第3話 少年

「→」「→」「→」


少年は地図を見ながら岩壁に白い塗料で大きく矢印を書いた。

特に塗装も何もな岩壁に、刷毛で矢印をまっすぐ書くのは難しい。


「しれんのま」

「ちかみち」

「W.C.」


移動しながら手際よく書いていく。

しかし、バリエーションにとぼしい。


この巡回作業は数日おき、持ち回りで行われる。

今日は少年が担当の日だ。

少年は この文字の意味は分からない。


しかし地道なルーチンの効果はあるようで、一定数の開拓民が罠にかかる。

罠にかかった開拓民は無駄にぐるぐる同じところを移動したり、糞を敷き詰めた穴に落ちたり。用を足せなかったりする。


開拓民の作った迷宮内の立て札を壊したり、階下に降りる階段を隠すことも忘れない。

少年は1人で3フロア分の作業を終え、少し広い通路で座りこむ。

鍾乳洞のようになっているこの洞窟の最下層は、地底湖がつながっており、

通路に沿って並走して水が流れている。

水が穴をあけたのか風も少し通っている。

今日は少し湿度が高い。

うでからパラパラと泥が落ちた。


時たま空気の吹き抜ける ごおぉっという音がした。

こんな風でも気持ちがいい。


ごぉぉに混ざって何か聞こえた気がした。

「     」

突然通路のほうから不気味な声が聞こえる。


今かよ、、、


ついてない、なんで今日にかぎって軽装で来てしまったんだろう。後悔した。

仲間でないことは確実だ。戦闘が始まれば、きっと自分一人では分が悪い。


声の主は、どうやら一人らしい。

ゲぇ、ゲぇと急にせき込んだ。


しばらくむせたあと 急に静かになった。


あれ・・・?


相手が戦意がないのは喜ばしいが、ここで死なれても困る。

正確には 死んでもいいけど今はやめてほしい。



目の前で生き物が死んだら、供養するのが彼の集落の決まりだ。

それは敵味方関係なく、だ。


放置されて死んだ者の魂は迷宮内をさまよう。

そして生き物に取り付いて、自分と同じ苦しみの世界に連れて行こうとする悪霊になる、と、彼の集落では子供に教えるのだった。


現実問題。迷宮に遺体が残ると、それを狙う獣が徘徊するようになり、それに襲われる人間が出たり、死体の腐敗で衛生面での厄介事も増える。

ある程度の清潔を保つことで治安を維持している、といったところだろうか。



仮に、壁の向こうの何かが死んでいたとして…だ。

一人で運べるかな…。


少年の村までは片道30分以上かかる。

大人の遺体は重い。引きずったら夜になってしまう。


息を殺して近づくと、

呼吸が聞こえた。よしっ。


「オイッ」

「オゲンキッデスカッ」


念のため敵のことばで声をかけてみた。

最低限の日常会話は大昔に習った気がする、しかし彼には言語能力の取得の才能がなかった。

正直、こういう場面は未経験、もちろん自分が発した言葉があっているかわからない。


「     」


なんか言ったような気がする、が 聞き取れない。もっとまじめに勉強しておけばよかった。


まあ生きているなら別にいいか、

死体放置は天罰が下る、でも死にかけ君を見なかったことにするのはセーフじゃないかな。


見ればそいつは、おかしな恰好をしていた。

追いはぎにでもあったんだろうか。装備も中途半端。

デカい袋が横に落ちている、なんだかすごく生臭い。

ところどころ服に血がこびりついているし、

顔や腕に打撲の跡や青あざが生々しい。


生きているのを確認したので、少年はポジティブに立ち去ろうとした。


「たすけて。…くdさい。」


発された言葉は、彼の村の言葉だった。

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