4 すれちがってませんか?
さっきのあれは、いったいなんだったんだろう……!
ロイはベッドに腰かけ、頭を抱えていた。
突然、脱衣所に乱入して来て、服を脱ぎ出した。あの人はまさかそういう趣味の持ち主なのか、と頭をよぎる。しかし、フェリシカの顔を見ればわかる。彼女はどこまでも真剣だった。
(意味がわからない……。っていうか、子ども扱いかよ……腹立つ……)
考えているうちに、ロイはイライラとしてきた。
年端のいかない子供ならともかく、自分はもう10歳だ。風呂くらい1人で入れるのである。それなのにまるで幼い子供の世話をするかのようにされたことが気に喰わない。
先ほどの光景が脳内に蘇る。フェリシカのなまめかしいほどに白い肌が見えてしまった。
更には可愛らしいレースの付いた下着……。
思い返すと、頭がカッと熱くなっていく。
理由がわからず、少年は混乱するばかりだった。ベッドに倒れて、その意味不明な熱と戦っていた。その時だ。
「ロイ、少しいいか」
ノックの音がして、扉が開いた。部屋に入って来たのはフェリシカだ。
風呂上りらしく、フェリシカは髪を下していた。銀糸のような輝きを持つ銀髪が、ウェーブかかって胸のあたりにかかっている。白い肌はしっとりと火照っている。
ロイは先ほどのことを思い出し、じりじりと後ずさる。
「なぜ逃げる?」
「い、いや……」
「寝る前に話をしようと思っただけだ」
「話……?」
フェリシカは胸元に数冊の本を抱えている。そのままベッドへと腰かけ、手招きした。
警戒したまま近寄るロイ。
すると腕を掴まれた。体を引っ張られ、視界が回る。
華のような甘い香りに包まれる。背中に柔らかな感触――大きさは控えめ――があたる。下の方にも同じような感触。
膝の上に乗せられ、抱きかかえられた姿勢だ。
「さて、今日はどの本にしよか」
フェリシカが本を手に取ったところで気付く。彼女が持っているのは幼児用の絵本である。
「な……だから、何してんだよッ!」
腕を押し返し、そこから降りる。壁を背にフェリシカから距離をとった。
やはりフェリシカは真面目くさった表情をしている。
「寝る前に読む本を決めようと」
「いらねーよ! 子ども扱いすんなって言ってんだよ!」
「だが君は子供だ」
「うるさい! もうそんな歳じゃない! とにかく本とか必要ないから!」
その言葉にフェリシカはまなじりを下げた。
「……そうか」
落ちこんだ声が返ってくる。本を読んでみたかったらしい。
フェリシカはゆっくりと立ち上がった。そして、こちらを見て言う。
「では怖い夢を見た時はいつでも私の部屋に来い。私が抱きしめてやる」
「誰が行くかーッ!」
◇
その後もフェリシカの奮闘は続いた。
だが、フェリシカの歩み寄りは、
「君が1人でいてもさみしくないように、ぬいぐるみを買ってきたんだ。名前を付けてやるといい」
「いらねーよ!」
拒否されたり。
「騎士団の食堂に交渉して来た。明日からお子様ランチを提供してくれるそうだ」
「いらねーよっ!」
拒否されたり。
「夜、ちゃんと眠れているか? 私が添い寝……」
「いらないって言ってるだろー!」
――やっぱり拒否された。
(いったい、何が悪いのだろう……)
フェリシカは肩を落として考える。
ちゃんと本に書いてあった通りにやっているのに。
何度も何度も読み返した。選んだ本が悪いのかと、別の物も手に取った。
それでもフェリシカが何かをすればするほど少年との距離は開いていくようだった。
本の内容が悪いのか? やり方が違っているのか?
それとも――あの少年が普通の子供とは異なっているということだろうか。
フェリシカは頭を悩ませるのだった。
「フェリシカ、調子はどう?」
訓練を終えて、思考に耽っている時だった。声をかけられる。
振り返ると、セレステが柔らかな笑顔を浮かべていた。
外に設置された訓練所。痛いくらいの陽ざしが差しこんでいる。
フェリシカの持つ剣が光を反射し、輝いている。見慣れぬ者が見れば、目を丸くすることだろう。フェリシカの持つ剣は、エメラルド色の輝きを放っているからだ。
魔痕を所有する武器を、「
フェリシカは剣を腰の鞘に納め、セレステと向き直る。
「ロイくんとはうまくやれてる?」
「それが……あまり」
フェリシカは声を落としてそう返す。
「本を読んでいろいろと試してみたんだが、あの子に効果はないようだ」
「そうなのね」
セレステは穏やかに答えた。
それから思いついたように手を叩く。
「そうだわ。明日は非番でしょ? たまには外に出てみるのもいいんじゃないかしら」
「外に?」
「ええ。ロイくんだってずっとここにいたら退屈だろうし」
確かにと、フェリシカは頷いた。
騎士団で暮らすようになってからというもの、ロイは王宮の外に出ていない。普段は団長から言いつけられ、掃除や配達などの雑務を任されている。王宮内には大きな図書館があり、そこの利用も許可されている。それでも同年代の子供が周りにいない環境では、時間を持て余すのは仕方のないことだろう。
もしかしたらあの少年が常に不機嫌そうなのは、ストレスがたまっているということなのかもしれない。
「そうだな。それがいいかもしれない」
フェリシカはほほ笑んで、頷いた。
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