魔国編 4,【兄弟喧嘩】
ファムータルの章 4,【兄弟喧嘩】
――痛くない。
思えば、傷がついたのは産まれて間もない頃で、傷があるのが常識だった。なので、痛みがないという状態も知らなかった。
――あったかい……。
すぐに兄と祖父に来てもらって話したが、にわかには信じられないようだった。しかし、こうして侍女長に取り成してくれて、夜寝るときに鈴華と一緒に――傷に触ってもらうという名目で、また同じ寝台で眠ることができた。
安らぎに満ちた夢の中に居たが、気が付けば朝だった。
――鈴華は……。
当然、四六時中居てくれるわけはない。先に起きてどこかへ行ってしまったようだ。傷がまた痛む。
「おはようございます、ファムータル殿下。
鈴華様は、厨房にいらっしゃいます」
メリナが、聞く前に鈴華の居場所を教えてくれた。それほど考えていることが分かりやすいということなのだが、この天然平和頭の王子さまは気が付かない。
素直に礼を言って厨房に向かうと、鈴華は忙しそうなので挨拶だけして退出した。部屋から出ると護衛に騎士がついてくるが、それは気にせず玄関ホールの方を向く。
――あれ?
何か感じる。
そのままに玄関ホールを抜け、外に出て――
「その馬車、何!?」
王宮御用達の商人たちの馬車のうち、一台を指し、自分も走り出す。護衛が慌てて周りを囲む。
「どうなさいました? お嬢様?」
ファムータルは、丁鳩が必死に隠しているので、出入りの商人にも顔は知られていない。白い王族服も一般から見れば男女の区別はできず、外見から商人はどこかのお嬢様だと思ったようだ。
普段なら、僕は男だと訂正するが、それどころではない。
「馬車の積み荷に、変なのがあるでしょ!」
兄を害するものが載っている。よく神経を張り巡らせ――
「羊皮紙。触っただけで死ぬ毒が塗ってある」
その仕込みがある羊皮紙の、入っている箱の特徴まで言い当てる。
「お嬢様、どうしてそのような……」
「僕は男だ!」
瞬間――商人の瞳が別の色に染まる。
「そうですか。大変失礼いたしました。これは片付けますので、どうぞこちらに……」
羊皮紙など比べるべくもない『極上の商品』と判断されたことも分からない王子さまは、羊皮紙を片付けるという言葉に安堵し、手を引かれて行こうとするが……
「何やってんだ?」
物凄い形相の丁鳩が駆けつけ、商人を魔力拘束する。
「兄様! 毒が塗られた羊皮紙が荷物に入っています!」
駆けつけた兄に無邪気な笑顔で報告すると、ぽんぽんと頭を撫でてくれる。
「……にい……さま……?」
商人が、丁鳩とファムータルを交互に見る。二人とも母親似とはいえ、とても兄弟には見えない。
男色好事家に高く売れる『商品』と思い攫おうとしたのが、『あの王太子』の弟だった。
「お、おゆるしを……どうか……どうか……」
弟の前なので、何も言わない。弟を護衛の騎士に預けて邸に戻すと、
「特別に、取り調べるからな?」
ぞっとするような声で宣告し、ついでに腕と足を折ってやった。どうせ、供述を取ったら殺すので変わらないことだ。
――まったく、とことんな国だ……!
さっさと民主化を進めてエルベットに帰ろうと、いつも以上に激務に励んだ。
◆◇◆◇◆
「【予見の知】なぁ……」
魔国の魔力が【呪い】なら、エルベットの王族の特徴は【予見の知】だ。
エルベットは建国以来、この【予見の知】を利用することで国を安定させた。王族の魔力と、もう一つの柱だ。
簡単に言うと、『とんでもない看破能力』というところだろうか。しかし弱点もあり『大事な人間のことは見えない』。故に前国王は、エリシアに強く求められて最終的に出奔させたのだ。このことは、王家の予見の知はお身内に働かないと、エルベット国民の間で語られている。
「でもな、お前さん、危ないことはするなよ? その辺の騎士に言って、片付けてもらえ」
今朝も、すぐに騎士が丁鳩に連絡したから良かったものの、下手をすれば今頃は……。その考えを追いやって、サティラートは相変わらず花だらけの
――ん?
