8.我慢比べ

「そのまま抑えとけよ! 俺はこのままハイペースでぶっちぎる!」

「おう! も頼んだぞ!」


 そんな号令とともに、よそ者連中は私を取り囲んでペースを落としてきた。ルカと呼ばれたよそ者連中の一人が集団を抜け出してどんどん差が開いていく。このままじゃ差を付けられる一方だ。


 私はそれを打開しようとわずかな隙間を狙って前に進もうとするが……。


「行かせねえよ!」


 前を囲むように走る3人が私の進路方向を的確にブロックしてくる。それも衝突しないギリギリの距離感で、スピードを抑えながら進路を塞いでくるのだから厄介だ。


――だいぶ手慣れてる感じがするね。


 きっとこれまでも同じような戦法で上位を独占してきたのだろう。私はスタートからここまでアクセル全開でぶっとばしてきた。このペースについてきたのはよそ者連中とペルシさんだけ。彼らが戦略面でも実力面でも秀でているのは明らかだ。


 速さという実力もある。

 エースに一位を獲らせる戦略もある。

 逆転を許さない人数差もある。

 これでカジュアルにレースを楽しんでいる町民が勝つのは無理だろう。


――けど、そういうのをって言うんだよね。


 私は細かく加速を繰り返して、なんとかよそ者連中の包囲網を抜け出そうとアタックし続ける。しかし、その度によそ者連中も私の動きに合わせて前を塞いできた。


「ははっ、必死だなぁおい! 」

「そんなに急発進を繰り返してたらゴールまでもたねえぞぉw」


 攻める側と受ける側では消耗が違う。それも3対1だ。私が急発進して間をすり抜けようとしても、ブロックに徹するよそ者連中はのらりくらりと進路を塞ぐだけで良い。


「サラ! お前が走れるのはよーく分かった! もう無理するな!」


 後ろからペルシさんの声が聞こえてくる。振り向くと、ペルシさんは私を心から心配するような表情をしていた。


「あ、まだいたんだ。もういいよ下がってて」

「お前なあ!!!」


 私が心配なのか知らないけど、周りでうろちょろされても邪魔なだけ。先頭を走るルカと呼ばれたエース役はとっくに姿が見えなくなって一位を独走している。気にしている余裕なんてない。


 私はよそ者連中のブロックされながらも、愚直にアタックをし続けた。





 3周のうち1周が過ぎ、レースも中盤になったころ。


「はぁはぁ……いい加減にしろクソガキがぁ!」

「ぜぇー……、ぜぇー……」


 私はアタックし続けていた。心臓がバクバク鳴って、荒い呼吸で喉は張り付く。それは私だけでない。私を取り囲むよそ者連中や、それに着いてきているペルシさんも同様だった。


――苦しい……。沙羅時代の体と全然違う……。


 満身創痍。それが私たちの状態だ。それなのにレースはまだ半分残っている。


「サ、サラ……。もう休もう……。このままじゃぶっ倒れちまう……」


 私と並行して走るペルシさんは今にも気を失いそうな虚ろな表情をしている。よそ者連中も脂汗をだらだらと流しながら顔を引きつらせて私を強く睨んだ。


「しつこすぎるぞ!! ふざけたレースしやがって!!!」


 しかし、私はアタックをやめない。空いているスペースへ滑り込むようにブルームを急発進させる。


「クソがぁあああああああああああああ!!!!!!」


 急加速する私の進路を塞ごうと、よそ者連中も私の速度に合わせて対応してくる。その表情は苦しさで醜く歪んでいた。


――やっと見えてきた。


 本当に長い道のりだった。


 私はこれをずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずーーーーーーーっと繰り返し続けてきた。


 その成果がやっと目に見える形となった。


「おい! お前らなんでそいつを抑えてないんだ!」


 前方に見えるのは、一位を独走していたよそ者集団のエース格、ルカ。彼は信じられないものを見るような顔でこちらを振り返っていた。


「ルカ!? お前こそなんでそんなとこ走ってんだ!! 俺たちはずっとブロックし続けてたんだぞ! ちんたら走ってんじゃねえよ!」

「あぁ!? 俺だって全力で走ってたさ! お前らのペースがおかしいんだよ!!!」


 ルカは全力で走っていたと必死に主張する。これまでハイペースで走っていることを証明するように、大粒の汗が彼の顔全体を濡らしていた。


「俺たちだって全力でブロックを……。いや、全力で……?」


 ブロックに徹していたよそ者の一人は、何かに気づいたように私を見る。


「まさか……。俺たちはいつの間にか全力で走らされて……」


 よそ者連中の視線が私へと一斉に集まる。素人のガキを見下すような視線ではない。そこには明らかな脅威に対して畏怖するような感情が込められていた。


――雑魚狩りの戦略は私には通用しないよ。


 道を塞いでくるなら、塞いでくる選手ごと前へ押し出してしまえばいい。

 気づいたところで、もう遅い。

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