第6話 エアラルの至宝②
「これから、どう致しますか?」
「………」
騎士団長、ドルドフ・ウェンズライドに問われ、イレーネは頭を悩ます。
門を被害ゼロで突破したあとのことだ。突如として盗賊らしき者たちが現れ、馬が弓で射抜かれ、制御ができなくなり馬車が転倒した。
そこからなんの要求もなく戦いが始まったのである。
盗賊がなんの要求もなく殺し、物資を奪うのはよくあることではあるのだが、盗賊が持っていた武器や装備には王国で作られたものも数多くあり、アクトと繋がりがあることは確実であった。
どうにか盗賊を殲滅することはできたが、イレーネ達も被害はあり、6名の騎士が殉職することになってしまった。
「………これから、朧の大森林を進み、そのままサンザント卿の元に向かいます」
「…不可能です。魔除けの道具があるとはいえ、朧の大森林を進むとなると絶対に足りません。この道を直進すべきです」
「これ以上の犠牲を出す必要はありません。一度森に潜み、彼らが諦めるまで逃げ続けるのです」
「逃げるなんて、そんな必要はありません!ここで奴らを迎え撃ち…」
「ドルドフ。被害が軽微なうちに引くべきです。それに…これ以上、皆に死んでほしくないのです」
「っ………わかり…ました」
真剣な表情で話すイレーネに、ドルドフは折れる。
現在生き残りは13名。これ以上の犠牲を出せば次の追手が現れた場合、厳しい戦いになることはドルドフも理解していた。
それに、これ以降の移動は馬がいないため徒歩になる。その場合、後ろから追いつかれる可能性は高い。
「では、行きましょう」
そして彼女達は立ち上がり、ゆっくりと森の奥に足を運ぶのであった。
▽
(この方が…朧の魔術師…)
『朧の魔術師』
それは世界的に有名な一人の魔術師の名。
どこからともなく現れる、神出鬼没な世界最強の魔術師。
朧の魔術師が現れるのは、神話級の魔物やある大国を滅ぼさんとした厄災龍などの、世界の危機と呼ぶに相応しい脅威が出現したときのみで、その姿は時代によって変化し、その姿は様々。
ある時は年老いた老人、ある時は美しい女、ある時は若い青年、ある時は幼い少女…
数千年前には、勇者と呼ばれる異世界の英雄との共闘したという逸話もあり、その活躍は子供でも知るお伽噺の中にも登場する。
そんな魔術師は、20代前半の若い青年の姿をしていた。
灰のような色の手入れのされていないようなボサボサの髪と赤い瞳、暗い紺色のローブを身に纏い、後ろには半透明の球体が彼の周りを浮遊していた。
戦士のような覇気はなく、どこにでもいるような普通の青年だ。
「初めまして、朧の魔術師様」
「………どなた?」
本人であるかは不明。だが、彼を頼るしか方法はない。
「私の名前は、イレーネと申します」
そうして、彼女は王女としてではなく、ただのイレーネとして、青年に名を名乗るのであった。
▽
「私は貴方に救われました」
「はぁ…」
「本来なら私ではなくもっと素晴らしい者を紹介すべきではありますが、今、貴方に差し出せるものは…これだけしかありません」
「はっ…ちょ…!?」
ろうそくが照らす薄暗い部屋で、上着を脱ぎ、先日であったばかりの青年、グレイに肌を晒す。
単騎に無詠唱での転移魔法、そして戦鬼と呼ばれたデルドルーツ辺境伯を身体強化のみで圧倒した実力。
彼が歴史に名を残した本物の朧の魔術師というのは真実であろう。
そんな魔術師が、自身に協力する理由は何だろうか?
気が向いたから?
いや、それは違うだろう。あのレベルの魔術師がただの王国の問題に首を突っ込むとは思えない。
ならば、権力に興味があるからか?
それこそありえない。朧の魔術師であれば、魔術師の国に行けば引く手あまたであり、やろうと思えば力で国を支配することも可能だろう。
あとは、女だろうか。それが一番有り得るだろう。
確認とはいえ、彼はそういうことも入るけど大丈夫か、と言った。
つまり、多少はそういった目で私を見ている、ということではあるのだ。
後日では遅い。それで彼がもういいと一言言い去ってしまえば、こちらの戦力は大幅に激減するだろう。偶然の出会いとはいえ、それほどまでに朧の魔術師の力は強力で、そして私達に必要なのだ。
その為にならば私の身体など惜しくはない。
あまりにも利己的な考え、それに彼女は罪悪感を抱くが、その覚悟は変わらない。
このままエアラルが良い国になるわけがない。彼女はそれを確信している。
そう、これは、エアラルの王女としての覚悟であった。
「ストーップ!!タンマタンマ!!!!」
だが、そんな彼女の覚悟は、目の前の世界最強の魔術師によって慌てて止められる。
「一旦、お洋服を着ましょうね〜?」
そして、目を逸らしながらも床に落ちた上着を彼女の肩に掛け、肌を隠す。
「お、お待ちください!初めてではありますが、初潮も迎えておりますし、そういった行為も可能です!ですから─」
「シャ〇ップ!!!」
「しゃ…?」
「いいか!?よく聞けイレーネ…!!」
「は、はぃ…」
イレーネの両肩を掴み、グレイは言う。
「───生配信で朝チュンはできないんだよ!!」
そう迫真の表情で叫んだグレイの後ろには、不思議な半透明の水晶がずっと浮遊していたのであった。
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