全に据わった目で国王をめつけ、

「お前らはレヴィスは要らねえんだろ? 取り敢えず、血が戻るまでは看病させてもらう。終わったら風成でどこでも行く」

 また、浅く丁鳩の腕に傷をつけた。

「兄様が危篤だっていきなり聞かされて……会いに行っても会わせてもらえなくて。イオルが話してくれたので、サティ義兄様にいさまに事情を話して連れてきました」

 側にいる礼竜が、同じく国王夫妻を睨んでいる。

「誰も信用できません。サティ義兄様だけでした」

「……で、肝心のお前さんの居場所が分からなかったから、礼竜の首に刃を突き付けて案内させたってことだ」

 とんでもないことを平然と言う。

「兄貴、ライ……お前らがどうなるか……」

「やかましい!!」

 今まで聞いたことのない怒声が響く。

「自分のことも大事にできない奴に何言っても無駄だ! 黙ってろ!!」

 何か言う前に、礼竜に口を塞がれる。

「兄様が喋ると殴りたくなるので、黙っててください」

「――分かりました」

 国王が脅迫に応じ、その場は治まった。



◆◇◆◇◆



 すぐに、丁鳩ていきゅうの身柄は邸に戻された。当然、サティラートがずっと剣を押し当てていたし、実際傷も増えたので、誰も手出ししなかった。

 風成では重症者や重病人は運べない。故に、回復させる必要あった。

 丁鳩が寝台に戻されると、

「おい、まともな服何着か持ってこい! 王族服こんなのじゃなくて!」

 言われるままに持ち込まれた色もバラバラな数着の服を見て、

「……ったく、レヴィスの趣味とは違うが……まあいいか。

 おい、レヴィス! どれがいい?」

 状況の分かっていない弟に、無理矢理にでも選ばせる。【選択肢がある】ことから教えなければならない。

 ようやく選んだ一着を着せ、

「体力戻ったら、自分で着ろよ。レヴィス」

 そっと頭を撫でる。

「オレ、飯作ってくるから、礼竜らいりょう頼む」

 堂々と寝室を出ようとするので当然捕らえる機会だったが――礼竜が代わりに丁鳩の首に短剣を当てた。

「あ、ごめん。僕、こういうのあまり使ったことないから、本当に刺さるかも」

 素の口調で騎士たちに最大の脅しを言う。

 必死に騎士が説得を試みるが、その間にサティラートが戻ってくる。

「言っとくけど、礼竜も食うからな。妙なモンがあるなら先に言え」

 弟二人を平気で人質に取る。

 懐かしい手料理が口元に運ばれる。

「よし。食え。レヴィスが回復したら逃げる」

「兄貴……」

 サティラートは丁鳩の目をじっと見て、

「未だに生きる意志のない奴の意見は聞かん。礼竜、口効けないようにしてくれ。喋られると殴りたくなる」

 魔力で声を封じられる。

「レヴィス。お前は生きるんだ。分かるな?」

 分かるわけがない。兄も弟も、何をしているんだ。弟は『封印』されるだろうし、兄に至っては何の価値もない反逆者だ。

「あの……せめて、殿下のお手当てを……」

 魔法医が恐る恐る声をかけてくる。

「あ? レヴィスは毒は効かねぇが魔力は効くだろ? 何かされたらどうすんだ?」

 言いながらまた腕を切りつけた。

 そうして状態が膠着した後――

「きちんと話し合えるかしら?」

 また国王夫妻がやってきた。

「その子たちは、うちの大事な子たちなの。預けてもらえない?」

「何言ってんだ? 『封印』して終わりだろ? それとも、大事な『魔力源』ってことか?」

「君の信頼を裏切ったことは謝る。丁鳩を封印しようとしたことも事実だ」

「だったら!!」

 国王夫妻に魔力剣では対抗できないことは理解してるのだろう。切っ先は丁鳩の首に向いている。

「貴方の怒りも分かります。ですが、子どもを手放すことはできません」

「要らねえって、お前ら言っただろ!!」

「王族としては、そうするしかなかったの。神殿が判断すれば従わざるを得ません」

「ああ、分かってるよ。いつもの、人権も何もないって話だろ?

