第10話 精霊

「さあさあ! こちらにどうぞ!」


 ウォーザリは25号室に招き入れると、椅子を引いて俺に座席を勧めてくる。

 座ると、隣に自分の椅子をもってきた。


「見てください……すごい威力、カッカッカッ!」


 帽子を脱いで焦げた先端部分を指差して笑う。

 紅茶を注いで俺の前に置くと、貼り付けたような笑顔のまま横の椅子に座った。


「それで……話というのは?」


 頂いた紅茶を口に運ぶと、ウォーザリが突然シーズーみたいな潤んだ目で見つめる。


「タクト様」


 ウォーザリはとうとう様まで付け始め、急に白髪の頭を下げた。


「わしを弟子にしてください」

「ブフッ!」


 思わず口に含んだ紅茶を吹き出してしまった。

 あやうく、そのフッサフサの白髪を濡らすところだ。


「すすみません!」


 いつも携帯している掃除用の雑巾でテーブルを綺麗にした。


「ああっ……! 気になさらず! わしが急なことを言ってビックリされたんでしょう」

「ええ……また、なんで弟子入りなんて……俺、まだ16ですよ」

「魔法使いに年齢なぞ関係ありません! わしは、タクト様を師として記録を残したいのです」

「記録?」

「ええ、ええ」


 ウォーザリは鞄を開けて何かを探す。牛革製の鞄は色褪せていて、小さい冷蔵庫ぐらいの大きさがある。


「わしが書いたんです。世界中の魔法の書を編纂してまとめたんですよ」

「へぇ」


 魔法の成り立ちや魔法の種類、そして魔法界の著名人までまとめられている。


「すごい! これ借りてもいいですか?」

「どうぞどうぞ!! 読んでくだされば、わしの魔法に対する真摯な思いも伝わると信じています!!」


 つい「貸して」なんて言ってしまったが、まんまとウォーザリに乗せられてしまった感がある。


「そちらの本にも書いてあることなのですが、タクト様は精霊と会ったことはありますか?」

「精霊? 会えるんですか?」

「ええ、ええ。この町にも精霊はいますよ。大抵、人が集まって町ができる場所は、精霊の在りどころですからね。火と水と風……この三元要素は人の生活に欠かせないものであり、そのバランスが取れている場所こそ自然と栄えるものです」

「へぇ〜」

「精霊は魔法と密接なつながりがありまして、もう精霊より魔法に詳しいのは、神様ぐらいだと言っても、過言ではないでしょう」

「つまり、魔法の暴発も何故起きているか分かるってこと?」

「この世に確実なものはひとつとしてないですが……ほぼ間違いないと思います」


 全体的に言い回しが……くどいな。

 しかしながら、魔法の先生だけあって知識はある。


「さすが先生ですね。そしてその精霊の場所って、この町のどこにあるんですか?」

「お教えしたいところですが……人のサガの深さでしょう。精霊の力を独り占めしたりする輩もいて、なかなか場所は分からないのですよ……わしが、知っているのはただ一つ、城内の鍛冶屋です」

「城内かぁ……」

「ええ、そこのインドルというドワーフが、火の精霊ヴルカの力を使っているらしいですぞ」


 朝、夢の真っ最中に突然叩き起こされた。


「タクト! タクトだな!!」


 耳の奥に響く、男の野太い声が俺のまぶたをヒクヒクさせた。


 毛布をはぎとられ、バンバン背中を叩かれる。


「起きろっ! 騎士団からの命令だぞ!」


 体を起こすと、部屋に二人の兵士が入ってきていた。


「ん……」


 なんで兵士が?

 夢かな……。


「待ってください! タクトくんは大事な従業員なんですよ! なんですか急に連れて行くなんて!」


 入口を塞ぐ兵士にトロが問い詰めていた。


「ええい! 邪魔だ!」


 バン、と払いのけるとトロが壁に頭をぶつける。


「ううっ!」

「俺達の邪魔をするということは、騎士団に歯向かうことになるんだぞ! こんな宿、一日で取り壊しになるぞ!」


 やっと頭が回ってきて、視界がはっきりしてきた。


「待て、俺が行けばいいんだろ? 今すぐ行くから……」


 ベッドから降りて立ち上がる。まだ頭がふらふらして、足にあまり力が入らなかった。


 突然兵士から呼び出された理由はわからないが、こいつらが宿に来れば悪いことしか起きない。

 おとなしく連れて行かれたほうが、トロやマロンの迷惑にならないだろう。


「タクトくん!」


 宿の出口でマロンが呼び止めた。


「マロンさん……なんかよく分からないけど、なるべく早めに帰ってきます。すみません、急に仕事に穴をあけちゃって」

「そんなの……どうでもいいよ。すぐに帰ってきてね?」

「はい。心配しなくても大丈夫です。すぐに帰ってきます」


 俺は兵士たちに連れられて、宿を出ると、高くそびえる城に向かう。そして、一度追い出されたときに通った門を前にしていた。

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