第3話 蓮の花

 口調は似ていると思う。ギンは粗暴なタイプだったし、無愛想なタイプだった。


 とはいえ、その中にも相手を気遣う優しさがあった。相手を傷つけてしまったら、ちゃんと謝ってくれるタイプだった。本人も自分の無愛想さに困っているような男だった。


 要するにツンデレだったのだが……今のギンからはその波動が感じられない。


 そんなギンは……この世界がゲームの世界だという。


 ギンは言う。


「先に結論だけ言う。この世界はPCで遊べるフリーゲーム『蓮の花』ってゲームの世界だ」

「……」全然理解できん。「……PCってなんだ……?」

「PCってのはパソコンのことで――」


 それから俺とナナはPCとやらの講習を受けた。


 PC。パーソナルコンピューター。略してパソコン。


 なんかすごい技術によって、画面上でなんかすごい事ができるらしい。わぁすごい。よくわからんけど、すごい気がしてきた。


「なるほど……」俺は何度か頷いて、「そのパソコンで……ゲームができるんだな?」

「そう。そこで俺は『蓮の花』ってゲームをプレイしていた」

「……その蓮の花の舞台が、今この世界ってことか?」

「そういうこと」……イマイチ納得できないな……「アドベンチャーゲーム、ノベルゲーム……好きに呼べばいい。ちなみにサウン◯ノベルは商標登録されているので、使う場合は注意が必要だ」


 知らんし。


 ギンは続ける。


「要するに……主に文字を読むゲームだ。たまに表示される選択肢やミニゲームを攻略して、思い思いの生活を送るんだ」

「……パソコンとやらで物語に参加できるわけだな……」


 物語に参加……読書が好きなら一度は妄想したことがあるかもしれない。


 あの世界に行きたい。あの世界のキャラクターと会話したい。恋をしたい。


 そんな願いを叶えるような発明が、どこかの世界にはあるらしい。技術が進歩した世界もあるんだな。


 ギンの話を聞いていると……


「俺は……ゲームのキャラクターってことにならないか?」

「ああ」ギンは即答した。「俺から見たら……ライラックってのはゲームキャラクターでしかない。ナナコに関してもそうだ」

「……仮にこの世界が物語の中の出来事ってことは……んじゃないのか?」

 

 ギンはまた敵意を強くして、


「問題はそこだ。このゲームは恋愛ゲームだから、主人公が選ぶ選択肢によってルートが分岐するんだ。要するにヒロインが変わるんだ」


 ……あんまり理解できないな……


「主人公ってのは?」

「しばらくしたら現れるだろ。山で倒れてるのを、お前とナナコが見つけるんだよ。そして主人公はヒロインたちと恋に落ちていく」


 ちなみにデフォルトネームはだ、とギンは言った。名前にはあまり興味がなかった。


「……ヒロイン?」

「蓮の花はフリーゲームだからな。ボリュームはちょっと少なめで、ヒロインは3人しかいない」相場がわからん。「『泥棒少女』『メイド長』『妹』だ。泥棒少女は主人公が現れて数日後に、この屋敷に忍び込んでくる」


 気になる単語が出てきたな。


「……妹……?」

「ああ。ナナコ・ロベリアだよ」ギンは肩をすくめて、「そんなに人気は高くないから安心しろ」

「蹴り飛ばすぞ」


 妹を悪く言うやつは許さん。


「ヒロインの1人にはメイド長がいるからな。お前にとって主人公は恋敵ってわけだ」

「……なんの話だ?」

「ライラック・ロベリアはメイド長のローズさんのことを、子供の頃から想い続けている……そうだろ?」


 ……

 

 ……


「……なんで知ってんだ……?」

「攻略本に書いてあった。フリーゲームとしては珍しく、攻略本が出版されてるんだ」悪趣味なものがあるんだな。「ま、安心しろよ。メインヒロインは泥棒少女だから。年上ババァと15のガキを選ぶやつは少ない」


 本気で蹴り飛ばしてやろうかと思った。だが……なんだか誘われている気がした。

 わざと挑発して俺に手を出させる。それがギンの狙いである気がした。


 俺がそう思って目をそらすと、


「案外、冷静なやつなんだな。をしでかす人間なんだから、もっと直情型だと思ってた」

「……あんなこと?」

「ああ」ギンはあっさりと告げた。「ライラック・ロベリアは」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る