第16話 あ、俺終わったわ


ハリガネとヤマナカがゴリラ隊長から身を隠し、コソコソと会話している最中ステージで歌っていた修道女達がシェルター内にぞろぞろと入ってきた。


「いや~、怖かったねえ~。ここなら安全だから、ゆっくりしててね~。今、お茶とお菓子持ってきますからね~」。


眼鏡をかけたおかっぱ頭の男が、笑顔で修道女達をもてなしていた。


男は黒いローブを着用している修道士とは異なり、深緑のローブを羽織っていた。


(...ん? あの男は...)。


その男がテーブルを出したり椅子を出したりと、慌ただしくシェルター内を動いている姿をハリガネは凝視していた。


「はいは~い! お待たせしました~。このお菓子とっても美味しいから食べて食べて...おっ!? 」。


ハリガネがその男と目が合うと、男は驚いた様子を見せながらハリガネの方へ近づいた。


「おお~! ハリガネとヤマナカ! 久しぶりじゃ~ん! シェルターの入口で何してんの? 」。


「シッ...!! 」。


ハリガネは自身の唇に人差し指を当て、男に静粛を促した。


「え、なになに? どうしたの? 」。


「とりあえず、奥の方で話そう...。ヤマナカもちょっと来て」。


ハリガネは不思議にそうに小首を傾げる男とヤマナカと共に、シェルター内の隅っこにあるテーブルへ移動した。


「ふぅ~、いやさぁ~。ここに俺達がいるって知られたら厄介だからさ~。あの状態になったら何するか分かんないし、あの人...」。


ハリガネは椅子に座り、入口を見つめながらそう答えた。


「あぁ~、ついにやってくれたね~。おたくの隊長~」。


ハリガネを様子を察した男も、笑いながら入口に視線を送った。


「...とは言っても、俺達はもう除隊したからあんまり関係ないけどね」。


「えぇ~? あんなにエキサイトしてるゴリラ隊長の目の前でそんな事言えるの~? 」。


「だから隠れてんじゃないかよ。ただでさえ軍の中にいた兵士時代からずっと無理難題押し付けられ続けてきたのに、これ以上面倒臭い事に巻き込まれるのは御免だよ。もう関わりたくねぇよ」。


心底から嫌そうにそう答えたハリガネに、男は手を叩いて笑った。


「はははっ!! ところで、ハリガネ達はずっとここで待機してるつもり? 人数も足りてるし、前線への出動命令はなさそうだと思うけど...あ! もしかして彼女達目当てで残ってるとか? ハリガネもいい歳なのにやっぱり若い子が好きなんだな~! でも、修道女は恋愛禁止だからね~! 」。


からかう男にハリガネは苦笑しながら首を横に振った。


「違う違う。俺は傭兵として参加してるから、事態が収束しないと報酬の絡みもあるから帰れないんだよな。だからここで待機してるの」。


「あぁ~、傭兵ってことは企業や団体とかに依頼されて? 」。


「いや、新しくオープンしたパブのオーナーに頼まれた。俺、そこで用心棒やってるんだわさ」。


「うん、ツッコミどころが色々あるんだけど...。まず、何でパブのオーナーにそんな依頼されたの? 」。


「国の治安保全に貢献しろみたいな事を言われたんだが、まぁ、要するに良い宣伝文句になると思ったんじゃないか? そこは今日がオープンデーだからな。俺自身も別ギャラが発生するから都合がいいし~」。


「ほうほう、それで傭兵の活動しながらパブの用心棒やってるわけ? 傭兵ってその専門の企業とか団体とかに勤めてるっていうイメージがあったんだけど~」。


「関連団体は辛うじていくつか残ってるけど、傭兵関連の企業はもう無い。法律で設立も運営禁止になったからな」。


「あれ? そうだったっけ? 」。


「何年か前に、傭兵派遣会社が経営難を理由にノンスタンスを含めた国家反逆集団や賊団に対し、傭兵の派遣と武具を販売していた事が発覚して経営者と責任者が処刑された事件がありましたっ! その事件を皮切りに複数の傭兵企業や団体が、その反社会的集団に物資供給や戦闘指導を行い金銭を受け取っていた事実が発覚し、多くの傭兵関連の組織が摘発され消滅しましたっ! 」。