花の中に、妙に密集している場所がある。
「サ、サティ
慌てるファムータルを他所に、中を覗き込み――花に紛れていた一冊の本を手にする。隠すにしても下手すぎる。
大慌てな義弟の様子も観察しながら目を通し――
「はは~ん、レヴィスにもらったな? うん、お前さんにはピッタリの入門書だ。
大事に仕舞ってある割には使用感少ないが……一度で全部覚えたのか?」
「見てません! ……捨てても捨てても戻って来て……」
ああ成程。王子様となると、自由にゴミも出せない。
「あ、そうだ! サティ
いいアイデアを思い付いた
「この本が済んだなら、次の本が要るな。レヴィスの奴は忙しいからオレが探して来てやろうな?」
青ざめた
「オレがお前さんくらいの年には、年齢制限の本を隠れて回し読みしてたぞ?」
にっこりと事実を言う。
「誰だってそうだ。お前さんも、いい加減階段登れ」
「鈴華。これ、一緒に読んでくれだとよ」
「サティ
鈴華はごく自然に本に目を通し――
「分からないことは聞いてください」
平然と言うのだから、もうこの王子さまは、顔どころか頭全体を真っ赤にして倒れてしまった。
「ありゃ~、こりゃ、深刻だな……。この程度で。
レヴィスも苦労するな……」
頭にお菓子とお花しか詰まっていない天然平和頭にはこの程度でもきついか、と、次に持ってくる本を思案していた。
無論、ちょっときつめに調教の方針で。
何も知らない王子さまは、本が鈴華の手に渡ったことにも気づかず、鈴華に介抱を受けていた。
◆◇◆◇◆
「一緒に行きたい!」
そう粘るのだが、誰も許可してくれない。
前に、兄たちに変装を却下されても、この王子さまは出掛けたがった。
何しろ――彼の大事な鈴華は、今日外出するのだ。王子様には知られないようにしていたが、四六時中鈴華に張り付いていたので勘づかれた。というか、今頃になってようやく勘づいた。
「鈴華と手を繋いで歩く!」
膨れて言い張るが、皆が却下する。
誰かが、容姿の危険性を説けばいいのだが、この王子様には受け入れがたい現実だ。
そうして、サティラートと数人の騎士が護衛につき、鈴華は外出してしまった。
王子様は、侍女長に『時間割』を突き付けられ、諦めた。せめて鈴華が帰ったら一緒に食べようと、お菓子を作ろうと思っていた。
◆◇◆◇◆
「どうだ? 何も思い出すことはないか?」
魔国の王都は、表通りなら普段は平和だ。一歩路地裏入れば大違いだが。その中をサティラートが横につき、護衛の騎士は少し離れた陣形で固めている。
「初めて見るものばかりです……」
鈴華は辺りを見回すが、どれも見覚えがない。
こうなったら、エルベットに帰ってから魔法医に記憶を戻してもらうしかないが……ここまで忘れるというのも珍しい。余程、過酷な記憶なら、戻さないのも本人のためだ。
その判断材料とする為に、こうして感想を聞きながら歩いている。
――と。
サティラートが抜いた剣が鈴華の横に回り、魔断を弾く。通常の剣なら魔弾は通過するが、これは丁鳩が魔力を込めたものだ。
即座に騎士たちが犯人の居場所を特定し、近くの建物に押しかけたが――既にナイフで首を搔き切っていた。
――おいおい、どういうことだよ?
