第12話 出向から戻ってきたら親会社が変わってた社員の心境


ハリガネは店から飛び出し、人混みを掻き分けながら爆撃を受けた現場へ向かっていた。


自身の身長よりやや短めの長剣を背中に背負い、頭部にはヘルメット型の鉄製兜を被ってハリガネは夜の街中を駆け抜けていた。


「フルフェイスの兜じゃないけどサイズに合った物が見つかってよかった。手榴弾と催涙ガスがなかったのが心もとないが拳銃とその弾倉持ってきたし、他は有り合わせのやつで堪え忍ぶしかないな~。いやぁ~! 傭兵としての仕事はもう二年ぶりになるのか~! 腕の方はやっぱり鈍ってるかな~? 」。


ハリガネが爆撃地点付近まで辿り着くと、多くの兵士と傭兵達が待機していた。


王国兵士は紋章が刻印された指定の鎧を纏っており、傭兵らしき者は自前のものなのか古びて黒ずんだ鉄製の鎧を身に着けている。


「爆撃の被害はそんなに大きくなさそうだな。奴等は...。やはり時計塔の方向か...」。


ハリガネが辺りを見回していると、後方から何者かがハリガネの肩を叩いた。


「“勇者”君~! 久しぶり~! 」。


「...ん? 」。


ハリガネは何者かに後ろから話しかけられて振り向くと、そこには鎧を纏っている長身の兵士二人が荷物を抱えている姿が視界に入ってきた。


鎧を着用しているとはいえ、まるで骸骨の様にヒョロヒョロとした細身な身体が目立つ二人の兵士。


そんな兵士達とハリガネは面識があった。


「あ、久しぶりです~! ミイラ隊長とカッパ副隊長! えと...。今も隊長でしたっけ? 」。


「一応ね~、今となっては現場に入っても運搬とか雑務仕事しかやる事なくなっちゃったけどね~」。


ミイラ隊長は持っている荷物を見ながら苦笑してそう答えた。


「でも、隊長達は戦闘部隊じゃなくて兵站へいたん部隊じゃないですか~。前線部隊のサポート役としては無くてはならない存在でしたよ~。いや~、懐かしいな~」。


ハリガネがそう言うと、ミイラ隊長とカッパ副隊長は肩をすくめた。


「まぁ~、その兵站部隊はもう無くてね~。そうだよね~、カッパ副隊長~」。


「そうだね~」。


「えっ!? “ノットガールズ”解散しちゃったんですかっ!? 」。


“ノットガールズ”とは、ミイラ隊長とカッパ副隊長を中心に構成されている王国軍下にある兵站部隊の愛称である。


本来、王国軍の部隊は第一,第二...等と役割や順序によって割り振られているが、ポンズ王国においては兵士の間では隊を愛称で呼ぶ事が多かった。


「部隊としての形はそのまま残ってるんだけどさぁ~、役割が随分と変わったんだよぉ~」。


「そうですか、それで先程の爆撃ですが...」。


「うん、反逆テロ組織のノンスタンスみたいだよ~。今、連中は時計塔の周囲を陣取ってると聞いてるから、前線部隊が既に包囲してスタンバってるみたいだよ~。他の人員に関してはここで待機するように王国本部から指示が出ているよ~」。


「ああ、じゃあ僕達は待機って感じですかね? 」。


「そうだね~。まぁ立ち話もなんだし、あっちで話そうか~」。


ミイラ隊長はハリガネと共に歩きながら爆撃で破壊された建築物付近へ歩き出した。


「今は離れたこの辺りを連絡区域にしてるんだ~。被害区域だけど他の部隊や憲兵とかが警戒態勢に入ってて、この周囲は安全確保クリア区域だからね~。もし爆撃で被害を受けた建築物が崩れたとしても、魔法陣で作られたシェルターがあるからガードできるし~」。


建築物付近には紫に輝くピラミッド型の大規模シェルターが設置されており、紫色に光るシェルターには金色の魔法陣が浮かんでいた。


ハリガネ達がそのシェルター内に入ると、黒い修道服に身を纏った修道女が怪我人を治療したり、料理等をして被害を受けた民衆のケアをしていた。


「...ここは修道院の慈善施設ですか? 」。


白いエプロンと黒い頭巾を着用し、慌ただしく動く修道女を見ながらハリガネがミイラ隊長に問いかけた。


「戦地だと兵站基地みたいなものかな~。実質は避難所みたいなものだけど、この魔法陣で作ったシェルター内を前線部隊や王国軍本部と連絡できるようにしてるんだ~。あと、ここで治療とか兵士のケアをしているよ~。ここ以外にも何か所か設置してるけどね~。まぁ、大きく変わった点は戦時中と違って兵站の役割を担う人間が、兵士から修道士と修道女になったところかな~」。


ミイラ隊長は辺りを見回しながらそう答えた。


「あと、今まで兵站は部隊として成り立っていた存在だったんだけど、魔術師とか魔法使いと同じく魔力を操る修道院の人達が主力になってるんだよね~。ちなみに部隊も、最近“ノットガールズ”から“慈愛の囲い”っていう名前に変わったんだ~」。


カッパ副隊長が荷物を地面に置いて背伸びしながらそう答えた。


「部隊自体はかなり効率良くなったね~。みんな魔法が使えるから治療はもちろん、こういう魔法バリケードを利用したシェルターとか作れるし構造物も修復出来ちゃうし~。おまけに物品の運搬とか連絡とかも全部魔法で済んじゃうし~。それでいて、みんな神様に忠実だから積極的に動いてくれるし優秀だし~。そんでもって、修道女のお姉さん達は綺麗だし作ってくれる料理はすごく美味いし~」。


