第4話 嫌われて当然だろ

 ライラック・ロベリアはこの屋敷の人間を皆殺しにする。


 ……ライラックってのは俺の名前だ。生まれてからずっと俺はライラックだった。


「……俺が……屋敷の人間を皆殺しに?」鼻で笑ってやろう。「冗談ってのは、もうちょっとリアリティをもたせたほうがいいぞ」

「こっちだって、もっと面白い冗談を言いたいけどな。だが残念ながら……俺は冗談のセンスは持ち合わせてない」


 ……さっきから気になってたが……こいつ俺と口調が被ってんだよ。ギンとも似てるし……まぁ年頃の男なんて、喋り方は似たようなものか……


 閑話休題。


 俺はギンの表情を見て、


「……嘘を言ってるようには見えないが……」

「嘘なんて言ってないからな」

「……信じる要素もないけどな」疑わしい話だ。「そもそも……俺が屋敷の人間を皆殺し? そんなことしないし、できないだろ。ナナもローズさんもサザンカさんもいるんだぞ。他にも戦える人はいる」


 護身術程度だが、自分の身くらいは守れる人たちだ。


 そんな人間たちを俺1人で殺す? 想像もできない話だ。


 静かだったナナが言った。


「お兄ちゃんならできるだろうね。実力的には」

「……? いつも組手でナナにやられてるが」

「お兄ちゃんが私を相手に本気出せるわけ無いでしょ」本気のつもりだが。「いつもいつも手加減ばっかりしてさ……まぁお兄ちゃんの全力を引き出せない私が悪いんだけどね」

「別に手加減なんてしてねぇけど……」


 俺が言うと、ギンが鼻で笑った。


「そんなこと言ってるから嫌われるんだよ。お前、プレイヤーの間じゃ嫌われ者だぞ」悪かったな。「シスコンな上に人の恋路を邪魔してきて、挙げ句の果てには大抵のヒロインに好かれてる。最後には屋敷の全員皆殺し。好かれる要素がないだろ」

「……なんだその冗談……」

「冗談は苦手だって言っただろ? お前は……どのルートを進んでも恋敵として登場する。ヒロイン全員に好かれてるんだよ。嫌われて当然だろ」


 知らん奴らに嫌われても、なんとも思わないけどな。


 ……しかし……


「全員に好かれてる……?」

「ああ。本当は各ルートにライバルキャラをそれぞれ登場させる予定だったらしいんだが……制作労力の都合上、全部ライラック・ロベリアが兼ねることになったんだ。結果としてお前は……クソ浮気野郎になった」


 その言葉をナナが笑い飛ばす。


「お兄ちゃんが浮気? ありえないね。だってお兄ちゃんはローズさん一筋だからね」

「……たしかにライラック・ロベリアがローズ以外に恋心を抱くことはない。その点は評価されている」だから知らん奴らに評価されても、なんとも思わない。「だが……ヒロインやら女性キャラの多くがライラックに恋をしてるんだ。主人公以外で好かれる男キャラなんぞ、プレイヤーにとっては邪魔なだけなんだ」


 だからそっちの都合は知らん。


 ギンは挑発的に笑う。


「しかもそいつが屋敷の人間皆殺しだぜ? 好かれる要素がどこにある?」


 ……歯並びとか……


「ありえない」ナナが強い目線を返して、「なんでお兄ちゃんが屋敷の人を殺す必要があるの? お兄ちゃん……この屋敷の人たちのこと、大好きなのに」


 そう……問題はそこだ。


 俺はこの屋敷が、家が大好きだ。生まれ育った家だし親もいるし、家族同然の人たちも暮らしている。好きな人もいるし……なにより妹であるナナが住んでいる。


 屋敷の人間を皆殺しにするというのは、ナナを殺すということだ。それだけはありえないと断言できる。


 ギンは歯切れ悪く言った。


「それが……だ」

「……?」ナナが言う。「……不明……?」

「ああ。どのルートを進んでも、蓮の花というゲームは皆殺しエンドを迎える。開発者インタビューを見ても、攻略サイトを見ても、攻略本を見ても理由はわからない。なぜライラック・ロベリアというキャラクターが屋敷の人間を皆殺しにするのか? その理由がわからないんだ」


 ……理由がわからない……? 


 なぜ俺は……そんなことをするんだ? いや、ギンの話を完全に信じたわけじゃないが……警戒はしておくべきだろう。


 ギンは言った。


「だから俺はライラックって人間を狙ったんだ。お前を殺せば、屋敷の人間が助かるからな」


 ……だから、お前さえいなければ……って言ってたのか。


 ……


 俺が屋敷の人間を皆殺しにする?


 そんなこと、あるわけがないだろう。

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