第5話 決闘

「決闘を受ける気になったか?」


 兵士はやれやれといった様子で剣を構えた。

 決闘は平等も何もない、いわゆる弱者イジメのシステムだ。勝手にケンカをふっかけて、引っ張り出されたこっちは何の準備もできていないので、やられる。


 装備に頼らないのなら……。


 俺は先手必勝とばかりに火の魔法を唱える。


火の精霊よヴルカレクト魔力と引き換えにマナテレス……」


 慌てた兵士は、ガチャガチャ音を立てて迫ってきた。


「唱えさせるかっ!」


 ブンと剣を払うと目の前を刃先が通り過ぎる。

 思っていたよりも剣先が届き、驚いた。

 体を柔軟に伸ばし、リーチを稼いでいるのか。危ない。


 距離をあけようとしても、すぐに間合いを詰めてくる。まるで鋼鉄の鎧が衣服のように軽そうだ。兵士ジョブの恩恵なのか……。


 どうする?

 考える間も無く、兵士が剣を振り上げた。


「タクトちゃん! 危ない!」


 おばちゃんが金切り声をあげて、手元にあったオレンジを兵士の兜に向かって投げると、バン!と兜に命中した。

 しかし、兵士はびくともせず、剣を振り下ろした。


 バキッ!

 無意識に上げた剪定バサミが剣とぶつかり合った。


「チッ! 仕留め損なった」


 腕が痺れてハサミが路上に落ちた。


「待て! もう十分だから……負けを認めるよ!」


 俺は決闘をやめるように両手を挙げて降参する。

 

「は? 何を言ってるんだ? 兵士をバカにしたことを償ってもらうぞ!」

「そんな……」


 優勢とみた兵士は、にやけながら機敏な動きでどんどん間合いを詰める。


 ついに壁際まで追い詰められてしまった。


「やばいっ……!」


 すると、おばちゃんが持ち出したのは特大のスイカ。

 アンダースローで兵士に投げ、グシャッと音がすれば、割れたスイカの汁が兵士の顔をビチャビチャにする。

 無視を決め込んでいた兵士も、堪らず俺から視線を外した。


「決闘の邪魔は重罪だぞ!」


 兵士が都合のいい決闘のルールの主張をしているわずかな隙に、俺は最速の詠唱を試みた。

 ──このチャンスしかない!

 

風の精霊よジノレクト魔力と引き換えにマナテレス小さな風の魔法をセラクトジノ発現させたまえエクラーシ


 早口でかつアナウンサー張りにしっかりと唱えた。間違って風の魔法を唱えたことに気づいたのは、魔法が発動してからだ。


「なにっ!」


 激しく渦巻く風が指先からわき起こる。

 突風が兵士の足元をすくい上げた。

 鋼鉄が道路の敷きレンガとぶつかり合って、大きな音を立てる。兵士はうつ伏せで倒れた。


「ぐはっ!」


 すかさず俺は落ちた剣を拾い上げた。

 

