其の三 誰がために
「俳句部を見学してみたいだって?」
いづるに訊き返され、私は頷いた。
「へえ、珍しいね、諷子ちゃんが自分から部活に入りたがるなんて」
「別に入りたいとは言ってないけど」
でも興味はある。俳句というよりは、どちらかといえばメドウという人に。
新歓の終了後、私たちは俳句部が活動する教室を探して校舎の中を歩き回った。だが、どこにもそれらしき部屋は見つからない。
「いないね」
「職員室で聞いてみようか」
いづるの提案に首を振って答える。
「いいよ、そこまでしなくて。・・・帰ろう」
そのときだった。
ガッシャーン!
物が割れたような大きな音が耳をつんざき、私は思わず振り返った。
音の出所は、今いる西校舎の一つ上の階だろうか。いづると顔を見合わせると、私は階段を急いで駆け上った。夕暮れ時とあって、校庭に運動部はちらほらいるものの、校舎の中に生徒の姿は少ない。誰にもすれ違うことなく二階に上がると、廊下の奥から二つ目の教室の前に人が立っていた。何やら困っている様子だ。
「何かあったんですか?さっき上から大きな音が聞こえてきたんですけど」
いづるが話しかけるとその男は、
「君たちも聞いたのか。いや、おれはさっきの音が気になって三階から降りてきたんだが、どうもこの教室の花瓶が割れたらしくてな、ほれ」と、引き戸の硝子窓の先を指さした。その先の床には、なるほど、粉々になったガラス片が散らばっているのが見える。
「本当だ」
「ただ、何かに引っかかって、扉が開かない。カギはかかっていないはずなのに」
「後ろの引き戸は?」と尋ねると、彼は首を振った。
「たしかに、後ろも閉まってますね・・・ん、」
いづるが何かに気づいた様子で、手招きをする。見に行くと、後ろの引き戸からは、かすかに人の足首のような物が見えた。どうやら人が床に倒れているらしい。
「ひ、人が中に」
「大変だ、誰か応援を呼んでこないと」
「ちょっと待ってください」焦る二人を前に、私は声を上げた。
「扉は閉まっているけど、通路側の窓は開いているなんてことはないですよね」
果たして、窓はすんなり開かれた。
窓を開けてみると、ほうきで扉につっかえ棒がしてあり、それをなんとか動かして私たちは教室の中に入った。普段は空き教室なのか、少し薄暗い。椅子が並んでいる中に倒れていたのは、他でもない、新歓をめちゃくちゃにした謎の女性、メドウさんだった。
「メドウ!?」
「メドウ先輩!?」
私たちは、慌てて床に横たわる彼女のもとに走った。彼女はヘッドホンを頭に付け、仰向けに倒れていた。
「おい、大丈夫か?!息は・・・ある!ん?」
「へっくしょい!」
メドウさんの強烈なくしゃみに、彼女を介抱していた男は体をのけぞらせた。
よかった、生きている。というか、見たところ体には傷一つ無いし、本当に寝ていただけのようだ。
「うーん、よく寝た。あれ、鈴木じゃあないか。どうした?」
目覚めた彼女は見回してすぐ教室の異変に気づき、
「なんだ、この破片は。何かあったのか?」と無邪気な顔で尋ねた。
「何かあったのか、ってお前、それはこっちの台詞だ!これは一体どういうことなんだ?この容器はお前が割ったのか?」
鈴木と呼ばれた男がメドウに言い返す。物言いからみて、相当親しい間柄のようだ。
部屋には他に誰もいない。普通に考えれば、彼女が花瓶を割って狸寝入りをしていたと理解するのが妥当だろう。しかし、
「私は何も知らんぞ。ヘッドホン付けて寝ていただけだ。だいいち、そんなことをして何の得がある?犯人は私ですと言っているようなものじゃないか、この状況では」
「それはそうだが・・・」
「じゃあ、一体誰が花瓶を割ったんですかね・・・」
言葉に詰まる鈴木と、いぶかしそうに呟くいづる、じっと考え込む私。その三人を前にして、メドウさんは
「誰がために硝子は割れる春の夕、だな」とどこかうれしそうに言った。
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