第2話


 カイトくんは、お母さんに言いました。

「やっぱり、おかしいよ。」

「やっぱり? なにが?」

「飛行機は、横断歩道を渡っちゃダメだよ。飛行機は、青い道路を飛ばないと。」

 すると、お母さんがきょとん、とした顔をしました。

 それから、にっこり笑顔になって、

「なるほどね。じゃあ、そうだなぁ……。空では、飛行機が、弱い存在なのかもしれない。」

「どういうこと?」

「地面の横断歩道は、車よりも弱い、てくてく歩く人が通る場所でしょ?」

「うん。」

「弱い人が歩く場所だから、強い飛行機が通っちゃダメって、思ったんじゃない?」

 お母さんが、頭の中の、言いたいことはわかっているけれど、うまく言葉にできないことを言ってくれました。

「そう!」

 カイトくんの声は、わかってもらえた喜びで弾んでいました。

「じゃあ、もし、飛行機が空の中で弱い存在だとしたら、どうだろう。」

 そんなこと、あるのでしょうか。

 空にあるのは、雲。ときどき鳥が飛んでいて、洗濯物やゴミが舞ったりしているのを見たことがあります。ですが、飛行機よりも強く見えるものを、カイトくんは見たことがありませんでした。

「飛行機はすごいんだ。飛行機は強いんだ。飛行機は空を走る車だと思う。だから、横断歩道じゃないところを走らないと、ダメだよ。横断歩道を通らなきゃいけないときは、さっきの車みたいに、止まったり、待ったりしなきゃダメだよ。」

 じっくり考えながら、ときどき言葉を詰まらせながら、言いました。

 すると、お母さんは大げさに、

「うわぁ!」

 両手をあげて、驚きました。

 カイトくんは、何が起こったのかと、お母さんが見ている方を、見てみました。

 そこには、何もありません。

 ただ、大きな空が広がっています。

 さっきとは位置が変わっているようですが、いまだに横断歩道はゆらゆらと空にあります。速足な雲が、右左右を確認することなく、ビューンと駆けて、横断歩道を渡っていきました。

「カイト、大変! あそこに怪獣さんがいる!」

 お母さんはそう言いましたが、空には怪獣さんなんていません。

「いないよ。」

「いるいる! ほら、あそこでガォーって!」

 お母さんは、顔の横で、両手の指を鉤爪のように広げて構えました。カイトくんはそのポーズを、何度も見たことがあります。お母さんが、カイトくんに「片づけなさい」と言ったりする時に、よくするのです。

 見上げた空の中に、見慣れたポーズを探しました。

 けれどやっぱり、カイトくんの目に怪獣さんは映りません。

 カイトくんは、眉毛と眉毛がくっついて、一本になりそうなくらい、必死になって探しました。

 そうこうしていると、空の横断歩道はゆらゆらと流されて、ちりぢりになってしまいました。

 見上げたそこにあるのは、いつも通りの空です。

「見つけられなかった?」

「うん。本当に、いたの? 嘘じゃない?」

 問うと、お母さんは、両手を合わせてごめんねのポーズをしました。

「嘘じゃない。嘘じゃないよ。だけど、お母さんは、目では見てなかったから……。」

「どういうこと? むずかしいよ。わかんないよ。」

「お母さんはね、心の目で見たんだよ。」


 お家に帰って、おやつを食べながら、先ほどの話の続きをし始めました。

「お母さんは、そこに怪獣がいるぞって信じて、心の中に描いて、それを心で見たんだよ。」

「うーん……。」

 お母さんが言っていることは、わかります。

 でも、わかりません。

 いったい、どういうことなのでしょうか。

「心の中で描いたら、その人だけの絵になるけれど、同じ想像を誰かとできたら、とっても楽しい気持ちになるんじゃないかと思ってさ。」

 お母さんは、お母さんの分の最後のひとかけらのチョコレートをカイトくんに差し出しながら、話を続けます。

「横断歩道を、なんで飛行機が渡っているんだろう。そんなカイトの不思議に、お母さんが、飛行機よりも強いものがいるからかも、それは、怪獣かもって考えたでしょ?」

「うん。」

「お母さんの考えを押し付けるつもりはないんだけどね。でも、ひとつの空想として、同じ様子を描けたらなって思ったんだ。」

 カイトくんは、もらったチョコレートを口に放り込みました。

 口の中には甘い香りと、とろとろとした感覚が広がっていきます。

 お母さんのチョコレートは、もうありません。

 だから、お母さんの口の中は、甘くないでしょうし、とろとろとしていないのでしょう。

 それなのに、お母さんは、まるでチョコレートを口に含んでいるかのように、美味しそうな顔をします。

「うーん……。わかる気がするけど、わかんない。」

「そうだよね。難しいよね。」



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