10.地獄のような光景 ~レフ町長視点~

 シルバータウン。この町がそう呼ばれるようになったのは、私の祖父が健在の大昔に銀魔石の採れる鉱山が稼働していた頃の話だ。


 しかし今はもう質の良い銀魔石が採れなくなっており、鉱山が閉鎖したのは数十年前も昔のことになる。栄えていた当時のことを知る人はこの町にはもうほとんどいない。それだけの月日が流れていた。


「レフ町長、こちらがFormulaフォーミュラ broomブルーム 地域予選 in シルバータウンのスケジュールです」


 シルバータウンの役所で資料を渡してくれたのは、長いこと私の右腕として働いてくれているトミーだ。お互いまだまだ現役と言いたいところだが、引退も間近に迫る年齢になって流石に歳には勝てないと思うことが増えてきた。


 手渡された資料には、二ヶ月後に開催するFormulaフォーミュラ broomブルームの地域予選について記載されていた。そこには運営側の顔合わせ、ミーティングの日時、大会当日の工程表などが事細かに記されている。


「主催に名を連ねられたのはペルシ坊ちゃんの功績ですね」


 トミーは嬉しそうに目を細める。私の友人として息子のペルシを小さいころから見てきた立場としては、感慨深いものがあるのかもしれない。


「当時は何を始めるのかと思ったが、意外と世の中の流れを見ていたな」


 数年前から世界的な大人気スポーツとなっているFormulaフォーミュラ broomブルーム。このシルバータウンでも町で主催するレースを毎週開催しているが、その発起人となったのは息子のペルシだ。


 当時はバカ息子が何をしでかすのかとヒヤヒヤしたが、Formulaフォーミュラ broomブルームを町で主催することで国から補助金が貰えたり、実際にFormulaフォーミュラ broomブルームというスポーツが町民に受け入れられている様子を見ると、早期から手を出して成功だったと言える。


 さらに今回、Formulaフォーミュラ broomブルームの国別代表選手の選出に繋がる地域予選を周辺の町と共同で開催することができた。その要因は、早くからフォーミュラ・ブルームを町の事業として取り入れていたことが大きい。後付けで参加しただけでは主催に名を連ねることはできなかったのは間違いない。


「レフ町長!」


 血相を変えていきなり部屋に入ってきたのは若手の所員だ。ノックもしない無作法な振る舞いに不満を感じるが、私が何か言うよりも先に所員が口を開いた。


「息子さんが倒れられたそうです!」





「ペルシは無事か⁉」

「レフ町長、こちらです」


 息子のペルシがレースで倒れたという連絡を受けた私は、急いでレース場に駆けつけた。命に別状はなく魔力の消耗による極度の疲労とのことだが、この田舎町の平和なレースでは前代未聞の出来事だ。


「今は回復魔法を受けて寝ていますけど、起きているときは意識もはっきりしていましたよ」


 レース場を管理しているユーイ君の案内で救護室代わりの大きな白いテントへと入る。しかし、そこには思いもよらない光景が広がっていた。


「か、彼らは?」

「実はペルシくんだけでなく、余所から来られたレーサーの方々も倒れられてしまって……」


 テントの中はさながら地獄のような光景だった。


 幾人もの男たちがベンチや布の上に横たわっており、人数に対してまったく設備が足りていない状況が伺える。まるで戦時中の医療現場を彷彿とさせる現状に頭がくらりと重くなる。


「今日のレースで何があったんだ! 他に被害はないのか!?」


 私は思わず声を荒らげた。Formulaフォーミュラ broomブルームとは、世界的には平和の象徴とされているスポーツだ。一体どんなレースをしたら人が倒れるような状況になるのか理解が及ばない。