「そうそう、だから魔力を使う事が専門じゃない僕らは、修道院の人達の魔力をあまり消費させないために雑務を引き受けてるんだよ~。他の兵士は異動しちゃって、兵士は隊長と副隊長の僕等しかいないんだ~。もう、出世の事とかはあんまり考えてないっていうか、長い物には巻かれろってな感じでのらりくらりやってる感じなんだ~」。


「何だかんだで、こういう役割の方が僕等には合ってるかも~。あはは~」。


「あはは~」。


「は...ははは...(そうか...。隊長も副隊長も今は窓際族なのか...)」。


ミイラ隊長とカッパ副隊長のマイペースっぷりにハリガネは苦笑した。


「それにしても、この付近は襲撃されたばかりみたいですし...。敵がまだ近くに潜入してるんじゃないかって心配なんですけど...」。


「ああ~、魔術部隊が周りで捜索してるからその心配は無いと思うよ~」。


「ほう~、随分とポンズ王国も良い方向で色々と変わったんですね~」。


「いやいや“勇者”君達は戦地で戦闘してたからあまり把握してなかったかもしれないけど、王国の防衛部隊に関しては当時からこんな感じだったよ~。特殊治安部隊の兵士達と一緒に魔力を操る魔術部隊が防衛に徹しててね~」。


「ああ、そうだったんですね~。王国兵士を辞めてから傭兵としてちょくちょく活動はしてましたが、よく考えてみると領域内での防衛に回る機会がなかったですね~」。


「まぁ、戦闘部隊の後方支援っていう役割は基本変わんないけど~。ほら~、もう戦争もないし戦場に向かうことも無くなった近年だと魔術とか錬金術がかなり発展してきたでしょ? 王国軍隊の組織構造も随分と変わっちゃってね~」。


ハリガネがミイラ隊長達とシェルター内で談笑していた時、若い一人の修道女が足早にハリガネ達の方へ向かってきた。


「隊長ぉ~! お疲れ様で~す! 」。


「あ、主任! お疲れ様で~す! 頼まれていた荷物ここに置いておきますので~」。


「ありがとうございます~。あら、こちらの方は負傷された兵士様ですか~? 」。


「あ、いえ...。違います」。


笑顔で応対する主任にハリガネは手を振りながら答えた。


「主任、この人は...。あ、そういえば僕達が一方的に話をしちゃってたから“勇者”君の近況を全然聞いてなかったよ~」。


「そうだね、あはは~」。


「あはは~」。


「“勇者”? 」。


主任は目を丸くして不思議そうに首を傾げた。


「“勇者”は僕が王国兵士に仕えてた時のあだ名です。部隊に配属された時の自己紹介で、部隊での目標は“勇者”になることだって言っちゃったんですよ。まだ、十五歳だったんでスーパーマンになるみたいな感覚で答えちゃったんだと思います。そこから兵士のみんなに“勇者”って呼ばれるようになったんです。まぁ、今となっては何でそんな事を言ったのか分からないですけど...」。


「まぁっ!! 十五歳でっ!? 」。


ハリガネの言葉に主任は更に目を大きくし、両手で口を覆って驚愕した様子を見せた。


近くでその話を聞いていた他の修道女も、驚いた表情でハリガネに視線を向けていた。


「あはは~、先祖の代から剣や槍を扱う戦士一族なんで、必然的に王国の兵士の道に行った感じですね~」。


「勇者君は十代の頃から国家戦争に参加してるんだよね~。諸国に侵攻する歩兵部隊として戦場の最前線で活躍してたんですよ~。もう君らの世代もほとんど殉職してこの世にいないんじゃないか~? 」。


「もう、ほとんど土の中で眠ってますよ~」。


「あぁ...。何という...」。


ハリガネとミイラ隊長の会話に、主任はめまいを感じたのか身体をふらつかせた。


「それで“勇者”君は今何してるの~? 」。


ミイラ隊長の問いに、ハリガネは言葉を詰まらせた。


「えぇ...。まぁ...。一応傭兵として活動しながら、警備関係の仕事したり色々やってなんとか生きてます。今は酒場の用心棒やってますけど...。(今までの流れからフリーターやってますなんて言えねぇ...)」。


表情を曇らせながらハリガネはそう答えると、ミイラ隊長とカッパ副隊長は感慨深げに何度も頷いた。


「なるほどね~。僕等を含めた歩兵隊の方も役割がかなり縮小された分、手当も待遇も悪い方向に変わっていったしね~。前線部隊にいた人達も馴染めない部隊に異動されてたり除隊したり、更に別の部隊へたらい回しにされたりで色々と苦労してるみたいだよ~。まぁ、この世の中では魔法でほとんどの生活整っちゃうからな~」。


「まぁ、時代...ですかね...」。


少々残念そうに呟くハリガネに、主任が紅茶の入った紙コップを差し出した。


「もし宜しければ、お食事の用意も出来てますから召し上がってくださいな~」。


「あ、えっと...。その...」。


コップを受け取りながら躊躇するハリガネに、ミイラ隊長が肩を優しく叩いた。


「今回は傭兵の仕事で来たの? でも、前線部隊に加わることはないんじゃないかな~。戦線は王国の本部隊と騎士団や魔術部隊が固めてるからね~。それじゃあ、僕達はまだやる事あるからこの辺で~」。


「じゃあね~。勇者君~」。


ミイラ隊長とカッパ副隊長はそう言い残し、シェルターから出ていった。


(もともとパブのオーナーに言われて出てきただけだし、ここで暇をつぶすのも...アリか。とりあえず事が済むまでここで待機してるかな)。


ハリガネはコップに入った紅茶を啜りながら、近くにあった椅子に腰を下ろした。



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