 オレは、レヴィスを人形にしたり、物にしたりするためにお前らに託したんじゃない!!」

 喋れない丁鳩の手を握り締め、

「僕が守ります」

 言って前に出る。

 どこで身に着けたのか、王族でも桁外れの魔力を、最大限に練り上げている。赤い瞳は、ただ、涙に濡れている。

「このままじゃ勝てませんから、暴走するまでやります。あとは知りません。

 どうせ、兄様は封印されてサティ義兄様にいさまは殺される……だったら、捨てるものはありません」

 もう信用しない。幼い王子の声に迷いはない。

 こんな魔力で暴走されれば、王族全員でも抑えられない。

鈴華すずかはどうするの?」

「安心できるところに逃がしました。僕が動く以上、人質になりますから」

 礼竜が一歩踏み出す度に重圧が増す。

「――わかった」

 さすがに王婿が白旗を挙げた。

「丁鳩も封印しない。サティラート君も殺さない。だから、示しがつく程度の処分で譲歩してくれ」

「先に詳細をお願いします」

「さっきも言った通り、丁鳩は封印せず、監視下であるがここに居てもらう。サティラート君は、本人の意向と違って申し訳ないが、丁鳩の傍で世話をしてもらう。もちろん、丁鳩の扱いに存分に口を出してくれていい。客人待遇とし、臣下ではない。これでどうかな?」

「イオルはどうなりますか?」

「処分しない。もともとアムが巻き込んだものだ。アムとの話は……まあ、当人同士に任せるしかないが」

 最大の譲歩が得られた――そう認識し、礼竜が魔力を収めると、

 国王が、未だに丁鳩の喉に剣が突き付けられているのにも構わず抱き着き、泣き始めた。無論、自分も怪我をしたが、構う様子はない。

「……で、今度こそ信用していいか?」

 今度は国王に刃を向けたが、誰も咎めなかった。



◆◇◆◇◆



 結局、事件は王族占有区画の中のみだったことから、伏せられた。目撃者も多かったが、箝口令が敷かれ、王室と神殿の話し合いは大変だったようだが、知ったことではない。

「……で、『宿題』の答えは?」

「……麻薬の後遺症……」

 答えるなり殴られる。眠らされて治療を受け、起き上がった途端だ。

 サティラートは、丁鳩の金糸の髪を掴み、

「この髪も! お前のわずかな持ち物も! お前さんのものだ!!」

 一言一言、言って聞かせる。

 何度でも繰り返す覚悟だ。

「兄様」

 短剣を持った礼竜が言う。

「今度から、兄様が自分を粗末にしたら、僕の肌を切ります。最初は腕。次は首。そして顔です」

「ちょっと兄貴! 取り上げてくれ! 本当に扱い分かってないぞ!!」

「あ~、変なこと学習したな……」

 サティラートは言いつつも、丁鳩を抑えるが礼竜は止めない。

「よし、お前さんが死なないように、浅く切る方法から教えよう。死なれたら脅しにならないからな?」

「はい!」

「兄貴!!」

 顔面を裏拳で殴り、

「レヴィス。お前さんが自分を大事にすればいい話だ」

「僕、早く兄様と公務に出たいです! 早く分かってください!」

 そんなことを言われても、分からないものは分からない。そう言うとまたややこしくなるので……

 魔力を久しぶりに展開し、弟の動きを封じ――ようとしたら弾かれた。

「分からずやの兄様は、見て覚えてください」

 この弟は、本当に何をしでかすか分からない。どこで魔力の使い方を覚えたのか……。

 不意にクロゼットを開けて、入っていた濃紺の王族服を風で切り刻んでしまった。

 ――あんなに喜んだのに……。

 自分は白い王族服をひらひらさせながら、他にないか確認している。

「兄様には色とりどりのドレスをお願いします。フリフリの可愛いの」

 とんでもないことを侍従を呼んで言っている。反論しようにも、弟の魔力術式に対抗するのが精一杯で、何も言えない。

「レヴィス、飯の希望あるか?」

「僕が作ります! 催陰剤と強壮剤と……とにかく沢山入れます!」

 結局、魔国の血筋の人間が、とんでもない事態を引き起こした。その事実を認識していると――

「失礼いたします。リディシア殿下がお越しですが……」

 返事をする前に兄と弟が通してしまう。

「丁鳩!」

 体を起こすしかできない状態で抱き着かれ、そのまま仰向けに転がる。

「ずっと……ずっと心配いたしましたのよ……」

 泣きながら訴えてくるが、二人には別の感じに見えたらしい。

「お~、レヴィスは女性に押し倒されるのが好み、と……」

「女性が押し倒すって、具体的にどうするんですか?」

「よ~く見学しろ。今から始まる」

「……リデ。離れてくれ。……本当にヤバいから……」

 花の香りに包まれながら言うが、離れてくれない。

 魔国の呪封など知らない二人は、助けてくれなかった。



◆◇◆◇◆






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