第29話 うちの妹を甘く見たのが

 ベロニカさんが俺とナナに向けて重力を向けた瞬間だった。


「なんだ……!」ベロニカさんが上空から地面に向けて急降下した。「なにが起きて――!」


 対処する間もなく、ベロニカさんは地面に叩きつけられる。


 相当な衝撃だった。砂埃が舞い上がって、重たい音が周囲に響き渡った。


 その瞬間、俺は釣り糸でベロニカさんを拘束した。まず腕を厳重に縛り上げる。重力の能力を使えないよう、指も開かないように拘束した。最後に足を縛り上げて、一歩たりとも移動させないようにグルグル巻きにした。


 そうして砂埃が落ち着いて、


「……終わった……?」


 ナナの声が聞こえてきた。


「ああ……もう拘束したから大丈夫だよ」ようやく終わった。「パドマも……ありがとう」

「いえいえ……」パドマはフラフラとこちらに歩み寄ってきて、「少しでも恩返しできたのなら、何よりです……」

「……」義理堅い男だ……「それから……悪いな。急に呼び捨てにして」


 ついうっかり大声で呼び捨てにしてしまった。


「……ではこちらも呼び捨てにしてしまいましょうか。ライラック」

「俺……名乗ったっけ?」

「メイドさんから聞きました。サザンカさんから」

「ああ……なるほど」


 そんな会話をしていると、地面で拘束されているベロニカさんが言った。


「何が起きた……? なぜ私が地面に……」

「……まだ意識があるんですか……」俺は呆れながら言う。「結構な衝撃だったと思いますけど」


 俺が言うと、ベロニカさんは挑発するように笑った。


「まだ私に敬語を使うのか?」

「……ベロニカさんは……俺の尊敬する人物の一人ですからね」


 戦闘中はついタメ口になってしまったが。


「……残念だな。私はもうベロニカという人間じゃない」

「それはそうなんでしょうけど……」


 なんだか空気が重たくなってしまった。ベロニカさんとしても失言だったと感じたようで、話題を戻す。


「……さっきの戦い……なぜ私は負けたんだ? なぜ私が地面に……」

「それは簡単ですよ。あなたはに引っかかったんです」

「結界……?」ベロニカさんはナナに目をやってから、「……あいつも、なにか能力を?」

「能力というか趣味というか……」


 俺は地面に落ちていた釣り針と釣り糸を拾い上げて、


「この釣り糸ですよ。ナナは釣り糸を最大限に伸ばして、ベロニカさんに向けて放ったんです」

「……だがその糸は……私には届かなかっただろう?」

「はい。だから誘導したんです。あなたが釣り糸の落ちている場所まで動くように誘導した」ナナの作戦に俺が乗っかったのだ。「誘導ができた理由……それが弱点の2つ目です」

「……弱点……」


 1つ目は目標との間に障害物があると、障害物のほうに能力を使ってしまうこと。


 そして2つ目は……


「あなたの重力操作はするかする。それだけの能力ってことです」

「……何が言いたい?」

「つまり……横に向けて重力を発生させたり、それはできないってことです。空中に浮くにしても、自分の重力を軽くして飛び上がっていただけ」地面を蹴って上昇する必要がある。「つまり空中で方向転換はできないってことです。壁を蹴ったりしない限りは、ですけど」


 前に向けて飛んでいたのが、いきなり後ろに飛ぶ。そんなことはできないわけだ。


 だから着地点は予想しやすく、誘導も容易だった。彼女はこちらの攻撃に対して直線的に動くだけだったからだ。


 それが弱点の2つ目。


「……3つ目はなんだ?」

「俺に重力をかけたら、俺が触れているものにも重力をかけてしまうことです」俺は釣り糸をベロニカさんに見せて、「例えば……とかですね」

「……なるほど……」納得してくれたらしい。「私の体のどこかに釣り糸がついていたか……」

「そうですね。靴に釣り糸でくっつけてました。ナナが、ですけど」

「……だから足を掴まれたのか……」


 そういうことである。ナナの目的はベロニカさんの足を掴むことではなく、その靴に釣り針を引っ掛けることだった。


「あとは簡単です。あなたが俺達に重力をかけるタイミングで、地面に落ちてる釣り糸を掴むだけ。そしたら間接的にベロニカさんにも重力がかかる」


 俺とナナは釣り糸を通してベロニカさんに触れていたのだ。


 それに気づかず、ベロニカさんは重力をかけた。しかも俺とナナを同時に、である。ベロニカさんの重力の処理がどうなっているのかは知らないが、想定していたよりも強い重力がかかっただろう。


 だから彼女は地面に叩きつけられた。自分の能力で自分を攻撃してしまったわけだ。


「……やられたよ……」ベロニカさんは言う。「……お前にじゃない。ナナにやられた」

「その通りですよ」俺はナナの作戦に乗っかっただけだ。「うちの妹を甘く見たのが、あなたの敗因です」


 ベロニカさんなら……ナナを舐めてかかることはなかっただろう。

 

 ……


 ともあれ、こっちは決着だ。


 サザンカさんとフィオーレは大丈夫だろうか?

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