ヤマナカがそう説明すると、その事を思い出した様子で男は何度も力強く頷いた。


「あぁ~! はいはい“魔の月曜日事件”ね~。あの事件って平民院の国会議員も繋がってたんだよね~。あれはずっとニュースになったもんな~」。


「そうそう、それで国家反逆者対策法が改正されて“傭兵関連の会社の設立及び運営の禁止、団体も政府監視の下で活動する事に限り認める”って定められたから、かなり傭兵側としては面倒臭くなったよ。まぁ、傭兵の身分としては“個人”での参加のみ国内外でも認められると法律上はなってるが...」。


「それはポンズ王国内での話で、国外に関してはその国の法律に従うっていう意味でしょ? 」。


男の言葉にハリガネは頷いた。


「そういう事もあって、傭兵の仕事は“グッバイワーク”とかの職業支援機関や王国軍本部からの手続きからじゃないと認められなくなったのよ。残った傭兵関連の団体も仕事の依頼する事が出来なくなったから、実質自治会とか同好会みたいな集まりに成り下がっちゃったしな。何年か前までは、傭兵の仕事でも何とか生活できてたんだけどな~。でも、最近は魔術とか魔法が発達してるだろ~? 」。


「うんうん」。


「この国だけじゃなくて隣国も魔法とかに重点を置いてるから、王国も周囲の諸国も魔法が使える兵士が主力なんだよな~。やっぱり、俺みたいな物理攻撃しかしない戦士職の人間は使われないのかね~。そのせいかどうかは分からんけど、最近は傭兵の仕事も魔獣狩りの依頼も全然無いしなぁ...。それで、今は単発の仕事で食いつないでる状態だよ...」。


ハリガネはそう言って溜息をつきながらテーブルに突っ伏した。


「てか、ハリガネって狩猟士ハンターもやってるんだ~」。


「ああ、除隊してからは傭兵やりながら魔獣狩りの仕事で生計立ててたよ。よく、王国に魔獣が侵入してた時があったろ」。


「あ~、はいはい結構前にあったね。国境近くの市とか被害が酷かったやつね」。


「あの時がピークだな。皮剥ぎとか部位をバラすの手伝ったりとかして、あれは結構オイシイ仕事だったんだが...」。


「今、そういう話とかないの? 」。


「今は魔力強化された塀で領地を囲ってるから魔獣に襲われる心配はないし、生態や気候変動のせいか国の周辺も野生の魔獣がいないからな~」。


「じゃあ、狩猟の仕事も今は無いんだ~。ところでさっきパブから依頼受けたとか言ってたけど、それは法的に大丈夫なの? 」。


「俺的には個人として自衛に参加してるから問題ないと思ってる」。


「ほう~」。


「傭兵の仕事というよりは、店側の王国に対する奉仕支援として国家自衛に参加した思ってるから。もし、何かあったら店のオーナーに行けって言われたから参加したって言うし。まぁ、緊急事態だからそこら辺は王国に突かれない気がするけどな~」。


「あの法律って、そこらへん辺もガバガバだよね~。傭兵会社はアウトでそれ以外の企業や店はどうなんだっていう話だよね~」。


「反逆者との関係性と企業の事業自体が傭兵会社ではないけど完全に傭兵を利用して事業してる事、山賊とかの反逆集団と取引した事を取り締まる側が立証する必要があると定められてるから基準は一応あるみたいだな。そういう件もあって、狩猟の業界も今は結構厳しいんだよな~。需要も無くなってきたし」。


「あぁ~、知ってるよ。武具も売れなくなったし、武具屋が潰れたり他の企業に買収されてるんだろ? 」。


「そうそう。まぁ、そういう事件とかもあって、あれ以降は完全に傭兵や戦士職のイメージが悪くなったな。それで傭兵としても仕事が無くなっていったという事さ」。


「いや、その頃から既に剣の時代じゃなかったじゃん。今のポンズ王国を護るのは魔法と神への信仰だよ~」。


「あ、そうそう。それでさっきから気になってたんだけどさ~。“メガネ”さ~、お前も今は修道士として後方部隊で活動してんの? 」。


「あ、これ? 」。


メガネと呼ばれている男は、ローブの袖を見せるとハリガネは小さく頷いた。


「いや、俺は今魔術師として王国軍の施設部隊に配属してるよ。修道士と若干ローブ違うでしょ? “ノット・ガールズ”が王国軍から教団の組織になる前に施設部隊へ異動したのよ。施設部隊も今はこういうシェルターとかバリケード設置しなきゃいけないから、魔術の習得には結構苦労したんだよね~」。


