9.白い悪魔 ~遠征組リーダー ルカ視点~

 シルバータウン。国の端にある田舎町。俺たちはそこで開催されているレースへ遠征に来ていた。辺鄙へんぴな場所にあるレース場だけれど、上位賞の景品も豪華で、速いレーサーもいない。俺たちブルーム乗りにとって都合の良いだった。


「(継続してブロックし続けろ! 気を抜くな!)」


 俺はチームメンバーに改めて指示を出す。他のメンバーもこの少女の異質さに気づき、少なからず動揺しているように見えたからだ。


「ルカ……。お前が最後まで抜かれなきゃ、それで勝てる……」


 しかし、仲間から返ってきたのはかすれた声で絞り出したような言葉だった。苦悶の表情を浮かべているのを見ても、限界を迎えつつあるのは明らかだ。


――後ろで一体何があったんだ!?


 誰が見ても素人と分かる赤い目を持った白髪の少女。スタート地点からブルームを制御しきれず暴走していたのは、間違いなくこのガキだったはずだ。


 素人にペースを乱されてレースをぶち壊しにされちゃたまらない。俺たちは3人で囲い込むように暴走するガキを抑え、俺は一気に逃げ切るつもりで一位を独走。今回のレースもこれで荒稼ぎするつもりだった。


「(みんな! ここが踏ん張り時だ!)」


 俺はメンバーとアイコンタクトで必死にコミュニケーションを取る。ここさえ耐え忍べば、間違いなくこのレースは勝てる。


 レース中ずっと全力疾走で走り続け、3対1でブロックし続けてきた。このガキのスタミナが尽きるのは時間の問題。俺たちはそう信じて力を振り絞り、ブロックし続けた。


 ここさえ耐え忍べば勝てる。そう信じて。





――いつまで続くんだ、これ……。


 しかし、俺たちは想定以上に苦しんでいた。レースは残り一周を切ってはいるものの、これまで走った。それも、この少女のアタックを阻止し続けながら。


――早く終わってくれ……。休ませてくれ……。


 もう声を出すこともできない。極度の疲労で朦朧とする意識。聞こえてくるのは周囲の乱れ切ったひゅーっひゅーっという息遣いと、今にも破裂しそうな心臓の爆音だけだ。


 通常であればラストスパートへ向けたペース配分を考える頃合いだろう。しかし、もう誰もそんなことを考える余裕はない。全員がレースの道半ばで事切れてもおかしくないほど後先を考えていない走りをしている。


 俺自身も最後まで走り切れるか分からないほど追い詰められ、見渡せば、明らかに限界を超えている様子のメンバーもいる。誰がいつ意識を失ってもおかしくはない。


 そして、仲間の一人がついに限界を迎えた。


「お、おい……」


 俺が異変に気付いて声を掛けるが、返事はない。まるで糸が切れたかのように前傾姿勢になると、そのまま徐々に減速し、地面に激突して転がっていってしまう。


 俺たちはこの地域でも随一の速さを誇るブルーム乗りのグループだ。それなのに今日初めてブルームに乗ったような素人に負けた。けど、それを責めることなんてできない。次は自分の番かもしれないからだ。


「ザ……ラッ! 止ま……って、くれ」


 この町で賞品を稼ぐようになって、何かと突っかかってくるようになったこの町の青年ペルシ。彼は必死に白髪の少女に追いすがり、その華奢な背中に手を伸ばす。


 故意に体を掴もうとするのは明確な規定違反だ。しかし、彼はおそらく自分の限界が近いことを悟っているのだろう。だからこそ倒れる前にせめて少女の暴走だけでも止めようとしているように見える。


 しかし、その思いも虚しく少女はその手をひらりとかわし、ペルシは墜落するように地面に転がり落ちていった。


 少女は振り返りもしなかった。


――こいつは悪魔だ。


 限界を迎えたメンバーが一人、また一人と墜落していく。


 もはやこれはスポーツではない。命の削り合いに等しい何かだ。


 気づけば、走っているのはたった2人。俺と白髪の少女だけになってしまっていた。もうどうすることもできない。薄れゆく意識の中、少女の独り言が聞こえてきた。


「ふーーっ、やっと前が空いたよ」


――白い悪魔め……。


 視界が暗くなる。自分がどこを走っているのかも分からない。体に何かが当たったような感触を感じる。痛みはない。体は動かない。そのまま俺の意識は闇の中へと消えていった。

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