第5話

キリンに餌をやり終わって、隣に行くとゾウがいた。水を飲み餌を食べながら静かに生きていた。騒がしいのは妹だけ。場にそぐわないというのも変だが、もう少し落ち着きを持って欲しい。


もう中学2年生だというのに、まだまだ幼すぎる節がある。傍から見れば可愛いと思うけど、それが身内となるととても可愛いとは思えない。


「あの長い鼻邪魔そう。何回みても器用に使えてて偉いねー。」


「ゾウの鼻は筋肉でできていて、骨や関節がないから柔軟に動かすことが出来るそうだ。」


ほえ〜。だからあんなにぐにゃぐにゃ曲がるのか。


「そうなんですか!?八重さん物知りですね!」


龍宮はなんでも知ってるんだな。なんでもは知らないわよとでも聞こえてきそうな感じがしたが、博識なことに違いはない。


俺は今まで普通に生きててもそんなこと気にしたこともないし、知ろうとも思わなかった。


「そういうのって自分で調べたりしたのか?それとも、誰かに教えてもらったとか?」


「興味が出たから自分で調べたよ。興味を興味のままで終わらすのは良くないことだからね。」


やっぱりそういうもんなのか。


「私も色んなこと調べて見ようと思います!」


「ああ、そうするといいよ。」


あーあ、影響受けちゃった。ドラマでもアニメでもすぐに影響受けるからな妹は。


そのせいでどれだけ苦労したか考えたくもない。ただ、今回は良い影響を与えてくれたと思いたかったが、それが妹の好奇心を刺激したらしい。


そして、俺たちを置いて走って行ってしまった。


「ったく、俺と龍宮を一緒に行こうと誘っておいて一人でどっか行っちまうんだよ。」


「ほんとに追いかけなくて良かったのかい?」


「良いんだよ。初めてのことじゃないからな。」


そう。こんなことは今に始まったことじゃない。昔からずっとそうだ。結局はいつも俺一人で回る羽目になる。だから嫌なんだ。


「そ、そうなのか。」


龍宮が引いているけど、当然の反応だ。流石の龍宮もこんなにわがままな奴は見たことがないだろう。


「んじゃ、俺たちはゆっくり追いかけるぞ。今日は龍宮がいるからまだマシだな。」


急いで追いかけても碌なことがないのでゆっくり追いかけることにする。


「話を戻すけど、俺は好奇心とは対極にいるからな。あんまりそういう経験ないんだよな。」


「うん。君はそんな感じがするよ。大体のことを興味無いとかめんどくさいとか言ってやらないタイプ。」


「当たってる。まあ興味無いもんは無いから仕方ない。」


「そう言っても、なにか興味のあることかないのかい?」


興味のあることか...頭を捻って考えてみても出てこない。これでも、子供の頃は好奇心旺盛だった気がしなくもないが、どこに行ってしまったんだろうか?


「無いかも。」


「君は本当にそれで人生楽しめてる?」


「楽しくない。」


それどころか、今までで一回も人生を楽しいと面白いと思ったことは無い。


「人生ってのは死ぬまでの暇つぶしだろ。楽しいとか楽しくないのかはねえよ。龍宮も似たようなもんだろ。」


「君の言ってることは間違ってない。ボクもあんまり楽しいと思ったことは無いね。だけど、楽しもうと努力はしてるさ。」


「努力って...そんなことしたって無駄だ。そんなことしたってなんにも変わらない。」


何をしたってつまんねえ人生が待ってるだけなんだから、潔く諦めた方が健全だ。


「無駄なんてことは無いさ。そうやって何もかも諦めたって言うなら、君は生きてる意味がないじゃないか。」


「だったら死ねって言ってる?」


「そこまでは言ってないさ。君はなんのために生きてるのかと思ってな。聞いてもいいかい?」


「考えるからちょっと待ってろ。」


実際生きてる理由なんて考えたこと無かった。特に死にたいと思ったこともないし、漠然と生きてるだけだった。これも良い機会だからな。真剣に考えたみるか。


「いつか幸せになりたいから。」


真剣に考えて出た答え。それは在り来りなものだった。ほとんど人間の生きる理由はこれだろう。俺も例に漏れなかったわけだ。


「それは矛盾している。」


龍宮は理解できないと首を傾げポツリと呟いた。


「何がだ?」


「君は努力しても無駄だと...楽しい人生は得られないと諦めているんだろう?それなのにいつか幸せになりたいって言うのはおかしい。矛盾している。」


なるほど、龍宮の言いたいことはよく分かる。ただ、俺の考えは違う。


「そうだな。確かに矛盾してると俺も思う。だけど、お前のその楽しくするために努力しているって考え方も矛盾を孕んでいるだろ。」


「それのどこに矛盾がある?」


「矛盾しまくりだ。お前を縛っているのがその期待ってんならその縄を解かねえと人生が楽しくなる、幸せにはなれないだろ。」


縄に縛られたまま楽しくなるよう努力してますなんてよく言えたもんだ。俺だから良かったものの、人によっては抱腹絶倒間違いなしの笑い話だ。


「僕の幸せを君が語るつもり?それは傲慢じゃないか?」


「なんだ?図星を突かれて頭に血でも登ったか?いつものポーカーフェイスはどこ行った?」


コイツが意外と感情を表に出すのは知っていたが、ここまではっきりとそれが確認できるのは珍しい。誰がどう見たってキレてる。だって額に青筋が浮かんでいるんだもの。


「ボクの幸せはボクが決める。君にだって口出しはさせないよ。」


「そうだな。だったら今言ってみろよ。お前の幸せはどこにある?」


ダメだ。俺も冷静じゃない。まさに売り言葉に買い言葉。


「ボクの幸せは皆の期待に応え続けた先にしかない。それを君に否定させはしない。」


それが縄に縛られてるって言ってんのに、仕方ないこういうタイプは一度痛い目にあわないと分からないんだ。


「そうか。だったらそのために頑張ってみろ。」


「言われなくてもそうさせてもらってる。」


だったらとことんやらせるしかないだろ。俺は別にコイツが幸せになろうがならまいが関係無い。俺の幸せにコイツは関係ないからな。


何はともあれ、気まずい雰囲気になってしまったが主に俺のせいで。しばらく一緒に動物園を回らなくてはならないので気分を切り替えて、苦手な動物園を何とか楽しむことにする。


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