そらのおうだんほどう
湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)
第1話
青い空に、蛇のような雲が並んで、ゆらゆらと流れています。
カイトくんはそれを見て、いつも通る横断歩道を思い浮かべました。
カイトくんが幼稚園に行く時には、信号機がない交差点を通ります。その場所は、白いラインが並んでいる部分の地面が、青色に塗られているのです。
そんな青色の横断歩道をいつも通っているカイトくんには、空と雲が描く模様に、とても見覚えがあったのです。
いつもは地面にある青色と白色が、今日は頭上に浮かんでいる。
そのことに、カイトくんはとってもワクワクしました。
実は、少し前のこと。横断歩道を渡りながら、「なぜここだけ青色なの?」とお母さんにたずねたことがあります。
そのとき、お母さんはこう言いました。
「うーん。よくわからないけど……。横断歩道があるということを、車の運転手さんに気づいてもらいやすくするためじゃないかな?」
カイトくんは、空を見上げながら、お母さんが言ったことを思い出し、そして、悩みました。
〝車の運転手さんに気づいてもらうため〟というのが本当だとしたら。
空にもてくてく歩く人と、ブィーンと走る車がいるということなのでしょうか。
そういえば、空の横断歩道は、なぜ地面の横断歩道と同じ色なのでしょう。
不思議がどんどん膨らんでいきます。
カイトくんは、再びお母さんに聞いてみることにしました。
すると、お母さんは言いました。
「空に歩く人がいるかとか、車が走っているかは、お母さんにはわからない。でも、色のことは、なんとなくわかるよ。今日の空は、いつもの横断歩道と、たまたま一緒の色になっただけ。たとえば、空が灰色で、雲が白いこともある。空が白くて、雲が灰色なことだってあるはずだよ。」
「じゃあ、空が白くて、雲が青色なこともあるの?」
「それは、ないかなぁ。」
お母さんは、ふふふ、と微笑みました。
カイトくんの不思議は、まだまだ膨らみ続けます。まるで、とっても大きな風船のようです。
もしも、この〝不思議〟にカゴをつけたら、気球になって、カイトくんを空のお散歩に連れ出してくれそうです。
でも、カゴがないから、カイトくんは空のお散歩にはいけません。
カイトくんのくちびるは、鳥さんのようにとがりました。
おかあさんは、とがったくちびるを見て、にっこり笑いながら言います。
「雲は、白か、白と黒で出来る色になることが多いんだ。青色の雲は、たくさん生きてきたお母さんでも、見たことがないよ。」
「ふーん。」
空を見ると、今もそこには横断歩道がありました。
カイトくんは、しばらくその横断歩道が空に浮かぶ様子を眺めていました。
すると、突然、
「ああっ!」
カイトくんが叫びました。
「お母さん、大変だ!」
「ど、どうしたの?」
「横断歩道を、飛行機が渡ってる!」
「え? あ、本当だ。すごいね。お母さん、飛行機が横断歩道を渡っているの、初めて見たよ。」
お母さんは、カイトくんの頭をそっと撫でました。
それから、しゃがんで、カイトくんの目を見て言いました。
「そろそろ帰ろうか。おんなじ色の横断歩道を渡ってさ。」
カイトくんは、こくん、と頷きました。
お母さんと手を繋いで、トコトコと歩き始めました。
でも、カイトくんの不思議は、まだまだ膨らみ続けています。だから、何度も空を見ながら、お母さんに引かれながら歩きました。
地面にある青色の横断歩道のところまで来ました。
カイトくんはお母さんと一緒に、右を見て、左を見て、右を見ました。
安全を確認すると、空まで届きそうなくらい、手をピーンと伸ばしました。
地面の雲を踏みしめ、歩き始めました。
途中、車がブィーンとやって来ました。
車は青色ではないところで、とまって、カイトくんたちが渡り終えるのを待ってくれました。
途中、お母さんが運転手さんにぺこりと頭を下げ、少し急ごうとしました。カイトくんも運転手さんを見ました。運転手さんはにっこり笑って、ぺこりと頭を下げ返してくれました。
『ゆっくりでいいですよ』と言われて、『ありがとうございます』と返したような、そんな気がしました。
横断歩道を渡り終えると、車が走り出しました。
カイトくんは振り返って、その車のお尻に向かって、手を振りました。
「空の横断歩道でも、こんなやりとりがあるのかなぁ。」
お母さんが、微笑みながら言いました。
「どういうこと?」
「例えば、さっき、飛行機が横断歩道を渡っていたでしょ?」
「うん。」
「その時に、鳥さんとかが飛んで来たら、どうぞごゆっくりってするのかなって思って。」
カイトくんの頭の中の不思議がひとつ、弾けました。
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