第5話 エアラルの至宝①
イレーネ・エアラルは、エアラル王国の第一王女として、この世界に誕生した。
王族初めての女児である彼女は、それはそれは大切に育てられた。
まるで花のように愛らしい容姿にセイレーンのような澄んだ声。
優しく、聡明で、どんな相手にも分け隔てなく接す。
剣や槍、魔術の才能は程々であったが、それでも彼女の汚点となることはなく、10歳になった彼女はエアラルの至宝と呼ばれるくらいまでに美しく成長した。
彼女が10歳になるまで、家族仲も上級階級とはとても思えぬほど良好で、皆が笑顔で幸せな日々であった。
だが、そんな幸せな日々は彼女の父であるグラディウスが病で倒れた日、簡単に崩れることとなった。
本来はグラディウスの代理として執務を行うはずの王妃であるルフア・エアラルは、突如として豹変し、夫であるグラディウスを病を移さないためと塔に隔離し、食事を配給する騎士と世話をする使用人以外の接触を禁止した。
当然それに周りが納得するはずもなく、その筆頭がグラディウスの側室であったアランナ・エアラルだったが、なんとグラディウスが、囚われた二月後、何者かによって彼女は暗殺されてしまう。
その日を皮切りに、王城内にはルフアを支持する貴族たちが増えていき、いつしか王城はルフアの城になった。
そうして少しずつ荒れていく王城内、子供たちは大人のその瞳に恐怖を抱き怯えていた。
アランナの息子であり、第一王子であるアクト・エアラルは、アランナの死後、生きる気力をなくした抜け殻のようになり、自室に引きこもる。
ルフアの娘であるイレーネは、自分の母であるルフアの欲に支配された瞳に恐怖するも、その恐怖を仮面の奥に仕舞い込み、ルフアに付き従う人形を演じる。
そして、ルフアの息子である第二王子、テスタ・エアラルは、現状に甘んじ、少しずつ傲慢な性格となっていった。
そうして、それから6年の月日が経過したある日のこと。
ついに国王、グラディウスが命を落とす。
そして、ルフアが発表したグラディウスの遺言書にはテスタ・エアラルを次期国王に任命すると記されていたのであった。
▽
「では、テスタ・エアラルを新たな国王に任命します」
そして、13歳の少年に、王妃ルフアはそっと冠を被せようとする。
本来の戴冠式とはあまりにも歪なその光景を、そこにいた一人を除く全貴族が心の底から祝福していた。
あるものは、これからの約束された栄光を思い描き。
あるものは、新たな王の誕生に立ち会えた事への感動。
あるものは、何もかもが順調に、そして全てが上手く行った満足から。
あるものは、これからこの景色がどうなるかを知っていたから。
「がっ…!!」
銀色の刃が、幼き王の心臓を背後から貫いた。
「…な…んで……」
そのまま、テスタは何が起きたのかを理解することもできず命を落とした。
「キャァァぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ヒィィィ!!」
「一体何ぎゃ!!??」
それと同時に、群衆の方からも悲鳴が上がる。
出口は王国騎士によって封鎖され、部屋にいた者たちは顔を隠した騎士たちの無慈悲な刃によって、命乞いをする暇もなく斬り捨てられていく。
「何がどうなって…!?」
「どうかなされましたか?ルフア様」
「お前はっ………アク…ト………?」
地面に倒れたテスタを踏みつけた男を見て、ルフアは目を見開く。
そこには赤色の髪と瞳の青年、エアラル王国第一王子、アクト・エアラルが立っていた。
「アクト!貴方、何をしているのかわかっているのですか!!」
「何をしているのか?見ての通りですよ。エアラルの膿を掃除しているのです!」
そう言い笑みを浮かべるアクト。その笑みには狂気によって作られていた。
「そして…真の継承者である僕が、エアラルの王になるのです」
「何を馬鹿な!グラディウスの遺言書にはテスタが次期国王だと…」
「テスタ?あぁ、このゴミのことですか?不可能でしょう。こんな無能に務まるわけがない。そして…」
そう言い、テスタに刺さった剣を乱暴に抜き、ルフアに向ける。
「貴方にも死んで貰います。ルフア様」
「ふざけ…いえ、駄目よ、アクト。私を殺しては」
「どうしてでしょう?」
「この国の大半の貴族が私の味方よ。こんなことをすればどうなるか…もし、ここで投降するのなら、死刑だけは免れるよう口添えを…」
「必要ありません」
どうにか生き残ろうと必死に言葉を紡ぐルフアに、一歩、また一歩と近づくアクト。
「待ちなさい!このまま私を殺せば…待ちなさいって言ってるでしょ!このっ…!!?」
止まらないと理解したのか、逃れようと後ろに下がるルフアだが、玉座にぶつかり、そして腰が抜けたのかその場に転倒する。
そして、一閃。
ルフアの首から真紅の血が周囲に飛び散り、玉座に血が付着する。
そのまま歩みを止めず、死体になったルフアを片手で持ち上げ横に投げ捨て…そして、アクトは血濡れた玉座に腰を下ろす。
そのときには、もう誰一人として悲鳴を上げるものはいなくなっていたのであった。
▼
「イレーネ様。こちらです」
「ありがとう。ロウ」
「身に余るお言葉、恐縮でございます。これから数日間、窮屈かとは思われますが…」
「大丈夫です。この程度、ロウに比べれば…」
「何をおっしゃいますか。私にとって、これこそ私が生きていた意味ですから」
年老いた燕尾服の老人と、準備された馬車の乗り口で話をする。
老人の名前はロウ。生まれた頃から私に仕えてくれた大切な家族である。
そして、その家族を…私は見捨てなければならない。
兄様が反乱を起こしてから、約半日が経過した。
どうやら騎士の半分以上を味方につけていたらしい兄様は、数刻も経たぬうちに城内を制圧し、敵対する可能性がある者を容赦なく殺害していった。
当然、母様の娘である私も命を狙われたが、少し前から不穏な空気を感じ万が一を想定して準備しておいた脱出経路を使い、私の臣下である24名の騎士とともに王都から脱出することに成功する。
だが、そう全てが上手くは行かなかった。
どこからか情報が漏れていたらしく、城壁の外に大量の騎士が待ち構えていたのだ。
時間稼ぎを行うために選ばれたのはロウと5名の騎士の撹乱作戦と、その間に手薄になった門の正面突破である。
あまりにも少ない人数だ。王国でも指折りの強者であるロウといえど、持って数分といったところだろう。
だが、王都から出るためには東西南北どれかの門から脱出しなければならず、門の警備は非常に手堅い。
突破するためには、陽動で少しでも数を減らさなければならないのであった。
「では、私はこれで。ご武運を」
「…ロウ…ありがとう……」
そう別れを告げ、ロウは五人の騎士たちとともに、夜の街に消えていく。
その背中を、イレーネは見えなくなるまで、じっと目に焼き付けていたのであった。
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