数値.3 国の中も外も敵しかいなくて

 日本のムエタイへの悪口を俺は許さなかった。


 海外の友がいるからでも、ジムのメンツでもない。

 俺は絶望していたんだと思う。


「こんな場所! はやく消えさってしまえ!」


 目を覚ました時にはスマホの慣れないアラームに起こされていた。


「もうアラームに頼らなくても起きれるようになったのに」


 試合前しあいまえだとしても無茶むちゃなトレーニングなんてしていない!


 疲れか。

 またあの夢。


「君ならどう乗り越えた?」


 競技も住む場所も違ったけど、同い年の友と一緒に笑った写真を見ながら今日も俺は仕事へと向かう。



--望みと執着しゅうちゃくはちがう--



 遠目償世とおきめさらしが死んだと沌光莉八女系(とばたりふぃいら)先輩から聞いた。


 彼が簡単に死ぬとは思えない。

 それ以外の情報を俺にふせているのか、それとも彼の死を先輩が悲しんでいるのか。


 そんなわけがない。

 人の心があるからこそ誰かの死に涙が出来ないあの人が話すことは全てうたがったほうがいい。


 俺たちがやっている仕事を考えれば。


 某都市で旅から帰った時、耳にした「消滅可能性都市しょうめつかのうせいとし」という単語。


 俺が今住んでいる場所以外は確実に人口が減る。

 それは確定している。


 出身者には悲しい現実だ。

 俺も消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしの出身。


 前を歩けと成功者が語る道は近道も回り道も出来ないほどに整備されたつまらないレール。


「はっ!」


 サンドバッグを強く殴る。

 実際に人と戦う仕事をしていると何も正解がない世界を知る。


 はいつか消滅するのだろうか。

 周りが大学生活や社会人生活を送っている中で、おろかかだと分かっていながら恋も未来も結末も選ばせてもらえないのだろうか。


「くそっ!」


 だとしたら本当にディストピアじゃないか。

 俺たちは全く望んでない夢と現実を超えた先。勝ち取ろうとした世界を誰かに散らかされたまま執着しゅうちゃくしていくのか?


「あれ? 話しかけちゃだめだったか」


 しまった。

 話しかけられていたのか。


「ごめん。考えごとばかりしていて」


 揚城あげしろは女の子の格闘家。

 そして俺の副業ふくぎょうを手伝って情報を買ってくれている。


許可証きょかしょうを取るなんて思ってなかったから例の……消滅可能性都市しょうめつかのうせいとし? そこで如月水飴いつつめみんとって名付けたリングネームで稼ごうなんて正気? ふだんは誰も攻撃したくないんじゃなかったの?」


「質問が多い」


 聞かれちゃまずかったかなと揚城あげしろ気遣きづかってくれたが黒いやしろの写真が少し見えた。


「悪い。逆に質問するよ。そのやしろはなに?」


 揚城あげしろは見られんたんじゃ仕方ないと割り切って少しだけ俺に近づいてひっそり話しかけてきた。


水飴みんとにだけ教える。ガチで出る心霊スポット!」


 なんだ。

 こんな時代に心霊スポットか。

 消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしが笑えない話なのに心霊スポットへ関心を持つなんて。

 やっぱり女子高校生なんだなあ。


「副業うまくいってないんでしょう?」


「そこは反応しづらいよ」


許可証きょかしょうは心霊現象には使えないし、動物や植物と戦う時も別で取得しゅとくする必要がある。でも?」


 突き止める価値があるかもしれない。

 そんな恥ずかしいセリフは言えない。


「変な制限せいげんだとは俺も思ってるよ。心霊愛護団体かわりものが出来てしまったのかも……と俺は最悪の方向で考えてる」


「いないものを守ろうとするのは昔から人間が追い詰められた時によく考える題材だいざいなのかもね」


 信じもしないし信じないわけもないか。


「まだ気にしてるの? 『俺たちの未来をうばった言葉だけの人間』から未来を取り返したいって?」


 意地悪いじわるで言ってるわけじゃない。

 心霊スポットに関心がないのに話を聞いたら人の心のすきまへ入りこんでくる。

 それでも彼女をにくめない。


許可証きょかしょうを使わずに時代遅れの存在と戦えばいい。それだけだ」


 そういうことじゃないかもしれないな。

 言ってみてそう感じた。


 練習を終えた後に揚城あげしろが少ししか見せてない写真から旅で行ったことのある目印が見えたのでバレないように向かうことにした。


 



--消滅する未来と立ち向かう現在いま--



 誰もいないことを確認した俺は黒いやしろへと向かっていた。


 特に指示もないままかつて旅をしていた時に来た消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしをかけめぐる。


「ついにここも人がいなくなるか」


 もしかしたら思い出の場所が消えていくのをだまって見てられなかったのかもしれない。


「あれ? まさか……水飴みんとじゃないか」


 この反応からすると知り合いか。

 まいったな。

 でも誰だ?