「お前、もともと後方部隊の兵士だったのに凄い変わり様だな~」。


「あっはははっ!! ハリガネは俺がブツブツ愚痴をこぼしながら資材運んでるところしか見た事無いもんなっ! 」。


「つーか、メガネって魔法使える適性があったのか? 」。


「実はあったんだよ~。ばーちゃんがもともと魔法使いだったから、その血を受け継いでたみたいだ。だから魔力を出す事は簡単なんだけど、そうは問屋が卸さないわけよ~」。


「ああ、魔法陣か~」。


ハリガネの言葉にメガネは深く頷いた。


「そっ! 魔法を出す事自体は練習を重ねれば可能なのよ~。それに魔力も出せなくても魔導書とか道具に頼れば一定の効果に限られてしまうけど、魔法自体は出せるからね~。でも魔法陣は陣形や文字の解釈を理解した上で、放出した魔力からちゃんと書かないと魔法が発動しない。これが難しいんだわ~」。


「でも、魔法陣を使いこなせたら最強なんだろ? 知り合いの魔術部隊に配属してる魔術師から聞いたんだけどさ~」。


ハリガネの一言に、メガネは再び深く頷いた。


「それは間違いない。魔法陣の構造を理解するとその魔法そのものを強化する事が出来るし、場合によっては独自の魔法を生み出す事も可能になるからな。あと、魔力の強さと技術の高さに比例して杖とか魔法道具を使う時より強力な魔法が使える事も出来るな。勿論、魔法陣が使いこなせる前提の話だけどね~」。


「あ、あのっ! ご説明中大変申し訳ないのですがっ! 私は武道家ゆえにその道は疎くっ! メガネ先輩に質問させていただきたく存じますっ! よろしいでしょうか? 」。


「いいよ~! なになに~? 」。


メガネは身を乗り出してヤマナカにそう言った。


「先程から“魔法使い”や“魔術師”という言葉の使い分けが、私には理解が出来ませんでしてっ! 」。


「あぁ~、そういう事ね~。まぁ、魔法使わない人間からすると肩書きっぽく捉えられちゃうけど、職業としての線引きはされているのよ。まず、魔力を使えない人間も魔術道具を操って魔法出せたら“魔法使い”っていう分類に入る事が出来るのよ。魔導書だってあらかじめ魔力で刻印された魔法陣や文字に沿って間違えなく唱えた上で、魔力を引き出せる杖とかを使用すればちゃんと発動出来るはずだからね~」。


「ほぉ~! 魔力を持たぬ人間は魔導書と杖を使いこなす事によって“魔法使い”になれるんですねっ? 」。


「そうね~、昔は魔導書と杖を同時に使わないと発動が出来なかったんだけど、今は技術も発達してるから魔導書に記してある魔法を杖に記録した上で、その杖のみで魔法を発動させる事も出来るようになったんだよね~。杖の他にも武道家が主に使うグローブや、剣士が使う魔力の入った剣とか魔術道具にも色々あるんだよ。それで、その魔法を職業に用いて生活していく人間を“魔法使い”っていうんだね~。実際、“魔法使い”の中には魔法陣を作れない人もいるしね。踊ったり詠唱したり道具を使ったりと“魔法使い”は多種多様なんだよね~」。


「ほう! 確かに武道家を含めた戦士の中にも魔法を使う者がおりますなぁ~! 」。


ヤマナカは納得したように何度も頷いた。


「一応、魔法を使う戦士も今は“魔法使い”に区分けされてるが、これからは“魔術士”っていう呼び名に統一するべきか議会で話題になってるな~」。


「でも、あれだろ? 貴族院が反発してるんだろ? 特に騎士団を支援してる議員がさ~」。


ハリガネがテーブルに置いてあるクッキーを頬張りながらそう問うと、メガネは両目を閉じて腕を組んだ。


「ん~、貴族院というよりは貴族院内での争いだな~。院内の政党で意見が割れてるみたいなんだよね~。魔術師を支持する労働党と騎士団を支持する保守党の中でね~。それで、実質的に名誉職みたいになってる騎士職は意味ないからついでに廃止にしようとかいう話もしてたね~」。


「あ~、騎士団か…。そうだな、騎士も魔法が使えるからな~。どうせ、サクラダ卿が猛反発したんだろう~」。


ハリガネが欠伸しながらそう言うと、メガネはまたしても手を叩いて笑い出した。


「はははっ! 正解っ! 正確に言うとサクラダ閣下は政治家じゃないから議員である父親や保守党の議員に頼み込んで、議会で異議を唱えてもらっていたらしいんだよ。間接的にね~」。


