第19話 デートのお誘い?
軽く話を終えると、パドマは寝息を立て始めた。眠った、というより気絶したという表現が正しいかもしれない。
俺とナナは部屋を出て、サザンカさんに彼のお世話をお任せする。
そして今度は俺の部屋に移動した。外に出ても良かったが、なんとなく室内にしておいた。
ナナが言う。
「どうだった? パドマさんの印象は?」
「……礼儀正しい好青年、に見えたけどな」初見の感想、である。「まぁ初対面で人間の奥底を見通すのは不可能だよ」
「そうだねぇ……」
それができたら人間関係で苦労はしない。
「ナナはどうだった? パドマの印象は」
「礼儀正しい好青年。あと、イケメン」
「……ナナから見ても、か?」
ナナは貴族の娘という立場上、いろいろな人が狙ってくることがある。その中にはかなりの美男子も含まれていたのだが……
「ちょっとレベルが違うよ。地区大会と全国大会くらい違う」なんだその例えは。「あんな美しい人間、はじめて見た。世界的に見ても上位だと思う」
そんなにか。そりゃイケメンだとは思っていたが。
ナナは続ける。
「だからこそ危険。あの顔でお願いされたら、つい引き受けちゃいそう。顔が良いってのは、大きなアドバンテージだからね」
「……なるほど……」俺も顔は悪くないと自負しているが、ちょっとパドマには敵わない。「……しかし……ギンの予言は当たってたな」
「……仕込みって可能性は?」
「だったら、もっとわかりやすくやるだろう。あんな山の、誰も踏み入らない場所ではやらない」
「そっか……実際に、お兄ちゃんだから気づいたわけでね。私だったら素通りしてた」
俺だって気がついたのは偶然だ。
まぁ……とりあえず仕込みではなく本物だと仮定して話を進めよう。
「ギンは……ヒロインってのが3人いるって言ってたな」
「そうだね。私と、ローズさんと……あとは泥棒少女だっけ?」
「……そういえばそうだったな……」つまり……誰かがこの家に泥棒に来るわけだ。「この屋敷に泥棒……成功するとは思えないけどな」
「そうだね。屋敷にはローズさんかサザンカさん。その2人のどちらかが、必ずいるからね」
この屋敷のツートップだ。他の人間も優秀だが、彼女たちには及ばない。
ローズさんが外出するときにはサザンカさんが屋敷にいるし、サザンカさんが外出するときにはローズさんが屋敷にいる。その状態で泥棒を成功させるなんて、並大抵のことじゃない。俺でも難しいだろう。
「しかし……ちょっと忙しくなってきたね」ナナが言う。「パドマさんも警戒しないといけない。ギンさんも警戒しないといけない。そして……前のギンさんを取り戻す方法も考えないといけない」
やることが多い。
「……とりあえずギンの狙いは俺だ。ギンのことは俺が見ておくとして……」
「じゃあ私がパドマさんかな。現状は大丈夫そうだけどね」
体調不良で暴れるどころじゃないだろう。あれは演技ではなかった。
「よし……じゃあ――」言葉の途中で、「……?」
扉の下の隙間から、小さな紙切れが入ってきた。
偶然風で飛ばされた、わけがない。誰かが俺の部屋にその紙切れを入れたのだ。
俺は即座に扉を開けて廊下を確認するが、
「……誰もいない、か……」
廊下にはすでに人の気配はなかった。追いかけたかったところだが……
「……足音、しなかったよね」ナナも廊下に出て、「私とお兄ちゃんに気づかれないで部屋に接近する……そんな事できる?」
「……接近までは可能かもしれない」限りなく不可能に近いけれど。「だが逃げるのは別だ。俺は紙が入ってきて、即座に扉を開けた。のんびり逃げてたんじゃ見つかる」
犯人はかなりのスピードで逃げたハズなのだ。ならば足音くらい聞こえないとおかしいのだが……
……幽霊でも出たか? それとも泥棒少女? あるいは……まったく別のなにか?
……
わからん。考えてもわからん。わからないことが多すぎる。
「はい、どうぞ」ナナが部屋の中の紙切れを拾って、「お兄ちゃん宛て、だと思うよ」
「……俺に……」そりゃそうか。俺の部屋だもんな。「……」
「なんて書いてあるの?」
「『山の頂上で待つ』」
……この山の頂上……?
ナナがあえて冗談を言う。
「わぁ。ローズさんからデートのお誘い?」
「だったら嬉しいんだけどな」俺は肩をすくめて、「残念ながらローズさんは買い出しに行ってる」
結構な量を買い込むので、時間がかかるだろう。
俺は続ける。
「それに……差出人の名前が書いてあるよ」
「誰……?」
「ギン」
「デートのお誘い?」
俺は苦笑いで、
「……だったら嬉しいんだけどな……」
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