丁鳩なら暗殺者が差し向けられてもおかしくない。が、今回は、顔も出していない鈴華が、魔力を持たない人間しか殺せない魔弾で狙われた。
魔弾は、魔力をある程度持つ人間なら、当たった時点で中和できる。反面、魔力結界でもない限り、通常の遮蔽物は通過できる。今回は剣の魔力で弾いたが。
つまり――鈴華の顔と、魔力がないという情報は漏れている。サティラートが横に居たから目立って狙われたのではない。寧ろ、サティラートが側に居なければ死んでいた。
――
あの平和頭の弟には、辛い現実だ。
◆◇◆◇◆
「遺体を調べたが、『特徴なし』だ」
検分を終えた丁鳩の言葉は、要するに、相手がプロの暗殺者だと言っている。普通なら、死体でもある程度情報は得られる。それがない。
丁鳩に差し向けられる暗殺者も、多くが命乞いに走り、取り調べる前に死んだ者は逃げる前に『口封じ担当』に殺された者たちぐらいだ。無論、その『口封じ担当』を調べれば証拠も証言も出るのだが、今回はサティラートが魔弾を弾き、暗殺が失敗に終わったと悟った時点で、自ら喉を切っている。
「……何者なんだ? 鈴華は」
「さあな……奴隷市で見つかった時は、遺体だと思ったんだが……」
丁鳩は写絵を出す。どう見ても遺体だった。
「遺体安置所から、まだ温かいのが居るって報告があって、調べたらどうにか生きていた。……で、俺のところで見送ろうと思っていたら、ライが来て助けた」
「
あれは呪王の末期の呪いだ。普通の祓呪師でもどうすることもできない。できるならとっくに処置している。
「どうにも、ライと関わりが濃いな……」
言いながら丁鳩が取り出したのは、鈴華が織ったレースだ。魔国にレースメーカーはいないが、誰に教わったのだろうか?
「まあ、このレースだけでもエルベットに送って調べてもらうか……」
鈴華は、襲われたと聞いたファムータルが、しがみついて離さない。自分が側に望んだせいで襲われたと、必死に謝っている。
――側に望んだ、か……。
ジュディは鈴華の境遇に嫉妬し、丁鳩と共に死のうとしたが、そういった嫉妬の類でできることではない。手段も完璧すぎる。
魔国貴族にそう言ったことをして利益のある者は――
「まさか、『前のご主人様』か?」
いいように弄んで捨てた奴隷が、いつの間にか第二王子の側に居たら、自分の身が危うくなると思って消しに来る可能性はある。
「いや、貴族連中にとっては、奴隷を買うなんて日常だ。結果的にライの傍にいてまずいことになったなら、まずは俺に取り入ろうとしてくる筈だ」
賄賂なり、『花』なり、最近増えてばかりだ。王太子に処罰されずに生き残る術を探すだろう。
しかも――貴族も、エリシア邸を覗くことはできない。丁鳩が相変わらず結界を張り、祖父に守護を頼み、鈴華どころかファムータルでさえ、顔は知られていない。
「エルベットに鈴華を受け入れてもらえるように頑張ってきたが……」
身元の分からない元奴隷という時点で充分難しいところを、ファムータルに遺伝病がありエルベットと繋がりのある女性では遺伝病を引き継いだ子が生まれる可能性が高いこと、そして何より、呪われた魔国の王族である以上、相手は生涯望めないこと。その二つを柱に前国王と共に神殿と交渉してきたが……今回の件は……。
「とりあえず、鈴華も人前に出さない。
もしかしたら、日常的に鈴華を探し回っているかも知れねぇからな」
偶然、出てきた鈴華を暗殺者が見つけたというのは考えにくい。魔国中に、鈴華を狙う者が配置されていると考えた方が妥当だ。
「そうだな……。ところで、前の羊皮紙の件だが……礼竜はお前さんが毒効かねぇって知らないのか?」
毒が無効だと知っていれば、あんなに騒ぎはしないだろうと思った。というより、毒を感知する度にいちいち邸から出てこられては危なくて仕方ない。
「ああ。良い機会だと思って、俺がどれだけ日常的に毒を盛られているか説明した上で、目の前で神経毒飲んで見せた。それで反応がねぇから、麻薬まで注射してみせたら……」
――あれは悪いことをしたと思う。あの平和頭の王子さまは、兄が話す内容が受け入れられず無反応だったのだ。そこへ、兄が目の前で毒を飲み、麻薬まで注射してしまった……。