「あぁ~、それは知ってる。ニュースで見たわ。マスコミの前で言ってたなぁ~。『騎士ナイトは高貴なる戦士。そんな騎士の称号が無くなるなんて...。悲しい! 恋しい! 僕セクシー! オッケイ!! 』って」。


ハリガネがそう言うと、メガネの笑い声は一層高くなった。


「あっはっはっ!! そうそう!! ...えと、どこまで話したっけ? 」。


「“魔法使い”の事に関してお話をしていただきましたっ! 」。


ヤマナカの言葉にメガネは頷き、テーブルの上で両指を組んだ。


「はいはい! そうね~、“魔法使い”は魔法陣が使えなくて、魔力が出せる出せない関係なくても目指せる職業であるということだね~。まぁ、魔力が出せなくても魔法を用いた職に就くためには、魔術関連の資格を所持していなければいけないんだけどね~」。


「ほうほうっ! 」。


ヤマナカはメモを取りながらメガネの話を聞いていた。


メガネはテーブルに置かれたお茶を口に含ませ、間を置いてから次の話を切り出した。


「それで“魔術師”の話か...。“魔術師”は一言で表すと本当に魔術のエキスパートだよ。なんせ、魔法を発動する上での“核”である魔法陣を使いこなすからね~。まず、魔法陣を構築するには魔力が出せないといけないしね~。さっきも触れたけど、魔法陣の構造を理解できれば魔術の強化やオリジナルの魔術を生み出す事が可能になる。かなりの知識と技量が必要だけどね~。例えば...」。


メガネは人差し指から白光の魔力を放出し、すぐ隣のシェルター壁に魔法陣を素早く描いた。


「この壁に描かれている魔法陣はちょっと陣形が乱れてるせいで、耐久性が劣るから正確な陣形を今描いた。次に、この壁を作った元の魔法陣を魔力で呼び出す」。


メガネはそう言いながら、壁に手を当てて金色に光る魔法陣を呼び出した。


「それで、この魔法陣にバツを被せて無効化にすると俺の魔法陣が発動する」。


メガネが金色の魔法陣の上からバツ印を書くと、その魔法陣は消えて無くなりメガネの描いた白色の魔法陣の輝きが一層増した。


そして、紫色だったシェルターが赤色に変化した。


「こんな感じで魔力が使えると、魔法陣を呼び出したり消したり上書き出来たりするわけよ~。ただ、魔法にも力量の差が関係していて、先に魔法陣召喚した魔術師の魔力が強いとその人より魔力の弱い人間がその魔法陣を改造したり消そうとしても跳ね返される。これあるあるなんだけど、意地張って大した魔力もない魔法使いがちゃんと詠唱したり条件クリアしても魔導書から魔法発動出来ないのは単に魔力が弱いだけ。強力な魔法を発動させるためにはより多く魔力を消費させる必要があるんだ。魔法に注ぐための魔力が少ないと、その魔法は当然発動させる事が出来ない。ちなみに、魔導書の正式な魔法陣を不正の目的で改造したりするのは法で禁じられているよ」。


「あのっ! メガネ先輩っ! 先程、魔力に関してお話いただきましたがっ...! 魔力という力は、適性の無い人間は出す事が不可能なのでしょうかっ? 」。


ヤマナカの問いにメガネは間を置き、自身の顎を撫でながら考える仕草を見せた。


「魔力のない人間のことだよね~。いや、“可能ではあるらしい”。これもまだ色々と科学的に解明されていないことがあるからはっきりとは言えないんだけど...」。


「確か、ミイラ隊長は適性あるから魔力が出せるんだよな? 」。


ハリガネは外で起こった出来事を思い出していた。


「ああ、隊長と副隊長は魔力出せるらしいね~。コントロールがまだ難しいから杖使ってるらしいけど...。ただ、ミイラ隊長から聞いた話なんだけど、魔力の適性が無い修道士がある日魔力が出せるようになったっていう例が何件かあったらしい。それに関しては、一緒に修道院内で神への祈りとか清めの儀式とか教団での活動を義務付けられているから、聖書とかで力を得たんじゃないかって事らしいんだけど如何せん根拠が分からないからな~。現時点では何とも言えんね~」。