 突っ伏したままジタバタする兵士。関節部分も鋼鉄で覆っているため、立ち上がることができないのだろう。


「降参するか!?」

「だ、誰が町人なんかに……」


 俺は兜と胸当ての隙間に刃を入れた。


「こんな地べたに這っているような格好で、まだ町人とか言ってるのか」

「ヒッ!」


 肌に刃が当たった手応えがあった。

 嫌な感じだ。

 間違ってもこの剣を一押しなんてできない、気持ち悪い感覚。


「……分かった。俺の負けだ」

「二度と俺と、宿屋と、あと……あのおばちゃんには関わるな」

「約束する……」


 俺は剣を引くと、おばちゃんの歓声が聞こえた。


「タクトちゃん、やったねー! あたしのスイカが効いたね!」


 どうやら、俺が魔法を使ったことに気付いてない様子だった。

 スイカに乗ってしまい足を滑らせたように見えたらしい。


「ず、ずるいぞっ! 神聖な決闘を一対二なんて!」

「あんたねぇ……」


 おばちゃんは兵士を呆れて見下ろす。


「なにが神聖な決闘だい。勝手に自分たちの都合のいい決まり事を作って、弱い者イジメしているだけじゃないかい」


 普段からの鬱憤がたまっているのか、段々とおばちゃんはヒートアップし始めた。


「あんたたちは何のために戦っているんだい? 私たちを守るためじゃないのかい? それともただ、強さを見せびらかせたいだけなのかい? そんなのは動物と同じだよ!」


 すると、横からパチパチと拍手しながら男が近づいてきた。

 闖入者におばちゃんと俺は唖然とする。

 男は軍服を着て、上着の胸にはたくさんの刺繍がはいっている。


「おっしゃるとおり、素晴らしい演説でした!」


 肩までかかる長い金髪を払い、不敵に笑った。


「誰だい? あんたは?」

「私は第一分隊隊長を務めるリアクと申します」


 地面の兵士はその声を聞いた瞬間、ブルブルと全身を震わせた。


「ま、まさか……なぜリアク様が……」


 ふっとリアクは姿を消すと、いつの間にか倒れていた兵士の足をつかんでいた。


「これは我が国の恥です。私が責任を持って処分しますよ」


 バキッ!

 キックで鋼鉄製の甲冑がへこむと、兵士は一撃で気絶する。

 軽々と兵士の体を持ち上げて肩に担いだ。


 ひょろっとした長身の体からは想像できないほどの力がある。


「君にすごく興味がわいたよ。いずれまた会うかもしれない。タクトくん」


 リアクはそう言い残し、飄々として兵士を連れ去った。


「なんだか、いけすかない男だね。顔はいいけど、仲間をあんなふうに扱うなんてねぇ……」


 たぶん俺の魔法をみたから興味がわいたのかもしれない。ということは、俺が斬られそうになっていたときも、黙ってみていたのか。

 ……たしかに、いい奴ではなさそうだな。


「ところでタクトちゃん、もう日が傾いてきてるけど、お使いはいいのかい?」

「あっ! しまった!」


 マロンから頼まれていたことを思い出して、食材を買い集めると急いで宿に戻った。


「おっそ〜い!」


 カウンターで腕を組んで待つマロンは頬を膨らませていた。

 食堂の客はすでにいなくなり、昼のピークは過ぎてしまったようだ。


「ご、ごめん……。昨日、店を荒らしに来た兵士に絡まれちゃって……」

「ええっ! アイツら、店の外でも悪さをするようになったのね!」 

 

 マロンは俺の顔をのぞきこむ。


「大変! タクトくん顔を怪我しているよ」


 棚のガラスに映った顔をみて、たしかに浅い傷が一直線に入っている。

 最初の一撃を避けたつもりが、微かに当たっていたようだ。


「ほんとだ。まあ、痛くはないから大丈夫」

「ちょっと待ってて」


 マロンは厨房から水桶とタオルをもってきた。


「そこに座って」


 カウンターを挟んで座ると、マロンが濡れたタオルを手にして顔を寄せる。

 マロンの双眸が真っ直ぐに傷を見つめて、長い睫毛を瞬かせた。


 鼻先数センチの距離で、女性を意識して見たことはなかった。

 桃色の肌は繊細で、赤い唇には艶があった。


「まだ二日しかたっていないのに、危険な目にあわせてばかりでごめんなさいね」

「い、いえ……」

「私も店長もだけど、この宿のことが好きなの」

「それは……よく分かります。なんか、外は殺伐としているけど、ここは……この宿は温かい雰囲気というか、砂漠の中のオアシスみたいな……」

「ふふっ、そうね。ほんとうに、この国ではこんな場所はなくなってきているから」

「あの、プライベートなこと聞いてもいいですか?」

「えっ? どうしたの?」

「トロ店長とマロンさんってどういう関係なんですか?」

「あれっ? 話してなかったかな? 兄妹だよ。ずっとここに、住んでるの」


 兄妹と聞いて、なんだかほっとして嬉しくなった。


「店長なんて言ってるけど、店を継ぐ前まではお兄ちゃんって呼んでたの。……さて、消毒も済んだし、酒場の準備をしようか」


 食堂の仕切りを全部外すと、見覚えのある店構えに変わった。 

 ランプに火を入れれば、町の人たちが吸い寄せられるように、酒場に集まってくる。

 この宿屋は、町の人の心を明るく照らす、唯一の場所なのかもしれない。

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