数値.2 運命はいつも意図的なものなのか

-ある消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしにて。



 今日もまたやりたくないことばかりやらされる。


 全てがこわれた場所でぼくは見つけたんだ。


 遊び場がもうここしかない。


 ゆめもきぼうも何もないぼくにはここしか。


 ひろい上げた”人形“はまるでぼくを笑うように見つめていた。


 いまもあるんだ。

 こんなドクロの人形。


 少しだけあたりをみまわしている間にぼくのかたに痛みが走った。


 人形にかまれたのだ。


 痛みとともに小さなぼくの声が全てがこわれたゴミ捨て場にひびきわたるも誰も助けにこなかった。




--俺は人間失格--



 今日もまた勝った。

 内容はともかく。


 一般人なら大学入試か起業きぎょうしないと勝った時の経験は得られないと聞いたことがある。


 どちらにしろ起業以外は俺とは無縁むえんだ。


 遠目償世とおきめさらし22歳。

 もう今更いまさら元にはもどれない。


「また誰も救えなかったくせに勝者ヅラしてるよ」


 いつものクレーマーか。

 それでも痛いところをついてくる。


 嫌な時代かもしれないが仕方がない。

 人間の善意ぜんいに頼れない経験が誰しもある以上、きっと現実は全て不平等ふびょうどうに生きている人間へおそってくるのだから。


 消滅可能性都市しょうめつかのうせいとし


 女性が減り続け、出生率が下がりやがて誰もいなくなる場所。


 そうは言われても子供はまだ存在している。

 経済状況けいざいじょうきょう悪化あっかやその他生きづらさを直視ちょくししない歳上の銭ゲバによる没落ぼつらくも無視できるものではないのに。


 消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしについてはくわしくは知らないが知り合いの八女系ふぃいらから聞いていた。


 俺達には許可証きょかしょうがある。

 ライセンスには厳しい制約せいやくの下、リングにて相手と戦える権利がもらえる。


 それとは別で自衛じえいのためと依頼による許可があれば報酬ほうしゅうを受け取りリング外の人間相手と戦える別の資格がある。


 ただし人間以外には使えず、極端きょくたんな話だが幽霊と戦うことになれば許可証きょかしょうは使えない。


 それを生きづらいととらえるか仕方ない制約せいやくととらえるかで見方は変わる。


 俺がかつて消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしおとずれた時は誰も助けられなかった。


 




--消えないつみ--




 連戦連勝れんせんれんしょうし続けたある日のことだった。


 自分の出身地が消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしではないことに安心してしまっていた。


 首都しゅとほどではないが都市だったからか人が多くなっていくグローバル化の喜ばしさと海外の人間とも試合する俺にとっては複雑ふくざつ心境しんきょうだった。


 消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしと主語が大きくなるたびに頭をかかえてしまう。


 それでも試合に勝たねばならなかった。

 多くの子供たちの笑顔を守るため。

 そしてもう二度と会わせてもらえない故郷にのこした子供と伴侶はんりょのために。


 さらに資金不足しきんぶそくだったので

 消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしがどんな所なのか気になっていた。


 使いたくなかったがねんため許可証きょかしょう


 様々な事情があって好きで産まれたわけでもなく、ましてや好きで生きてるわけでもない人間が多いからか日本にしては治安が悪いらしい。


「だからって俺たちファイターを使ってまで治安を守ろうなんて。人間は身勝手みがってすぎる」


 送っている日常が日常なので個人主義こじんしゅぎだなんだと仲間以外の人達からはよく暴言ぼうげんを言われる。


 昔は今でこそ想像がつかないかもしれないが結構けっこう気にしてたんだ。


 勝ち続けているから俺は人間じゃないのだろうか。


 悩みをかかえたまま消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしをさまよっていた。


 俺は幸せとはなんなのかよく考える。

 子供たちと過ごすことも多く、あの子たちのために背中を見せて戦うしか出来ないから。


 年輩者ねんぱいしゃはディストピアだとさわいでいたが映画にくわしくない俺でも今の世の中が恐ろしくないと言えばうそになる。


 俺がやってきた消滅可能性都市しょうめうかのうせいとしは深刻だった。

 人手不足ひとでぶそくなんて可愛い理由ではなくて電車やバスの運転手が最低限さいていげんいるだけで2024年現在にしては人の気配がなかった。


 高校生の頃に心霊しんれいスポットで仲間達と行った場所でもそれなりに住人じゅうにんおとずれる人も多かったがこの地は昼間でも音がない場所だった。


「まったく人間がいないなんてことはないはずだ」


 廃墟はいきょとなった遊園地ゆうえんちには外来種がいらいしゅと呼ばれたキョンと名がついてるシカがいた。


 なんで外来種がいらいしゅを知ってるかって?

