第9話 実験

 俺とウォーザリは、街から西の荒地についた。


「はぁーっ。年寄りをこんな辺境まで歩かせおって」

「すみません。でも、本当に危険なので……」


 こんなやりとりをもう5回は繰り返している。

 それでもちゃんと後をついてきてくれるのは、俺の魔法に多少なりとも興味があるからだろう。


「もういいじゃろ! これ以上、わしは動かんぞ!」


 ウォーザリは岩の上で、座って足を広げた。一歩たりとも動かないという強い意思を感じる。


「まあ、これぐらい開けてたら大丈夫ですね」


 目の前は見渡す限り、荒地と山脈しかない。


「それじゃあ、時間もないし、早速魔法を使いますね」


 俺は小さな火の魔法ホラクトを唱えた。

 すると、目の前で閃光が広がると同時に小爆発が起きる。


 ドゴッ、という短い破裂音に、驚いたウォーザリは飛び跳ねた。


「なっ……巨大な火の魔法ハラクトを唱えられるのか!?」

「いえいえ、小さな火の魔法ホラクトですよ」


 俺が詠唱しているところを全然聞いてくれてないじゃないか……。


「次が大きな火の魔法フラクトですね。……詠唱に変な部分がないか、しっかり聞いてもらえますか?」

「う、うむ」


 ウォーザリ先生は俺を頭からつま先までジロジロ見て、やっと俺の言っていることを信じ始めたようだ。


 大きな火の魔法フラクトを唱えると、空気が赤く夕日を受けたかのように染まり、熱風が渦を巻く。


 ゴゴゴ……。


 高さ二メートルほどだった紅の渦は、温度の上昇とともに、どんどん大きくなり火災旋風となった。


 天をつくかのような真っ赤な槍に呼応して、ウォーザリのテンションも高まった。


「うおおおっー! なんじゃこりゃあー!!」


 ウォーザリは熱風を受けるように手を広げて絶叫したが、あまりの熱射に両腕でガードした。


「あっつ!!」


 腕の隙間から天まで伸びる竜巻を観察して、ダンゴムシのように体を小さくした。


 やがて、熱風が止み焦げた臭いが辺りを包む。


 ジジジジ……。


 運動場ぐらいの広さの焼け野原ができてしまった。

 体を小さく丸めたウォーザリは、頭から指水で頭を冷やしている。


「大丈夫ですか!?」


 どうやら魔法を唱えた術者には、唱えた魔法の影響はないみたいだ。


「す、すごいね、きみ……」


 こちらに顔を向けたウォーザリの白ひげに、飛び火して燃えているのに俺は気づいた。


「ああっ! ひげが、ひげが燃えてますよ!」

「も、燃えとる!!」


 チョロチョロと指から出る水で消そうとする。だが、長いヒゲにはいくつもの火の粉が。

 あちこちで発火するひげをみて、俺は小さな水の魔法モラクトを発射した。


「ぶへえ」


 水は見事にヒゲへヒットしたが、それはつまり人間の弱点である喉へのヒットに他ならない。

 喉仏を押圧されながら、ウォーザリは三十センチほど後方に吹き飛ばされた。


「ああっ! すみません!」


 ウォーザリをゆっくり起こすと、メガネを掛け直して手を挙げた。


「大丈夫じゃよ」


 喉を潰されたせいか、1オクターブ高い声になっている。


 大丈夫じゃないやん。


 その相反した言葉の意味と状況に笑いが込み上げて来たが、唇を噛んで我慢した。


「それじゃ、巨大な火の魔法ハラクトを……」


 俺はなんとなく手をブラブラさせて、肩をリラックスさせると、初の最大魔法の準備をする。


 吉と出るか凶と出るか。

 もしかしたら、蝋燭ぐらいの火が出たりして。

 なんて思っていると、ギュッと肩をつかむ感触があり、振り返るとウォーザリが訴えるように俺を見つめる。


「すまん……大丈夫っていうのは嘘で、やっぱりもう耐えられないと思う……」

「え?」

「これ以上、大きいのは無理……」


 よく見てみれば、ウォーザリは俺の傍でとてつもないダメージを密かにくらっていた。

 煤とシワだらけの顔に、フレームが変形したメガネ。てっぺんが燃えたとんがり帽子に、虫食いされたかのような白ヒゲ。

 高慢な意地悪ジジイだが、ここまでくると哀れみの情が湧いてくる。


「なんか、すみませんでした……」


 俺はウォーザリに謝った。

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