第19話 修羅場
ハリガネとヤマナカはゴリラ隊長に促され、シェルター内から外を確認すると顔面蒼白になった。
「こ、これはっ...!! 」。
「うわぁ...」。
先程までコンサートが開かれた広場は凄惨な光景に変わっていた。
広場の周りを囲む建築物は幾度なく空襲を受けた様に破壊し尽くされ、鮮血で溜まった血だまりが所々に見られる地面には多くの兵士達も血塗れになって横たわっていた。
「どうだ、お前等。戦地が恋しくなってこないか? 久々に戦友との再会なんだから、ちゃんと挨拶しとけよ」。
「せ、戦友...? 」。
ゴリラ隊長の言葉に、二人は怪訝な面持ちで広場の中心を陣取っている集団を凝視した。
(先輩って、あのステージ上を乗っ取ってる輩くさい世紀末みたいな人達ぃぃいいっっ!? こんな人達が王国兵士だった時にいたわけ...あ)。
何かを思い出したハリガネはあんぐりと口を開け、その見覚えのある男達を見つめていた。
ステージの上を陣取っている約三十人の集団は、歩兵部隊に所属していた“元”兵士達であった。
(うわぁ...思い出した...。確かに王国兵士だった人達だ。ほとんどの人が不祥事や素行不良で除隊処分になったけど...)。
ハリガネが王国兵士として仕えていた時代に面識がある元兵士達は、ステージ上で自身達が身につけている武器を確かめている最中であった。
「おぉ~!! 」。
シェルター内から姿を現したハリガネとヤマナカに気づくと、彼らは緊張感のかけらも無い様子で呑気に手を振っていた。
「おぉ~!! お前らぁ!! 生きてたかぁ!! そうか、お前らもいたのかぁ~!! それじゃあ、前の方はよろしく頼むぜぇ~!! 相手が魔法を使おうが関係ねぇ!! 位置がバレなきゃ、あっちもタダの人間だからな!! 余裕で仕留められるだろ~!! 」。
(ディ、ディメンションさん! この人も参加するのか...)。
黒のフチあり帽子を目深に被ったディメンションは、ライフルを肩にかけ煙草を吸っていた。
「ディメンション、ライター貸してくれ。マッチが無くなったんだ。しかし、最近の奴等は戦闘での立ち回りがなってないな。こんな建築物に囲まれている中で、広場へ集合したら撃ち放題だ。ところで倉庫から失敬したんだが、丁寧に八倍スコープが備えられていたぞ。誰か使うか? 」。
(レッドフィフティさんもいたのか...)。
ニット帽を被ったレッドフィフティはディメンションからライターの火を分けてもらい、煙草に火を点けながら周囲に呼びかけた。
「...俺にスコープなど必要ない。全て想定された中で狙撃を実行すれば良いだけの事だ...。それだけで事足りる」
(こ、コレコサーティーワンさんも参加してるのか...。狙撃のスペシャリストが揃っているとは...。街中の銃撃戦ではかなり強力だな)。
角刈りで凛々しい太眉が印象的なコレコサーティーワンは腕を組み、集団と少し離れた位置で壁に寄りかかっていた。
「もう倉庫から武器は頂戴しちゃったから...グフフ!! さぁ~! さぁ~! シェルター内で怯えてるカワイ子ちゃん達を慰めに行ってあげようかなぁ~? おじさん達そんな怖くないよぉ~! 」。
(うわっ、エドガー先輩もいるよ...。この人は直属の先輩兵士だったからな~)。
赤いジャケットを羽織ったエドガーが舌なめずりをしながらシェルターの入口を覗いていた。
「そうそう! そんな怖くないよぉ~! おじさん達と一緒に王様ゲームなんてどぉ~?? グフフ!! 」。