正気に返ったファムータルは、必死に医者と祖父を呼び、兄様が死ぬ、兄様を診てくれと泣き喚いたのだ。あの泣き方は、洗脳から回復した時を思い起こさせる。
結局、翌朝訪ねても、目は腫れていた。鈴華にしがみついて泣いていたらしい。
「……まあ、オレが一緒に行っていれば、止めたけどな……」
丁鳩には、自分を大事に思ってくれている人間がどう思うかは理解できない。そもそも、自分を大事にするという発想がない。この弟たちは、やはり自分が道を確認してやらなければと、改めてサティラートは思った。
「失礼いたします! 火急の件ですが、よろしいでしょうか?」
人払いしてあったので、遠慮がちに扉を叩いて聞いてくる。入れると、
「ファムータル殿下のご容体が悪化し……危険です」
急ぎ、エリシア邸に向かった。
◆◇◆◇◆
もともと、魔力で治療を行っているとはいえ、麻薬を抜くというのは非常に負担がかかる。
そこへ、つい先日、丁鳩が毒を目の前で飲むという精神的に辛すぎることがあった。
そして本日――大事な鈴華が襲われた。
身体中蕁麻疹に覆われ、横向きに寝転がって苦し気に息をする弟の顔は、いつ死んでもおかしくないほどだ。おそらく、辛い条件が重なったところで、更に遺伝病が追い打ちをかけたのだろう。
「……ライ……」
そっと額に触れると、汗ばかりか肌まで冷たい。
典医が処置をしながら状況を報告してくれる。絶望的としか言いようがない。祖父の顔も、固い。
「……レヴィス。オレがお前の格好して出ててやるから、付き添ってやれ」
冷たい手を握ると、意外にも握り返してきた。
「……にいさま……?」
うっすらと目を開けた弟に、
「ここに居るから、な?」
他に言う言葉が見つからなかった。
今夜が峠だと言われ――夜が明けた。
◆◇◆◇◆
徹夜して付き添った弟は、どうにか命を繋いだ。典医たち――弟の典医だけでは心許ないので、自分の典医も呼んで診てもらっていたが、とりあえず危機は去ったとのことだった。
「ほら、汗でびっしょりだぞ?」
言って、病衣を脱がせて湯に浸した布巾で拭いてやる。髪に染み込んだ汗は……まあ、後でいいだろう。禍々しい呪いの傷が露出しているのを見て、そっと、持っていたものをかけてやった。
――預かったままだった、鈴華のレースだ。神殿に送るつもりが、結局一晩ずっと持っていた。
と、弟の顔が安らぐ。
「……どうした?」
「あ……鈴華が触ってくれてる時ほどじゃないんですけど……暖かくて……」
「……?」
レースを取ってみると、また弟が顔を歪める。戻すと安心したようになる。
「義祖父様と鈴華を呼んでくれ」
側にいた侍女に言いはしたが、また説明不能な事態にどうすればいいか分からなかった。
◆◇◆◇◆
「なるほどな……鈴華のレースか……」
また
「確かに、そっちも不可解な点が多かったが……。まあ、分からないものは分からないとしか言いようがないな」
「それより、医者の見解だとな……今回倒れたのは、遺伝病は関係ないそうだ。麻薬の後遺症が主因だ。……ついでに、俺の毒の話と、鈴華の騒ぎが重なって、ああなったらしい」
「お前さんの毒の話は、お前さんの完全な手落ちだろ」
側に居れば止めたのに……と、兄は首を振る。
「分かってる。
……で、完全に麻薬を抜く必要があるわけだが……」
一言に『抜く』といっても簡単ではない。魔力治療で行っても消えないものを無理に消すとなれば、『相応の苦しみ』は覚悟しなければいけない。
しかも、あの病弱な平和頭の王子に、その苦しみに耐えろと言っているのである。
「緊急に抜かないと、今後もっと酷くなる、か……」
言わなくても分かっていることだが、口に出して言う。
麻薬を盛られた期間、摂取させられた量。魔力治療だけで何とかしようとする方が甘かった。王族が暗殺未遂に遭えば魔力を多用して強制的に治すこともできる。だが、荒療治となることに変わりはなく、本人の体力次第だ。
「ライの奴に覚悟はあるか聞いたら、あいつ……なんで自分がそこまで狙われたのか知りたいって言いだした」
