第20話 またね~

 山の頂上で待つ。そんなことが書かれた紙切れをギンから頂いて、


「登山は趣味じゃないんだがなぁ……」

「お兄ちゃんの趣味って何?」

「え……?」


 ……


 言われて気づいた。俺って趣味がない。行き場のない人を屋敷に住まわせるのは母さんの趣味であって、俺の趣味じゃない。


 悩んだ末に、


「……釣り……」

「大歓迎」

 

 そんな意味のわからない会話をしてから、


「じゃあ……俺は山登りしてくるから。ナナは屋敷のほうを頼む」

「……そうだね。それが最善かな」


 俺を呼び出してその間に屋敷を襲う、という計画かもしれない。


 しかしその確率は低いだろう。屋敷にはサザンカさんもいるし、敵わないのはギンだってわかってる。それくらいなら俺を呼び出して1対1でやり合ったほうが確率が高い。


 とはいえ屋敷が襲われる可能性もゼロじゃない。


「気をつけてくれよ。なんか……嫌な予感がする」

「了解。お兄ちゃんの嫌な予感、よく当たるからね。最大級の警戒をしておく。サザンカさんにも伝えておくよ」

「……相変わらず頼りになる妹だな……」

「こっちも頼りにしてるよ、お兄ちゃん」


 そう意思疎通をしてから、俺はナナと別れた。


 さて、さっそく山登りを開始しよう。子供の頃から登り慣れた山とはいえ、あまり舐めると痛い目を見るから準備は念入りに。


 準備を整えていると、


「どもども。ライ坊……元気?」


 背後から甘ったるい声が聞こえてきた。


 振り返ると、


「……ベロニカさん……」


 そこにいたのは金髪ガングロギャルのベロニカさんだった。相変わらずド派手な格好をしている人だった。ローズさん、サザンカさんと同じメイド服を着ているというのに、ここまで印象が異なるのも珍しい。


 というか……ライ坊って呼ぶのやめてくれません……? ライちゃんならいいけど。


「ちょっと元気なさそうだね」ベロニカさんは俺を心配してるような声音で、「……なんか、あった? それともギンのこと?」

「……そうですかね……」いろいろと考えることが多い。「ちょっと俺、出かけるんで……留守の間を頼みます」

「ん、りょうか~い」……返事は軽いが、ベロニカさんも優秀な人だ。任せて問題ないだろう。「それからライ坊……アマリリス見なかった?」

「アマリリス、ですか……? あんな目立つやつ、探さなくても見つかるでしょう?」


 常に意味不明なことをつぶやいているド派手な男だ。むしろ探してなくても見つかる。


「ん~……そうなんだけどさぁ。なんか今日、静かでさ」

「……病人がいるから静かにしてる、とか」


 パドマさんが寝ているのだ。アマリリスとはいえ気を遣うのかもしれない。


「なるほどね~……」ベロニカさんは珍しくため息なんてついて、「……なんか変な感じだね……」


 ……サザンカさんも似たようなことを言っていた。そしてその感覚は俺にも伝わる。


 変化の感覚。このまま進めば、今の関係は維持できない。その予感。


 現状維持を望むか。変化を受け入れるか。あるいは……他の選択肢か。


 選ぶのは今しかない。


 ベロニカさんが言う。


「私、忘れっぽいからさぁ……忘れないうちに、恩返しってのがしたいんだよ」

「……助けられてるのはこっちですけどね」

「お互いに助け合ってるってこと? そう言ってもらえると嬉しいな」俺だって嬉しい。「まぁ恩返しくらいさせてよ。忘れっぽい私でも、ちゃんとメモしてることがあるから」

「メモの場所は忘れないでくださいよ」

「忘れてないよ。私の部屋の引き出しの……2段目? 3段目だっけ?」大丈夫か……? 「ま、棚に入れてることは覚えてる。探せば見つかるよ」


 棚にいれることは確定しているらしい。


 まぁ俺がそのメモの内容を見ることなんてない。


 そして今は……少々急いでいる。


「そろそろ出かけますね」

「りょうか~い」


 俺が山登りに必要な装備を軽く整えて屋敷から出ようとすると、


「いってらっしゃ~い」間延びしたベロニカさんの声が聞こえてきた。「またね~」

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