第4話
「だいぶ回復した。肩貸してくれてありがとな。」
「お安い御用だよ。困った時はお互い様さ。」
龍宮が立ち上がって言った。かっこいい仕草が様になる奴だ。こういうところが男女にモテる所以なんだろうな。
「どこ行ったか知らないけど、一旦妹追いかけるぞ。」
「ボクも着いていっていいのかい?」
「遠慮すんなよ。」
「君が言うなら着いていくよ。」
ひとまず、妹を追いかけて順番通りに動物園を龍宮と回る。
「動物園好きなのか?」
動物を見て回っていると、龍宮が頻繁に可愛いと呟いていたので気になって聞いてみた。
「好きだね。可愛いから癒される。それに...」
「それになんだよ?」
龍宮がなにやら言い淀む様子を見せたが、俺が続きを催促すると渋々と言った感じで口を開いた。
「...僕と違って檻に入れられてても自由に生きているところが、羨ましくて定期的に見に来てる。」
龍宮の言った檻は恐らく一身に受ける期待のことだろう。だが、俺から見た龍宮も十分自由に生きているように見える。もしかすると、期待よりも他に縛られてることでもあるのかもしれないな。
しかし、龍宮の雰囲気が俺にそれ以上の詮索を許さなかった。
「君はどうなんだ?」
「俺は...あんまり好きじゃねえな。」
「それはどうして?」
どうして...か。正直考えたこと無かったな。漠然と嫌ってるって感じだったしな。
「動物を可愛いって感じることはあるし、そういうところは好きなんだろうけど、なんか嫌だ。言葉にしようとすると難しいな。」
「そうか。それじゃあ、君は苦手な動物園に付き合ってあげる優しい兄ということだな。」
「...ああ、そういうことだ...」
「また気分でも悪くなったのか?休んでもいいんだぞ。」
少しだけ、反応が遅れてしまっただけなのに、俺の体調を気遣われた。
「大丈夫だ。ほらこの通り。」
「お、おおう。わかったから止まってくれ。」
その場で腿上げをして大丈夫だとアピールすると若干引かれた気がするけど、これ以上心配かけるのも気遣われるのも面倒なので、アピール成功と言ったところか。
その後も、妹の後を追いかけながら動物園を回ってると龍宮がおもむろに口を開いた。
「そろそろ、君って呼ぶの辞めてみるか?ボクはお前って呼ばれるよ嫌だし。」
「どうでもいい。」
全くもって興味が無い。龍宮に君って呼ばれてようとなんの支障もない。
「ボクが良くないんだ。」
「龍宮。これでいいか?俺は今まで通り君って呼んでもらって構わないぞ。」
「ああ!」
おお、龍宮の顔が今までで一番綻んだ。学校では見ることの出来ない作り笑いじゃない満面の笑み。
俺には何が嬉しいのか理解できないが、とりあえず喜んでるなら良かった。
「でも、そうなるとやっぱり君のことを名前で呼びたくなるな。」
「呼ばなくていい。そもそも会話が成立している時点で、そんなものは必要無い。」
「君は大路か。大和どっちで呼ばれたい?」
「しつこいぞっ!」
優しい声色で諭すつもりだったのに、思ったよりもでかい声が出てしまった。
「す、すまない。浮かれてたみたいだ。」
それはそうだろう。いつもの龍宮であれば踏み越えてはいけないところを一線を見極めてそのギリギリで止まる奴だからな。
しかも、最悪な事に一般に可愛いや、美人とされる女子に怒鳴ってしまったことで、俺を非難する大量の視線が向けられて非常に居心地が悪い。
「こっちこそ悪かった。思った以上にでかい声が出ちまった。」
すぐにその場を離れて俺からも龍宮に謝る。
「いや、いいんだ。ボクが調子に乗ったのが悪かった。今なら、多少踏み込んでも大丈夫だと思ってしまったんだ。」
「だったらこれで、龍宮が水を買ってきてくれたのはチャラってことにして良いか?」
この辺がいい落とし所な気がする。無論、龍宮があの水を買って来てくれたのを貸しだと思ってるとは思わないが、俺は借りだと思ってたのでチャラということにしておきたい。
「ああ、ボクは貸しだと思っていないけど、それで許してくれるのなら良いよ。」
「じゃあ、それで決まり。あ、後な。大和だったら呼んでもいいぞ。」
「なにが?」
