第3話

「お兄ちゃん!次あっち!早く行くよ!」


「へいへい。今行く。」


俺は今、妹と一緒に動物園に来ている。今日はバイトも休みだし、家にいても特にすることもないので適当に散歩でもしてようかと思ったんだが、家を出る直前に妹が動物園に行きたいと言い出した。


最初は断ろうと思ったが、特にやることもなかったし暇だったので、一緒に行くことになった。


「きゃー、パンダ可愛い!笹食べてる!」


妹はずっとこの調子でテンションが高い。元々動物は好きだったみたいだし、こうなるのも分かる。


「そうだな。結構可愛い。」


「もー、お兄ちゃんってばリアクションが薄いよ。せっかく動物園に来たんだからテンション上げてかないと!」


そう言われても、動物園って苦手なんだよな。動物は確かに可愛いと思うけどそれだけだ。特に好きな動物がいる訳でもないし、特段テンションの上がる場所も無い。


早くもパンダに飽きた俺は、辺り見渡してみる。見渡す限りに人がいる。その中で、やけに見覚えのある顔があった。


「お兄ちゃんどこ見てるの?」


「ん?ああ、すまん。ぼーっとしてた。」


妹に呼ばれて視線をパンダに戻す。あれって多分龍宮だよな...いやいや、一人でこんなところ来ないだろ流石に。男物の服だったし見間違いだな。


「ぼーっとしてる暇なんてないよ!ほら、パンダが今度はゴロゴロし始めた。お腹いっぱいになって眠たくなっちゃったのかな?可愛いー。」


パンダあざといな。完璧に人の心を掴んでやがる。俺も見習いたいものだ。


「もういいのか?」


妹はパンダに大興奮だったのに気づいたら次に向かおうとしていた。昔からそうだが、熱するのが早けりゃ冷めるのも早いんだ。


一つのことに執着しないと言えば聞こえがいいが、これに振り回される方の見にもなってくれたら言うことないのに。


「当たり前じゃん。他にもいっぱい可愛い動物たちがいるのに、パンダに構ってる暇なんて無いの。」


当の本人がこれだからな。俺はもうちょっとパンダ見てたかったのに、妹が移動すると言うなら仕方なくついて行くしかない。


しかし、さっき見た龍宮に似た女性がいたのは気のせいだったのか?まあ、最悪なのは鉢合わせることなのでいない方が断然嬉しいのは間違いない。


「おっ、見知った顔があると思ったらやっぱり君だったか。」


そう思った矢先、龍宮とばったり鉢合ってしまった。


「いえ、人違いです。俺はあなたのことなんて知りません。」


咄嗟に誤魔化して横を通り抜けようとしたが、上手くはいかなかった。


「誤魔化そうとしたってそう上手くいかない。ボクは君の名前を呼んでないのに君はボクを知らないと言った。君の隣にいる女の子の知り合いかもしれないのに。それは、君がボクを知っている証拠にならないかい?」


「お前が俺を見て言ったから、俺の事かと思ったんだ。」


何とか誤魔化せないかと画策してみたが、それをぶち壊すのがいるのを忘れていた。


「お兄ちゃんこの人誰?お友達?」


そう俺の妹だ。


「君には妹がいたのか。どうも、お兄ちゃんの友達...知り合い...いや、クラスメイトの龍宮八重です。」


大路萌花もえかです!八重さん!仲良くしてください!」


「こちらこそだよ。萌花ちゃん。」


ああ、終わった。もう言い逃れできなくなった。こうなるのが嫌だったんだ。


「一人で来たのか?」


「そうだが、なにか文句でも?」


文句なんかある訳ないが、なにか話をして気を紛らわさないと気が狂いそう。


「お兄ちゃん。八重さんとお話するんなら私一人で見て回っていい?」


「いいぞ。行ってこい。」


龍宮に自己紹介をした妹は、やることはやり終えたとすぐにどこかへ行った。


「天真爛漫な子だね。君とは正反対だ。」


「うるせえ。俺が暗いんじゃない。萌花が明るすぎるだけだ。」


「それに...あざとい。人の靡かせ方をよく知ってるみたいだ。君には申し訳ないが気が合いそうにない。」


「よくわかってるじゃねえか。」


やっぱ人のことよく見てるんだな。出会って一分程度で見抜ける奴がいるとは思わなかった。でも、よくよく考えてみれば、当たり前の話なのかもしれない。


「お前も似たようなもんだしな。」


龍宮だって学校じゃ似たようなことやってるから見抜けても不思議じゃない。


「ボクとは全然違うよ。」


「どこが?人の誑かし方をよく知っててそれを実行する。一緒だろ。」


どこが違うと言うのか。たけど、龍宮の表情からふざけて言ってるのでは無いと分かる。自分で理解しようと思えば思うほど、一緒のようにしか思えない。


「確かに、君の言ってることは正しいし、何も間違ってない。人の誑かし方を知っててそれを実行する。それは、君の妹と何ら変わりは無い。」


「だったら...」


何が違うんだ。と、言いたかった


「ボクのは後天的に身につけたものなんだ。一方で萌花ちゃんは先天的に身についていたもの。違うかい?」


「え?何?エスパーですか?」


何でそんなことまで分かるんだよ。俺も言われるまで気づかなかったけど、確かに昔からそういうところあったわ。龍宮が後天的だってのも納得だ。


人を見る目もここまで行くと人の心とか、人の過去とか読めるようになっちゃうの?え、弟子入りしたい。その力で占いやってぼろ儲けといきたい。だめですか?


「ダメだよ。」


「え?やっぱり人の心とか読めたり...」


「それはさすがに無いね。」


「じゃあなんで釘さしてきたんだよ。」


「君がよからぬ事を考えてそうだったからに決まってるじゃないか。わかりやすいんだよ君が。」


決まってるの?ねえ、そんなにわかりやすい?てか、よからぬ事ではねえよ。詐欺じゃねえし、当たる占いとして儲けんだよ。


「ん?あれ?あぶなっ。」


急に足に力が入らなくなった。龍宮の肩を借りて何とか踏みとどまる。


「大丈夫!?今人呼ぶから、一旦あそこに座って休んでなよ。」


「大丈夫だから、人は呼ばなくていい。座って休めば落ち着くから。」


「大丈夫じゃないだろ。顔真っ青だよ。」


やばい。吐き気まで込み上げてきやがった。一旦、日陰のベンチまで肩に寄りかかったままゆっくりと歩く。


「はっ...はっ...ふぅ。」


深呼吸を繰り返して少し落ち着いた。


「水買ってくるからちょっと待ってるんだ!」


そう俺に伝えて近くの自販機に走って行った。正直この状況で一人にしてくれるのは助かる。一人が一番楽でいい。


これも、久しぶりだからちょっときついけど、今回も大丈夫そうだ。


「ほら、水買ってきたぞ。」


「サンキュ。」


龍宮から貰った水をゆっくりと体に染み渡らせる。


「顔色悪いけど本当に大丈夫なのか?」


「心配性だな。ただの貧血だ。初めての事じゃないし問題ない。」


「わかったよ。君が貧血だって言うなら貧血だ。」


何を察したか知らないが、こういう理解の速さは非常に助かる。それから俺が回復するまで肩に寄りかからせてくれたのもありがたかった。

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