第4話 とりあえず恩を売ってみる
「誠に申し訳ありません。朧の魔術師様。この身で償いきれるものではないとは思いますが、どうか…」
ソファから立ち上がった彼女は、そのまま片膝をつき深々と頭を下げる。
「え!?あー、いや、別にそんな怒ってないからいいよ。ちょっと脅かしてみようかなって思っただけだし…」
「寛大な措置をいただきありがとうございます」
「いや、ほんとに大丈夫だから…ははっ、ははは…」
16歳前後の美しい美少女にこんな風に謝らせたら…
“酷いぞグレイ!”
“可哀想…”
“女の子をいじめて楽しいか?”
“偉大なる朧の魔術師(笑)さん、美少女を床に這いつくばらさせて謝罪させるww”
(ほらこうなった…!)
コメント欄は一気にイーリス王女様擁護派が増え、さっきまで6対4だった形勢が一気に逆転する。人間、可愛い方を味方をするのである。
こうなると、助けないと俺の評判にも関わるし、なんでもが無くても協力はしないと、これからがやばそうだ。
(王女…お前の勝ちだ…)
視聴者を味方につけた時点で彼女の勝ちなのである。
仕方がないか…だが、優位な立場は譲らない。主導権は俺が握るし、これから先色々とやってもらおう。
幸い、いまさっきの出来事もあるし、多少無茶な要求も彼女は受け入れてくれるであろう。
「……いいよ。君たちを助けてあげよう」
「っ!本当ですか!!」
「ただ、当然無償でとはいかない。今はまだ必要ないけど、然るべき時にお願いを聞いてくれるなら君たちを無事に送り届けよう」
「然るべき時…」
「そうだね。というか、ついでに手も貸してあげるよ」
「それは、支援してくださるということでしょうか?」
「君たちが色々と問題を抱えてると、視聴し…じゃなくて俺が楽しめないからね。さっさと落ち着いてもらわないと困るんだ」
「なる…ほど…?」
どうやら納得はしていないようだ。というより、何か裏があるのではないかと警戒しているような感じだな。まあ仕方がない、胡散臭いと言われればその通りだしな…
「ま、ちょっとだけだけどねぇ〜…んじゃ、とりあえずその辺境伯さんの元に行くか?」
「はい。ですが私達はここまでほぼ不眠不休で動いていたため、これ以上の移動は…」
「ん?あぁ、それは大丈夫だよ。えーっと、俺の手を取ってくれるかな?」
「お手を?」
「殿下!どこの馬の骨ともわからぬ男の手を取るなど!」
「まぁまぁ…で、行きたいところを思い浮かべてくれるか?できるだけ詳細に、屋敷の外見とか室内の景色、あとは領の景色とかも」
「は、はい……」
そうして、イレーネは自分の記憶を辿る。
「はんはん…なるほどね〜…よし、もう大丈夫。じゃあみんな目を閉じてね」
「目を?」
何がどうなっているかを理解する前に、どんどんと進んでいく話に彼女は困惑しながらも目を閉じる。
「目を閉じるなど、そんなことできる訳が…」
「はいはい、別にそれは自由だけど、醜態は晒さないようにね〜?」
「は?それは一体…」
いちいち突っかかってくるドルドフを軽くあしらい、グレイは魔術を使用する。
「視聴者の皆は安心してね。そっちには映らないから。それでは皆さん、時空旅行をお楽しみくださーい!《空間転移》」
そうグレイが発した瞬間、目を開けていた一部の騎士の視界が歪み、高速回転する。
そして景色が一変する。
「────オロロロロロロロロロロォォォ……」
「あらら〜…」
そこには、鮮やかな庭園と大きな噴水、そして巨大な邸宅と…虹色の滝があった。
▽
「なるほど、それで私の元に…」
辺境伯であるイケオジの執務室でイレーネと辺境伯が話をする。
「はい。それで、どうでしょうか?」
「そう、ですね………貴方がルフア様の使いでここに来たのであれば、問答無用で突き放していたところですが…」
「それは…はい。理解しています」
自分の母の関係であれば、そう言われた彼女は顔を曇らせる。
聞いてた内容だと彼女の母は随分と悪女であったようだ。まあ、どんなに酷い人間だったとはいえ、母親は母親。あまり気分のいいものでもないか。
「………わかりました。こちらでも協力者を集めてみましょう」
「本当ですか…!?」
「えぇ。貴方様のお話は、陛下から耳にタコができるくらいお聞きしておりましたのでね」
そう言い昔を思い浮かべているのか懐かしそうに笑みを浮かべ手を差し出す辺境伯。
その手を、王女らしく堂々と握り返すイレーネ。
そうして、王都から離れた辺境の地で、新たな戦いの準備が始まったのだった。
「それで、彼は一体?」
「あ、彼は…」
「ん〜?初めまして、グレイです」
“グレイの友人です”
“山田です”
“イレーネちゃんの夫です”
俺がそう名乗ると、さっきまでそこそこシリアスだったとは思えない様子でコメントもボケたりしながらノリで名乗りだす。いやお前ら多分見えてないからね?
