第6話
喧嘩まがいの言い合いをしてから少しばかり、虎やライオンのような猛獣がいるエリアに来た。
「虎とかライオンってやっぱかっけえよな。」
「確かにかっこいいが、やはり赤ちゃんの時は究極に可愛い。あの頃の写真や動画を見ると、とても気高い獣になると想像がつかないな。」
丁度、子供が公開され始めたばかりらしく、虎の赤ちゃんを一目見ようと人がごった返していた。
「赤ちゃんが可愛いのは認めるけど、やっぱりかっこいい方が勝るだろ。群れをなさず孤高に一匹で上り詰める感じ。俺と一緒だな。」
「君と...?バカ言っちゃいけない。君は孤高じゃなくて孤独なだけじゃないか。君が登り詰めるかどうかはどうでもいい。」
「そんなマジレスすんなよな。ちょっとした冗談だろ。」
「とても冗談で言ってるようには聞こえなかったからな。君は本気で言いかねないと思って。」
確かに冗談っても半分くらいは本気だったし、間違っては無い。
ただ、百獣の王と称されるライオンの生き様には憧れを抱く。群れをなさなければ生き抜くことが難しい野生の世界で、最後の一瞬まで気高さを失わないその姿は、まさに王者の風格。
「俺もあんな風に生きられたら良いのに。」
「生きられないのかい?」
つい声に出てしまったのをバッチリ聞かれた。
「おいっ!なに勝手に聞いてんだよ。」
「聞こえてしまったものは仕方ないだろう?」
「だったら、聞こえなかったふりしろよ。」
「前々から思ってはいたが、君は少々理不尽だな。」
「...初めて言われた。」
今まで誰にも言われたことがなかった。それこそ、先生にも言われたこと無かった。だからこれは多分、俺と龍宮の理不尽の感覚が違うだけだ。
「まさか、自覚がないのか?わざとやっているものだと思っていたぞ。」
「自覚って言われてもな...思いつく節は全くないからわからん。」
「さっきのところなんか、そのまんま君の理不尽を表してるじゃないか。」
「どこがだよ。理不尽ってのは相手に自由と選択権を与えず、あることないことで追い詰めることだろ。」
俺はずっとこれについた名称が理不尽だと思っていた。だが、龍宮の表情を見るに違っていたらしい。なにか言いたいことがあるみたいだ。
「君の言ってることも一理あると思うが、それは理不尽の枠に括っていいものではないと思うが...どちらかと言うとそれは、人権侵害なのでは?」
「そんなことはどうでもいいだろ。聞きたいのは龍宮の理不尽感だ。」
「簡単に言うなら、個人的な感情である特定の人物を虐げること、全てが自己都合で相手の気持ちを尊重しないこと。ボクはそう思ってる。」
「なぁんだ。そんなことで理不尽だって言えんのか。」
思ったよりも普通のことで理不尽な扱いになるんだな。てことは、世の中理不尽に溢れてるってことになるな。
そう言うと
「どうした?そんな鳩が豆鉄砲打ったみたいな顔して。」
龍宮がそうして固まっていた。俺に間抜け面でも晒す趣味があるのかと言いたい。ただ、そんな間抜け面も龍宮ほど顔が整っているならブサイクにならない。
「それを言うなら、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてだ。」
「そうとも言う。」
どうやら、正気に戻ったようだ。冷静に俺の言い間違いを訂正して来た。一文字違いなので対して変わらないと思うが細かいな。
「君があれを大したことないって言ったことに驚いてるんだ。」
「実際大したことないだろ。あんなのは普通だ。」
そう言うと、今度は頭を抱えた。比喩ではなく本当に頭を抱えたのだ。現実でやる奴がいるとは...