 インターネット社会じゃ嫌でも触れる。


 許可証きょかしょうは動物や植物にも必要で心霊現象には攻撃出来ないが“生きていくための最低限さいていげん”として食うのに困ったらキョンを狩ることも出来る。


 ただ狩猟免許しゅりょうめんきょも必要になってくるし、そこまでの時間はないので仲間達がジビエを楽しむために免許を取った話だけで満足している。


 人気ひとけのない廃墟はいきょ遊園地ゆうえんちにはフィクションだとおじいさんが住んでいるお約束があるがおじゃましても特になにもなかった。


 虫がただ逃げていくだけ。


「こんな所で誰が依頼なんか」


 さっ……


 人の気配?

 大人ではないし十代じゅうだいまでの年齢にもたっしていない?


 誰だ?


「こんな誰もいない所に見たこともない服きてる。お兄さんはだれ?」


 親や兄弟はいないのか?

 明らかに小学一年生前後の男の子が一人。


 事情じじょうなんていちいち気にするのも馬鹿らしい。


「ここにちょっとしたお宝があるってきいてやってきた。あまりいい思いをしてこなかった男だ」


 いくら消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしといってもスマホも何も持っていない子供なんて変だ。


 ここで俺にまかされた依頼が他とは違うことをさっした。


「お宝なんてそんなものないよ」


「じゃあどっか遊ぼっか。俺、この場所知らないから君が案内あんないしてくれると助かるんだけど」


 男の子はきりの中をゆびさした。


「あそこ」


 お宝について気にしてくれていたのかきりの向こうにはゴミ捨て場らしきガラクタが散らかっていた。


 それに男の子は元気がない。

 遊ぶつもりもない中、俺に声をかけてくれたのか。


「お兄さんはここからしばらく帰れなくてさ。もしなんなら君の遊び相手になれないか、考えさせてもらってもいい?」


 男の子はだまったまま俺の手をつかんでゴミ捨て場へとさそった。




 ゴミ捨て場からは何もにおいはしなかった。


 何もかもがさびていて、人の姿はどこにも見当たらない。


 支給しきゅうされた食べ物もまだからあるし、トイレの心配も男の子から聞いたのでない。

 ただ静かな空気があたりをただようだけだ。


 男の子は話しかけてくれたのに心をあまり開かない。


 誰しもかげはある。

 俺も昔……いや、いいか。

 池でおぼれた子を助けられなかった話なんて。


 男の子がねむりかけてこちらへ顔をよせる時に支えていると肩に傷あとが見えた。


『この傷は何かにかまれたあと?』


 傷も医者に治してもらったようなちゃんとした形ではなかった。


 少しだけなみだが俺の目からこぼれた気がした。


『この依頼いらいだけはなんとしてでも解決しないと』


 ゴミ捨て場から音がした。

 ただの動物が去った後。


 男の子を起こさないように肩車かたぐるまし、遊園地ゆうえんちへとむかう。


 端末の電源はオフにしてある。

 俺の救援きゅうえんなんて来るはずがない。


 それも男の子を起こさないですむからいいのだ。


 ここであばれている誰かの正体は分からない。


 その正体が男の子をいじめている可能性はある。


 俺はその時に許可証きょかしょうを使う。

 まだその段階だんかいじゃない。

 ちゃんと調べてからだ。


 するときりからキョンが突っかかってきた。

 エンカウントってやつだ。

 ゲームはあまり知らないけど。


 片足かたあしでキョンの眉間みけんに蹴りをあてた。


 これくらいは許容きょようしてほしい。

 それ以上の攻撃は決してするつもりはないから。


 キョンは恐れをなして逃げていく。

 誰もいないかもしれない場所でねむる男の子に少しは気をつかえ。

 いくら動物だとしても。


「あんな攻撃できるんだ」


 目が覚めたか。

 それとリングじゃ子供たちが応援おうえんしてくれるからまひしていた。


「い、いや今のはちょっとしたマネだよ。俺も男だし」


 男の子は特に何も言わずに俺の背中からおりるとまた手をつかんで奥へ走らせる。


「え?な、なに?」


 男の子の意志の強さに負けてまた見たことのない場所へ連れていかれる。


 今度はやかた


 ここに住んでいたのか。

 もしもの時のために俺はそなえた。


 男の子はただ俺を連れていくだけ。


 いつの時代か分からない人形や置物がまるで生きているように感情をあらわしていた。


 あくまで俺にとってそう見えただけだったが。


「ここで……」


 男の子が指をさした場所には骸骨がいこつらしき人形が壊れて転がっていた。