「ファイター続けるって聞いて安心しながら移住いじゅうライフを送っていたのに」


 今度は知り合いではなくて友達だった。


 彼はアレッジ。

 出身は海外で、どこの国かは教えられないが昔同じ学校で仲良くなった人だ。


「ここに移住いじゅうなんておどろきだよ」


 まあ消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしでも住める人間なんて最初から強い人間でないと無理か。


 アレッジが海外の人間だなんて忘れていたくらいには彼の突拍子とっぴょうしのない人生は同じ場所に住んでいるとは思えないくらい面白いものだった。


 だからこそこの場所で移住いじゅうを決意したのかもしれないが。


「お前も黒いやしろ一儲ひともうけを考えてたりする?」


 かね

 しかも黒いやしろについても知っているのか。


「俺はたまたま昔旅したこの場所が消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしに指定され、しかも変な心霊スポットにされたからつい哀れでやってきただけだよ」


 アレッジは聞いちゃまずかったかなと言わんばかりにまゆをしかめた。


「今ってさ、多様性たようせいふくめて規制が過激だろ? 俺と水飴みんとの関係は別なんじゃない? でも日本の心霊現象しんれいげんしょうってほとんど人間が起こしているし信じられていないのに成功者とか信じられてるだろ? 違和感いわかんはないか?」


「ある。話をらすなら先へ行く」


「待てって。俺がこの場所の黒いやしろについて知ってるのにあまり調べていないのには理由がある」


 間を置いたアレッジは不気味なイラストを差し出した。


「人間だろ? まさか霊だなんて言わないよな」


「その霊をあやつってる人間がいる。なんだっけ、他の国で言うエクソシスト。日本じゃ霊媒師れいばいしか。その黒いやしろを他に調べてる女の子がいるんだ」


 俺が知らないうちにこの場所も様々な目的が入り組んでいるらしい。


「アレッジがここに移住いじゅうしてくれていて助かった。ちゃんとお礼するから泊まらせてくれ」


「お?ファイターだましい?ってやつ?俺はもうやめちまったけど」


「いいんだ。これからアレッジは調査魂ちょうさだましいを持ってくれ」


「日本語で? まあ何でもかんでも英語や中国語に言いかえる必要もないし俺の故郷こきょうで霊がどうたらなんざ関係ないが……水飴みんとといれば怖くない」


 俺たちはすぐに黒いやしろへと向かう。

 アレッジには全ての秘密を守るように約束した。


 二十歳も超えたからもう少し厳しくしようと思っていたけど、俺はまだまだ甘いのかもしれない。





 まさか心霊スポットにまた行くことになるなんて。


 そういえば心霊スポットで思い出した。

 空手少年だった友と出会った時のことを。


 中学生の時にムエタイの大会へ出てなんだか物足りなさを感じていた俺は他の刺激を求めて空手大会を観察していた。


「伝統的な競技は歴史もあいまって華があるなあ。俺も負けてられない!」


 頭の中で浮かんだ言葉だったのにいつの間にかつぶやいてしまっていた。


 そこで歳上の有段者ゆうだんしゃに声をかけられた。

 身体付きを見れば誰がどれだけきたえていて、自分との力の差がどれくらいかはすぐに分かった。


 そもそも相手は数も多くて逃げるしかなかった。


 一般人をよそおって蹴飛けとばしてもいつの時代もリスクしかない。


 人間は他の生き物とちがってたとえにせの弱さだとしても見せれば見せるほどに油断ゆだんする。


 だから苦手なランニングできたえた足腰あしこしでいつの間にか暗い建物の中まで逃げていた。


 逃げすぎた。

 これじゃ帰りがめんどうだ。


 しかもこの建物ってどう考えてもずっと人がいないいわくしかなさそうな場所じゃないか。


 あの歳上たちがここまで追ってくるわけない。

 この時、俺はまだ人間の恐怖を知らなかった。


「その身体を見れば分かる。明らかに空手出身者じゃない」


「邪魔なんだよクソガキが!」


「大人しく元の競技に帰れ!」


 俺は何もしていないのに顔も知らない歳上の男達からなぜこんな暗い場所ではさまれているんだ?