「倒れられたのは今ここにいる方々で全員です。今日のレースは……、私の監督不行き届きです。申し訳ございません」


 ユーイ君はそう言って頭を下げるが、重大な何かを隠されているような気がしてならない。


「全部あのガキのせいだ」


 私に声を掛けてきたのはベンチに横たわっている男だった。浅黒い肌に剃り込みの入った坊主頭。この男に見覚えはない。よその町からきた若者だろうか。


「どういうことだ」


 私が聞き返すと、その男は苦痛に顔を歪めながらゆっくりと体を起こした。そして、血相を変えて声を荒らげる。


「……あのサラとかいう白い髪のガキが全部ぶっ壊したんだ!」

「それは違う!」


 ユーイ君は彼の言葉を遮るように大きな声を上げる。温厚なユーイ君が叫ぶのを初めて見た私は思わず目を見張った。


「違くねえだろ! あんな素人をレースに出したから――」

「無茶なレースをしたのは各レーサーの自己判断です。それは間違いないでしょう? 中継魔石にもそれは記録されています」


 ユーイ君に言い返された男は痛いところを突かれたのか押し黙る。


――レースで何があったんだ!?


 前代未聞とも言える大惨事。これまで大きな事故とは無縁だったシルバータウンの町レースで一体何が起こったのか、私は町長として把握しておかなければならない。


「……ん、親父?」

「ペルシ!!」


 話し声で目が覚めたのか、息子のペルシが辛そうに体を起こした。


「大丈夫かペルシ!? 極度の魔力消耗と聞いてるが、他に怪我は……」

「……今、サラがどうとか言ってなかったか?」


 私は息子の体を案じて声をかけるが、返ってきたのはという人物についてだった。


――サラとは……?


 記憶の中を掘り起こしても、サラという人物に明確な心当たりはない。しかし、どこかで聞いたことがあるような曖昧な感じがした。


「さっきから名前が出ているサラというのは……」

「親父、サラは母親が失踪したとこの子供だ」


 息子のペルシにそう言われて合点がいった。母親一人で二人の子供を抱えて生活していた女性のことを思い出す。そこの長女がサラという名前だったはずだ。


――そういえばロイター魔道具用品店の娘さんと仲が良かったような。


 ペルシの成人式に二人で一緒に遊んでいた光景を思い出す。白い髪に赤い瞳の女の子だった。最近はめっきり町で姿を見ていなかったが……。


「親父、あいつすげえよ」


 息子のペルシはおもむろに語りだした。


「初めて乗ったブルームをあそこまで乗りこなせる奴を見たことがない。さっきサラがどうとか聞こえたけど、あいつは何にも悪くない。俺たち経験者が侮ったからこうなっただけなんだ」


 急に早口になった息子は、まるで心ここにあらずといったような様子で私の目を見て話してはいなかった。


「そうだ。今度開催する地域予選もサラを全面に押し出そう。やっぱり、地元のスター選手がいたほうが盛り上がるよ。よその選手が走っているのを眺めるより、地元の知ってる人間が上位争いしているのを全力で応援しているほうが楽しいに決まってる。最近はよそ者組にやられっぱなしで町レースも白けてるけど、本当はこの地域予選っていうお祭りをみんな本気になって楽しみたいんだ。地元のスター選手が一人でもいれば、みんながその選手に夢を乗っけて応援できる」


 一体何が息子をここまで駆り立てているのか。息子は興奮したように地域予選への思いを語り続ける。


「親父、サラの件は俺に任せてくれないか? 俺はサラをシルバータウンのスター選手にしたい。一緒に走ってみて確信した。モノが違うよ。シルバータウン全体でサラを代表選手みたいに盛り立てれば、きっと地域予選は今までこの町が体験したことのないような盛り上がりを見せるに違いない」


 私は怖くなってユーイ君のほうに視線を向ける。しかし、ユーイ君も何かを真剣に思案するように口元に手を当てていて、ペルシの豹変っぷりに違和感を感じてすらいないような様子だった。


――一体なにがどうなって……


 サラという人名が出た途端、誰もが何かに取り憑かれたかのように表情を変える。私はサラという少女に底知れぬ何かを感じながらレース場を後にした。

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~Formula broom~ 異世界に転生した私は箒レースで無双する 鳥海 はじめ @torikai0321

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