第4話 仕事

 宿屋兼食堂の仕事は忙しい。


 朝は食材の仕入れや、洗い終えた清潔なベッドのシーツなどの荷物が、ひっきりなしに運び込まれる。

 俺はその木箱を宿屋の裏口から指示された場所に持っていく。


 重労働で大変だが、次は空いた部屋を宿泊客のためにルームメイクしなければならない。つまり、ほうきで掃いてゴミを片付け、台や窓をふき、寝台一式のシーツを替えたりしなければいけない。それを5部屋こなす。


「よしよし、頑張ってるな」


 トロは掃き掃除をしている俺の姿をみて喜んだ。


「もしあれなら、魔法を使ってもいいんだぞ。風の魔法で一気に窓からホコリを出してしまえばいい」


 この2階の窓を開けたトロは、下の裏道に人がいないことを確認して、魔法を唱えた。


風の精霊よジノレクト魔力と引き換えにマナテレス小さな風の魔法をセラクトジノ発現させたまえエクラーシ


 指をくるくる回すと、部屋の隅々まで風が行き渡る。掃除機の逆だ。

 まとめられたホコリやゴミは、最後にびしっと窓を指差して、一斉に外に吐き出された。


「まあ、こんな感じ」

「すごい……!」


 トロは恥ずかしそうに頭をかく。


「そうかな、まあ何度もやってだいぶん慣れたからなー。さて、タクトくんもやってみよう」


 たしかに風の魔法が使えるかどうかで、効率が全然違う。なにせ、物を動かさなくていいし、ちまちま掃かず一発で終わるのだから。


 俺はトロの詠唱に続いて、慎重に慎重に唱える。


風の精霊よジノレクト魔力と引き換えにマナテレス小さな風の魔法をセラクトジノ発現させたまえエクラーシ!!」


 ゴオォーーッ!!

 縦重力が横重力になったのか、と思えるほど、全ての家具が窓側の壁に吸い寄せられた。


「や、やばい!!」


 また魔法の暴発だ。


「どうやって止めたらいいですか!」


 横にいたトロに助けを求めてみたら、トロは必死に部屋のドアにしがみついていた。


「ひいぃー吹き飛ばされる!!」

「うお、トロ店長! 大丈夫ですか!?」

「あ、ははっ、だい……」


 バキッとドアノブが取れると、トロは窓から外に放り出された。


「大丈夫だからっ……」

「店長!」


 ガッシャーンと派手な音がして、野良猫の悲鳴がこだました。


「すすすみません!」


 俺は窓から顔を出して下に向けて謝った。


「ははっ、大丈夫、大丈夫……」


 そうしている間に、昼時になると食堂側は客でいっぱいになっていた。


 食堂を任されてるマロンは、階段を降りて来た俺を見つけると、カウンター越しに呼び寄せる。


「タクトくん、ごめん。食材が足らなくなってさ、買い物に行ってほしいの。いま手が離せなくて」


 店の場所を聞いて必要なものとお金をもらった。


 宿を出て気持ち早めに歩く。


 馬車なんかが猛スピードで走ったり、兵隊が旗を掲げて行進していたりと、夜の街より緊張感があった。


 広場には数台の荷馬車が軒を連ねていた。バザールだ。籠いっぱいに入った野菜や果物がならんでいる。


「安くしとくよ!」


 ニコニコした恰幅のいいおばちゃんが声を掛ける。


「コレとコレをいただけますか?」

「はいどうぞ! あれ、もしかして、四つ角の宿屋の人?」

「ええ、最近雇われたんです、タクトって言います」

「へぇ、若いのにもう働いて偉いね!」

「はは……どうも」


 まだこの世界にきて半日しか経っていないのに、もう俺の噂が広がっていた。


 料金を払うと、持って来た籠の中に野菜を入れてもらった。


「おい、お前!」


 振り向きざまに声を掛けられる。兜と甲冑をフル装備した兵士が、やや遠いところに立っていた。

 兵士は敵意剥き出しに俺を睨んでいる。


「お前にやられたせいで、俺は第二分隊を辞めさせられそうになってんだよ!」


 ああ、たしか昨日の食堂で暴れた奴らの一人か。昨日とは違って、頑丈そうな兜をしていたので気付かなかった。

 

「知らないよ、お前たちが悪いんだろ」

「食事を出さなかったお前達が悪い。俺たち兵士は、身を投じて国を守っているんだぞ。そんな俺たちに食事を出さないなんて、非常識だろ」


 それを聞いていたおばちゃんは、腰に手を当てて兵士に負けない大声を張り上げる。


「誰がアンタたちに守ってほしいっていったんだい! アンタたちがやっているのは侵略戦争だろ!」

「黙れババア! ここで商売をできなくしてやろうか!?」

「やってみなさいよ。あんたなんかに出来るわけないんだから」

「このババア!」


 俺を置いてきぼりに、おばちゃんが野菜を切る用の剪定バサミを取り出す。


「まあまあ……それで、わざわざ俺に何の用なの?」


 兵士はおばちゃんへの怒りで、主用を忘れていたようだ。


「そうだった……お前に決闘を申し込む!」

「え、嫌です」


 兵士は腰から剣を抜こうとしていたが、俺の答えが意外だったようで固まった。


「え? なんで? 俺が申し入れてるのに?」

「だから、勝手過ぎるんだよ。俺、買い物の途中だし」

「え? 決闘を断るなんて家名に傷がつくんだぞ?」

「知らないよ、家名とかないし。俺は忙しいから、二度と会いませんように。さようなら」


 背を向けると、シャッと剣を抜く音が聞こえた。


「ならこうしよう。お前が戦わないのなら、このババアが代理だ」

「ええ?」


 巻き込まれたおばちゃんも声を裏返して驚く。


「俺は容赦しないぞ、ババアは滅多刺しだ」

「それはこっちのセリフだよ!」


 おばちゃんは剪定バサミでやる気だ。

 このままだとおばちゃんまで巻き込まれる。


「なんでこんなことになったんだろう……」


 剣で斬ってこられたら、どうやって防ぐんだ。武器なんてないし。籠ぐらいしかない。


「おばちゃん、そのハサミ貸してくれる? 決闘を申し込まれたのは俺だし、おばちゃんは巻き込めないよ」

「大丈夫かい?」


 俺はトロ店長の真似をした。


「ははっ、大丈夫、大丈夫!」


 ニッコリ笑うと、おばちゃんは剪定バサミを俺に渡した。

 

 なんか、いい感じにやられる方法を考えないと……殺される。

 

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