確かに、もっともな疑問だ。兄が隠してきただけで、本人にも知る権利がある。
「……どうするんだ?」
「俺が隠したのが、そもそも悪かった。話す。
兄貴、俺が余計なことまで喋らないか、横で聞いててくれ」
言いながら立って扉の方を向いた丁鳩は、すぐに弟のところへ行くのだろう。サティラートは、その肩を掴んで止める。
「待て。鎧は脱げ。あと、髪も垂らして行け」
「……?」
鎧姿に髪を一つに束ねるのが普通だった丁鳩は、首を傾げる。
「そんな恰好で重い話されるほうの身にもなれ。
見た目に圧力の溢れる格好を、誰が好むだろうか。やはり根本が分かっていないと、溜息をついた。
◆◇◆◇◆
「……兄様!」
王族服ではないが、彼の色の濃紺の、見た目は普通の服装で現れた兄を見て、ファムータルは笑顔を浮かべる。髪を束ねていないのも珍しい。
「な? 服装で印象が変わるだろ?」
聞こえないようにサティラートは囁き、寝台の横に二つ椅子を置く。
「
「はい。
鈴華に聞くと、ほぼ重湯だったようだが、食べられるだけ良かった。
「さて……」
話の邪魔になりそうな祖父には、来ないように言ってある。居るのは、ファムータルの典医二人と鈴華だけだ。
鈴華は、二人の逆側に座って、ファムータルの傷に手を当ててくれている。
花に満ちた寝室には似つかわしくない話だが、ひとつひとつ話し始める。
「まず、黙っていたの俺の一存だ。文句なら後でいくらでも聞く。
前提条件として、関係ないところから始めるが……お前さん、俺が保護してきた被害者の中で、『男娼』がどれぐらいの割合だと思う?」
ファムータルは少し考え……
「少ない、ですね。女性の方が被害に遭うから……」
「普通は、そうなんだ。
だが……腐りきってくると、女には飽きて男を標的にする連中が増える。魔国の上流階級の男色家貴族たちがそうだ。そういった連中は男娼をこぞって買う。だけどな、男の身体は、女みたいに玩具にできるような造りじゃなくて、すぐに病気になって死ぬ。需要があるから補充されるが、死ぬ人数の方が多い。よって、需要と供給で数が少ない。……ここまでは分かるか?」
「………………はい……」
受け入れがたいようだが、頑張って追いつこうとしている。ついてこられなくなったらサティラートが止めてくれるだろうと、丁鳩は続ける。
「男娼は使い捨てだが、稀にいる『極上』となると話は違う。
『極上』の条件は、声変わりも第二性徴もまだの、美少女と見紛うような美少年。身体つきが細い――特に『細腰』だと、なおいい。
そこへ、滅多に見ないような外見的特徴が加わったら、どうなると思う?」
「…………?」
分かっていないようなので、魔力で目の前にファムータル自身の姿を映してやった。
「美少女と見紛うような美少年。声変わりも第二性徴もまだ。遺伝病で太れないとはいえ、華奢で『細腰』。そして、同じく遺伝病のせいだが、その外見的特徴は神秘的に見えるんだよ。変態には」
「――……!?」
そこまで言われて、その条件が悉く、自分を指しているのだとようやく分かったファムータルは、顔をひきつらせる。
「ぼ、僕男です!」
「その声変わりもしてないが男と分かる可愛い声を聞くと、男色家どもは、その声で喘がせたくなる。今後、女と思われたら訂正せずに黙ってろ。その方が安全だ。喋るとバレる」
青ざめた顔を見て、
「そうやって表情が変わるのも、男色家にとっては悦なんだよ。
いいか、さっき言った、使い捨てられる男娼っていうのは、普通に居る程度だ。普通、長く生かすつもりもないし、男色家によっては自分にも返して欲しいって需要があるから、男としての機能は保たれたまま売られる。
だが、滅多に手に入らない『極上』となると、話は別だ。長く楽しむためにまず、声変わりや第二性徴が来ないように『男の象徴』を取る。その上で、医者に徹底管理されて、丁寧に『事後処置』を受けながら、長く生かされる。もちろん、『ご主人様』に『奉仕』するだけの存在として、だ」
弟がついてきているか分からなかったが、兄が止めないのでそのまま続ける。