 リングで血を流し、流させてきた俺でも最初はビビった。


 それでも作り物にしては悪趣味あくしゅみ過ぎた。


「おまえの力はぜひ私たちのために使ってほしい」


 男の子が人形が転がる部屋へ俺をつきとばし、ちゅうを浮いた。


「き、きみはだれ……なんだ……」


 最後まで表情をゆるめなかった男の子は姿を変えて目が飛びでているようなカラクリをした機械人形となった。


「ずいぶん前にやってきた子供を食った甲斐かいがあった。こんな親切な来訪者らいほうしゃも初めてだったけどなあ」


 不謹慎ふきんしんだが男の子がもしかしたら可能性は考えていた。


 だから虐待ぎゃくたいの線であの子が俺を依頼いらいして欲しかった。


「いまは便利だなあ。少しWiFiワイファイをいじればおまえのような強者きょうしゃをさそいこめる。人間世界を調べるのも苦労したからなあ」


 何も攻撃もしなければ油断もしていない。

 人形の刃物にあたればひとたまりもない。


依頼内容いらいないようかくしていたのが気になっている。今ここで話してくれないか?」


「そうだな。さっきも言ったようにあんたを探していただけ。その身体を乗っ取ってインターネットで弱った人間達を支配なんざ考えてねえからさあああ!」


 そして真っ先にとがったパーツで攻撃か。

 あんななりして戦い方は素人しろうとか。


「子供に化けてまで近づいたのはなぜだ?それに元の子をどうした!!」


 攻撃をよけては弱点となる部位ぶいを賭け事のように探してはカウンターをぶつける。

 それでも壊れない。


「もうこの世にはいねえよ。とっくにな!」


 そうかよ。

 最初からわなだったか。


「許さない」


「だからどうした?いくら素質そしつのあるおまえでも攻撃はできまい」


 あの子の肩に後をつけた正体が人形こいつなら許可証きょかしょうもいらないな。


 それとあの子は乗っ取られても弱点を教えてくれていた。


防戦一方ぼうせんいっぽうだな人間! おまえの身体はもうすぐこちらの」


 俺は人形の下顎したあごを引きちぎった。


「な、なに?」


 あの子の傷あとから考えてかまれたのは事実。

 そこから分析ぶんせきしても肩の下にあった傷は浅かった。


「あんたの隠し方が下手だった。それだけだ」


 下顎したあごを引きちぎっただけなのに残りのパーツの動きが弱まっていたので思いっきり人形をぶんなぐった。


 依頼主いらいぬしも手をかまれる。

 せめて人形が化けた元のあの子のかたきを取りたかった。


 よし。

 これで少しだけ気が晴れた。

 所詮自己満足しょせんじこまんぞくでしかないが。


 グズッ


「うっ……!」


 油断ゆだんしたつもりはない。

 パーツが分散ぶんさんしていたかも調べて可能なかぎり壊したのに!


「おまえの身体はいただく!こんな強靭きょうじんな肉体を失ってたまるか!」


 ひとつだけ約束しろ。


「お前の意思にしばられるつもりはない。人形の身体になるくらいならその力を寄越よこせ!!」


 乱暴らんぼうに俺の腹をつらぬいた人形のパーツを引き抜いて痛みに吠える。


 人形はなんらかの儀式でもしたのか俺の身体を奪いさろうとした。


 広がった不気味な空間へ俺はさけぶ。


「俺の身体と意思は……返してもらう……!」


 残った力で人形の動くばらけたパーツを壊しまわった。


「こ、これほどとは」


「人形の弱さとひきかえに俺と契約けいやくしろ!」


 恥ずかしいセリフだがあの子のかたきをとって生きて帰るため必死だった俺に余裕はなかった。


 不気味な空間はまるでうなずいたような空気で人形をひきずり、俺の身体をつかんだ。


「これで……いい……!」


 その時に走馬灯そうまとうなのだろうか。

 コロナ気晴きばらしに池へ行った時におぼれていた子供が見えた。


 今なら助けられる!!


 子供の手をつかんで池から陸へ優しく投げたあとに俺は目が覚めた。


 そこはいつも俺が暮らしているマンションの屋上だった。


「夢なわけ……ないか」


 どうやら俺の身体はもうただの人間ではなくなったらしい。


 なくしたはずの貴重品きちょうひんも残っていた。

 相当な執念しゅうねんがあったとでもいうのか?


 さっそくミッション完了の連絡を送る。


八女系ふぃいらか。なんでお前が担当している?」


「それはこっちのセリフだ遠目とあきめ! お前はもう……」


 やっぱもう元の生活に戻れそうにないか。


 手のひらには暗闇くらやみだけが残っていた。

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