(ジェリーランさんも先輩だな...あの二人はやりづらかったな。任務そっちのけで余計な事ばっかしてたからな~。それが原因で王国軍から除隊処分になったんだけど。あ、今日はハンマーで先輩の暴走止める相棒はいないんだ)。
シェルター内にいる修道女達は、エドガーとジェリーランの発言を聞いて顔を強張らせていた。
「僕、ちょっと疲れたから寝てるねぇ~。行く時に起こしてぇ~。グォオ~!! 」。
(ヨコスカは後輩だが、射撃が人間離れしてたな。...怠け者だけど。つーか、相変わらず寝るの早過ぎんだよ...)。
ヨコスカは眼を閉じてステージ上に横たわった瞬間、いびきをかき始めた。
「おう! ハリガネ! お前も行くのか? 後方は任せとけ! 催涙弾とか火薬とかをしこたま備えてきたからよぉ~! 久々の戦闘だからって下手こいて死ぬんじゃねぇ~ぞ! 」。
(おお、同期のライか。随分と久しぶりだな)。
ライは持ってるパチンコをハリガネに見えるよう大きく振っていた。
「ハリガネッ!! 今回は狙撃隊が大きく占めているッ!! それだけに剣士である俺達の誘導が大事になっていくぞッ!! 腕は鈍ってないだろうなッ!? 」。
(イ、イエモン先輩っ...!? 懐かしいな~、戦線では先陣を切って突撃しては敵国の防衛部隊をことごとく壊滅させた名剣士だったな。たまに単独でどっか行っちゃうのが玉に
袴姿のイエモンは鞘から太刀を抜き、刃を睨みながらハリガネに言葉をかけた。
「隊長ぉ~! 早く現場へ行きましょうよぉ~! 特にカジノと銀行は警備が手薄になってるんで、侵入するなら今がチャンスですよぉ~! 」。
(げっ、カメアリ先輩っ...!! アンタは憲兵じゃなかったかっ!? そんな事言っていいのかよぉ~! )。
ステージの周りでたむろしている大柄で厳つい男達もハリガネに手を振った。
「お~い!! 俺等の事覚えてるかぁ~!! さっき変なオッサンにやられたから胸糞悪いんだわ~!! まだイライラが収まんねぇし、俺等も現場行くからな~!! 」。
(あ、パブの用心棒達だ。オーナーが向かうように言ったのかな? )。
用心棒達は倉庫から調達したのか、ライフルやサブマシンガンの状態を確かめていた。
「う...うぐぐっっ...!! 」。
兵士はその光景を見て悔しそうに睨みながら歯軋りをしていた。
「今から仲間に呼びかけようとしても無駄だぞ。ここら辺を警備してる奴等は全員片づけたからな」。
「き、貴様等ぁぁぁぁああああああああああああああああああッッッ!!! こんな事が許され...」。
すっかり激高した兵士は、ゴリラ隊長の方に向き直った時...。
ダァァァアアアアアアアアアアンッッッ!!!
「がぁっっ...!! 」。
兵士の顔面に弾が直撃し、後方へ倒れ込んだ。
「...ッッッ!? 」。
「キャァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!! 」。
悲鳴と混乱の中、サングラスを着用した男が拳銃を構えながら魔法陣から現れた。
「あ~あ! 遅かったかぁ~! 」。
(カ、カワチャン副隊長!! あ~、よかった! 間に合ったぁ~! でも、何で兵士を撃ったんだ? )。
ハリガネはカワチャン副隊長の姿を見て安堵した。
「しっかし、こりゃ派手にやってくれたな~! これじゃ、現場に急行した憲兵や特殊治安部隊と連絡取れないわけだわ。うぇっ...! 血生臭ぇ...」。
カワチャン副隊長はサングラスを外し、外の風景を確認しながら銃口から出ている煙を息で搔き消した。
「馬鹿、来るのが遅ぇんだよ」。
ゴリラ隊長がカワチャン副隊長にそう言いながら...。
ダァンッッッ!!!
