第18話 だった気がします

 客室に向かう途中、


「あ……お兄ちゃん」ナナも客室に向かっていたようで、「あの人のところに行くんでしょ? 私も一緒に行くよ」

「ん……ああ、そうだな」


 ちょっと迷ったが、断ることでもない。ナナだってこの屋敷の家主の一人なのだ。重要な会話には混ざるべきだろう。何より……ナナがいれば頼りになる。


 というわけで客室の扉をノックしてから開けると、


「おや、ライラック様」客人がいるから、よそ行きモードのサザンカさんがいた。「客人がお目覚めになられましたよ」

「……そうみたいですね……」サザンカさんが礼儀正しいと違和感があるな……「ちょっと……いろいろと喋りたいことがあるんですが……」

「承知しました」サザンカさんは立ち上がって、「では……ご用事が済んだら、お声がけください」


 サザンカさんは優雅に礼をして、部屋を出ていった。


 それから俺とナナは部屋の中のイスに腰掛けた。


 目の前にはベッドに眠る青年の姿があった。


 年齢は俺と同じくらい、18くらいに見える。長身で痩せ型。とはいえガリガリというほどでもなく、細身という言葉がよく似合う。


 ……同性の俺でも一瞬ドキッとするくらいには美形な男だった。まだ内面はわからないが、外見だけで惚れる人間も多そうだ。


 青年はベッドに寝転んだまま、


「……すいません……失礼な格好ですが、体が重くて……」

「ん……ああ、気にしないでくれ」敬語を使おうか迷ったが、まぁ同い年くらいだし必要ないだろう。「むしろ……こっちが謝ることだ。体調が悪いのに、押しかけて悪い」


 本来ならもう少し休ませてやるべきなのだろう。だが……今は少し急いでいる。


「いえ……僕のような怪しげな人間に対して、対話をしてくれるだけでありがたいです」理性的な人間らしい。「本来なら……問答無用で見捨てられる可能性もありますからね」

「……そうかもな……」


 山で倒れている男。見捨てるという選択肢だってある。


 俺は言う。


「いくつか質問がある。体調が悪いようなら言ってくれ。また次の機会にする」

「……今は大丈夫です……受け答えをするくらいなら……」


 ……ずいぶん苦しそうだな……顔も赤いし、演技ではなさそうだ。まだ熱は下がりきっていないのだろう。この調子だと全快までは遠いようだな。


「まず質問だ。名前は?」

「……パドマ……だった気がします」


 ……ギンの情報と同じか。主人公のデフォルトネームとやらはパドマだと言っていた。


 じゃあ彼が主人公で間違いなさそうだが……気になる言い方だな。


「気がする、ってのは?」

「……すいません……あまり、覚えてなくて……」

「……記憶喪失?」

「……どうでしょう……熱で一時的に記憶が混乱してるのか……それとも、長期的に失われているのか……」


 彼は少し喋るだけで息切れをしていた。かなり辛そうなので、細かい話はあとにしよう。


「じゃあ……帰る家とかは思い出せないのか?」

「……そう、ですね……そもそも僕に帰る家なんてあるのでしょうか?」


 ……ないかもしれない。


 このあたりに暮らしている人間の顔は把握しているが、主人公――パドマの顔は見たことがない。つまり遠くから来た人間なわけだが……


 なんで遠くから来た人間がロベリア家がある山の中で倒れている? その理由がわからない。


「まぁ……あれだ。しばらくはうちで過ごしたらいい。まだ部屋は空いてるし……記憶が戻るまで、のんびりすればいいさ」

「……ですが……」

「大丈夫だよ。うちは……そういうのが趣味みたいなもんだ」行き場のない人を住まわせるのが趣味みたいなもの。「この家の人間に危害を加えない限りは、問題ねぇよ」


 一応釘は刺した。家の人間に危害を加えることは許さないと。


「……わかりました……」それから彼は少し微笑んで、「……ありがとう……ございます……」


 その笑顔はとても魅力的な笑顔だった。子供の笑顔みたいに屈託のない、裏のない笑顔に見えた。

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