「普通の人間が、魔力を操れるようになるケースっていうのは聖職関連の人間だけか? 」。


ハリガネが問うと、メガネは眉間にしわを寄せて考える素振りを見せた。


「う~ん、他には魔獣狩りしながら旅してた剣士がいつの間にか魔力使えるようになってたとか、ヤマナカみたいな武道家が凶暴な魔獣を狩ってその肉を食べたら魔力が出せるようになったとか、そんな話くらいかな~。あんまり護る信じられないし、結局は血筋なんじゃないかな~って思うんだけどね~。“ポンズ王国を護るのは魔法と神への信仰”とは自分で言ったけど、その神の教えというのもあんまりピンと来ないしなぁ~。ここは修道士とかいるから、あんまり大きな声で言えないけどな~」。


メガネは周りを見渡しながらそう言った。


「そうそう、その話も聞きたかったんだよ。何でお前は後方部隊から施設部隊の方へ移ったんだよ? 」。


ハリガネの一言に、メガネは苦笑いを浮かべて頬杖をついた。


「後方部隊が教団に吸収される話は俺が異動する前からあってね。教団側の組織になったら修道士に転職することになるのは必然的だったし、何か柄じゃないと思ったからね」。


「お前の祈る“神のご加護があらんことを”なんて誰が信じるんだよ。お前が民衆を騙してインチキカルト宗教を立ち上げる方がまだ信じられるわ」。


ハリガネの一言に、メガネは腹を抱えて笑った。


「はっはっはっ!! 酷いなぁ~! いや、そりゃ分かってるよ俺も。ただ、修道士はちょっと違うと思って王国の本部と相談して施設部隊の方に異動したのよ。それで魔力の適性もあるから部隊の研修をしながら魔術の勉強して資格も取って、何とか仕事も出来るようになって今に至るって感じかな~」。


「へぇ~、じゃあ、メガネとしては今が充実してる感じ? 」。


メガネは当時の事を思い出しながら天井を見上げた。


「ん~、そうだな~。俺には合ってるかもしれないね~。後方部隊でも物資運搬の他にも武器の修理とか整備も担ってたからね~。あれはあれで武器の構造とか知れて面白かったけどね~。それが施設部隊において戦闘用トラップフィールドの開発とか、魔法陣を利用した施設の建築に関われる部分で活きてきたからね~。俺、前線の方に行きたくなかったからさ~。何だかんだで、地味だけど細かい作業とかが好きだったから向いてるのかもね~」。


「なるほどな~」。


「てかさ、ハリガネも兵士の最後らへんに歩兵部隊から施設部隊に異動したんじゃなかった? 」。


「う...ん...」。


メガネの問いに、ハリガネは頷きながら気まずそうな表情を浮かべた。


「...もう十年くらい前だけどな。親父の件もあって上層部の方からの命令で施設へ移った。俺は...。まぁ、合わなかったな~」。


「あぁ~、そうか。合わなかったんだ」。


「俺、お前みたいに器用じゃなかったんだよ。色んな物壊しまくっちゃってな~。最終的には解体とかの業務やってたんだけど単調な仕事ばっかだし、やりがいのある仕事って感じじゃなかったからな~」。


「うん、お前のやりがいって人と魔獣を殺すことだもんね」。


メガネがそう茶化すと、ハリガネは真顔で携えている剣を抜く素振りを見せた。


「ち、ちょっと...!! ちょっとっ!! 冗談だってっ!! 」。


メガネは慌てて両手を前に突き出し、ハリガネをなだめた。


ハリガネはそんなメガネの様子を見て、深い溜息をつきながら頬杖をついた。


「まぁ、ずっと幼少期から戦士としての教育を受けてきたからな。あながち間違いではないな。それで歩兵部隊への復隊も認められないで、結局は除隊する事になったってわけさ。当時はまだ諸国との戦争や反逆軍の内乱とかあったから戦士の需要もあったし、ちょうど魔獣狩りブームもあったから王国軍から抜けてもやっていけるだろって楽観的に考えてたな...。結構、業界の羽振りも良かったんだけど、気づいたらそっちの仕事も無くなっていったしなぁ~。はぁ~」。


ハリガネのうなだれる姿にメガネは苦笑した。


「俺もお前の親父さんの事は知ってるけどさ~、自分でも何年かすれば国に請求された賠償金も簡単に返せるってその時は思ってたって事だろ~? まぁ、当時は傭兵と狩猟の仕事もあったからな~」。


