第30話 俺もですよ

 本来なら今すぐにでも加勢に行きたい。サザンカさんとフィオーレのところに行きたい。


 だがベロニカさんが他の能力を持っている可能性もあるのだ。その能力で暴れ出したら、今のナナとパドマでは対応できない。だから俺はここに残らないといけないのだ。


 ナナはフラフラと立ち上がって、


「……アマリリスさんも、ベロニカさんレベルの強さになってるのかな……」それからナナは怯えたように、「……これからも……」


 ……


 これからも家族が別人に成り代わっていくのだろうか。


 自分が別人になってしまうことがあるのだろうか。


 そんな恐ろしい言葉をナナは飲み込んだ。口に出したら現実になってしまいそうで怖かったのだろう。


 ……

  

 そうだ。ベロニカさんもアマリリスも、今朝は俺のよく知る2人だった。


 だが気がつけば別人になっていたのだ。


 もしかしたら自分も……? 次の瞬間にでも意識が途切れて、別人として行動を始めるのだろうか?

 

 だとしたら……今の俺の意識はどこに行くのだろう……


 ……


 ……


 ダメだ。答えの出ないことに怯えていても仕方がない。この事はとりあえず考えないようにしよう。


「まずはベロニカさんを厳重に拘束する。地下室にでも閉じ込めよう」心が痛むが、それしか方法がない。「ベロニカさんも……それでいいですね?」

「嫌だよライ坊」俺が睨みつけると、ベロニカさんは肩をすくめて、「とでも言えば見逃してくれるのか?」

「……あなたが本物のベロニカさんに戻ってくれるのなら」

「……」


 ベロニカさんは不機嫌そうに顔をそらした。それを肯定と受け取って、俺はベロニカさんの体を担ぐ。


「ナナ」

「私は大丈夫」ナナは気丈な笑顔を見せて、「それより……パドマさんをお願い」


 見ればパドマは荒い呼吸のまま地面にうずくまっていた。どうやらもう立つこともできないらしい。


 俺はパドマに近づいて、


「肩を貸すよ」

「……すいません……」謝るのはこっちだ。「……あの……サザンカさんたちは……」

「サザンカさんがいるから大丈夫だよ」本当はすぐにでも様子を見に行きたいが、ベロニカさんの処理が先だ。「立てるか?」

「……なんとか……」


 パドマに肩を貸しながら、俺は屋敷を目指す。


 いつもなら鼻歌交じりに歩く道が、ずいぶんと長く感じた。俺も結構ダメージを受けたし、なによりパドマがぐったりとしていた。


 ……パドマの体からは異常なほどの高熱が伝わってきた。いよいよ真っ白な表情をしているのを見る限り、本当に限界の状態で戦ってくれたようだ。


 まずはパドマを客室のベッドに寝かせて、


「ありがとう。今回は、本当に助かった。またすぐに医者を呼ぶから……安心して寝ていてくれ」

「……お役に立てたなら、何よりです……」


 そのままパドマは気絶するように眠った。念の為呼吸を確認してから、俺は地下室に向かう。


 地下室にはほとんど誰も足を踏み入れない。その重たい扉を開けて、俺は階段を降りた。


 無機質な壁に俺の足音が反響する。日の光の届かないその場所は、かなりひんやりしていた。


「地下室か……」俺に担がれたままベロニカさんが言う。「ゲームでは入ることができない場所だな……」

「そうなんですか……?」

「ああ。基本的には平和なゲームだからな。お前が屋敷の人間を皆殺しにする以外は」地下室に閉じ込める、なんて場面は存在しない。「……地下室はかつて拷問室として使われていた、という考察があったな。それは本当か?」

「……本当ですよ」気味の悪い部屋だから、今は誰も使っていない。「ちなみに聞くんですけど……」

「……なんだ?」

「俺が屋敷の人間を皆殺しにするって、本当なんですか?」


 嘘だと言ってほしかった。


「本当だ」即答されてしまった。「ルートによって起こるイベントは大きく変わるが、ライラック・ロベリアの犯行だけは変わらない。絶対に屋敷の人間が皆殺しにされて、ゲームは終わりを迎える」

「……なんで俺はそんなことを……」

「……さぁな。お前に直接会えばわかるかと思っていたが……どうやらそんなこともないらしい」ベロニカさんは舌打ちをしてから、「もっと野蛮な男だと思っていた。なのにお前は……家族思いの熱血漢だ。お前が家族を殺すなんて思えない」

「……俺もですよ……」


 俺が家族を殺すなんてありえない。今だって俺は……ベロニカさんを傷つけたことを深く後悔しているくらいだ。


 ……


 なんで俺は……

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