「俺は初めて空手大会を見に来たのにそこまでくわしいのは何か理由があるんでしょうか?」


 床に落ちている物をバレないよう手にとって死角しかくをうばわせない準備をした。


 この建物については歳上達がよく知っていたから。


「ちっ。もう死を覚悟しなきゃいけないか!」


 夢中で逃げていても手放してなかった機械を使うか。


 そう考えていた時に歳上の一人が目の前でたおれ、もう一人を押さえつけた。


 誰だか知らないけどどさくさにまぎれて三人目を気絶させた。


「大丈夫か? って三人目やっつけたのか。君はすごいね」


 おたがい普通のきたえ方をしていないのは感じとっていた。


 余計なやり取りをしなくてすむからか俺と彼はかまえを解かなかった。


「誰がまたやられるのかと思ったら。空手じゃないのか」


「ありがとう。助けてくれて。でも俺は君が思ってるほど弱くない」


 中学生だったから歳上の男子三人におそわれて助かった安心感もあってプライドを優先していた。


 それでも彼は手をさしのべてくれた。


「三人にこんな心霊スポットまで追い詰められても恐怖心をおさえている。俺よりも歳下なのにたいした心意気こころいきだよ」


「見た目でよく間違えられるけど、俺は中学生。君とそれほど変わらない」


 それから彼がなぜ助けてくれたのかも説明してくれた。

 今回使われた会場ではよくあることらしくて、見学に来た子供を心霊スポットまで追い詰めて心を折る人達がいるんだとか。


 そこでたおれているけど。


「なんだ中学生か。しかも同い年。格闘好きには思えない目つきだったからリサーチにいやいや来ただけの子だと思っていたよ」


「俺がやっている競技は他の格闘技もやる必要が出てくるからさ。研究はちゃんとしないと」


「真面目な人だよ君は。俺も見習うとするか」


 心霊スポットで中学生男子が人間におそわれて何を話しているんだ。

 変なシチュエーションだったが助けてくれた彼の後ろに黒い気配がしたので俺はとっさに



「化け物ぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 とさけび夢中でみぞおちを攻撃した。


 彼は


原理主義者げんりしゅぎしゃめぇぇぇぇぇ」


 とさけびもう一つの黒い影をたおす。


「ってやべぇ! 霊だと思ったら気絶きぜつしてたさっきの人達だ!」


「ならちょうどいい。心霊スポットのせいにして逃げよう」


「君は冷静れいせいだなあ」


「そっちこそ。今のさけびを聞いて襲ってきた人達をたおす計画を立ててたんじゃないの?」


 彼は苦笑いをしながらはぐらかし、一緒に逃げることになった。


 彼は俺のことを知っていると思っていた。

 心霊スポットのことも助けるタイミングも現実にしては出来すぎていたから。


 それからしばらくして「廉時れんじ。俺の名前」とつぶやいた彼は俺の自己紹介を待っていた。


「俺は」


 少し思い出しすぎた。

 青春っていうのは補正っていうのかな?そういうものがかかってしまう。


 簡単に黒いやしろについた俺とアレッジは例の女の子が現れる前に調査を終えてしまおうと思った。


 ただし気になった点があった。


「調べていた女の子はただの人間じゃなさそうだ。もうつきとめられてるんじゃない?」


 アレッジが女の子をそのまま野放のばなしにしていた理由はなんなのだろうか。


 勿論もちろん女の子に声をかけるわけがない。


 一応人間じゃない可能性があるのかどうかを確かめないと。


「残念ながら女の子は人間だ。でも情報は全くでない。女の子といっても女子中学生から女子高校生くらい。その子が黒いやしろをたったひとりで調べているなんて他に誰か頼りにしてる人がいるかもしれない」


 それって本当に人なのかな。

 消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしだからこそのリスクが分からないほど日本の治安の良さを信じてる女の子なんて今の時代いるはずがない。