「普通なはずがないだろう。個人的な感情でしいたげられるのが普通って...君は一体...」
しまった...口を滑らしたか。
「やっぱり気になるか?」
「ああ、君がずっとボクに隠してるそれが気になる。」
そうだよな。興味無いとは言ってくれないよな。さすがにもう誤魔化されてもくれないだろうし、どうしようか。
「...全部は言いたくないから、家族と仲が良くないとだけ言っておく。想像してた通りだったか?」
「いいや、そんな想像はしていない。考えるのは君の話を聞いてからにすると決めていたからな。」
「そうかよ。」
俺はてっきりこのくらいは既にバレてて黙ってくれてるのだと思ってた。けどまさか、全く考えてなかったなんて。だったら、いつもみたいに話題を変えるとかすれば良かった。
「君は言いたくないと言ってたけど、一つだけ聞きたいことがあるんだが...」
「なんだ?」
そんなに申し訳なさそうにしなくても、一つくらいなら答えてやるのに。
「家族と言ったが、その中に萌香ちゃんは入っているのかい?」
「それは、ご想像にお任せするよ。」
ほぼ同時に携帯が震えた。画面を見ると連絡が一件来ていた。その相手は妹。その内容は、
「妹が飽きたから帰るって。」
なんとも自分勝手な一言だけだった。まさに理不尽の象徴みたいな女だ。
「俺はもう動物園にいる必要は無くなったんだけど、まだ一緒に回るか?」
「ちょっと、君はなんとも思わないのかい?」
俺のリアクションが薄すぎたのか焦った様子で聞いてきた。
「もう慣れたよ。何回目だと思ってる。」
ほとんど毎回俺を置いていって勝手に帰りやがるんだから、今更なにか感じる方が難しいってものだ。
「そんな何回もなのか。それに関して君の親御さんは何も行ったりしないのかい?」
「ん?あー、そうだな...色々言われてるな。」
「...言われててそれなのか。同情するよ。」
龍宮は、妹の行動に呆れている。俺だって何回も置いて帰るなと言ったが、都合のいいお耳をお持ちの妹様は聞く耳持たないのだから仕方ない。
「それで、まだ俺と一緒に回りたいか?」
「それは、デートのお誘いかな?であればもう少し良い雰囲気で行ってもらいたいものだな。」
「...冗談は辞めろ。」
数瞬、龍宮とのデートを想像してしまった俺は、それを振り払うように言った。
「なんだいその間は。もしかしてボクと恋人っぽくデートしてる瞬間でも想像した?」
そう言ってはにかんだ龍宮は、プリンスの面影は無く年相応で可憐な少女にしか見えなかった。その姿に俺は、不覚にも可愛いと思ってしまった。
「...してない。」
照れくささから目を逸らして、短く言うことしかできなかった。
「嘘は良くないね。」
「嘘じゃない。」
「だったらどうして、君の顔は赤くなっているんだい。」
どうりで、顔が熱いと思った。そりゃ隠せるもんも隠せないよな。
「それでも、そんな想像はしてない。」
だって、龍宮に指摘されてから認めたら恥ずかしいじゃないか。だから俺は、絶対に認めると口に出したくない。
「もう、分かったよ。君はボクとのデートなんて想像してない。それでいいでしょ。」
「そうだ。それでいい。」
龍宮が引いてくれたおかげで認めずにすんだ。しかし、俺をからかってる時の龍宮はやけに楽しそうだったな。
「ボクはまだこの動物園を堪能してないから付き合ってもらってもいいかな?」
「お供します。」
「まるで、上司と部下。いや、織田信長と柴田勝家だな。」
「しば...誰?急に頭いいの出して来なくていい。てか、誰がいつ龍宮の部下になったよ。」
ほんとに誰かわかんねえし、例えとしても優秀では無いだろ。
「まだまだ勉強不足だな。」
「これでも、学校の勉強は頑張ってる方だぞ。」
「知ってるさ。」
なんで知ってるの?俺勉強してるって言ったことないよね。
「なんで知ってるって顔だな。」
「そりゃ、何も言ったことがないからな。」
「君が、バイトがない日以外は毎日放課後に残って勉強しているのを見てるからな。」
「え...ストーカですか?」
怖い...怖いよ。監視されてんの?
「違う。ボクは図書館で勉強してるから教室に戻ろうとすると君がいるんだ。」
「あ、そういう事ね。」
「そうだよ。君のストーカーなんてするはずないだろう。ボクになんのメリットがあるって言うんだ。」
そうだよな。俺だって龍宮のストーカーなんかしたところでなんのメリットもないもんな。
「良かったら勉強教えてあげようか?」
「いきなりどうした?」
「学年一のボクが話し相手になってくれてるお礼に勉強を教えてあげるってだけ。」
「遠慮しておく。早く次行くぞ。」
確かに魅力的な提案だが、放課後まで龍宮と一緒にいたくないので断ることにした。すると、なんか横でぶうたれてる奴がいるが無視して先に進む。
学校のプリンスと呼ばれる女子の秘密を知ってしまった。 浅木 唯 @asagi_yui
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