「名前だよ!名前!」
なにが?じゃねえよ。ちょっとカッコつけたのに恥ずかしいじゃねえかよ。
「ありがとう。それじゃあ、改めて僕の相談役としてよろしく大和。」
「まあ、仕方ないから話くらいは聞いてやるよ龍宮。」
龍宮から差し出された手を握る。ほんとにコイツは恥ずかしげもなくこういうことしちゃうんだから。
そして、再度妹を探しに行こうと歩き出したところで、
「おーい!お兄ちゃーん!」
と、手を振りながら妹が走ってきた。
「あの大きい声やっぱりお兄ちゃんだったね。」
「あの辺にいたのかよ。俺たち結構探し回ったんだぞ。」
「ところで、大きい声出したのって八重さんと喧嘩したからなの?」
「違う。」
こうズケズケと聞いてくるところは俺譲りなのか?全く嫌な話だな。もうちょっと節度を持ってもらいたい。
「萌花ちゃんは、どこまで回ったんだ?」
「向こうのサイのことろまでですよ。八重さんも私たちと一緒に回りますか?」
「いや、ボクは...」
俺は龍宮が断ろうとしているのを察した。
「そう遠慮するなよ。俺たちがいいって言ってるんだからさ。ここで会ったのも何かの縁だ。」
「そこまで言うのならボクも一緒に回ってみようかな。」
「やったー。お兄ちゃん、八重さん早く行こ。」
そう言って先に行った妹を俺と龍宮で追いかける。
「巻き込んじまってわるいな。龍宮は一人で回りたかったんだろうけど、機嫌損ねると面倒だからさ。うちの妹は。」
「別に良いよ。動物園にはいつでも来られるからね。こういうのもたまには悪くない。」
妹と合流してサイを見た後は、キリンのエリアに来た。相変わらず首がなげえ。
「萌花ちゃん。餌やり体験ができるみたいだよ。」
「餌やり体験ですか?私やってみたいです!」
こういうのには手馴れているのか、龍宮がうまく面倒を見てくれている。無理言って着いてきてもらったのに負担かけちゃって申し訳ないけど、めちゃくちゃありがたい。
「ほら、お兄ちゃんも。」
係員から餌を貰ってきた妹がキリンの餌を手渡して来た。それ即ち俺もキリンに餌をあげろということだろう。
とりあえず、キリンに近づいて餌を顔の前に差し出す。すると、舌が伸びてきてそのまま俺の手から餌を巻きとっていった。
「どうだった?キリン可愛かったでしょ。」
「うん。まあ、可愛かったかな?」
俺に同意を得られて満足してまたキリンに餌をあげに行った。正直、ちょっと気持ち悪かったけど、可愛いと思えないこともない。
「可愛くないと思ったなら正直に言えばいいじゃないか。」
それができたら俺だって苦労しない。なによりも今日の行動理念は妹の期限を損ねない。だからな。
「分かってないな。ああいうのは、否定したらいけないんだよ。アイツが求めてるのは同意と共感だけなんだから。」
ああやってニコニコ笑顔で楽しそうにしてるのが俺の平穏に繋がるんだ。龍宮も機嫌の悪いアイツを見るとそんなことも言えなくなるさ。
「そういうものか。まあいいや、ボクも餌あげにいってくる。」
「ああ、いってこい。そんで感想聞かせろ。」
龍宮がキリンに餌を与える一部始終を見ていたがなんか嫌そうな顔してた。手を舐められでもしたのか?
「餌を与えるっていい体験だな。結構可愛かったしまたやってみたいかも。」
「いい体験であることは否定しない。」
しかし、あれを可愛いとはやっぱり思えないな。まあ、女子って何でもかんでもかわいいーっていう風潮あるからな。
でも、あれってかわいいーって言ってる私可愛いだから、龍宮はそういうつもりで言うタイプじゃないだろうし。
「じゃあ、何でちょっと嫌そうな顔してたんだ?」
「最初間近で見た時はあんまり可愛くないと思ったんだけど、餌あげてみるとだんだん可愛く見えてきてな。」
愛着が湧くみたいな感じか。知らねえけど。
「なんで動物ってこんなに可愛いんだろうね。ねえ、お兄ちゃん。」
「知らんけど、可愛いっていいことじゃん。」
「そうだよね。可愛いことに理由なんて要らないよね。じゃあ、次行こ〜!」
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