「アレッジ。さっさと本題に入ってくれないかな?」


「本題ってなんだよ? 調査をする理由はもう話しただろう?」


「まさかとは思うけど〝結界けっかい〟なんてあてにしてるのかい?」


 はったりのつもりだったのに女の子はどこからか森の中から現れた。


「もうこの世界には霊現象を信じる人間なんていないと思っていた。結界なんて漫画の見すぎ。言葉にはあえてしないけど。知ってる?森の気配けはいをゆがめられる方法」


 廉時れんじ

 君が生きていたら見せたかったなあ。

 歳下だけどを。





 アレッジは金欠きんけつで労働が大の苦手。


 移住いじゅう資金をためるために仕事を続け、いったん消滅可能性都市しょうめつかのうせいとし住処すみかをかえて自給自足をしていたんだとか。


 そこへ手を貸してくれたのが黒いやしろを守る霊媒師れいばいしの女の子。

 名前は仮名かなで呼ぶとえりか。


 なんでもアレッジが移住いじゅうして転職した先で知り合ったとか。


 アレッジはそこをやめて次の仕事を考えている時にえりかと出会ったらしい。


 黒いやしろ小遣こづかいかせぎにはぴったりの心霊スポットで、いまは人間のAtuberが許可をとって全国の心霊スポットを同業者から恐喝きょうかつするために利用しているから『本物』の心霊スポットが注目されている。


 そもそもここでいう心霊スポットは昔とはちがってリフレッシュ目的として形を変えてるいるんだとか。


「彼女すげえんだよ。今まで日本人じゃない俺ですら霊現象だとか怪奇現象とか思っていたものを言葉を変えていやしし目的に使ってる。黒いやしろって名前にしてるのも彼女の作戦さくせんだ。最初は心霊スポットだと思い込ませてここにやってきた人達の疲れを取る。だからここは調査する必要なんてないんだ」


 新しい商売しょうばいをしていたのか。

 どうやら俺が警戒けいかいしすぎたみたいだ。


 今の話だけを聞くと。


「少し無理がある話だ。もう心霊スポットじゃないのはわかったよ。俺がここへ来たのも急だったし。でも、二人は他で困ってることがあるんじゃない? 最初からその説明を俺に出来ないほどの」


 心霊スポットの概念がいねんは変わった。

 いや、この二人が変えようとしている。


 それなのに心霊スポットと呼ばれるのには理由があるはずだった。


「私が言うのも変なんだけど……出るんだよここ!」


 ま、まあ見れば出ないことはないだろうとその場では言わなかった。


「アレッジさんからあなたのことを聞いていて。学生時代、差別さべつすることなく接してくれた友人さんでしょう?」


「話がはやいなあ。アレッジとは長い付き合いだから」


「それとプロファイターだってことも。最初は世間話せけんばなしとして聞いていただけでした。でも第六感だいろっかん? そうよべばいいのか分かりませんがあなたとはどこかで出会う気がして」


 それが今ってわけか。

 上手い話だ。


 もしアレッジと会う約束があったら黒いやしろへ俺をさそ手筈てはずだった。


 たまたま必然ひつぜん偶然ぐうぜんへと変わっただけ。


「俺が出来ることは少ないけど、解決してほしい話は何か教えてくれないか」


 アレッジは女の子は息のあったコンビネーションで怪現象を話しはじめた。


 黒いやしろを心霊スポットから脱却だっきゃくするために二人は必死で考えていた。


 高い金を払ってビジネスセミナーを学んでも現実は何も変わらず、二人で涙を流している時。


 ひとりでに岩がこわれたり、誰かの掛け声が聞こえる現象が起きていた。


 何度もカメラをしかけて調査をしても人やクマなどの生き物が来た形跡けいせきはない。


 地主じぬしの人や近くの人達に聞き回っても情報は集まらず、むしろ自分達が怪しまれかけてはえりかがなだめてやり過ごしていた。


 そこでアレッジは心霊スポット脱却だっきゃくの前に荒稼あらかせぎしようと編集をそこまで加えていないこれまで記録した怪現象を使って広告収入こうこくしゅうにゅうを得ることに成功した。


 さらに怪現象を見てここまでやってきた人を手厚てあつ歓迎かんげいして秘密を守ることを約束にアレッジが安くマッサージや食事の用意をしてえりかがあつか

 じゅつで『本物』をみせて心霊スポットではない場所を強調きょうちょうした。


「それも最近は上手くいってない。心霊スポット脱却だっきゃくのつもりが利用したせいで信用は下がって俺達は黒いやしろを心霊スポットとして売るしかなかった。コアなお客が優しいからなんとか食っていけるけど」