「...」。


メガネの言葉に、ハリガネは無言で頷いた。


「それで、賠償金どのくらい残ってるの? 」。


「...」。


ハリガネは一言も発さず、指を立ててメガネに答えた。


「四億? 四千万? 」。


「四兆ゴールド」。


仏頂面でそう答えるハリガネに、怪訝そうな表情をするメガネと目を丸くして驚愕するヤマナカ。


「え? ゴールドってポンズ王国の通貨じゃないよね? どこの国のゴールド?? 」


「この国のゴールドに決まってんだろ」。


苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるハリガネは吐き捨てるようにそう答えた。


「いや...。そもそも、お前の作った賠償金じゃないじゃん」。


「当人は王国から追い出されていないから、相続って形で引き継ぐことになっちゃったんだよ...。俺だって当時は俺の罪じゃねぇって軍の方に抗議したり相続放棄しようとしたんだけど、結局認めてもらえなくてな...。これでも、金額は大分割いてもらった方だけどな...。それでもこの金額なんだよ...。はぁ~」。


深いため息をついてうなだれるハリガネに対し、メガネが身を乗り出し...。


「ハリガネ、自己破産しよう。もうダメだろ、それ」。


そう言ってハリガネの肩を叩いた。


「冗談じゃねえっ! そんな事したら国外の仕事があった時に出られないだろっ! それに賠償金も最初は六十兆もあったんだから結構返してる方だよっ! ...今は狩りも傭兵の仕事も無いけど」。


「軍曹っ! 半端ないですねっ! 」。


ヤマナカは感心したように何度も頷いた。


「そこまで返せてるのも凄いんだけどさ、やっぱりフィーバーって続かないものじゃん~。戦士の需要も無くなってきた中で、魔術を習得するっていうのも一つの手かもしれないよ~。今の世の中は魔法が必須だからね~。それに魔法が使える戦士、これから魔術士に変わるのかは分からないけど付加価値が出来るわけだし人生の助けになるかもしれないよ~? 」。


メガネの言葉にハリガネは神妙な表情を浮かべ、腕を組みながら天井を見上げた。


「う~ん、そうだな~。生活を維持しながら魔術を学ぶっていうのも考えてみるか...」。


ハリガネ達がそんな会話をしている時...。


ピキィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン...ッッッ!!!


「...ッッッ!? 」。


ハリガネは入口付近から凄まじい気配を感じ取った。


(何者かがシェルタが入ってきた...ッッ!! お、恐ろしい気力だ...ッッ!! こ、この胸が焼けるようなオーラは戦士以外に考えられない...ッッ!! せ、接近してくる...ッッ!! ま、まさか...ッッ!! )。


「お、おいっっ!! メガネっっ!! 入口から誰が近づいてくるっっ...!! 向かい側に座ってるお前なら入口見えるだろっっ...!? 向かってくるのは誰だっっ...!? 」。


ハリガネは声を押し殺してメガネに問いかけた。


「い、いや....。分からない...」。


メガネはそう答え、身体を震わせてうつむいていた。


「はぁっっ...!? 分からないって、どういう事だよっっ...!? 」。


「だったらお前が見ればいいじゃんっっ!! お前が振り向けば良い話じゃんっっ!! 見ても見なくても俺には何のメリットも無いしっっ...!! 」。


「はぁ~!? この人相最悪陰険キノコ頭ストーカー面眼鏡野郎ACT3がよぉぉおおッッ!! 」。


「何とでも言えッッ!! 親ガチャ超大凶社会不適合者アンド社会的底辺野郎セカンドシーズンがよぉぉおおッッ!! 」。


「クッソォ~!! お前、絶対にぶっ殺してやるからなっ!? おいっ!! ヤマナカっ...!! お前入口の方から誰が近づいてくるか確認出来るかっ!? 」。


「ぐ、軍曹ッッ!! 凄まじいオーラゆえっ!! この武道家のヤマナカっ! 後方を捕らえられたせいか金縛りの様に体が動きませんっっ!! 不覚ッッ!! これは歴戦の勇士に違いないですッッ!! 」。


ヤマナカも痙攣した様に身体を震わせ、ずっと下を向いていた。


(...くっ!! ゴリラ隊長かどうかは知らんが...凄いオーラだッッ!! クッソォ~!! い、いやっ!! 冷静に考えると外を警戒してる俺達が、何で入口に背を向けて談笑なんかしてたんだろ? これが平和ボケか...? お、俺に隙があり過ぎたって事か...ッッ!? )。


ハリガネは迫り来るプレッシャーに負けじと歯を食いしばり、後方を振り向こうと引き締めていた時...。


...ポンッ。


「...ッッッ!!! 」。


背後から、そのオーラの持ち主がハリガネの肩を叩いた。


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