メガネの後頭部を突きつけている拳銃を、背中の方にズラして発砲した。
「...ガハッッ!? 」。
銃弾を受けたメガネも気を失い崩れ落ちた。
「ち、ちょっと貴方達ッ!? 」。
「黙れ、女。...死にたいのか? 」。
「うっ...!! 」。
ゴリラ隊長に拳銃を向けられた主任は、絶句して再び黙り込んだ。
「おいおい、殺しちゃって大丈夫かよ? コイツ、特殊治安部隊の隊長だぞ? 」。
ゴリラ隊長が倒れた兵士を見下ろしながらそう返すと、カワチャン副隊長は呆れたように肩をすくめて首を横に振った。
「俺はお前みたいに無駄な殺生はしない。この銃良いだろ? 王国医療研究所で開発された新型の睡眠弾だ。一発だけでも即効性があって、しばらく起きないらしいぞ? 」。
ゴリラ隊長はカワチャン副隊長の言葉を聞くと頷きながら自身の握っている銃から実弾を取り出し、それを眺め始めた。
「ほ~ん、前線から試しに持ってきてコイツを撃ってみたが、これはかなり使えそうだな。でもよ、お前は顔面当てたらさすがに後遺症残すだろ? 」。
「当てたのは眉間じゃなくて頬な。多分大丈夫だろ~」。
「適当だな~」。
「それよか、お前本気で行くみたいだな」。
「決まってんだろ」。
「分かった」。
カワチャン副隊長はサングラスをかけ直し、魔法陣の方へ戻っていった。
そして、皆に背を向けたまま足を止め、魔法陣の正面に立った。
「『連絡の途絶えていた後方部隊は既に襲撃され、応援で現場へ急行した関連部隊は全滅した。至急、各部隊現場へ急行すべし。現在、前線との移動通路として使用している魔法陣は反乱者の侵入を防ぐため遮断し、各部隊直接現場へ急行せよ』。これをあっちに伝えておけば時計塔周辺を囲っている前線も下がってやりやすくなるだろう」。
「え...? 」。
ハリガネは眉をひそめてカワチャン副隊長を見つめた。
「相棒...」。
「ここの連絡網も時間作って塞いでおくから早く現場に行け。しばらくしたら、すぐに応援部隊が向かってくるぞ」。
「すまない」。
ゴリラ隊長に詫びを入れられたカワチャン副隊長は深い溜息をついた。
「あ~あ、多分俺も軍にはいられないだろうな~。まぁ、いいや...。絶対に悔いは残すなよ。さっさとノンスタンス潰してこいや」。
カワチャン副隊長は親指を立てたまま、光り輝く魔法陣の中へと消えていった。
(オイオイオイオ~イッッ!! そ、その場の雰囲気に合わせといて絶対逃げたよぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっっ...!! あの副隊長ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおっっ...!! もう色々と面倒臭くなって諦めちゃったよぉぉぉおおおおおおっっ!! 絶対そうだっっ!! )。
ハリガネは啞然としてカワチャン副隊長が消えていった魔法陣を見つめていた。
一方、ゴリラ隊長は拳銃を懐にしまい、カワチャン副隊長が通った魔法陣に敬礼した。
その時、カワチャン副隊長が早速裏工作をしたのか、その魔法陣はハリガネ達の前から姿を消した。
ゴリラ隊長が魔法陣が消えたのを確認すると、即座にハリガネとヤマナカの方へ向き直った。
「さて、時間もないッ!! お前らはどうするッ!? ただ、お前らはもう軍人じゃないッ!! “意志”があるのであればついてこいッッ!! 」。
ザァス...ッッ!!
ゴリラ隊長はそう言いながら腰に携えている剣を鞘から抜き、地面に突き刺した。
思い通りな展開となり自分に酔っているのか、ゴリラ隊長は何故か妙に誇らしげな顔をしている。
「か、感動いたしましたっ!! 隊長っ!! 国防のために出動したにもかかわらずっ!! 戦場に背を向けていた自分が非常に恥ずかしいですっ!! この武道家っ!! ヤマナカ=マッスルも参戦致しますっ!! 」。
すっかり感化されたヤマナカは涙を流しながらゴリラ隊長に向かって敬礼した。
どうやら、この展開に酔いしれているのはゴリラ隊長だけではないようだ。
「...」。
それに反して、ハリガネの気持ちは冷めていた。
(ヤマナカの奴、すっかり流されやがって...。“意志”だって? 俺はただ店からの依頼でここにいるだけだから、隊長達と出動したってあんまりメリットが無いし...。つーか、逆に反逆者扱いされて国に追われる側になっちまうだろうがっ!! そんな騒ぎ起こしたら王国軍が鎮圧のために全勢力挙げて出動してきて、最悪戦死か死刑も免れなくなるぞっ!? 冗談じゃないっ!! )。
「勇者ッッ!! お前はどうなんだッッ!? 」。
ゴリラ隊長に決断を迫られたハリガネは、咳払いをして冷静を装った。
「え~、隊長...。恐れながら...」。
ハリガネがそう言いかけた時...。
パッパッパラ~!! パッパッパッパ~!!