「『極上』は娼館に予約して手に入るようなもんじゃない。専門の奴が入手すると、『上客』にのみ、こっそりと状態がわかる写絵を見せて値段をつけさせる。それで一番高い値を付けた男色家に秘密裏に引き渡される。世に言う『闇競売』だ。ステージに引きずり出して参加者が値を付けるような集まりなら、摘発しやすいんだが……残念ながらそういう手段は取らないし、手に入れた男色家どもは『養子』として戸籍まで作りやがる。扱いからして違うわけだ。
保護した『極上』の被害者の話じゃあ、攫われたことにも気が付かず、目が覚めたら『最初のご奉仕』の最中だったそうだ。眠らされている間に、買い手が決まって『遊べる身体』にされて、逃げられないようになってから目を覚ました、と。
何が起こっているか混乱する中、自分の置かれた状況が分かった途端、絶望だ。何しろ、気を失う前までは、普通に生活してたからな。
……まあ、俺は聞いただけだから、どれほど悍ましいかは本人に聞くしかないが」
言いながら丁鳩が、保護した『極上』の証言を纏めた書類を出そうとするが、それはサティラートが横から回収した。やりすぎらしい。
「……お前さん、当然魔力は封じられてると思え。
その状況になったらどうする?」
「……え……」
声を上げた弟に、
「ほら、そんな顔でそんな声を出すと、余計に
概ね、専門に雇った魔導士たちによって、『嫁入り』の瞬間から全部記録されている。漏れなくだ。初夜の状況……初めての喘ぎ声や状況が理解できていない焦った顔とか、かなりの逸品らしくてな。特に回数を重ねると摩れて反応が鈍るから、最初が一番愉しいんだ。もちろん、長く生かすために医者が許可した時間で解放されるが、そのあとの様子も全部記録される。で、ご主人様は、お前さんと遊べない間は、その記録を観て悦に浸り、次に医者が許可したときには『その続き』だ。
そうして、お前さんが状況に馴染んで初心な反応が減ってきたら、予め初夜はじめ色々共有していた中から『お友達』が一緒になって現れる。医者の許可の間だけとはいえ、何人にも同時に『ご奉仕』だぞ? まあ、一種のテコ入れだな」
青ざめた弟は……
「……ご飯……食べません……」
逃げ道を探して言う。
「だな。とにかく傷がつかないように、優しく拘束されてるから、ハンストくらいしか抵抗できない。で、それをやったら強制給餌になる。餌詰め込まれるのもキツイし、吐き出したらその分詰め込まれる。その地獄に負けて、たいていは『ご主人様の食卓』で食べることを選ぶ。言っておくが、服なんてまともなモン、着せてもらえると思うなよ? あくまでご主人様が視覚的にも愉しめるように、全部仕込まれている。食事するだけじゃ済まないんだ」
真っ赤な大きな瞳に涙を貯めて首を振る弟に、
「だから、そういう可愛い反応が、余計に『そそる』らしい。
こういう連中は徹底して
サティラートに頭を叩かれた。これは余計だったらしい。
「で、お前さんが優しくじっくり長期間に渡って消費されて『商品価値』がなくなる前に、男色家どもは『人形』にして保管する。成長しないようにっていっても成長はするし、疲れすぎて顔に陰りでもでたらお終いだからな。魔力を使って正常な意識がある状態で『腐らない死体』に加工して、永遠の容姿の『人形』で遊ぶんだ」
『人形』になってしまえば、医者に管理させる必要もなく、痛みもしないので、時間制限なく弄ばれる。死者の尊厳などない。『人形』は時に貸し出されて大勢に『奉仕』させられる。以前、『人形』専門の館を特定して乗り込んだ時は、流石に引いたが……先ほどサティラートに頭を叩かれたので、この話は終わりにする。
「…………あの、それで、僕が飲まされた薬は……」
麻薬を使わないというし、どう見てもそういう目には遭っていない。そう懸命に主張する。
「お前さんの場合、『極上』の条件だけじゃなくて『憎い王太子の弟』っていう『付加価値』が上乗せされる。
お前さんが受けた仕打ち――麻薬と毒薬漬けにして希死願望に導き、王家の『禁忌』を犯して『封印』の末路まで――その過程を、全て、医者の役得で得た『素顔や本音、可愛い悩み』とともに纏めて売ったら、どれぐらいの利益になるか分かるか?