「なら困ってないじゃないか。二人に危害きがいは加えてこないんだろ?」


 話はまだ続きがあった。


 クマがなぜこの場所にやってこないのか。

 そして地元の人間があまりこの場所に近づかないのか。


戦闘狂せんとうきょうなんだよ! その怪現象は!」


 心霊スポット脱却だっきゃくとして始めたちょっとした宿泊しゅくはくサービスも長くは続かず、一部の客は怪現象に攻撃されてしまい怪我人けがにん続出ぞくしゅつ


 投稿した映像にもアンチがあらわれクレームのあらし。

 嫌がらせも数多く受けたらしい。


 ただその嫌がらせも怪現象が攻撃してくれるから放置するしかない。


 そして上客じょうきゃくが来た時だけ俺を頼ろうという話に持っていくつもりだった。


「俺にも離れられない仕事がある。でも解決してほしいってこと?」


 二人は俺に頭を下げた。


「俺がもし今日この消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしへ来なかったら友達をまた見捨てかけるところだった。いいよ。俺は融通ゆうずうがきくから。」


 えりかも怪現象を新たな言葉に変えられるじゅつがあるのにどうにもできない。


 もしかしたら格闘経験のある霊が正体しょうたいだったりするのだろうか?


 いや、発想が飛躍ひやくしすぎたか。


 ただいくつか二人が見せてくれた映像には違和感いわかんがあった。


 まさか……そんなはずはない!





 今日は客人きゃくじんはいないらしい。

 もっともアレッジ達のアンチが急にやってくる可能性はある。


 その前にわざと置いてある岩の数々が気になる壊され方をしていた。


 映像を見ていた時から気になっていた。


 岩の前でかまえていること二時間。

 食料しょくりょうはアレッジ達が用意してくれた。

 俺が旅をしにこの地へやってきた時は知らなかった甘いものを。


 集中力が少し切れかけた時に岩の方へ風が横切り、後ろの岩がくだける音がした。


「やはり!」


 次の一撃は!!


「君だったんだ。廉時れんじ!」


 霊感れいかんは俺にはない。

 ただのかん判断はんだんした。


 すると透明とうめいだった蹴り技のあるじが少しずつ姿を現した。


「お前だったか」


「お前……か。死んでまでコンプラを守ってくれるのか」


 黒いやしろ縁結えんむすびの効果があるのだろうか?

 あとで二人に教えよう。


 次の彼の攻撃は俺の顔を狙ってくる。

 そう読んで右腕でガードした。


「な、なんだと! 俺の技を受け止める奴がいるだと!」


廉時れんじ! 君は俺のことを忘れたのか? さっきまでは明らかに俺だと意識をしていたはずだ!」


 彼は死んでもまだ戦っていた。

 もう何がきてもおどろかない。


 ってそんなの無理だ。

 彼に関しては特に。


 彼は空手技と喧嘩に近い技を組み合わせて俺と戦い続ける。


 生きていれば相当な達人になっているほどの威力いりょく


 だからこそ俺は彼に話しかけながらくうを切っても攻撃をくりだした。


廉時れんじきみはあれから何があった! 話が出来るのなら……意識があるのなら話してくれ!!」


 なぜ彼がここで戦い続けている?

 こうなったら最後まで付き合うつもりだった。


 そもそも彼とは生きているうちに戦ってみたかったことが本音でもあった。

 今彼と戦っているとしてもノーカンだ。


「コロナ以降、廉時れんじと連絡が取れなくて俺は悩んでいた。君が亡くなった事を知らせた時に! 理由は分からないしあえて聞くつもりはなかった。でも……今回だけは教えてくれ! そして、休んでくれ!」


 話して聞いてくれるのなら二人は苦労していないか。


 理由を本当は聞きたくはない。

 でも友として彼の声を聞いて戦いたかった。


 プロファイターの道を選んだのも、空手家としての道をあきらめる彼からたくされた選択だと俺は強く考えた。


 彼があれから嫌がらせを受けた時は俺が彼を助け、俺が試合で負けて悔しかった時は親身しんみになって聞いてくれた彼を俺は助けることが出来なかった。


 彼は何も俺に話すことはなく、ただ戦い続けた。


 俺には見える。

 彼が最期さいごまで抵抗している姿が。


「気がすむまでやろう。ありえなかったはずだった俺達の戦いを!」

 

 森の中をにぶい音がひびく。

 まるでリング上で打撃音だげきおんが血が流れると共に聞こえるように!