「一応イレーネちゃんの協力者的な?ある程度のことはできるよ!ヨロシクね!」
「その、グレイ様は朧の大森林に住む魔術師で…」
「もしや、朧の魔術師ですか?」
「えぇ。そうです」
「なんと…朧の魔術師が味方に…」
すると、感心したように俺の体を上から下までジロジロと眺める辺境伯。うーん、なんだかむず痒いな。
「グレイ様、初めまして。私はデルドルーツ・サンザンドと申します」
「あぁ、ご丁寧にどうも…」
そう言いこちらに手を伸ばすデルドルーツさん。
その手を受け入れると…
「うちょっ…!?」
俺の視界がぐるっと1回転し、そのまま地面に叩きつけられる。
「ぐぇぇぇぇぇぇ!!すとっぷすとっぷ!!たんま!!マジで痛い!ちょ、え!?話聞いてる!?!!」
“クソザコで草”
“突然の暴力wwwww”
“酷えwwwwww”
そして、腕を捻られ簡単に制圧される。
地面をバンバンと叩きそう降参していると、デルドルーツはイレーネに言う。
「朧の魔術師は世界最高峰の魔術師、という話を聞いたことがありましたが…この程度の者が本当に朧の魔術師でしょうか?」
「え…?」
このクソジジイ、どうやら俺のことが本物かどうかを疑っているらしい。
(ふざけんな!こちとら魔術師だぞ!!)
魔術師に殺気もなしに近接で突然襲ってきやがって…
「殺気がないから油断してたけど…良くもやってくれたなクソジジイ!!」
本気でムカついたので、とりあえず1発やり返すことにする。
「身体強化!!!」
「ぬっ!?!」
体を強化すると同時に、全力で腹を蹴り上げ吹き飛ばし、壁に叩きつける。
「ほほほっ…なかなかやるではないか?偽物」
粉々になった壁、その瓦礫から頬に血を流しながらもそれ以外に目立った傷もなく起き上がる。
「おいおい…マジでやっちまうぞ?ジジイ」
そう挑発してくるジジイはそう言い拳を構える。
纏う闘気は、ジジイが普通の一般人ではなく、歴戦の戦士であることがよくわかる。
転移で離れて遠距離戦に持ち込めば圧勝だが…それは違う。
「──テメェの得意な近接戦で相手してやるよ」
そう言い、指でかかってこいと挑発し返す。
身体強化のギアを上げ更に能力を底上げする。
「お待ちくださ」
「どっちが上か、わからせてやるよっ!!」
「ふんっ!!!」
「おんどりゃぁぁっ!!!」
拳と拳がぶつかり合い、衝撃で窓ガラスが吹き飛ぶ。
「ほっ!!」
「ぐっ…こんのっ!!」
「がっっ…!!」
どちらも一歩も引かず、防御もせず拳を打ち込み合う。腹、顔面、金的、容赦なく相手の空いている部分を狙い拳を振るう。
そして…
「そこぉぉぉぉ!!」
「っ!!!?!?!」
一瞬の隙をつき、空いた顔面に向けて右ストレートが突き刺さり…
「み、ご……と………」
そのまま、デルドルーツは力なく仰向けに倒れる。
“うぉぉぉぉぉぉ!!”
“Oooooooooo!!!”
“グレイ最強!グレイ最強!!”
“なにこれ自作アニメ?”
“CGだとしてもすげぇ…”
そうして俺は、ジジイとの戦いに勝利したのであった。
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