其の二 白鳥よ
予想外の闖入者を前に、会場はざわついていた。
メドウと名乗ったその人物は、そんなことなど意にも介さずアコースティックギターを掻き鳴らし始める。上手い。指が踊るように弦を弾く。素人目に見てもプロのミュージシャン並みだ。
「ちょ、メドウさん!許可なくパフォーマンスをすることは禁止ですよ」
メドウは慌てふためく司会の言葉をまるっきり無視して歌い始めた。
「私は〜♪ハイクブ部長の〜♪メドウ♪
今から〜♪魂の叫びを聞いてくれ〜♪」
どうやらオリジナルソングのようだ。ギターの上手さと引き換えに、歌声はどうにも調子はずれで、音程も怪しく、つまり下手だった。ただ、声量は司会の制止を掻き消すくらいには大きい。ギターは上手いのに、音痴で収支プラスマイナスゼロになっている感じだ。隣でいづるが、
「ハイク部…?そんな部活あったかな。ハイキングでもするのか?」と呟いたのが聞こえた。
気づけば歌は次のパートに入っていた。
「愛なんてクソ喰らえだぜ〜シュモクザメ♪
花束を投げ込め〜シュカの♪戦争に〜」
一体なんなのだろうか、この歌詞は。シュモクザメやシュカ?といった耳慣れない言葉が出てきて、私は戸惑った。歌詞と歌詞の間に意味的なつながりが薄いのも気になる。それに何より、このリズムはどこかで聞いたことがある気がした。
「白鳥よ〜お前の空は青いのか♪」
少し考えて、そうかと思った。
これは俳句だ。今の歌詞も、さっきの「愛なんて」から始まるものも、全て五七五のリズムで構成されている。俳句を歌にしているということか。さっきのハイク部云々は俳句部のことだったのだ。
壇上では、メドウが屈強な男子生徒に強制的に退場させられているところだった。ギターも奪われたので、アカペラでやるしかなくなった彼女は、二人がかりで連れて行かれつつも、さっきの俳句を思い切り叫んでいた。もはや歌というよりシャウトに近い。
「白鳥よ!お前の空は青いのか!白鳥よ!お前の!空は!青いのか!」
そんな彼女の悪あがきの声も体育館から出ていくごとにフェードアウトしていき、会場は再び静寂に包まれた。
「なんだったんだろ、あの人」
いづるが呆然として呟いた。
私は黙っていた。どうしてだか、最後の俳句が頭の内から離れなくなっていた。
白鳥よお前の空は青いのか
そんなはずはないのだけど、私はこの俳句がまるで自分に向けられたように感じられた。
大事な問いを投げかけられた。そんな気がして、私は考え込んでしまう。
果たして、私の空は青いのだろうか?
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