第8話 先生
次の日、宿泊客を見送ったあと、食堂がピークを迎える前に昼ごはんを食べた。
「タクトくんって、本当に朝が弱いのねー」
ヤカンに魔法で水を入れながら、マロンが俺の方を見る。
「ぱっと起きれる人が羨ましいです」
病気と言っても信じてもらえず、気合いが足りないとよく注意されたものだ。
「今日もタクトくんを起こしに行ったんだよ。声を掛けたんだけど、すごく幸せそうに寝てたから起こしづらくて」
「……あれ? たしか……鍵をかけて寝たはず……」
初日は、鍵の存在を知らなかったので鍵をかけなかったが、昨日はちゃんとかけて寝たはず。
「うん、かかってたよ。だからマスターキーで開けたの」
「ええっ!」
「こらこら、朝起こすためだけにマスターキーを使うのはやめなさい」
トロが呆れ顔でマロンを注意した。
「まあ、たしかにやり過ぎね」
「あの、俺は朝は弱いんですが、夜は結構起きていられるので、店じまいはやります。それに、朝食は隅に寄せてもらえれば一人で食べますし、待っていただかなくても大丈夫です」
二人とも俺が揃うのを待ってから、朝食を食べているようだった。
「店じまいをしてくれるのは、すごく助かるよー。でも、朝はみんなで食べよう。話もしたいし。早く店を開けても、すぐに客が来るわけじゃないからね」
「分かりました。ありがとうございます」
「誰にしも、得意不得意はあるからね」
トロの言葉に、そのもうひとつの不得意な魔法をどうにかしなければいけないことを思い出した。
「ところで、店長、休憩の時に魔法の練習をしたくて。どこか開けた場所がないでしょうか? 裏庭よりも広い場所がいいんですが」
「そうだなあー。近場なら、西の荒地かな。岩がゴロゴロして、なんにも使えない土地があるよ」
「それは打って付けですね」
道順まで教えてもらうと、俺は食事を片付けて外に出ようとする。
「あ、そういえば、25号室の宿泊客は魔法使いの先生だったわよ」
マロンに呼び止められる。
「先生……?」
「そうそう、私が通っていた学校の魔法科の先生だった人。今は隠遁生活で本を書いているみたいだったけど」
この世界の学校では、子供に魔法の詠唱などを教える先生がいるらしい。
魔法の成り立ちや禁止事項、魔法使いの倫理観まで。
先生と言われる人のほとんどは魔法を研究していることもあって、話を聞いてみたらどうかとマロンは提案した。
早速、2階の角部屋を訪ねる。
ノックをすると、しばらくしてから扉が半開きになった。その隙間から、不機嫌な表情の老人が顔を半分出す。
「何か?」
しわがれた声で、顔もしわだらけだ。
みんなの魔法使いのイメージを結集したような姿だ。
円錐形の三角帽子を被り、真っ白で長いヒゲと丸メガネ。
俺は勝手に期待度を上げた。
「魔法使いの先生ですよね? あの、ちょっと魔法について相談したいのですが」
「ちょっと待ちなさい」
魔法使いの先生は、前のめりの俺を手で制した。
「わしはオードル・ウォーザリ。きみの名は?」
「あっ、俺はタクトっていいます」
「よろしい、タクト。きみは昨日会った、この宿の従業員じゃないかね? ここは従業員が、いち顧客にプライベートな話をしてくるのかね?」
めちゃくちゃ面倒くさい客だな。
でもその、面倒くささが逆に魔法使いっぽいぞ。
「すみません……。でも、本当に困っていて、もし解決できたら、俺も何かあれば力を貸しますので」
「力を貸す? フォフォフォ、きみみたいないち従業員がね……」
絶妙に嫌味なじいさんだな。
でもその、嫌味っぽさが逆に魔法使いっぽいぞ。
「公明な魔法使いと聞いています。きっと魔法のことならなんでもご存知かと」
「フォフォフォ、まあ世界生活魔法トーナメントで二度、三位入賞しているからな」
生活魔法トーナメント……いったい何を競うんだ。まあいいか。
「す、すごい! ぜひ、悩み事を聞いていただけないでしょうか?」
「いいとも。ただし、一質問あたり、1ゴールド頂く」
「ええっ……お金をとるんですか」
「そりゃ、そうじゃ! 魔法とは知見を集約して体系的に現したもの。知識とは先代が研鑽して磨きに磨いた宝石のようなものじゃよ」
本当にこのじいさん、先生やってたのか?
「分かりました。後払いでいいですか」
この宿の一泊は素泊まりで10ゴールド、食事はワンプレート1ゴールドだから、1ゴールドはおそらく、千円ぐらいだろう。
「よしとしよう。それでは話を聞こうか」
俺は魔法の威力が桁違いだということ、でも、みんなと同じように詠唱していることを伝えた。
「ウォーザリ先生、どうしたら、魔法を弱くできるのでしょうか?」
「フォフォフォ、まあ個体差で多少は魔法の放出量が上下することはある。ちょっと、やってみなさい」
「え? ここで?」
「なに、怖がらんでよい。きみの傍らには、世界で三本の指に入る魔法使いがいるのだから」
「……いえ、ここでは危険なので西の荒地に行きましょう」
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