パ~パ~パラ~!! パッパッパラ~!!
パラリラ~!! パラリラ~!!
外からラッパの音と魔獣の鳴き声が聞こえてきた。
「...むっ!! もう軍からの応援が来たのか?? 」。
ゴリラ隊長は険しい表情で外を出た。
「こ、このゴッドファーザーのラッパ音はもしかして...」。
ハリガネも恐る恐るシェルターから外へ出ると、数十頭の魔獣が上空を舞っていた。
「あっ!! いたいた!! やっと見つけたぜ~!! ハリガネ~!! もう時計塔の方に行ったのかと思ったよ~!! 」。
黒い竜族らしき魔獣がハリガネの目の前に着陸すると、その魔獣に乗っているミドルがハリガネに手を振っていた。
「ミドルっ!? お前、何でここにっ!? 」。
ミドルは魔獣から降りてハリガネ達の下へ駆け寄ってきた。
「へへへ、お前が傭兵として向かう事になってたから、急いで店に戻って色々調達してきたんだぜ~。武具屋のおっさん達にも話したら、結構良さそうな防具と剣を出してもらったからさ~。ちなみに代金はさっき預かったお金から引いといたからな~」。
「お前、また余計な事を...」。
「何言ってんだ~。国の一大事だぞ? そんなパブにあった有り合わせの武具じゃあ使い物にならないでしょ? それに途中でゴダイさんに拾ってもらえたから間に合って良かったわ~」。
「やっぱりゴダイさんか...」。
ハリガネがそう呟いて溜息をついた時、坊主頭の男もゴーグルを外しながらミドルに続いてハリガネ達の下へやって来た。
「久しぶりじゃのぅ~! 勇者と“ガレージ”の隊長ぉ~! 」。
「お、お久しぶりです」。
「ゴダイ、元気そうだな」。
「道具屋のせがれが勇者も現場へ向かうって聞いてのぅ~! わしも騎兵隊出身じゃけぇ、当時の隊員呼びかけて応援に来たわい! 」。
ゴダイと呼ばれている中年の男は、カッカッカと笑いながら煙草を口にくわえて火をつけた。
ゴリラ隊長は深く頷いた後、ハリガネの頭に自身の掌をポンと置いた。
「何だ、お前。しっかり準備しているんじゃないか。そうか、シェルターでの待機は戦闘準備のためか...。なんか、すまなかったな...。さっきは殴ったりして」。
「...フッ」。
ハリガネは瞳を閉じ、大きな溜息をつくと不敵な笑みを浮かべた。
「あ~あ、バレちゃったぁ~。せっかく一人でノンスタンスを潰して手柄を横取りするチャンスだったのに、やっぱりゴリラ隊長の方が一枚上手だったか~。さて、時間も無いからさっさと準備してきま~す!! 」。
ハリガネはそう言いながらミドルから物資を受け取った。
「ふっ...。生意気な。さっさと準備してこい」。
「隊長、終わったら隊長の故郷のモロミスにある、あの酒場で一杯やりましょう!! 」。
「おうッッ!! 奢ってやるぞッッ!! 」。
ハリガネはゴリラ隊長と言葉を交わしてシェルター内へ戻り、せっせと武装を始めた。
そんな中、さっきまで浮かべていた余裕の笑みは何処へやら、ハリガネの表情が次第に曇っていった。
(みんな戦う気満々だから、その場の雰囲気に合わせたけど...。どうしようっっ...!! 俺、犯罪者になりたくないっっ!! う~ん、どうしよ...。マジでどうしよぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!! )。
冷や汗をかきながら防具を装備する真っ青なハリガネを、シェルター内にいる者達は心配そうに見つめているのであった。
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