 彼のやり場のない怒りと誰にも助けてもらえなかった悲しみを受けては俺も彼の攻撃を読み、前へ出る。


「はぁ……はぁ……はぁ……初めて会った時も心霊スポットだったよね。ここはもうじき心霊スポットじゃなくなるけどさ」


 戦い始めてさらに二時間。

 おたがいに一歩もひかない。


 もう二度とあるか分からない戦い。


 彼の姿が今ならはっきり見えた。


「腕は落ちてないか。やっぱり生きている人間は怖いな」


廉時れんじこそ。それだけの強さなら世界れる」


 はっはっはっ。


「「世辞せじを言うんじゃねえええ!!」」


 ある意味本音だった。

 そういえば廉時れんじが生きている時もこんなやり取りしたっけなあ。


 戦いはまだまだ続いた。

 どちらも引くことが出来なかった。

 でも俺はこれ以上戦えない。


「お前にうらみはない」


「嘘ばっかり」


「「なら次の一撃で決める!」」


 もう競技だか喧嘩だか分からなくなっていた。

 霊になっても出てくるほどの執念しゅうねん


 やっと受け止められる!


 俺達の攻撃はおたがいの顔をフィクションみないに殴りあっていた。


 そして倒れたのは廉時れんじの方だった。

 俺が彼をささえる。


「俺を止められるやつがお前だったとは」


本来ほんらい予定になかった出来事できごとだ。君が俺と最初に出会って助けてくれたように」


 そういえば生前もちゃんと話をした回数は少なかったかもしれない。


 現実はいつだって残酷か。


「ここまで強いなんて」


 えりかがアレッジと共に感心しながら近づいてきた。


「まさか怪現象の正体が友人だとは思わなかったよ」


 アレッジはまさかと言いかけていた。

 少しは彼にも廉時れんじについて話していたから。


「霊なんて初めて見た」


「え?霊媒師れいばいしなんじゃないの?」


「霊が見える人なんてもうこの世界にはいない。私はただ他に言葉がないから使ってるだけ」


 それなのに幻術げんじゅつ?怪現象?をあやつれるのか。


「あとあなたは……あなたたちは誰がなんと言おうと一番強い!」


 廉時れんじは彼女の言葉を聞いて肩の荷が下りたのか身体が消えかかっていた。


「これは成仏じょうぶつじゃない。黒いやしろに吸われているだけ」


 死んだ後の道すら選ばせてもらえないか。

 そんなことはさせない!


「えりか! 彼を俺の中へ憑依ひょういさせられないか?」


 我ながら無茶を言ってしまった。

 えりかは何も言わず、困惑こんわくしながらポーズを取る。

 アレッジも食料を運びながら俺達をサポートしてくれた。


廉時れんじが生きている時に出来なかったことを死ぬまで俺が引き受ける!」


 俺達は目をつむりながら合体に近い憑依ひょういをえりかの手伝いもあって進ませた。


 彼の記憶が俺に入り込む。


 廉時れんじは一人でこの消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしへ高校生の頃にやってきていた。


 コロナでどうにもできない感情を修行ではらうつもりだった。


 俺の中で彼が見せる記憶にはそうあった。


 本当はどうしたかったのか分からない。

 相変わらず隠し事が上手い人だよ彼は。


 目が覚めた後は俺の記憶は失われていなかった。


 廉時れんじが上手く隠してくれたから実際じっさい彼の身に何が起こったか分からない。


「あれ?水飴みんとの身体がいつもとちがうような」


「つっこむのも分かるけど、今は休ませてほしい。ありがとうアレッジ、えりかさん」


 意識は〝俺〟のままか。

 何から何まで彼とは切っても切れない縁があったみたいだ。


「二人とも。この黒いやしろは全ての人間の縁を結ぶ場所だ。そこを強調して売ってみてくれ……」


 そのまま疲れた俺は土の上で倒れた。




--ふんわりとした輪郭りんかく--




 トレーナーとして仕事をしている時に会員さんからたまに聞かれることがある。


「空手もやってるんですか?」


 そうか。

 身体に馴染なじんだのか。


 経験までは分けられない、か。

 死んだ人間の分まで生きるなんて簡単じゃないな。


 その事を聞かれる度に俺はこう返事している。


「昔助けてもらったからさ。空手の達人に」


 消滅可能性都市しょうめつかのうせいとしの運命を変えられたか分からない。


 アレッジとえりかさんならなんとか生きぬいてみせる。


 だから俺も。

 俺達も戦おう。


 ふんわりとした輪郭りんかくだけが俺達に染みた型をうつしだす。


 そう信じることで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る