普通に捕まえて、男色家に売るより遥かに儲かる。裏で需要は鰻登りだ。
……で、今回は直前で助かったから、次回はもう使えない。エルベットもお前さんを返せって言ってるしな。
次回、お前さんが何かされるなら、前述の『
……まあ、捕まる前にこれからどういう目に遭うか【予見の知】でも使って察知して、舌を噛める余裕があればいいが……」
エルベットには自殺はないというのに、この発言ということは――ファムータルも流石に察した。
「……黙ってた俺が悪かった。だが、本当にお前さんを外に出すわけにはいかないことは分かってくれたか?
魔国は、エルベットとは違うんだ。
で、麻薬抜きを合わせて、お前さんは鈴華と一緒に今すぐエルベットに帰れ。治療もエルベットのほうがしやすい」
「………………」
兄の言葉の意味を反芻し――
圧縮した風が襲ったのを、即座に結界を張って阻む。そうした応酬が三回続いた後、
「おい、レヴィス」
後ろからサティラートが殴りかかってくるが、これも素手で受け止めた。
「お前な……ここは防がずに食らえ!」
先ほどから弟が魔力で攻撃してくるのも、肉体的に殴るという行為ができないからだ。
「お前のせいなんだから甘んじて受けろ! 本当に分かってねぇな……」
反射的にすべて防いだが、いけなかったらしい。
そっと、弟の頭を抱く。今まで、弟の頭を撫でることは多くても、こういうことをするのは初めてだ。弟も動揺している。
「いいか。魔国のことは俺が片付ける。
お前は帰れ。ここは危険だ」
「――兄様の馬鹿!!」
今度は魔力でなく言葉が出た。しかも、兄に今まで言ったことのない言葉だ。
「ああ、馬鹿でいい。帰れ」
自分の頭を抱き締めたまま兄が言う言葉が信じられず、涙がただ流れる。
「……兄様は、どうなるの?」
「俺はいい。魔国を片付ける」
そう言われ、泣きじゃくる弟を何とか宥めようとしていると――サティラートが引き剥がして、胸倉を掴んで凄んだ。
「お前なぁ……お前はどうなってもいいってか!?」
言ってみるが、やはり、自分を大事にするという発想がないこの
「……
「サティ
止めに入る弟の声は無視し、続ける。
「礼竜は優しすぎて王族向きじゃないって話してたろ! お前もオレも礼竜にそう言った!
だけどなぁ!! お前さんの客員王族籍が消えて、一緒にエルベットに帰れなくなるって言って、王族から降りなかったんだよ!!」
エルベット王族は死しても王族としての定めから解放されない末路だ。それでも、一度だけ、王族から離れる機会がある。十二歳の祝言を受け、王族として正式にお披露目される前に、王族を辞することを決める。
ファムータルは、兄の客員王族籍が自分の異母兄だということで成り立っているのを見て、一緒に居られなくなると、王族を辞めなかった。
「……ライ……?」
呆然と振り向くと、弟は血走って真っ赤な目に涙を貯めて睨んだ後、そっぽを向いた。動けるなら走ってどこかへ行っただろう。
「……お前……なんで……」
「なんでもあるか! さっきから、お前さんが大事だからって言ってるだろ!!」
今度こそ、サティラートの拳が入る。
弟と話そうと近づこうとしたら、サティラートが引きずり出そうと引っ張りはじめる。
「しばらく会うな。反省してから話せ」
――ここまで言わないといけないとは、予想していなかった。
本当に手のかかる弟だ。
◆◇◆◇◆
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